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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
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第七話 鉄鱗の魔竜 (2)


 ナイトウにとっての"悪"は、理不尽だ。

 真っ当な条理が通らぬモノこそ、ナイトウは"悪"だと断じる。

 眼前で繰り広げられる光景は、ナイトウにとって"悪"であった。





 つまり、今、眼前で繰り広げられる光景は在ってはならない。存在を許せぬモノだ。

 多数が、少数を蹂躙する。理不尽な暴力で、他者を蹂躙する。

 そんな事など……在ってはならぬ。


 ――ならぬのだ!!


 地面に叩き付けた錫杖が、凛々と光る。叩き付けた地面が大きくえぐれ、陥没していた。

 原理の杖が、魔力の滾りを収縮させ、光る。"ナイトウ"の怒りに呼応して光る。


 その場に居た者達が、固まった。老いも若きも、男も女も。

 抵抗していた者は抵抗の手を止め、陵辱の限りを尽くそうとしていた者達もその手を止める。


 燃え盛る襤褸屋を背景に、一人の"英雄"が足を踏み出す。

 そう、今この場において、"ナイトウ"は正しく英雄であった。


「動くな。今すぐ略奪をやめろ」

 低く、力強く、よく通る。男らしい声がその場に響く。



 しかしこれは――違う。

「あなた……誰ッス(・・・)か?」

 ヒゲダルマには判らなかった。

 尻餅をついたまま、呆然と"ナイトウ"の背中を見る。

 付き合いは浅い。それでも二十日ほどヒゲダルマはナイトウ達と一緒に暮らした訳だ。こんなナイトウは初めて見る。

 普段のナイトウはよくどもる。笑い声が不快だ。挙動も不審だ。よくキョロキョロする。左右を見た後必ず上も見る。時々尻を掻いている。

 それでもこんなに、威圧的ではない。


 こんなにも場を、支配しない。


「まぁだ元気そうなのがいるじゃねーか」

 浅黒い肌を持つ兵士が、一度は止まった虐殺の手を"ナイトウ"に向けようと、犠牲者の身体に刺さった曲刀を引き抜いた。


 何故特定できたかは判らないが、、恐らく彼らは西方人――フェネク人だ、とヒゲダルマが確信すると同時に、曲刀が村長の胸から引き抜かれた。肉の鞘となっていた村長は未だ絶命せず、血の泡を吹く。

 "ナイトウ"が村長を横目に見た後に、正面に向き直る。更に怒りの焔を燃やす。


 ――"正義"の為に、こいつらの存在を消せ。"悪"を根絶やしにするのだ。


 内なる声がいつの間にか"ナイトウ"の口から漏れる。

「悪は許せん……断罪の焔、受けるが良い」





「キャンベル、さっさとそのひょろ男をやっちまえ」

 曲刀を引き抜いた兵士に向かって野次が飛ぶ。キャンベルと呼ばれた兵士は、ぶつぶつと訳の判らない事を言い始めた男に向かい合い、距離を離さぬように弧を描くように動く。


「ベリエン、手前も手伝え、田舎魔導師が手品(・・)を披露する前にやるぞ」

 ベリエンと呼ばれた兵士も、おう、と短く応じると鎖分銅をぐるぐると回しながら、襤褸屋の前に立つ男に向けて慎重に狙いを定める。


 田舎魔導師でも、油断をしたら手痛い目にあう。火の玉を出してくる輩はざらに居る、足を止めてけつまづかせたりする輩も稀に居る。特にあの手の杖を持つ輩は危険だ。今の部隊にこそ居ないが、前の部隊には居た。鼻持ちならぬ輩であった。

 尤も、長々とした動作を許す前に一発叩き込めば終わる、とベリエンの経験は語る。


 魔導師は剣で殺すのは面倒臭い。距離という有利を常に持てるからだ。


(キャンベルが気を引き、おでが当てる)

 当ればそれまで、当らずとも避けた時点で戦友(キャンベル)の剣が、イカサマ師を斬り捨てるだろう。


 そうやってキャンベルとベリエンは一人血祭りに上げた為に、この部隊に送り込まれたのである。

 まぁ……とろい火の玉なんて、当るわけもない。遠距離から不意を打たれるから怖いのだ、とベリエンは十分に加速をつけた鎖分銅を、サイドスローで投げつける。


 狙いは足だ。足を潰せば逃げる手段など無い。。

 間合いを殺せば死ぬ。足を潰せば魔導師は死ぬ。人の世界ではそうだ。

 どんな魔導師も、空を飛んで逃げる事は出来ない。火の玉が、雷光が、氷弾が、石礫が、たとえ何が杖の先から出ようが、そうなってしまえば戦士の勝ちだ


 それこそ、空を飛ぶのは鳥か、魔物か、竜だけだ。


 ベリエンの手元から放たれた鎖分銅は唸りを上げてナイトウの足を狙い、飛ぶ。同時にキャンベルが走り出す。血糊がべったりと付いた曲刀が、喉を目掛けて突きかかる。


 村長は血泡を吹いて霞む視界で、客人が――寝床が燃え落ちるまで出てもこなかった騎士が避ける事もしないのを見た。

あいつ(あいと)、死ぬだろうなぁ(によるのぉ)

 喉元に迫る曲刀を凌いでも、鎖分銅が足を打つだろう。飛び道具に気を取られていたら曲刀を裁ききれないだろう。万が一両方捌けても、周りの奴らが加勢するだろう。どちらにしても終わりだ。


 失われつつある光の中、ぐるりと回る杖を見た。



 奇妙に熱された血が脳を巡り、"ナイトウ"の支配できる世界が一段広がる感覚。

 飛び込んでくる鉄のボーラと血糊の付いたシミター。手に持つ武器を振るえば二つとも"消し飛ばせる"と言う事が"ナイトウ"には判っている。圧縮された時間の中、ぐるりと手に持つ杖を回す。回転しながら飛来した鉄鎖を断ち割り、喉元に迫る鉄を横から叩く。


 "原理の杖"に蓄えられたナイトウの怒りが鉄を割った。


 シミターを持った手が、剣腹を叩き折られた衝撃でくしゃくしゃに歪むのを確認する。飛び込んでくる男の身体をそのまま杖で打つか、どうか、"ナイトウ"は逡巡して止めた。


 杖で打つよりも、頭で突いた方が早い。少し上体を反らした後、一歩踏み出し、勢いをつけて頭を突き出す。額が男の顎に打ち付けられる。

(ちょ、おま、まて。待てって)

 ぐにゃり、と粘土細工のように男の顎が歪み、反吐と共にぼろぼろと黄色い歯が零れ落ちる。

(待てって、だから、待てって?)

 額が少し切れたが、気にもならない。目の前の"悪"を一刻も早く根絶やしにしなければ。

(いいから止めろって、お前何勝手してるの?)


 そのまま体勢を崩し、大地に崩れ落ちた"悪"に向かい、"ナイトウ"は杖を突きつける。


「火葬にしてやろう。燃え尽きるがいい、邪悪」

 そのまま<地獄の炎>を起動――失敗。


 ヒタリ、と突きつけた杖が何も発しないのを見て、凍りついた時間が一気に流れ出す。ボーラを投げつけてきた男はもう一回投げつける為に準備をし始める。煽っていた男達も、仲間がやられたのを見て血相を変えてこちらに向かってくる。


「仕方がない、火葬は取りやめだ」

 そのまま突き殺せばいい。"ナイトウ"は極めて自動的に、手に持つ錫杖を滑るように突き出すが――

「う、うるせぇ、待てっつってんだろ!」

 顔面を押さえてもがく男の、横の地面に突き刺さった怒声。ナイトウが戻る。動き出した世界で、ナイトウは怒る。


 誰かに心の自由を奪われた事に、怒る。


「か、勝手にオレの怒りを使うんじゃねぇー!」

 ナイトウの怒りは、ナイトウ自身のものだ。

("悪"を潰すのは"正義"の役目だろう。お前だって、怒っていただろう)

「お、オレは、オレが怒ったからやる(・・)だけで、誰かの怒りを代弁するわけじゃねぇ!」

 許せぬ気持ちは当然存在する。奴らは間違いなく"悪"だとナイトウは思う。だが、自身の怒りを他の誰かに使わせる気にはならない。


 トリガーを引くのは自分自身だ。引いた結果苦しむのも自分自身だ。

 自ら思考し、自らで判断し、自らで行動する。

 自分の意思を放棄して、自分の思考を放棄して、誰かの繰り人形として生きる気はナイトウにはさらさら無い。


 そんな生き方は、真っ平ごめんだ。

 それぐらいだったら、引き篭もっていたほうがマシだ。


 思考を割って飛来するボーラ。弓を構えた兵士は矢を放つ。得物を構えて飛び込んでくる兵士達、それらを目の当たりにしたナイトウが大地を蹴り、空を舞う。<飛行>であった。


 空に舞い上がったナイトウが見たものは、月夜に広がる世界と、小さな人間達と、己に向かって弾丸の勢いで飛び掛ってくる、巨大な蜥蜴であった。間一髪、軌道をずらして激突を避ける。


 蜥蜴はナイトウ(英雄)を見た。ナイトウも蜥蜴()を見た。

 視線の交錯は一瞬。互いが互いを天敵と見なすのも一瞬。


 初撃をかわされた蜥蜴は、体躯に見合った巨大な肺に、息を思い切り吸い込み――





 腕は立つが、素性、素行に問題を抱えた面々、つまり、いつ死んでも惜しくはないと判断された者達で構成された"砂竜の顎"の乱捕り、強奪は少々やりすぎだ。十分な恩賞を与えられれば彼らも少しは大人しくなるだろうが、それを可能としない帝国軍内部の疲弊は激しい、と"砂竜の顎"隊長のハムストラは思う。

 

 今回の作戦の骨子は、村落の機能を停止させる事と、三等市民の確保が上げられる。つまり、労働力となる奴隷の確保も任務の一つであるが、獲れた捕虜はそれほど多くない。大概嬲り殺してしまうのだ。


 捕虜の監視に幾許かの人員を残しておいたが、奴らがまた勝手をしているのではないかと、ハムストラが気を揉んでいる最中に、騒ぎが起きていた。


 特に気が荒い奴らが襲撃の主力だ。慣れっこではあるが、一応の綱紀粛正をせねばならぬか、とハムストラが騒動の中心に目を向けた、と同時に恐るべき気配に背筋が凍る。


 ごっごっごっ、と地面を揺する大音。ハムストラが振り向くと馬鹿でかい蜥蜴が、明らかにスケールのおかしい蜥蜴が砂煙を上げてこちらに向かってくる。その後、大地が爆ぜた。


 物凄い風圧が襲い掛かり、小石が彼の顔にビシバシと当る。思わずハムストラは目を伏せた。もう一度目を開けた時には蜥蜴は地面の上におらず、空に居た。蜥蜴が上空に、飛び跳ねていた。なんという脚力だろうか。あれは、単なる蜥蜴ではない。


 竜だ、なんてこった。


 思考停止に陥りかけたハムストラだが、鍛錬は人を裏切らない。腰に下げた角笛を、震える口にあて、撤退の角笛を精一杯に吹き鳴らす。


 吹き鳴らすが、遅かった――

 GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 ――上空30mの竜の吼え声に、角笛もろともハムストラは吹き飛ばされる。





 腰を抜かす兵士二人、腰を抜かしたカノ。チャカは真っ先に立ち直っていた。


(よく判らないけど先手必勝っ!)

 チャカは水に濡れた髪を振り乱しながら兵士の下へ駆け寄り、渾身の力を込めて、兵士のまたぐらを蹴り上げる。クチャッと柔らかい何かが潰れる感触を足の甲に感じ、チャカは眉を顰めたが、一人無力化できたことを確信する。経験者(元男)だからこそわかる痛み。心と股の間がキュっと痛むが、この酷く中途半端な体で、今できる手段で、窮地を乗り切るのはこれしかない。


 泡を吹き白目を剥いて、股間を押さえて悶絶する同僚を横目にして、思わず股間を押さえた彼を誰が責めれるだろうか。

 無防備になった男の顎を、体重を乗せたチャカの小さな握りこぶしがスパンと打ち抜く。綺麗に腰の入った拳で、男の意識は刈り取られた。とんとん、と靴先を軽く地に打ちつける。


「カノっ、ちょっと見てくる!」

 振り向く、言い放つ、駆け出す。三動作でチャカは飛び出した。飛び出した先は、赤く燃え盛る村の真ん中、竜が降り立つ場所。

 竜の咆哮で、吹き飛ばされ、まだ原型を保っていた柵に叩きつけられる。痛みをこらえてまた駆ける。竜が大地に降り立つ衝撃で駆ける足が浮いた。ずるりと転んで痛い思いをする。手を突いて立ち上がり、また走り出す。


 急がなければ。ナイトウだけでは、まずい。


 少なくとも、攻撃職(ダメージディーラー)だけで鉄鱗様はまずい。回復薬(POT)が潤沢に使えた時なら兎も角、現状ではまずい。

 鉄鱗の魔竜は確かに『格下』だ。

 けれども、魔竜は、PTBOSS。けして一人(ソロ)で攻略する敵ではない。





 ――きっと、必要になる。支える誰か(ヒーラー)が必要になる。焦燥がチャカを襲う。

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