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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
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第四話 日記

 中年の下女が清掃の為に"人形姫"の客室に入った。


 彼女はこの家に仕えて長い、今の女主人が産まれた頃からの勤めである。女主人――カノが赤子の頃から世話をして、館を出るときには涙を流し、騎士団に入ったという話を聞いたときには我が子の事のように喜んだものだ。先代が亡くなってからも続けて雇って貰っている事には非常に感謝している。


 彼女らの間で"人形姫"は別段悪い噂を聞かない。ある程度やんちゃで、綺麗な子供だという印象でしかない。時々交わす言葉からは、精々大人ぶった子供のようだ、という事しか判らない。

 カノの子供の頃にそっくりだとは言わないもののよく似ていると彼女は思う。そして、人形のように可愛らしいから、頭に人形をつけて"人形姫"だ。

 "人形姫"の部屋は雑然としていた。生理整頓が出来ない子供なのだろう。しつけの面ではウチの姫様の方がよっぽど出来ている、と下女は思う。


 紙束とインク壷、それに羽ペンが乱雑に机の上に放置されていた。

 質の良い紙にびっしりと絵が描かれていた。目がぎょろりと大きい女の子や、いかにも格好の悪い男、剣と盾を構えた勇敢な剣士。笑顔を絶やさない巨漢の筋肉達磨……。


 ああ、と彼女は納得した。きっとこれは、"人形姫"達を描いたものだろう。納得した中年の下女は片付けを始めようとした所、数枚の紙片が零れ落ちた――

 零れ落ちた紙片には、所々読めない文字があったものの、彼女の知る言葉でなにやら書かれていた。


 『チャカの日記』


 表題に記された『日記』という文字が何を意味しているかは彼女には判らないが、ぱらぱらと流し読んだ後そっと机の上にまとめて、整理する。

 まったく"人形姫"の机の汚さも困ったものだわと彼女はぼやきながら、箒で床を掃き始める。

 彼女の女主人達が戻ってくるのは十日後の予定だ。館を空ける間、ここを綺麗に、いつでも使える様にキープするのが彼女の仕事だ。掃除に抜かりがあってはならない。

 ここが済んだら、次はあの金髪の兵隊さんの世話だ。


 子供一人が使うのに分不相応な広さの部屋に、念入りな箒の音が響いた後、ここは済んだとばかりに、彼女は"人形姫"の私室から退室した。


 中年の下女が廊下に出ると、男が派手に咳き込む音が遠くから聞こえる。風邪も治っていないのに、庭で剣舞を披露していたのだろう。先ほども注意したのにどうしてそんな事をするのか、下女は理解に苦しむ。

 そんなに暴れる元気があるならさっさと風邪をなおしなと、自分の息子なら怒鳴りつけた事だろう。

 彼女なりに歯に衣を着せた言い方をしたのが悪かったのか。"人形姫"は彼女に、あの馬鹿は普通に扱って良いとお願いされたから、そう扱うか。


 腕まくりしながら庭へと彼女は向かった。


 ガチャリと扉が閉まる音と風、揃えられた紙束がかすかにずれた。旅路に持って行くことを忘れられた日記が静かに露出する――





 『13日目』


 今日は一日落書きをしてすごした。


 パソコンやネットが無いと、やることが無い。せめて紙とペンがあれば暇つぶしができるのにと思って言ったら、カノさんがくれた。結構いい人だ。


 羽ペンなんて初めて使う。書き心地は悪い。紙に引っかかる。インテュオスのペンタブが懐かしい。マウスで書くよりはマシだと思っておく。

 もらい物だから直接文句を言う気にはならないけれど。


 この世界に来て13日目だ。

 絶望の迷宮から脱出して、サイハテの街で酒飲んで、バイカに来てユウカイされて、ヒドイ目にあって、その後なんだかんだでカノさんの家でお世話になる事になった私だけれども、日記と言うものをつけてみようと思い立った。


 今日は、オカシな夢は見ていない。自分の意思で動いているけども、全く別の他人の感情が割り込むような夢。見た後は自分が自分で無くなる様な気がする。すごく、ゲーム時代がなつかしい。

 私は私だと思いたい。別の他人が私だとは思いたくない。


 ナイトウ達はこんな夢は見ていないのかな。


『14日目』


 今日は下フク部がしくしく痛んだ。痛んだ物を食べた記憶はない。


 タイタンのやつれっぷりがヒドイ。

 ヒゲダルマはおばちゃんたちの手伝いをしていた。おばちゃんたちはビビってた。ヒゲは悪い人じゃないけど、妙な所で気が利かない。

 ナイトウ本ばっか読んでる。

 落書きをしてすごす。体調が悪いから今日はつまらない。


 ここまで書いて、紙を使い切ってしまったことに気がつく。

 カノさんにまた頼んだら、もらえた。気にしないでと言われた。話し方がボソボソとしていてとっつきにくいけど、かなりいい人。

 そういえば羊皮紙の方が高級なんだそうだ。ナイトウの持っている魔法書を今度見せてもらおう。紙なのか、羊皮紙なのか。タイヘン重要な事だと思う。


 『15日目』


 朝気がついたらパンツが血まみれだった。ヒドくユウウツな気分になる。


 更に、ここに来てから毎日着替えを手伝ってくれているおばちゃんに見られた。おねしょをした記オクなんて残っていないけれど、そのぐらいの恥ずかしさだった。

 気分はサイアクだ。

 あらあら、まぁまぁ、なんてリアルで聞いたの初めてだよ。ちくしょう。

 あてものかつめものかどっちがいい? と聞かれてあてものと答える。体の中に突っ込むなんて、ちょっと前までは想像もしたことが無い。今もする気もない。

 使い方がワカらなかったので、おばちゃんに聞きながらあてる。

 ほんの半月ぐらい前のことが懐かしすぎる。もどりたい。

 ここまで書いて、ブルーな気分というのはこういうものか、と変な感心をした。


 タイタンは相変わらずだ。見ていると更にユウウツになる。

 ヒゲダルマはおばちゃん達の手伝いで荷物運びをやらされていた。

 ナイトウの所に遊びに行った。

 平がなで書かれた大量の本に囲まれてべらべらとページをメクっているナイトウを見ると、急にムカムカと腹が立った。


 部屋にもどってダラダラした。おなかが地味に痛い。

 かわれるならナイトウの立場とかわりたい。


 自分は一体、ナニモノなんだろう。

 このまま体が変わっていったら、心まで変わっていくのだろうか。


 こわい。



 『16日目』


 パンツが血で汚れた。ユウウツだ。


 あてものをしているとじとじとする。本当に何とかならないのかなぁと思う。

 洗って干して、また使えるようにするらしい。生臭すぎる。

 洗濯機があればいいのに。


 タイタンが目に見えてやつれている。

 ヒゲダルマはおばちゃんたちの荷物運びにいいように動かされていた。勤労青年過ぎる。


 ナイトウは相変わらず本の虫だ。

 ナイトウの読んでいる本は羊皮紙に書かれているモノっぽい。羊皮紙って言うけれども、羊の皮だけじゃなくて色々な皮が材料らしい。生皮マミレの部屋にいるとか考えると多少ぞっとした。

 今更生皮がどうとか、私が気にしても仕方が無い事だと思うけれど。


 最近色々考える時間が取れるようになった。

 十字架が200年前に機能停止したという話をロウヤに入っている時聞いたのを思い出す。200年、単純に24倍で計算したら8年以上前の話?

 違う。そんな頃にDF(ディープファンタジー)は無かった。Oβの頃と今では時間の流れが違っている?

 わからない。情報が不足してる。

 十字架も良く判らない。普通の人が触れたら爆散した? のはいやな思い出だ。思い出したら気分が悪くなった。

 とりあえず、今日はこのぐらいにして寝る。


 トワにゃんに今度あったときに詳しく聞いてみようかな。


 『17日目』


 ここ数日本当にブルーだ。世界が灰色に見える。

 だんだん取替えるのにもナれてきた。女性の方が血に強いというけど、こんなの続けていたら確かに血にナれるわこんちくしょう。

 あてものは綿か何かだと思う。気になって聞いてみたら『ろばみっつ』という植物から取れる毛らしい。よく判らないから後でクワしく調べたい。

 聞いてまわったらティカン名産品という話。南の国の名産だっておばちゃんがドヤ顔で教えてくれた。


 目に見えてタイタンの様子がおかしい。時々ゾっとするような視線。

 あれがサッキというものなんだろうと思う。


 ナイトウの所に遊びに行く。氷の槍の魔道書を読んでいた。横からナガめていただけだから良く判らなかったけど、多分ほとんど平がな。たまに漢字。どこの小学生向けの教科書だよって思う。内容は理解出来なかったけど。

 かまってくれないのでタイタン見物に行く。いつも通りの剣の練習。サッキを振りまくのはやめて欲しい。幻覚が見える。怖い。

 これ以上続くようだったら一言言うべきだと思う。ナイトウが近くにいるとなんだか安心できる。ビミョウにクヤしい。


 部屋に戻ってラクガキタイム。


 仕事から戻ってきたカノさんが、明日トワにゃんの所に一緒に来いという。丁度いいや、ついでに聞いてみようと思った事もあるし。


 『18日目』


 正直いつまでこのユウウツ時間は続くのかな。

 男衆には気づかれないようにしていたけど、ヒゲはなんか気がついたみたいだ。何も言わないでいてくれているのが助かる。多謝。


 朝起きたらタイタンがいなかった。三人で探す。ナイトウが見つけた。呆れた事に外で寝ていたらしい。更につけくわえるとカゼをひいたらしい。バカだ。極めつけのバカだ。私の中でタイタンのバカランキングが圏外から急上昇。ナイトウとタメを張れるぐらいだと思う。私がシッカリしなきゃいけない。


 トワ子(にゃんとはもうつけたくない。魔物やん……あの子)の目が怖い。ナイトウが先走って契約内容を確かめずに印鑑を押すようなマネをした。笑顔一つでだまされるナイトウはバカだと思う。アレはエモノを見つけた虎の顔だよ。ホント。流石バカランカー。

 竜退治なんてとんでもない、と思う。人と向き合うだけでも結構怖いのに。調査だけだよと念押ししてお茶をにごす。聞きたかった事は聞けなかった。あ、いや、これを上手く処理した後、聞いてみたらいいのかな。


 館に戻ってミーティング。雨が降ってきた。ブルー過ぎる。

 明日から旅行だ。タイタンには、もし帰ってくるのが遅れた時のために残ってもらう事をお願いしておいた。10日で帰れるって言うけど、約束した30日に遅れるかもしれないし、風邪が長引きそうだし、で。

 あてものの予備を大目にもらって行こう。おばちゃんいい人だ。他の人からはなんか避けられている気がするけど、普通に相手してくれる。


 後は寝るまで自由時間。落書き。


 ラクガキの際に書いたメモから日記に転記。

 うろ覚えだけれど、ある時期を境にモンスターのデザイナーが序々に変わった気がする?

 オープンβの時はファンタジーしてたのが、大体1年目ぐらいから毛色がダンダン変わってきた。HPを今調べる事が出来たらデザイナーが誰だかワカるのに。絵を描いてる途中でなんとなく思いついた。竜とβの邪神は毛色がチガうというか何と言うか。調べるシュダンが無いから断言できないのでカンというヤツだけど。


 そういえばナイトウが昨晩タイタンと話をつけたらしい。

 さっきタイタンに聞いた。迷惑かけて済まなかったとか真顔で謝るものだから、こっちが恐縮するぐらいだ。

 そういえばOβでナイトウと組んだ時のことを思い出した。

 ナイトウはバカランカーだったらダントツだと思う。大体トワ子がちょっと言ったぐらいで陥落されてるんじゃないよ、本当にバカだ。


 あんなのに優しくするぐらいなら


 ――(数行に渡り激しく横線が引かれ、文字が滲んで判読が出来ない)――


 こんな事を考える自分がキモイ。私が一番バカだと思う。


 昨日に比べて体調は変わっていない。

 大丈夫、私はまだ落ち着いている。大丈夫。

 何者でも私は私だ。何も変わってない――はず。





 机の上に散逸する紙束に、書かれた日記は所々インクが滲み見えなくなっていた。涙の痕に気がつく事が出来るのは、書いた本人以外には日記だけ。

 主の居ない部屋は、今日も静かな日常を送り始めた。

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