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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
35/105

第一話 鍍金の英雄 (1)

 我らの四肢は太くしなやか。我らが鱗は極めて強固。

 鉱物は、我らの好物だ。鱗の健康がこれで決まる。

 我らの牙は六方晶系の結晶構造、極めて硬い強度を持つ、美しき金剛石の牙。

 これで砕けぬ物は無い。とは言え、食い過ぎは太りすぎに繋がる。

 何事もほどほどが一番なのだよ。

 重くては逃げる事も叶わないからな。


 遠くから、貴様らは我らを鋼鉄の塊と評した。

 近くから、貴様らは我らを蜥蜴の化け物と評した。


 その通り、我らは、蜥蜴の化け物である。

 我らは邪神領と呼ばれる土地と、人領と呼ばれる土地の境界の山に住むモノ。


 我らは貴様らと比べると大きく強いが、頭の具合はさほど宜しくない。


 その中でも特に頭が悪く(・・・・)強大なモノ達は、幸いにも十字によって封じられている。

 賢いモノは人と争いを起こさない。

 人と争いを起こす同属は、極めて愚かなモノだ。

 何故ならば、貴様らと我らが争った場合、最終的に勝つのは貴様らだからだ。


 少し考えてみたまえ、どうして我らがこんな狭い山間にしか生きる事ができぬのかを。それを考えれば自明の理ではないか。


 我らは、蜥蜴の化け物である。だが、貴様らは猿の化け物である。

 同じ化け物同士が争うならば、蜥蜴と猿、どちらが強大かは言うまでもない。

 況や、人の化け物の英雄が出て来た場合、我らは滅びるしかない。

 竜の化け物と人の化け物同士が争う?

 ははは。

 当然、人の化け物が勝つだろうな。



                      (さか)しき竜、メルテンスの残した言葉





 人の住まう地域は広い。

 たとえ『十字架』が無くとも、家を建て、柵を建て、村を作る。

 魔物が出ない箇所は存在し、十字架が不要な地域というものは確実に存在する。

 だから、彼らは村を作る。

 そんな名も無き村の一つが、消えた。

 十字架によって封じられていた"竜"が解き放たれたからだ。


 かって人が住んでいた痕跡を残す"村"を見て、一人の少女が言った。

「これは……酷いね」

 地面が揺れる。微細な振動を感じ、男が言った。

「く、来るぞ!」

 突如、地を割り、一匹の巨大な蜥蜴の化け物が、獰猛な雄叫びを上げて彼らに襲い掛かった。

 がばりと開かれた、真っ赤な口腔は太陽の光を浴びてらてらとぬめりを帯びた光を放つ。

 白く濁った金剛石の牙の奥で、猛酸の吐息が今か今かと噴出するのを待っていた。





 ――時は少し遡る。





 創世暦、1226年。二の月、十七の日。

 トワの誘拐事件がおきてから、四日後。


 旧オウレン女王国首都――現在はクオン王国の一地方都市、バイカ。

 『貴族街』と呼ばれる、文字通りクオンの爵位持ちや高級官僚達が生活する館が存在する一角に、百合騎士団副長カノ=ノウルマの館は存在する。


 この区画は、四日前の"ダリヤの乱"の影響を毛ほども受けなかった。

 ダリヤの乱は、下層の者が、同じような境遇の者と、それより少し恵まれた層を殺しただけの事件である。

 彼らが真に憎んだ者達は今日もまた、変わらぬ生活を送る。


 カノは、魔導師の長衣を着込み、いつもの騎士団詰め所に向かう。

 今日のカノの予定は、詰め所に向かった後、サーサ、ハッカと共にトワの護衛を勤める。


 孤児院に向かうという姫様の我侭に付き合う形だ。

 カノからしてみれば、大人しく部屋に閉じこもって貰いたいものである。


 ほぼ第二王女の近衛として動く百合騎士団は、その性質上身元が確かな子女しか入団する事は出来ない。彼女らの大半は一代限りの騎士の子女であるが、副長にもなると貴族位を持った者にしか任されない。


 世知辛い話である。たかがお飾りの玩具の騎士団に身元が要るのか、いや、お飾りだから身元が要るだろうよ、と揶揄される事も多い。

 数日前の事件で、突入した百合騎士達のおおよそ五割が死亡。残りの者も骨折等の重傷者多数。無傷のものは外で待ちぼうけをしていた者達だけ。


 つまり二割が死亡。三割が使い物にならなくなった、という事だ。一応の『王女奪還』は成功したものの、この損害は重い。


 当然、この責任は団長のヤーマが全部被る事となった。


 精々首が物理的に生き別れになる事は避けられる程度だろうと呟く、団長(ヤーマ)の憔悴し切った顔。

 カノはヤーマの事は親友だと思っているし、可哀想だとも思うけれども、少なくとも後半月、ヤーマの不景気過ぎる面と向き合って仕事をしなければならないと思うとうんざりする。


 正式な辞令が下るのは首都から伝書待ちである。

 首都へ馬で一週間。沙汰が下るのを待って三日。辞令を持った馬が戻るのに一週間。


 これが楽しい知らせになる事はないだろう。


 そして、ヤーマのクビが飛ぶと同時に次の団長が選任される。そこでカノが選ばれる事は無いだろう。魔導師故にだ。

 そうなるとサーサか、ハッカか。

 どちらも未熟。

 サーサは剣の技に関しては問題は無いが、家柄が問題だ。

 ハッカは神聖教団の後押しがあれば十分だろうが、騎士としての修練や戦術は未熟極まりない。

 どちらが選ばれても、お飾りとしての度合いが更に増すだけだろう。つまり、カノの負担が増える事は間違いが無い。

(胃に鉛を仕込まれたみたい)

 カノはギリギリと痛む胃を抱えながら歩く。悩みはそれだけではない。

 "爆弾"を自分の館に匿わねばならなくなった事が、更に彼女の胃に鉛を詰め込む事となっていた。


(姫様も、ずいぶん無茶な事を頼んでくれた)

 頼まれた時に、生ける伝説から少しでも技術を引き出せればと思った自分の助平心が憎い。

 まとめて四人の危険人物を自分の館に匿う事はやはりなんと言うか。

(気が重い……)

 吐く溜息は重く、纏う雰囲気は暗い。ずん、と沈み込む心が足取りにもあらわれる。道端を歩く通りすがりにすら振り向かれる始末であった。


 勿論、悪い意味で。





 馬車がカタコトとゆっくり揺れる。二頭立ての幌付馬車だ。外から中の貴人が誰かは判らないが、中に居る者が相応の身分の者だと言う事は容易に推測は出来る。そして、周囲を固める者達が華々しい娘達と言う事で大概のバイカの住人達は確信する。


 ああ、噂の姫様かと。


 周囲を固める百合騎士達は、数日前よりも眼光鋭く、雰囲気が硬い。特に御者を務める、細剣を二本腰に刺した娘は只者ではないだろう。


 数日前にも、この馬車は、この娘達はこの道を通ったがここまで厳重だっただろうか。

 店を構える爺が首を傾げる。人の数は変わらないが、はて――


 カタコトと揺れる馬車が通りを抜け、人通りが少なくなる裏道に入る。

 二階建ての石造りの建物が多い。建物と建物の間に通された物干し縄に通された、生成りの着物が吹き抜ける風に揺れる。

 高い建物の影がさっと馬車を覆った。


 トワは周囲が暗くなった途端、表情を硬く引き締めた。

「大丈夫。この近辺に襲ってくる奴らは居ないって話」

 御者を勤める娘が淡々と言った。時折馬に乗った娘達とボソボソと話を交わし、頷く。

「二人ほど不審者が居たけど、処理したって話」

 ふぅ、と。この場に居た誰もが息を吐く。


「それで姫様、明日の予定は?」

 馬車の内でトワの横に控えていた、魔導師の少女が問いかけた。

 予定していた孤児院の慰問は終わり、後は姫様を送り届けるだけだ。それだけなのに、何で少女の胃はこんなに重いのか。

 往々にして触れて貰いたくない話題にこそ、上司は触れてくるものだ。


「ところで、お願いしておいた、彼らの話ですが――」

 魔道杖を思わずギリギリッと握り締め、魔導師の少女――カノは、胃に穴が開くのではと思うのであった。


 四人の厄介者を引き受ける事になった経緯を、カノは思い出す。





『彼らを確保してください』





「……えっ、姫様、何を」

 カノは自分の主人の言葉を聞き直した。

 血を吹き上げる肉の柱が、乾き、ぼろぼろと崩れ落ちる様を見ながら、彼女の主人はもう一度言った。ハッカの腹は真っ赤に染まっていたが、トワの視線はぐずぐずと溶ける肉の柱に釘付けになっていた。


「彼らを、確保してください」


 ――信じられない事を言った。

 あの惨状を見て、どういった思考だ。そもそも、どうやって? 方法は?


「カノ、方法はあなたに一任します。何としてでも確保……いいえ、保護してください」


 指名されたカノは、開いた口が閉じなかった。なんで私? という疑問符しか浮かばない。

「彼らを保護することで、私の発言力は大きく増す事でしょう。あの戦力、みすみす捨て置くのはとても、とても惜しい」


 カノは、深淵を覗く原始的な恐怖を、理性と言う鎚で叩き潰す。優しい、とてもとてもお優しいカノの主人の顔は、いつも通りの顔であった。


 いつも通り、とても優しい支配者の顔であった。


「ヤーマ、あなたも良くやりました。ですが、今は出来る限り騎士団内の怪我人が少なくなるように、早く行動してください」

 呆けたように立ち尽くすヤーマに、トワは一言かけた。


「は、はい!」

「あの方には、あなた達だけで救出できた事を強調なさい。これ以上の借りを作らないように」

 トワのにこやかな笑みが、カノはとても怖かった。


「カノ、あなたは今すぐ彼らを追いかけなさい。けして敵に回さぬよう、細心の注意を持って当りなさい……安心して下さい、"不死の姫"と言えど、私が話した限りではただの小娘です。話が通じない訳ではありません」


 それに、とトワは付け加える。


「カノ、あなたにとっても、生ける伝説の魔法は気になるのではなくて?」

 トワの言葉は的確にカノの興味を引く。


「彼らがもし伝説の"愚者"達だったとしたら儲けもの。そうでなくてもカノ、あなたを超える魔導師が一人居るというのは興味深いのではないかしら」

 確かにその通り。あの白く燃え盛る炎の壁、気にならないわけは無い。確かに――確かにだ。

 カノにとってもメリットは確かに大きい。揺れる心を後押しするのは、トワの命令だ。


「それでは、早急にお願いします。出来る限り早く」


 その後、地下水道から出た後、焼け落ちた一つの宿屋の前で途方にくれている"彼ら"をカノが見つけることが出来たのは良かったのやら悪かったのやら。


 見つかりませんでした、と報告できた方が今となっては良かったのではないかと、カノは今更ながらに思う。

 彼らを保護(・・)するまでは容易だった。食事と寝る場所、この二つを提供することを伝えたら尻尾を振ってついて来た。疑う事を知らぬような感すらカノは受ける。


 ただ、その後、実際に彼らを館につれてきた後がカノの心労の始まりだ。


 騎士然とした男の目は病み、夜毎に悲鳴を上げる。

 何が面白いのか判らないが、曖昧な笑みを常時浮かべた小娘はどう触れていいか判らない。あの邪悪な技を見てどう接しろというのだ。

 ナヨナヨした肉達磨も扱いに困る。カノが困惑する程ペコペコ頭を下げる。

 そして一番期待していた"馬轢き"は書斎に篭ってずっと読書だ。

「ほ、本を読ませてくれ」

 と聞かれた時には知識欲旺盛な者だと思ったものだが、何を読んでいるか、気になってカノが覗いた時に"馬轢き"が読んでいたのは、カノの幼い頃読んだような絵本だ。捨てるのも惜しいので書棚に叩きこんで置いた事を後悔した。


 さっぱり期待はずれだった。

 しかもいざとなれば何をしでかすか判らない。

 更に何を考えているかも良く判らない。

 ここ数日で、彼らが凄いのか、凄くないのか。


 そもそも一体彼らは何者なのか、カノには全然さっぱり判らなくなってしまった――



「それで、保護の方は出来たのですね。当然」

「はい、当然」

「さっそく、活躍の方をして貰いたいと思います。彼らを明日、私の私宅の方へ連れて来なさい。詳細はそこで話します」

「はぁ」

 どちらにしても、カノに拒否権など無いのだ。





 館の女主人が仕事に出た後に、四人の食客(いそうろう)は遅い朝の目覚めを迎える。


 そのうちの一人の少女は、大あくびをしながら寝床からもぞもぞと起きだした後、数名の下女によって、貸し与えられた衣服を着せられる。

 館の主人が着ていた服のお下がりなのだろうか、しっかりとした生地で作られた子供服は、周囲の下女達が着ている物よりも、よほど良い仕立てである。

 中年の下女が、少女の寝癖の付いた長い白金の髪を丹念に()き、捻り、団子に纏める。


 数日前にはこの一連を行うだけでも大騒ぎだったのだが、すっかりと大人しくなったものだと、中年の下女は手間の掛からない子供を前に鼻歌をふんふんと歌いながらの作業。


 数分後、等身大の人形が出来上がっていた。出来上がりに満足しながら、軽口を叩く。

「カノお嬢様も相当大人しかったけど、アンタはそれ以上だね」

「ア、ハハハ……」

 年に見合わぬ愛想笑いを浮かべる人形を見て、中年の下女は自分の主からの命令を思い出し、そそくさと退出していった。

「じゃあ、アタシはこれで、朝食はいつもの場所に用意してあるから、勝手に食っておくれ」


『彼らに不自由を感じさせてはならない、最大級の待遇でもってあたれ』

 彼女らの女主人が命じた事だ。

 ――だが、彼女らの主人は、二度ならず三度口ごもり付け加えた。

『あの『子供』には必要以上に関わってはならない。特に、絶対に、氏素性を尋ねてはならない』


 男達の内二人は兵隊か何かだろう。鍛え上げられた体は素人から見てもただならぬ雰囲気を放っている。一人は下女らの主人と同じく、魔導師という名の神秘の使い手だろう。

 だが、最後の一人の子供の正体はさっぱり判らない。

 人形のような美貌の持ち主だ。恐らく彼女らの女主人の遠い親戚か、何かで、役目争いに負けて一時的に保護しているという話だろうと、下女達の間では下世話な憶測が飛び交っている。

 まぁ、その手の何かだろうが、大してアタシ達にゃ関係ないねと彼女らは姦しく仕事を続けるのであった。





 神話は幻想小説(ファンタジー)だ。特に創世神話はイカれている。

 歴史書は時代小説(じだいげき)だ。特に戦史は面白い。血湧き肉踊る。

 魔道書は科学小説(SF)だ。魔法がどういう理屈で起動するのか、それをこの世界なりの基準で描いている。

 ナイトウはカノの書斎に入り込み、数日間漁るように書籍を読みふけっていた。

 何しろ、此方に来てから漫画も小説も何も無い。多少活字中毒のケがある(だからこそ未だに中二病を患っているのかもしれない)ナイトウにとっては格好の現実逃避であった。


 どっかと書棚の前に胡坐をかき、一(ページ)ごとに脳に入れ、内容を噛み砕く。速読の妙技である。

 集中し過ぎて誰が入ってきても気がつかない事が多々あった。部屋の主人が入ってきて、いい加減寝てくれといわれた時にはナイトウは申し訳なく思った。確かに、此の世界では灯りも安くないだろう。だからできる限り日の高い内に読み耽る。

 残念ながら、帰還のヒントはさっぱり見つからなかったが、仕方がない。まだこの部屋の娯楽は半分以上残っている。ニヤニヤしながら書をめくっているナイトウの見ているページに影が差した。


 チャカがその様を覗き込んでいたのだ。


「ねぇ、ナイトウ。面白い? それ」

「あ、ああ。結構面白い」

 中断された読書を再開する。ピッピッピと紙を指で弾く音が静かな空間に響いた。

 ナイトウは背中に重みを感じた。背中から体温が伝わる。

「何か帰還のヒントは見つかった?」

「い、いや、さっぱり」

 チャカがナイトウの背中からおぶさるように抱きついていた。

「ふぅん」

 静かな時間。ものの20分も立たずに分厚い魔道書を一冊読み終えたナイトウは、横に積み上げた次の書物を取り、読み始める。

「それ、何の本だったん?」

「こ、<氷の槍>の魔道書。たまに使うアレだよ。アレ」

「ああ、アレね……」

 チャカはふぅん、とやる気の無い相槌を打つ。

 書斎は強い光が書物を傷めないように昼でも薄暗い。

 灯りをともす程ではないが、薄暗いのだ。


「タイタンの話だけどさ」

 チャカがぼそぼそと話し始める。ナイトウは書物を捲る手を止めない。


「やっぱり、ちょっとしんどそう」

「そ、そうか……」

 ここ数日のタイタンの表情は冴えない。食事もほとんど手をつけない。

 頬もこけ、目だけがギラギラと輝いている。

 剣を手放さなくなった。暫く前までは邪魔だといってポーチ(インベンドリ)に仕舞っていたのに、寝るときも剣を抱いて寝ている。時々夜に悲鳴を上げる。


 まるで幻と戦っているようだ、とチャカは思う。


「チャ、チャカは大丈夫なのか?」

「あー……うん、大丈夫だよ、大丈夫。私は大丈夫」

 ナイトウの手は止まっていた。チャカは曖昧に笑って誤魔化す。大丈夫だと。

 何が大丈夫かは判らない、何も大丈夫じゃない。だけども。


「そ、そうか……」

 ピッピッピッと、紙を捲る手が奏でる静かな音楽。

「少し――……他のトコ行って来るよ」

 すっと気配が離れる。一人残される形になったナイトウは無言で頁を捲る――



 木が庭に植えられていた。

 低く張り出した枝はそれでも尚、チャカの背より高い。

「よっ……っと」

 軽く飛び上がって、チャカは枝に掴まる。

 ぶらりと揺れる、地上1m75cmの視界。けして高くは無い、過去の高さだ。違った角度から見える庭はまた別の世界だ。たった35cm違うだけで、別の様相を見せる。

 そのまま体を引き上げ、枝に座る。


 チャカの視線の先にはタイタンの背が見えた。抜き身の剣と盾を持ち、いっそ舞踏と表現した方が良い動きで、見えぬ敵を斬っていた。

 上から来た斬撃を盾で止める。そのまま撥ね上げ、体勢を崩した敵を突き刺す。瞬時に刺した相手を蹴り飛ばし、右手側から押し寄せる更なる敵にぶち当てる。開いた胴に叩き込まれる槍を蹴った反動で点をずらし、回避する。

 下げた左手の盾で一度は開いた胴をがっしりと守り、体当たりで左側の敵の体勢を崩した後に、ひょいとタイタンは頭を下げた。轟音を立てて頭のあった位置を振りぬく丸太のような、爪の生えた手。


 延々と続く、タイタンと見えない敵との格闘。


 背後から襲い掛かる幻影、右手から、左後方から、真正面から。上方から襲い掛かる敵も見える。物量に押し潰される事無く動き続ける、金髪翠眼の一個の殺戮機械(マーダーマシーン)


 並み居る敵は人か魔物か、良く判らない。斬って斬って斬って、斬りまくった先に生み出される死臭にまみれる血の大河。

 更に一歩踏み出し、更なる獲物を――狩る。


「ず、ずっとこうか」

 先程とは逆に、木の下にナイトウがいつの間にか存在していた。ある種場違いな声と同時に、チャカが見ていた幻覚(イメージ)が崩れる。

 単なる庭だ。タイタンが体を鈍らせないようにと自主練しているだけの光景だ。


「うん。ずっと、こう」

 息一つ乱れず、高速の斬撃を繰り出し続けるタイタンを、二人はぼんやりと見る。


「ア、アイツは、何人も殺った。だけど、それは、お前や姫さんを救う為だった」

 因果が巡って応じて報いる。善行には善行が、悪行には悪行が。

「うん」

 だがそれは、人の道ではない、仏の道だ。

「た、タイタンは、誠実過ぎるんだよ。オレ達は、神でも仏でもない。人だ」

「うん」


「で、アイツはオレ達の代わりに、殺っただけだ」

 ナイトウは自分自身の言っている事が理不尽だとは思う、だが、友を何とか救ってやりたいと思う。

 上手く伝わらない自身の言葉に、ナイトウは苛々とする。

「だから、オレはアイツを赦す。タイタン自身が赦さなくても、赦す」

「うん」

 ナイトウとチャカ、二人の視線がタイタンに注がれる。

 生きる事はひどく理不尽で、罪深い。


 ――でも、それでも私達は、この世界で生きている。




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