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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第十一話 誘拐 (5)

 ナイトウが、ずぶぬれの体でヒタヒタと進む。おっかなびっくり、曲がり角に来る度に首を突き出し左右確認。時々怒号が響く、その度に物陰に隠れながらの見た目に間抜けな移動である。

「や、やっべやっべ。これ大当たりじゃね?」

 一人でいると独り言が増えるのはナイトウの悲しい習性である。ここ暫く一人になっていないナイトウは、思う存分独り言を呟きつつ進むのであった。


「ど、どう見ても目的地です、本当にありがとうございました」

 壁には一定間隔で燭台の火が灯る。廊下には雑多な道具が散乱する。

 慌てて動く人の気配がそこかしこに感じられる。

 篭った汗の臭いや、煙草の臭い。油が燃える臭いに、なにやら怪しげな香の香り。その他ない交ぜになった様々な臭気がナイトウの鼻を打つ。


「おい待て! お前何してるんだ!」

 こそりこそりと進むナイトウに、背後から鋭い誰何(すいか)の声がかけられた。

「や、やべっ」

 慌てて駆け出す。ナイトウがこけつまろびつ走った先には扉があった。


「こらっ、止まれッ!」

 ナイトウがガチャガチャと扉を開ける。追いつかれそうになる。焦る。部屋の中に入る。タイミングを見計らって勢い良く扉を閉める。

 勢いの乗った扉と、勢いの乗った男が熱い接吻を交わした。

 ほどよく体重と速度の乗った扉による一撃が見事に成功し、ナイトウは心の中でガッツポーズをとる。


 恐る恐る扉の影から、ナイトウは覗き込んでみると、長衣を着込み、フードを被った男が一人完全にのびていた。

 部屋の中をナイトウが改めて見回すと、一人用の居室のようであった。

 何事か思いついたのか、ナイトウは両手をポンと打ち合わせ、間の抜けた顔をニヤリと歪ませた。


 ごそごそとナイトウは倒れた男の服を脱がせ始めた――





 騎士団が来ることは掴んでいた。その為に警戒を普段より強化していた、しかし、だ。


 ダリヤは上がってくる報告で、騎士団のあまりの脆さに首を捻った。

 "教団"の信徒達の中で、荒事馴れした面子といっても、正規の騎士団との練度の差は歴然としているはずである。

 元々、ダリヤは"教団"の信徒達が戦果を上げる事にさほど期待はしていなかった。

 "教団"は燻し出される予定だったのだ。


「おかしい」

 "教団(こちら)"の被害は多いが、その代わり"騎士団(あちら)"の被害も多い。

「クオン騎士団とはここまで脆かったか?」

 ダリヤは首を捻る。何か計画に見落としが無かったかと。


 姫を攫い、敵の目を地下に向けさせ、戦力を集中させた。

 地上は手薄になっている事だろう、そのタイミングで決起するのだ。

 "騎士団"の主力が地上にあっては困る……が、地下に来ているのは確かに"騎士団"だ。数もそれなりに多い。


 ダリヤは首を振った。真正面からぶつかった場合は騎士団に軍配が上がる事は間違いないが、暗所に挑むのに松明を持ち、居場所を自ら主張する集団に向けて一方的な不意打ちをかけれるならば、練度の差はある程度まで埋まる。


 恐らくそういうことなのだろう。

 既に賽は投げられた、引き返すことなど出来ない。





 少女達の集団に、遠距離から弓を射掛ける男達。

 百合騎士と"教団"信徒の争いはバイカの地下深くで、静かに繰り広げられていた。


 少女が悲鳴を上げた。暗い直線道での、十字弓による不意打ちだった。

 強靭な板バネによって射出された矢は、頑丈な鎖帷子の守りを突破し、少女の肩甲骨まで砕いていた。

 予想以上に地の利があちらにある。即時の撤退が正しい。

 死者こそ未だ出ていなかったが、数名の負傷者を出した第三百合小隊の隊長は素早い判断を下した。


「撤退ッ! てった……」

 先程進んできた曲がり角まで引けば、まだ反撃ができる。そう叫ぼうとしようとした所に、もう一回の射撃。第三百合小隊の隊長の意識は唐突に途切れた。

 年相応に愛らしかった顔が喪われ、どぼん、と聞きようによっては間が抜けた音を立て体が水路に落ちる。赤く濁った水はその骸を押し流した。


 "教団"の信徒達が十字弓を構えながら、前進する。

 手負いの騎士団(うさぎ)をしとめようと、功を焦った彼らが曲がり角まで進んだ時であった。

 ずぶり、信徒らの体に槍が突き刺さった。

 体勢を整えた少女達が、その手に盾と槍を構えて待ち構えていたのだと理解した時には、彼らは既にこの世の人ではなかった。



 ――このような乱戦が、地下下水道各所で始まっていた。



 そして、百合騎士達の多少(・・)の犠牲などもろともしないほどの士気の高まりは、騎士団、教団双方にとっての不幸であった。欠員をぼろぼろと出しながらも、教団本拠地に向け百合騎士達は進軍を続ける。

 時折、どぼん、どぼん、と地下下水道が双方の骸を飲み込んでいく。


 地下下水道に展開した信徒達と百合騎士達は、一部を除いてほぼ壊滅状態に陥っていた。





 水路に落ちたナイトウを探すか否かでもめる事数分。タイタンがナイトウを探す事を百合騎士達に約束させた後、進む事数十分。


 時折襲撃がある、あるが、タイタンの油断はもう無かった。

 飛び交う矢をタイタンが打ち払う。それを合図にヤーマやサーサ、カノらの連携の取れた攻撃でまた"敵"が血の海に沈む。逃げようとする輩を後ろから刺す。


(攻撃をこいつらに任せていたら、効率が悪すぎるな……)

 だが、守りに徹する。奇襲さえ乗り切れば、誰かが負傷する可能性は低い。

(ファーミングかよ、畜生)

 剣を抜け、敵を切れ、殺せ。タイタンは内なる声を押しとどめ、守りに徹する。

(ああくそ、ゆっくりしたい。まったりしたい)


「タイタン殿、……その、ご友人の事は残念ですが」

 ヤーマが先程からしきりにタイタンに話しかけてくる。


「"馬轢き"……」

 カノがなにやら考え込んでいる。

 サーサは特に変わらない。相変わらず飄々としている。

 松明持ちはヒゲダルマに変えられた。ハッカは背後からの襲撃を警戒している。


 総勢6名の小集団。

 "教団"本拠地に王手をかけたのはタイタン達のみであった。





 "不死の姫教団"は一般市民から見た場合は『邪悪』である。裏社会に片足を突っ込んだ程度の者達から見れば『暴悪』である。だが、彼らにも志があり、目指す目的がある。

 信徒達が目指す物は、"英雄"だ。

 虐げられたオウレン系の住民達は、かっての栄光の象徴を掲げるこの教団に入信した。虐げられる者から虐げる者への逆転だ。


「騎士団勢力、そろそろ入り口に到達しますッ!」

 地下道警備を担当していた信徒の一人が息せき切って走りこんでくる。

 大仰にダリヤは頷く。


「入り口の鉄扉を落とせ、なるべく引きつけてからだ」

「ハッ!」

 更に駆け込んでくる信徒達が数名。


「教祖ダリヤ、地上の教化準備、完了しました。"向日葵街"から、"大路"までの"粛清"、いつでも行けます」

 ダリヤは"教祖"として、熱狂的な口調で語りかける。


「では()け! "不死の姫"の伝説を今、堕したバイカの民に見せ付けるのだ!」

 部下達を送り出した後、側近中の側近を数名引き連れ、ダリヤは静かに牢獄に向かう。


「さぁ、最後の仕上げを始めようか……」

 練り上げた怨念の炎で、地上に地獄を引き起こそう。バイカの領主を"粛清"で始末するのだ。

 始末した後、クオンと取引する為の材料として、クオンの姫には利用価値がある。





 数名の"信徒"たちが必死で守って居るのは、周囲の人工的な水道とはまた違う雰囲気の横穴であった。


「サーサ、ヤーマ、どいて!」

 戦闘を繰り広げている二人が飛びのくのを確認した後、カノはこぶし大の炎の玉を投げつけた。空気を引き裂き、着弾と同時に爆裂する。

 爆発に巻き込まれた男達は木の葉のように吹き飛ばされ、倒れ伏した。そこに止めの一撃をサーサとヤーマが正確に叩き込んでいく。


 タイタンは剣を抜かず、盾と拳で戦っていた。とはいえ、鎧袖一触、間合いに入ったと思えば盾に弾き飛ばされ、壁まで叩きつけられる。拳が腹に入れば地獄の悶絶を味わい、呼吸が出来ぬ。追撃に頭を蹴られ、脳を揺すられ意識を刈られる。

 4人が暴れる時間は極めて短かった。相手が彼らの姿を見た途端逃げ出したからだ。


「逃げろッ! 逃げろッ!」

 後ろに控えていた男達が横穴に入ったのをタイタン達が更に追いかける。

 ギリギリギリギリと金音が聞こえた途端、十分な重量がある、鉄の格子の落とし扉が、逃げた男達の上から断頭台の刃の如く突き刺さった。



「あ?」

 屍。屍。屍。確かにタイタン達に捕まった時点で命など無い。それでも味方を犠牲にするやり口がタイタンには気に食わない。

「確かに、なんかおかしいんだよなぁ」

 頭を右手で掻きながら、タイタンは思う。


 命が軽すぎる。

 タイタンの倫理観では、とてもではないが許容できない。

(チャカを笑えないぜ)

 己の手をまだ(・・)汚しては居ない。だが、己の足が血塗られた道を歩いている事に反吐が出る。

 糞っ垂れだ。こんな騒動に(結果として)巻き込んだチャカのアホを後でこっぴどく教育しておかねばならない、そうタイタンは心に誓う。


「ここのルートはもう使えないって話?」

 サーサが鉄の落とし扉を持ち上げようとして、諦めた。

 巻き上げるのも恐らく、歯車式の機械仕掛けだろう。人の膂力(りょりょく)ではびくともしない。いわんや女の細腕では尚更だ。


「仕方がないタイタン殿、別ルートを探しましょう」

 ヤーマが鉄戸の前に立ち尽くすタイタンに声をかけたとき、その背に怖気が走った。


「どいてろ。()る」

 時間をかければかけるほど、自分の前に立つ奴らが増える事だろう。少しでも犠牲を減らすのなら、最短ルートを通るべきだ。

 タイタンは長剣を鞘から走らせるように抜く。抜いた後に即座に剣を鞘に仕舞う。


 ヤーマ達には、タイタンが何をしたか判らなかった。

 ヒゲダルマには判ったが、その雰囲気に呑まれ何も言えなかった。


「いくぞ」

 タイタンがトンと手で鉄格子を押すと、綺麗に13分割された鉄の塊がガラガラと音を立てて落ちる。扉を乗り越え、一人進むタイタン。


 ヤーマは、目の前を進む男に心底恐怖した。

 三合は持つ、というヤーマの判断は、間違っていた。一合たりとて持たないだろう。


「人の技じゃない……」

 何か巻き込んではならないモノを巻き込んだ、そのような後悔がちらりとヤーマの脳裏に鎌首をもたげた。





「トワ、トワ……起きて」

 チャカはトワの体を揺する。流石にチャカは攫われてまで寝れるほど図太くなかった。しかし、トワは疲労かストレスが溜まっていたのか、雑談を終えた後暫く経ったら寝息を立てていた。

 寝れず、騒げず、どうにもならずの三拍子揃った状態でチャカがやっていた事は、耳を澄ます事だった。


「人が居なくなった、見張りも、何もかも」

 トワは目を擦りながらチャカを見た。

 チャカが先程から聞き耳を立てていた限りでは、何かのトラブルが起きてるのは、間違いない。見張りが居なくなるほどの事態だ、少々騒いでも大丈夫と判断したチャカは牢の入り口部分に向かった。

 牢獄の入り口は金属製の錠で施錠されていた。かんぬき状の金属の棒が頑丈そうで、破壊する事は困難のように思える。


「……どっちにしてもこの鍵が問題なんだけど、さ」

 多少手でがたがた揺すった所で、びくともしない。極めて堅牢な作りの錠前相手に取っ組み合いを続ける事数分。


「手じゃ無理かぁ……あけろー! あけてー! 誰かー!」

 段々必死な声になっているのもしょうがないとチャカは思う。


 チャカの顔にはなんともしがたい焦燥感が浮かんでいた。脂汗が滲む。顔を上に上げる力も惜しい。必死だった。

 ひたひたと足音が近寄ってくる。

 牢の格子の中からでは見えないが、複数人の足音と推測できる。チャカはより一層声を上げた。


「あ、け、ろー!」



「煩い」

 牢獄から多少離れていても、小娘のよく通る甲高い声が耳に刺さる。ダリヤの呟きを聞いた取り巻き達はビクリと体を(すく)ませた。

 牢獄に向かう途中、慌てて合流しようとする一人の"信徒"をダリヤは見咎めた。

「遅いぞ、着いて来い」

 どうせもうここは放棄するのだ。残っていても仕方が無い。指揮系統も混乱している最中だ。ならば、駒を手元において置こう、そう考えたダリヤは足早に進む。

 牢に到着すると、獄に捕らえておいた子供が、ガタガタと牢の扉を揺らし、騒いでいた。

「あーけーろーー!」

 ダリヤは顔も確認せず、瞬時に練り上げた体内の魔力で、手先から<雷>の魔法を飛ばす。バリィッと言う轟音と共に、狙い過たず子供の脳天から股下までを<雷>は貫いた。


「んほぉ!」

 奇妙な叫び声を上げ、大地にとさり、と小娘は沈み、うつ伏せになってビクビクと痙攣を繰り返し、牢に(ぬく)い水溜りが一つ出来た。

 死んだショックで筋が緩み、小水を漏らしたのだろう。


「チャカッ!」

「動くな。まだ死にたく無いならな」

 トワが小娘に駆け寄ろうとするのを、ダリヤは低い声で制した。

「一言でも逆らったら、このようになるぞ」

 杖で小娘を指し示しながら、ダリヤは牢獄の扉を鍵を使い開ける。

 ふと、ダリヤはトワに疑問を覚えた。


 ――何故、この小娘を"不死の姫"の真名で呼ぶ?

 牢獄に踏み込み、トワにずんずんとダリヤは近寄った、その時であった。

「き、騎士団が! 扉を破って来ましたッ!」

 信徒の更なる、必死の報告が飛び込む。悲鳴と怒号交じりの死の臭いが徐々に近寄って来る。

 それだけではなく――


 ダリヤはその背後から、どす黒い瘴気が漂うのを感じた。

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