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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第六話 芋虫と邪神

 場所は『大穴』腐臭漂う腐れた地。

 街の『十字架』を見た後だとだいぶ小ぶりに感じる『十字架』の周りに、かって咲き乱れていた可憐な花達は踏みにじられた残骸を晒していた。

 無残な残骸と化した花達が彩る『十字架』の前に、一人の少年が立っていた。芋虫、正しくはエムオーと呼ばれる少年である。


「うぎいいいいいい!」

 エムオーは苦痛の声を上げていた。よく見ると、彼の左腕は無い。大地に落ちていた。

 周りを見渡すと、人の死骸らしき物が、7つ。


 高温多湿のこの『大穴』において、死骸は早く、腐る。腐乱した肉の隙間から、蠢く何かが見える。

 ――朽ち果てた体の中で、心臓が未だに動いていた。


「おおおおおおおお!」

 エムオーの叫びと共に、月の光を打ち消すような、毒々しい黒い光が立ち上る。

 エムオーもまた、死霊使いであった。


 <不完全な復活>、それは死霊使いが使える黄泉返り"スキル"である。

 使えば、完全に死亡していても、瀕死の状態で復活する。

 エムオーが実際に自分で『体感』し『検証』した限りでは、やらない方がマシ、ともいえる苦痛をもたらすその"スキル"を、Unlimitedの唯一の修道者、オケピケだった心臓に向けて放つ。

「ふぅがんぜぇんな゛!ふっがつぅぅ!」

 命を削るような叫びと共に、腐肉の中の心臓がバクン、と跳ねた。

 黒い光が腐肉に染み渡り、腐肉が肉になる。しかし、全身に開いた穴はそのままだ。

 痴呆の女司祭が痛みの声を上げたところに、回復薬(POT)の液体がびしゃりとかけられた。

「ピッケェエエ…」

 司祭の肉に開いた穴が、見る間に埋まる。閉じる。

 何度見ても慣れない、異様な光景だとエムオーは思う。

(僕のやっている事も、相当イカレてるなぁ)

 内心笑う。正気のままで自分の片腕を落とす事など、出来ない。既にどこか壊れているのだろう。

「ピケ、お目覚めのトコ悪いんだけどさぁ、この左手早くくっつけてくんない?」

 エムオーは自分の左手を、右手で握手するように持ちながら言う。


 ピケはこくこくと頷き、<治癒の光>をエムオーに放つのであった。





 それから約1日後、8匹の悪魔は復活を遂げる。

 『Unlimited』

 ――彼らの真のマスターは芋虫(WORM)、エムオーである。





 最後に蘇った者は、漆黒の猟犬。

 ゼロは目覚めた直後に、実に不満げに少年に言い放った。


「おい、エム、復活させんのが遅すぎだっつーの」

「うっせーよ。僕しかこの役割は出来なかったろ、身内の中でさ。保険って奴だよ、保険」

 少年、エムオーは笑いながら未だ脈打つ心臓を手で弄ぶ。

「大体職被ってたらあんまり意味無いじゃん?特に状態異常(デバフ)職はさ」

「ケッ、糞職使いは性格まで歪んでやがる」

「よく言うよ、暗殺者には言われたくないね、お互い日の目を見ない糞職だろ」

 ゼロとエムオーはお互いに罵りあいながら、ニヤニヤと笑いあう。

 彼らにとってはおきまりの光景だった。以前もVCで罵りあい、貶しあい、それでもつるんでいるという腐れた仲だ。


「で、首尾はどうだ。おめー、"心臓"は見られちゃねぇだろうな?」

「まぁ、奴ら甘ちゃんだからね、見られる訳ないよ。大体、君らのインベントリの中を漁ろうとしない時点でありえないって話さ」

 誰のものか判らない心臓を、ポーチ(インベントリ)にエムオーは押し込みながら言うのであった。

「大体一度も死んでみないとか、奴ら臆病(チキン)過ぎるんだよ」

 さらりと狂った事を、いかにも真っ当な調子で言うエムオー。

「"戦争"の時とか、死んで覚えろやカス! とか言っちゃうのにな……本当に臆病(チキン)過ぎるんだよ」

 エムオーのポーチの内部では、抗議の声を上げるが如く6個の心臓が脈打っていた。


「全く持って同意する。奴らは惰弱(だじゃく)に過ぎる」

 隻眼の武者が、一層の憤怒を顔に張り付かせて彼らの元へやって来た。

「準備は整った、後はエム、貴様が創めるといい」

「ピケェ?」

「お前じゃねぇよオケピケ……エム、一丁やっちまえよ。この糞っ垂れた世界を終わらせる第一歩だ」

 オケピケは更に語彙を失った。己が卑怯さ故にゼロはその事実を目に留めつつも無視した。

「馬鹿は死ななきゃなおらねぇってーのは、よく言ったもんだ」

 既に一単語しか喋らぬ恋人の頭を抱き、ゼロはニヤニヤと笑った。

「ピケェ……」

「いいじゃねぇか、俺らは現実(リアル)に帰る。その為なら何でもするって決めたろう?」


「拙者はどっちでもいいで御座る! そんな事はどうでもいいで御座る!チャカちゅあああんかわわわわわ」

 粉微塵となったはずのシゴが、装備こそ変わっていたものの、相変わらずの奇装で叫ぶ。

「そろそろケンタが食べたいんダナ」

 ニクマンが物欲しそうな顔で中空を見上げる。アンパイが、チュイオが、それぞれが勝手気ままに言い合う。


「君ら……馬鹿だろ?」

 爆笑しながら己の左手の甲に切れ味鋭いダガーを突きたてるエムオー。微かに顔を顰めながら<死竜の火炎>を紡ぐ。

「死んだ事すらない奴らに、この世界のルールは判らないよ」

 何処からか産み出された骨が組み合わされ、竜の骨格標本を形作る。

「犠牲?知った事か。僕らは僕らの為にやる事をやるだけだ」

 暗褐色の炎が骨格標本の口内に灯る

英雄(システム)の破壊は僕らが開放される為に必要な手段だ。『十字架』の破壊はその一歩」 

 轟音と共に吐き出される焔が、大穴の『十字架』を焼く。

 メラメラと燃える十字架は、処刑される者が存在しない火刑台に瓜二つであった。

 炎が産み出す八匹の悪魔の影絵は、まるで此の世を嘲笑うかの如く妖しく伸び、縮む。


 神によって、英雄(ひと)の為に産み出された十字架の一つは英雄(ひと)の手によって打ち砕かれた。





 『大穴』から更に地の底に潜り、『絶望の迷宮』と呼ばれる地下迷宮の最深部、英雄(プレイヤー)達からは邪神の間と呼ばれる場所に八木は在った。


 割れた頭蓋、眼窩から零れた眼球。地面に横たわる巨大な体躯。

 六対の腕と、二対の脚は大概が本来曲がらぬ方向に折れ曲がっていた。

 普通の生物なら、死んでいる。だが、その禍々しくも美しい異形の姿は、死の気配どころか、死そのものを放つ。

 尋常の生物なら、その気配だけで足が止まる。視線が合わされば心臓が止まる。

 しかし、この場に尋常の生物など存在する訳が無い。


 ここは神域、神の座する場所。

 人は彼の地をこう呼ぶ

 ――『絶望の迷宮』と。

 しかし、彼らは此の地をこう呼ぶ。

 "Poi qu Itmise"

 『希望の神殿』と――


 八木は割れた頭蓋が気になって仕方がなかった。収まりが悪いのだ。六対の腕の内、比較的損傷が少ない二本の腕ではみ出したものをそっと内部に押し込み、頭蓋を挟み込むように押し付ける。がちりと、割れた頭蓋が閉じる音が耳朶を打つ。

 八木の口から自然と言葉が漏れた。

『ずいぶんと大雑把な体だ』

 八木は歯医者で虫歯を治療してもらった時を思い出す。その時より痛みが無い。奥歯に物が挟まったような感じが無くなった八木は、続けて飛び出した眼球を眼窩に押し込む。ゴリゴリっとした少々の異物感と共に、歪んだ視界が正常な視界へと戻る。極度の近視だった八木は、かってとは想像もつかないほどの鮮明な視界にくらりとする。

 折れ曲がった手足では起き上がる事もままならない。

 ふと、八木は己の体にすがり付く、矮小な生物達を観る。

 歓喜の声をあげ続け、涙を流し続ける少女。いや、少女と呼ぶのはいささか語弊がある。

 下半身が白蛇、上半身が人の女の体を持つ、八木の感覚で言うと50㎝ほどのいささか大きい人形のような体躯を持つ、小さな化け物であった。

 八木の周りに居る、それ以外の生物達は更に怪奇である。10㎝ほどのでかい蜘蛛や、30㎝の牛の出来損ないのような何か。地面から頭を出している蛇や、フィギュアのような動く甲冑達。

『おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎだな』

 八木は声を上げるつもりはあまり無かった、しかし、強くイメージを持つと、それが自然と『声』となり漏れ出してしまう。

 八木の目の前に玩具のような護摩壇があり、その火中に牛の出来損ないが飛び込もうとするのを観た。

『あっ!』

 八木が声を上げた。ウサギ程度の大きさの小動物が自ら火に飛び込むのだ。観ていて気持ちの良い物ではない。

 声が『力』を持つ。ビリビリと大気を振るわせる。八木にすがり付いている生物達は飛ばされまいと更にひしとしがみ付く。

 力ある声は突風を生み、護摩壇を吹き飛ばす。燃え盛る炎が八木の声で飛び散る。無生物すら恐れ(おおの)くかの如くの神力であった。



『神よ、神よ、何故お怒りになるのです』

 白蛇の乙女は眼前の神が何故急に声を上げ、祭壇を吹き飛ばしたのかが理解出来なかった。

『ここは一体何処だ。僕は一体どうしてしまったんだ、どうなってしまうんだ』

 神は白蛇の乙女の問に答えず、苦悩の声を上げる。

『神が苦悩するとは、一体どんな天変地異が起きるのでしょうか……』

 白蛇の乙女は、神を苦悩させる問題がどれほどまでに恐ろしい事か、想像する事すら恐ろしかった。天地が割れるのか、それとも炎の雨がこの大地に降り注ぐのか。

 それとも、またもやあの『邪神』どもの策略で、人間どもの『英雄』達が我らを狩り立てるのか。

『そうじゃない、そうじゃないんだ。君たちは一体何なんだ』

 八木の苦悩に満ちた問が、白蛇の乙女達を襲ったのである。



 八木は己の問い掛けを声に出してから、明らかな失敗だったと悟った。

 周囲の生物達の表情は判り辛い。しかし、彼らの心情は表情などに出さずとも伝わってくる。

 一言で言うならば、『絶望』だ。


 取り縋って、歓喜の涙を流していた白蛇の乙女は、表情という表情が全く抜け落ち、信じられないものを見たかのような驚愕の表情で固まっていた。


 出来損ないの牛達は、蜘蛛達は、動く様々な甲冑達は、その他諸々の、その場に居た八木の産み出した子供達は、己の親からの『絶縁状』を受け取ったかのように固まり果てた。


 先程火中に飛び込もうとし、結果的に八木に命を救われた"六本腕"がのそのそと八木の前に歩み寄り、平伏した。

『かみさま、は、おでたちの、こと、わすれた?』

 たどたどしい"八木語"で語りかける六本腕を見たとき、八木は取り乱しそうになる思考を必死で捻じ伏せた。

 八木が彼らの事を忘れるはずが無い。

 β初期のMOB以外、なんらかの形で八木はMOBの開発に関わっている。一種類一種類、最終的には全て彼の手が加わっている。それは外見であり、内部パラメータであり、ネーミングであり、配置場所であり、行動パターンであり、裏設定である。特に絶望の迷宮に配置してあるMOBは全て八木のハンドメイドだ、忘れるはずが無い。


『忘れるはずが無い、六本腕だろう』

 八木の言葉で、六本腕は涙の代わりに涎を股座(またぐら)の頭から流し、感動に打ち震えた。

 我も我も、と問いかけてくる化け物達全ての名を呼んだ所で、狂乱は収まった。

 最後に残った白蛇の乙女に、八木は呼びかける。この場で一番知性がある存在として設定したものが、彼女だ。

 迷宮内部のレアネームド。闇の歴史の担い手、化生の巫女。それが白蛇の乙女の役割だ。

『白蛇の乙女、君に聞きたい。僕は……邪神か?』



 その時、がつんと世界が揺れた。



 空気が変わる。閉ざされた迷宮が開かれた世界と繋がる、想定外の何かが起きたのだ。何が原因かは八木には判らない。だが、起きた具象が何を意味するかは判る。

 八木ではない八木の中から、抑えがたい喜びが湧き上がる。己が自我とは異質の自我。いや、むしろ八木が異質の存在なのだろうか、それは判らない。だが、自分の心を制御するすべが無いのは判った。


 入り口から神域まで、無数に存在する蜘蛛達が互いに糸を伝わせて意思を飛ばす。

"ばかな""にんげんたち""が""じゅうじか""こわした""でれる""じゆう"


『神よ、あなたは間違いなく、我らが神でございます』

 白蛇の乙女は八木の耳元で、心の底からの信仰を持って答える。


 八木は勝手に湧き上がる憎しみと愛おしさの感情と、己の体験していない過去の知識が自らに流れ込んでくる事に、己が狂ったと確信した。

『気がついたら邪神だ、全く馬鹿げている! ハハ、アハハハハ、ハハハハーッハ!』





 八木の哄笑は、実に自然に八木の腹の底から出てきた。今は容易に身動きが取れぬ体だが、全身をくねらせて哄笑し続ける。

 その笑い声は世界を揺るがしはしなかったが、十分に神殿全域に響き渡るのであった。


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