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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第五話 宴の後

 宴会が終わった後の場に空虚さが漂っているのは、今も昔も変わらない。

 人が居なくなった場には虚しさを誘引させる何かが生まれるんだろうとタイタンは思う。


 テーブルに並べられた贅を極めた食事がものの見事になくなると、自然と宴は解散となった。

 三々五々に散らばり、己に割り当てられた部屋に英雄達が去った後、宴の残飯を当てにしていた使用人達は一様に残念そうな表情を浮かべ、皿を片付けにまわる。

 使用人たちが手早く片付けを済ませた後に、部屋に残る者はタイタンと雑役女中が二名。恐らく彼女らはこの部屋が完全に空っぽになった後、最後の片付けを担うのであろう。


「あいつら何処に居やがるんだ……」

 タイタンはチャカとナイトウを探していた。ヒゲダルマは先に戻らせた。明日の予定について話して置きたかったからだ。

「悪いけど、水少し貰えるかな。水」

 タイタンに言われ、水差しを取りに走る女中の少女達。キャアキャアと高い声で話す彼女達の表情は明るい。

「水です!」

「あー、悪いね」

 タイタンは差し出された水を飲み、ほろ酔いの脳味噌を醒ます。

 悪い場所ではない。従業員はそれなりに仕事にプライドと満足感を覚えて働いているようだ、タイタンの目にはそう映る。

 グラスを手で弄びながら、ぬるい水を喉に流し込んで、バルコニーに一歩踏み入った時、タイタンは人の気配を感じ取った。


 直接視認できない位置に二人が居る。タイタンには何をやっているかは判らない。


「いや、そんなおかしい事無いんじゃね?」

「だって……ほら、その……」

 ナイトウとチャカの声が聞こえる。

 ふと、ここ数日で嗅ぎなれた匂いが薄く鼻腔を撫でる。

 タイタンは警戒を多少強めながら、二人にこっそりと近寄った。悪戯心もないわけではないが、何を話しているかが気にかかったのだ。

 闇の中で男と少女が絡み合っていた。

 チャカがナイトウの首に腕を回して、酒瓶をラッパで飲んでいたのだ。

 どう見ても性質の悪い酔っ払いの絡み方だった。

 絡まれているナイトウはグラスでちびちびと飲んでいた。

「お前ら何してるんだ……」

 タイタンが思わず天を仰ぐと、満天の星と月が目に飛び込んできた。





 チャカはベルウッド達が立ち去った後、とりあえず酒をらっぱ(・・・)で飲んで酔い直した。

(しらふじゃ多分、寝れない)

 現実逃避と言われても仕方がないが、鼻腔に残る真っ赤な匂いをアルコールの香りで誤魔化す。ついでに脳もアルコールに犯させて真っ当な思考を麻痺させる。


 チャカの脳が繰り返す思考は「おかしいよおかしいよ」という単語だけになっていた。

 どうにも思考の麻痺させ具合が失敗した、と脳のどこかで失敗を悔やむ。

 ナイトウもグラスに残っていたテキーラでちびちびとやり直していた。

 そうして地べたに座り込んで、二人の暗い宴会はやり直されたのであった。


「――いや、中世的な世界観なら、微罪でも死刑が下されることはそんなおかしい事無いんじゃね?」

「だって、そんなにひどいこと?おかしいよ」

 このようなやり取りを、ずっと繰り返していた場にタイタンが現れたのであった。


「だ、大体こんな感じで、いい加減そろそろオレも疲れた……」

 ナイトウはタイタンに、先程見た光景を説明した。

「ま、町に入る時に、弓で撃ってきた奴ら居たじゃん?そいつらのリーダーっぽいのがさっき処刑されたんだわ。十字架に触ったら、パーンって体が吹っ飛んで、死んだ」

「で、何でこいつは、こんなにグダってるんだ……」

 タイタンに話すナイトウも相当酔っているが、チャカはそれ以上に酷い。


「ちゃ、チャカはそれがおかしいってさ。死刑にする事もねーべよ、って」

 ナイトウが立ち上がると、引きずられてチャカも立つ。足元がおぼつかない。ふらふらしている。かろうじて自立が可能か?という程度である。


「おい、チャカ、大丈夫か?」

「あー……たいたんかぁ。おかしいんらよ、きいへよ」

 今度はタイタンの服をつかみ、ろれつの回らない舌ったらずな言葉で、壊れたレコーダーの様に繰り返すチャカ。

 チャカの青臭い、甘い言葉は麻薬のような響きを持ってタイタンの脳を侵食する。

「そんなのに、しけいにするりょーしゅはゆるせなくない?」

 締めのその言葉で、タイタンは酔ったチャカを突き飛ばした。


「あたっ」

(酔っ払っているとは言え、この発言は危険過ぎる(・・・・・)

 誰かに聞かれていたら、と思うとタイタンはぞっとする。

「特におかしくもないし、俺は許す。この世界にはこの世界の"ルール"がある」


「……でも、おかしいよ」

「本当におかしいと思うなら、この"世界"を変えるつもりでやれよ」

 タイタンはいつの間にか抜いた長剣を、チャカの左腕に押し付けて言い切った。

「そこまで言うなら、お前が"復活"をしてやればいい。<不完全な復活>だったか?それを使えばいい。腕一本切り落とせば間違いなく使えるだろうよ。チャカ、お前にそれが出来るか。その覚悟はあるのか?」


 グッと剣に力を込めながらタイタンはチャカをの瞳を見る。

 チャカの目は真っ赤に充血して、どろりと澱んでいた。

「……」

 チャカは真正面から、タイタンの視線を受け止めれなかった。

 悔しそうに唇を噛み、地面を見る。

「出来ないだろ。どうせ他人事だ。それでいい」

 タイタンはほっと一息をつく。

 ここで変な意地を張られても困った事になっただろうが、ここで意地を張るようなチャカだったらタイタンは最初から神輿に担ぎ上げたりはしない。


「――現実(あちら)に戻るつもりがあるなら深入りしないほうが誠実だ」

「でも……」

「戻るつもりが無くても、手前の命を張る場所はもっと考えておけ。ここは命を張る場所じゃねぇよ」

 タイタンは踵を返し、ボリボリと頭を掻きながら室内に戻る。

「まぁ、俺は寝る。お前らも程々にして置けよ」

 タイタンは背後で、ナイトウがチャカを立ち上がらせる気配を感じた。


 腹もふくれた。寝床もある。久しぶりにしっかり睡眠を取れると良いが、とタイタンは歩きながら思うのであった。





 茶屋坂瑞樹はネカマである。

 彼がチャカと為った日から、"彼"は"彼女"である。

 だがしかし、"彼"は日々の生活に追われる夢を見ることが多い。

 ましてや、夢の中で冒険をする夢など、あまり見たことが無い。

 見たとしても、"彼"が"彼女"の尻を追いかけているモニター越しの夢だ。


 乾いた砂埃や硫黄の匂い、血煙の上がる戦いは脳が再生するわけが無い。

 そんな経験も、記憶も、チャカには全く無いからだ。


 だが――


 巨大な羽毛ある蛇が街を襲う。

 中空を滑るように這いずり、口からは硫黄の匂いのきつい炎を吐き、ぬめる尾は群がる英雄達を叩き伏せる。

 かっての邪神(・・・・・)の姿であった。


 ――そうだ、これ、確かβ最後の日の夢だ。


 神の声に導かれ、邪神に挑む数百人の英雄達。

「いっくよー!」

「うはwwwおkwww」

「おい、そろそろ止め行くぞ!」

 チャカもナイトウもタイタンもLA(とどめ)を狙っていた。いかに強大な邪神と言えど、そもそもMOBなのだ。十分な準備をしたプレイヤー達に叩き潰される事は当然である。

 そんな中、"チャカ"は震えが止まらなかった。

(違う、私は明日から始まる正式サービスに期待してた)

 左腕に付き立てたダガーは、やわらかい筋肉を切り裂き、骨を削り、神経を傷つけ、左腕をまともに動かなくする事に一役買っていた。"チャカ"は激痛を食いしばって耐える。

(違う、そんな記憶は無い。痛いとか辛いとか無い。楽しかった)

 傷ついた血肉が骨の兵士を産み出し、触れれば腐れ落ちる水を湧き上がらせる。

 "チャカ"やタイタンやナイトウ、その他諸々の英雄達の猛攻により腐毒の血飛沫を上げる邪神は段々と弱っていった。

 邪神は苦悶の声を上げながらも、炎を吐いた。避け損ねたナイトウが火達磨になり、地面を転がる。

 即座に走りより、"チャカ"は躊躇無く左の二の腕に付き立てたダガーをえぐるように回し引き抜く。心臓の鼓動にあわせて噴き出す血をナイトウにぶちまける。一瞬で消える炎。

 ナイトウはそのままの体勢から、長い長い詠唱モーションの後に、地獄の炎を召還する。空間が歪んだ、と思った直後、真っ赤な暴風が吹き荒れる。

 羽毛ある蛇の開いた口の中で爆発した地獄の炎は、その頭部を完全に引き千切り、肉片に変えた。

「オレwww最強wwww間違いないwwwwっうぇ」

 ナイトウの勝利の雄たけびが聞こえる。周りからは「おめー」や「おつー」や「うぜwww」やらの、極めて強大な邪神を封印したという事実からは乖離した台詞が聞こえる。まるで日常の一コマのように。

 何度聞いてもおかしな(・・・・)人たちだねと、"チャカ"はそう思……



(違う、何もおかしくない! いつもの事だ! BOSSを倒したらそんなものだ!)



 はっ、とチャカが目を覚ますと、ナイトウの顔が目の前にあった。

 ナイトウの、んごおおおお、とアルコール臭の混じった、極めてオヤジっぽいイビキが響く。

 チャカの割り当てられた部屋のベッドである事は多分、間違いが無い。


 何故こうなったのか、その辺りはチャカの記憶に無い。

 記憶に無いが、恐らく想像はつく。


(まぁ、いいや)

 目が覚めた時に、ナイトウの緩い顔を見たら色々どうでも良くなったというのがある。

 チャカは二日酔いでガンガンと痛む頭を抱えながら、ポーチ内部に眠る衣装(ぼうぐ)を適当に吟味する。

(そうだ、折角だからβの時の装備に変えよう。あの頃はまだ白烏装備が流行だったし。今のレア度から考えてみたら相当しょぼいけど、久しぶりだし、いいよね)


 昨日の取り決め通りなら、今日の午前中にはもう、出発だ。

 着替えを済ませた後、ナイトウを叩き起こして朝食でも食べに行こう。チャカは夢について追求する事も無く、状況を開始した。





 サイハテの街の住人達は、縦列を組みながら行進する異様な行列をまた見る事となった。

 結局彼らが何者だったのか、住人達にはあまり良く判らないが……まぁ、大して関係が無い。

 彼らが一体何をするのかを、一部の物好きが見てみようと後ろからちらほらとついて行く程度である。


「全員、停止!」

 ベルウッドは『十字架』の広場に着くと、停止号令をかけた。

「長い間、当ギルドの指揮下に入って貰った事に感謝する。これより各自、自由裁量で行動を取って頂いて貰っても構わない。ただし、各人帰還の為の情報の収集をする事と、30日後またこの地に集まる事は、先日了承して頂いた通りである」

 一息ついたベルウッドは、周囲を見渡す。

「それでは、我々はここで失礼する。30日後にまた会おう」

 そう言い残し、ベルウッドは『十字架』に触れる。


 ――ぶおん、と十字のオブジェクトが、大気を静かに震わせながら、青く光る。


 小さな悲鳴が町の人々から上がる。

 ベルウッドは光の微粒子となり、空に溶けるように消えた。

 ギンスズが、オジジが、グっさんが、続けて光となり、消えた。次々とレゾナンスペインのメンバーもそれに倣い、十字架に触れる。全員が光の微粒子となり、跡形もなく消え去る。

 ネクロンも笑いながら、手を振りながら消える。

 芋虫―エムオーはじっと『十字架』をねめつけた後、触れた。光の粒となって消えた。


 見守る町の人々は絶句。目の前で集団自殺が起きているのに、何故この者達は平然としているのかと。

 最終的に残った者は4名。


 チャカ達である。


「で、私達何処行こう……」

「か、考えてなかったんだな」

「そもそも、ウチ全然知らないッスよ?」

「お前ら……って、ヒゲは仕方がないか」

 どっか、と十字架に背を預けながらタイタンが大まかな説明を始めた。


挿絵(By みてみん)


 この世に国は3つある。


 北のクオン王国。豊かな大地と温暖な気候で、王が治める悠久の王国。

 西のフェネク帝国。砂漠の大地に覇を唱えた帝王の治める戦乱の帝国。

 南の都市国家連合ティカン。多数の都市国家の合議により治められる法の連合。


 そして滅んだ国が1ある。


 北西のオウレン女王国。水の都バイカを中心とした華の国である。


「問題は、ヒゲがどこに飛べるかが問題じゃねぇ?一度行った場所ならコレで飛べる……いや、前なら飛べたんだしよ」

 ポンポン、とタイタンは『十字架』を叩きながら言った。


「んー。どんな感じなんだろ、これ」

 チャカもそっと十字架に触れた。

 耳に水が入ったような不快感と共に、脳に世界地図が展開される。手を離すと共に消失する不快感。思わず片足で飛んで水抜きをするチャカ。

「……これは気持ち悪い」

 ナイトウもタイタンも微妙な不快感に頭を振る。

「と、とりあえずヒゲ、触ってみ」

「あ、リョーカイッス」


 ヒゲダルマの手が『十字架』に触れた途端、一際強い光が十字架から発せられた。

 同時に、(ゴウ)ッと風が数秒、吹き荒れた。


 風が凪いだ時、ヒゲダルマは両目から涙を流していた。

「だ、大丈夫?どしたん、どっか痛いん?」

 チャカの心配する声に、ヒゲダルマは寂しそうに笑った。

「違うッス。何故か、凄く……懐かしいッスよ。ウチ、何か、凄い大事な事を忘れているみたいッス」

 








 『絶望の迷宮』の"再入場時間"は24時間である。


 再入場時間とは、一度プレイヤーが進入したダンジョン(インスタンス)にもう一度進入するまでに掛かる時間の事だ。

 システムで縛られた再入場時間は、効率の良いダンジョンのみを回れないようにした開発や運営の苦肉の策とも言える。

 だが、それもこの世がゲームだった時代の話の事である――



(地獄があるとしたならば、ここが地獄だ)

 歪んだ視界に、異形の群れが映る。視界が歪んでいるから異形に映るのか、そもそも彼らが異形なのかは今の八木には理解は出来ない。でも、もし地獄があるのであればその光景は実に地獄らしい光景であっただろう。


 八木の視界に映る物は、炎とその中に身を投じる異形。

 ばちばちと燃え盛る炎にくべられた薪は、異形の血肉。


"At qu itlot. Xip q itlot. O ji quua, at ji xipquua."

"At qo deggy, moop d deggy. It ji lemoop q at qo deggy. "


 その炎を取り囲み、一身に祈りを捧げる異形達は、八木のよく知っている言語で祈っていた。

 日本語と異なる言語であるが、八木はその言語を一番良く知っていた。


 何しろ、八木自身が創作した言語であるからだ。

 "八木語"を用いて、祈りを捧げるのは"白蛇の乙女"。


 3日で"でっち上げられた"その言語はアルファベット26文字それぞれに架空文字を当て込んだ物である。

 それ以上でもそれ以外でもない。文法的なものなど本当に適当だ。よく使われるであろう単語を八木語に訳した辞書を4日目に上司に提出した時、八木はとりあえずタイピングの早さだけは褒められたのだ。質は問われなかった。

 ……八木語は、開発途中で急遽付け足された魔物の言語であったのだ。実際にゲームで使われた量など、ほんのちょこっとであるが。

 相変わらず八木の視界は歪んでいる。だが全身を駆け巡る苦痛は多少和らいできた。

 思考をまとめる余地が出てきたのである。


(ここは、何処だ?)

"Sew si qew?"

 八木の口から、自然と"八木語"が出てくる。口蓋まで叩き割られていた口がもごもごと動き、音声を発した。


"ITLOT!ITLOT!"

 その場に居た発声器官を持っている者は同一の単語を口にする。

 神よ、神よと。

"Itlot ji moop!"

 白蛇の乙女の興奮は八木にも伝わる。涙を流しながら神体に縋り付く。



 稚児が父母を求めるように、魔物(MOB)邪神(八木)を求めるのだ。

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