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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第四話 宴

 太陽が沈み、闇が世界を徐々に包み込む。

 サイハテも同様に静かに眠りの時を迎えるはずであった。


 そんな中、領主の館……いや、城では盛大な宴が催されていた。

 英雄達を迎える宴である。





「皆様、今日は大いに飲んで、大いに食べて下さい。サイハテの最高級の料理を集めました」

 領主アイロンの朗らかな声は、チャカの第一印象からは多少ズレていたけれども、客としてもてなそうとする精一杯の感情にあふれていた。


 (しつら)えられたテーブルに色とりどりの料理が並ぶ。

 串にさした豚肉を焼いたものや、もろこしの粉を使った団子、魚の素揚げや、川魚と雑穀の粥、ケールに良く似た葉っぱの野菜のサラダ等々、豊かな土地であるとこれでもかと主張するほどに盛り付けられたバイキング方式の宴が始まった。

 ここ数日間の粗食に耐えてきた彼らはアイロンの言葉で親の敵を処理するが如く食らいはじめたのであった。


 ただ、チャカにとっての問題は、だ。


「と、取りにいけない……」

 文明的な食事に餓えていた野郎達の群れにあって、チャカの小柄な少女の体というのはいかにも不適だった。欠食児童と化した群れの中、まともに料理を皿に盛るだけの余裕が無い。

 ナイトウもタイタンも、既に皿に盛ると言う行為を放棄し、山のように盛られたテーブルの上から直接喰らいに行く暴挙に出ている。



「チャカさん、これどーぞッス」

 ヒゲダルマが巨体を駆使して取ってきた料理をチャカに渡す。

 団子だった。

「あ、うん、ごめんね、ありがと」

「いやー、みんな流石に欠食児童になってるッスねー」

 もぐもぐと肉っぽい何かを食べつつ、狂乱の宴にヒゲダルマは生ぬるい視線を送る。

「私も突撃できるなら行きたいよ、ホント」

 もし、以前どおりの体だったとしてもあの肉の壁は突破できなかっただろうけど、とチャカは人だかりを見て思った。

「やー。なんていうかご愁傷様ッス、ウチは第二陣いってくるッス!」

 そしてまた特攻を繰り返すヒゲダルマ。逞しい体に力が篭る。食事に群がる亡者の群れのような彼らの中にあって、一際活き活きとした突っ込み具合だ。

(バーゲンに群がるおばちゃんの群れだなー)

 チャカは渡された団子を食べながら思う。おばちゃんどころかガチムチな野郎が大半だが。

「あ、甘い。おいしい」

 素朴な炭水化物の甘さ。噛みしめれば噛みしめるほど味わいが増す。

 自然とチャカの目から涙が溢れ出してきた。



(火の通った料理っていいなぁ)

 チャカは団子を食べながら、少々前の『今後についての話し合い』を思い出すのであった。





 何故理想の世界に来て、忌々しいあの世に帰らねばならぬのだと、ベルウッドは本心では『元の世界』に戻らなくても良いと思っていた。

 そして、幸いな事に(・・・・・)元の世界に戻る方法など判らない以上、この世界で生きていくしかない。

 ただ、ベルウッドは一応場を取り繕わなければならぬ。そう考える。


「元の世界に戻る方法を探すべきだと思う者は、挙手を願う」

 ほぼ全ての手が上がる。


「ならば、元の世界に戻る方法を探す手段を考えついた者は、挙手を願う」

 ちらほら、と手が上がる。ベルウッドは適当に目に付いた者を指名し、答えさせた。

「オープニングムービーで伝説が語られてた、その辺りの線から当たってみたらどうだ?」

「設定とかはどうだっけ?あの辺ヒントになってたりとか?」

「それより、国とかその辺の情報が集まる所に行けば何か判るんじゃねー?」

「鯖不調が問題だったんだ。放置してたら戻れるんじゃないか?」

「そんな希望的観測によくすがれるな、俺っちそこまで楽観的になれねーや」


 様々な意見や推測が飛び交う中、ベルウッドがとりあえず場を収める意見を言う。

「我々が一ヶ所に集まって探すより、分散して手分けをして探した方が早いのではないか?」


「一度別れたら中々……合流するのって難しくない?だって、IRCもスカイポも、何にも無いんだよ?」

 うーむ、と考え込む人々。チャカの発言で悩ましい問題がまた一つ増えた。


「連絡できれば問題無いのではなくて?」

 一人の黒髪の女騎士が立ち上がった。

 凄く美しいという訳ではない。凄く可愛いという訳でもない。

 だが、プラスかマイナスで言うならプラス。どちらかというと万人に許容される顔立ち。

 そんな黒髪の女騎士の名は、ジャンヌ。

 彼女もまた、ギルドの(マスター)である。

「いや、だから。ジャンヌ、ギルチャも耳打ち(Wis)も通じないのにどうしろっていうのさ」

 チャカが即座に立ち上がって、反論する。ジャンヌと呼ばれた女騎士は鼻で笑い飛ばした。

「馬鹿ねぇ、直接会えばいいでしょ、定期的に」

「えっ」

「『十字架』があるじゃない。多分あれ、生きてるでしょ」

 あー……と、全員が納得する。

「一ヶ月に1回、ここにまた集まればいいでしょ。もし『十字架』が死んでたら無理だけど」

 ねぇ、とジャンヌは己のギルドメンバーを見回して勝ち誇ったように語る。

「流石に引き篭もり姫は視点が狭いわね。オフに一度も出ないんですものね」

 ジャンヌの視線と口調は嘲弄を含み、チャカに刺さる。

(こいつ、やっぱ気に食わない)

 チャカと徹底的にソリが合わないのだ、ジャンヌは。

 犬猿の仲とも言ってもいい。

「ブレイカー姫の視点の広さは魚眼レンズ並みでござーますね。そいえば、ギルドは最長記録延長? オフやって新しい男でも捕まえた? 後足の魚の目治った?」


 ジャンヌの売り言葉にチャカの買い言葉。ピシリ、と会議の空気が凍る。


 そんなジャンヌは、ザ・フールの過去のメンバーである。

 ジャンヌのあまりの我侭具合に、チャカがギルドから叩き出した記憶はそれなりに苦い。

(昔は普通の子だったんだけど)


 ギルドブレイカー・ジャンヌ

 "彼女"を知る者は、こう語る。

 曰く、入ったギルドは必ず解体される。

 曰く、PTを組んだらギルドが解体される。

 曰く、通りかかったらギルドが解体される。

 いや、そもそも彼女は何もしていない。何もしていないはずなのだ。

 だが、居るだけで破綻する――


 この手の伝説は、誇張されてネタになっているいる事が殆どだ。

 ただ、幾分かの真実が含まれている事は事実である。


「……やめんか」

 ドスの効いた不機嫌なベルウッドの声が、今にもキャットファイトが始まりそうな空気を叩き潰した。

「いいだろう。一ヶ月後の昼にまたこのサイハテに集合する事で、情報交換を行う事としよう……異論があるものは挙手を、願う」





(で、誰も手を上げなかったんだよねぇ。私も別にもう意見も何もなかったけどさ)

 もぐもぐ、と咀嚼を続ける。

 チャカはこの体になって、いいことを一つ見つけた。

 食事量が少なくてもいいのだ。少量で満足できる、というのは極めて便利だと思う。


「おう。食ってるかぁー?」

 ナイトウは右手には金属製のグラスを2個持ち、左手には瓶らしきものを下げている。

「ナイトウかぁ、ちょっとは肉持ってきなよ……」

 ほれ、とチャカにグラスを渡した後、ナイトウは透明な液体を注ぐ。

「まぁ、ぐいっと行け。ぐいっと」

「言われなくても水なら飲むよ……喉渇いてるし」

 一旦人ごみを避け、ベランダに移動し風を感じる。太陽が落ちると、また空気の熱も落ちる。


「んじゃ、文明を祝って、かんぱーい」

 やる気のない乾杯の合図で、キンッとチャカとナイトウはグラスを打ち合わせ、一気に杯を呷った。

 「ンゴッフォッ!?」

 咳き込むチャカ。濃密なアルコールに喉と舌を焼かれる。


 それは、透明で、非常に濃い酒であった。


 ナイトウはしたり顔で酒について語る。

「さ、酒はいいぞぉ、人を詩人にさせる……」

 なみなみと手酌で注いだ後、もう一杯一気に飲み干すナイトウ。

「どう見てもテキーラです。ご馳走様でした」

 ナイトウの顔をチャカが良く見ると、真っ赤である。

(こいつ、完全に酔ってる……!)


「蒸留酒を作るのには意外と技術が要る。少なくとも醸造酒を作る技術と、そこから更に蒸留という一手間をかける必要がある蒸留酒は別物の技術だ」

 どもりが消えたナイトウの一人語りは続く。

「オレの知る限り、醸造酒の歴史は古いんだ。紀元前のはるか以前から酒は人類と共にあった。だがな、比べると蒸留酒の歴史は浅い。少なくともあっちだと11世紀前後からしか存在しない」

 飲んでるかー?とチャカの器を見て、ナイトウは眉をしかめる。

「いや、私も嫌いじゃないから飲むけど。飲むから放せ!」

 ナイトウがチャカの肩を抱き、飲めや、とばかりにグラスに酒を注ぐ。

「少なくともまともに蒸留酒が歴史に上るのは、15世紀の中世以降ってことだ」

「それがどうしたのさ……あ、確かに美味しい」

 舌を焼くアルコールの濃い味。ついで鼻に通る草の香り。

 飲み干した後、体に沸き立つ炎。

「美味いだろ?」

「だから美味しいから、はーなーせーって」


「こんな素敵なテキーラを飲むのは久しぶりすぐる。少なくともオレが常飲してた安焼酎よりかはよっぽど上等な代物なだ」

 それに、何より他人と飲むのは久しぶりだ、と。ナイトウは付け加える。

「で、なにさ。蒸留酒があるからって何か不都合があるの?」

 チャカもちびちびと飲みながら、くだを巻くナイトウに付き合う。


「そりゃ、アレだ、何が不都合かって……何も不都合はない、けどな」

「んー……まぁ、いいけど。アレなんだろ?」


 酔っ払い同士のグダグダな絡み合いの中、チャカが見たものは、街広場の十字柱の周りに集まる人だかりであった。


 祭りのような催しが開かれているのか、周辺に篝火が焚かれていた。

 十字柱に祈りを捧げる街の住人を割り、一人の男が静かに連行されていく。

 『城』のバルコニーからでも良く見える、その男は――





 太陽が登る時と、沈む時にあわせて、街の住人達は祈りを捧げる。


 広場に突き刺さる巨大な『十字架』は、常に淡く青い光を放っている。英雄(プレイヤー)達にとっては、移動の要であり、倉庫も兼ねる重要なオブジェクトだった。


 サイハテの、いや、この世界の住人達はこの十字架に、朝夕祈りを捧げるのが日課である。

 本能的に判っているのだ。この十字架こそが魔の進入を妨げ、街を守っているのだと。

 ただし、彼らは十字架に触れる事は無い。


 ――ぶおん、と十字のオブジェクトが、大気を静かに震わせながら、青く光る。


 触れてはならないよ、神様の祟りがあるからね。幼い子は必ずそう親に教えられ、育つ。

 それでも触れる愚か者は居る。


 触れた愚か者の末路は三つ。

 骸と果てるか、

 骸すら残さず消え去るか。


 最後の一つは極めて稀。

 神々の欠片を授けられ、英雄となるか、だ。



 "英雄刑"と名づけられた刑罰が存在する。

 十字架に触れ、最後の判断を柱に任せるそれは、『名誉ある死刑』の一つである。


 祈りを捧げる街の住人の中を割り、百人隊長は静かに連行されていく。


「最後に何か、言い残す事はありませんか……」

 百人隊長に同行した、若い兵士が訊く。


「……街を、頼む」

 懇願に似た言葉を残し、拘束を解かれた百人隊長は自らの足で十字架に向かう。

 わずかな、それこそ10mほどの距離を歩くだけでも足は萎えそうになる。


 十字架に触れる手は、ぶるぶると震えていた。

(俺は、英雄に成れるのだろうか?)

 百人隊長は自らの行為が今でも間違っているとは思わない。

 『神』に己の行為の是非を問う。それで間違っていたと言われたならば、諦めも付くであろう。


 ――ゴゥン、ゴゥン。

 一際強い光を放つ十字架から、膨大なエネルギーが流れ込んできた。


「う、ぐ、おぉおおぉおお!」

 体を駆け巡る何か。注ぎ込まれる膨大なエネルギーは百人隊長の全身の血管を開き、穴と言う穴を開く。心臓の鼓動が早鐘を打つ。止まるどころか速度を更に早める。

 どくんどくん、から、どくどくへ、更にどどどどとと聞こえた時、百人隊長の肉体の耐久力の限界を超えた。



 パチャン、と、その体は水を注ぎ過ぎた風船のように、爆ぜた。





「……っ?」

 チャカもナイトウも、その光景を城のベランダから見ていた。見えてしまった。


「矢張り、神もかの者を断罪しましたな」

 いつの間にか領主アイロンとベルウッドがその横に立っていた。

「……責任者は処分したから、今後この事については追求するな、ということだな?」

 表情一つ変えず、二人は話す。人一人が弾け飛んだ事に眉一つ動かさず。


「え、いや、ちょ、あの、どういうこと?アレは?」

 困惑したチャカがベルウッドに詰め寄る。

「どういうことも何も。我々に先制攻撃をかけた"首謀者"は裁判にかけられ、死刑となった、と言う事だそうだ」

「いや、それって……理解できないんだけど?」

 話を続けようとするチャカを煩わしそうに一瞥し、ベルウッドはグイっと酒を飲み干す。

「不味い酒だ」


「申し訳ございません、天人ベルウッド。人は人の法によって裁かれねばなりません。その御手を汚すほどの事でもないと……」

 アイロンの常識では、それで済んだ話なのだ。これほどまでに不機嫌になるのは何故か、冷や汗がだらりと垂れる。


「お前には関係が無い。そして、お前らにも直接は関係が無い出来事だ。他言無用、忘れろ」

 チャカ達に言い放ち、ベルウッドは室内に戻る。その後をアイロンが追う。





 ベランダには酔いが抜け、真っ青になったチャカとナイトウが取り残された。


「こんなの……おかしいよね?」

 血と脂の混ざった生臭い風が、二人の間を吹き抜けた。

12/04/27 19:20 集合時間の日付を訂正。

     19:25 更に訂正。元の日付に。

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