第三話 城塞都市 (3)
チャカの『国』は鬼門という言葉に、ナイトウとタイタンははっと気が付く。
確かにザ・フールにとって、それは間違いないと。
そして、一人だけ理解していない者がいた。
「国が鬼門って、どういう事ッスか?」
左手を顎にあて、小首をかしげながらヒゲダルマはチャカに尋ねる。
(ああ、そっか。ヒゲは記憶が無いんだっけ)
チャカは説明がさっぱり足りていない事に今更ながらに気がついた。
「うん。なんて説明すればいいのかな……」
チャカは目の前のテーブルに頬杖を付いて、遠い目で過去を語りだす。
「元々、国って単にスタート地点をどこにするか程度の差だったのよ。それが一気に変わったのが……大体3年前、だっけ」
「大体そんなもんかな、正月空けたら戦争だったから覚えてる。馬鹿じゃねぇのとか思ったぜ」
「し、正月アプデだったから期待したんだけどな。前は」
うんうん、と頷くタイタンとナイトウ。
「そもそも、アレなん。元々戦争なんて無いのにブチ込んだのがこのゲームなのよ」
いやな事件だった、とチャカは思い出す。
元々PVE要素が強めで、PVP要素が薄かったはずのディープファンタジーが、三年前のアップデートで追加した『戦争』要素は一気にゲームを別物へと変えてしまった。
『週に一度の大戦争! 貴方も国の英雄に!』
『大戦争週間』と名付けられたこの新要素は、100人VS100人をウリにした大規模対人コンテンツであった。勝てば国の領土が増え、負ければ減る。
そして、参加プレイヤーは勝てばちょっと所持金が増え、負けてもデメリットは無い……はずであった。
――唯一の例外を除いて。
「んで、平たく言うと私達の国は、戦争に負け続けた、って訳」
大陸北西部にあった、チャカ達の元所属国家は『オウレン』と言う。
最初期の公式HPでの『国』の説明では、代々平和主義の女王が治める、気候は温暖、豊かな自然と、水の豊富な都へようこそ!という感じの、牧歌的な国家であった。
そんな国の元に集まったのは微妙に暢気な人が多く、戦争なんて知った事じゃないね、という者も多かった。
とどのつまり、弱かったのだ。
北の『クオン』西の『フェネク』に挟まれたチャカ達の『オウレン』が辿った運命は、悲惨の一語に尽きる。『戦争』をやれば毎回圧倒的大差で負けたのだ。
「ば、バランス悪いにも程があったな」
ナイトウも当時を思い出して憤慨する。
負け続けて領土が首都の『バイカ』しか残らないという事態が続いたのだ。
約一年間、その状態が続いた時に、当時の運営は一つの決断をした。
――『オウレン』の滅亡と、そこの国に所属していた者の亡命である。
「流石に負け続けて人の流出が止まらなくなって、ようやく『滅亡』って体裁で人を分散させたのは……笑っていいのか泣けばいいのかわかんなかった。ゲームって言っても、自分の選んだ国が滅んだ時は結構クる物があったね」
「ああ、全くだな」
「ま、まぁな」
当時チャカ達は悔しさのあまり泣いたのだ、思い出して思わず苦笑いをする3人。
「なんていうか、ご愁傷様ッス……」
「って、人事のように言ってるけど、ヒゲも『国無し』だよ?」
「えっ」
運営は別の国への亡命という選択肢を、オウレンのプレイヤー達に与えた。
滅亡国のプレイヤーに許された『特権』を行使しなかったプレイヤーはステータス欄の国名が空白、つまり、国無しと言うイレギュラーな事態に陥ったのだ。
よって、国無しは極めて少ない。
そもそも、滅亡を機にゲームをやめた者のほうが多い。
その後、戦争の領土争いは大陸中央の『邪神領』を取り合う形式に変わり、現状に至る。
これは余談だが、サイハテは邪神領の最も中央部に存在する。
それはさておき、最終日に居たチャカの知っている『国無し』はこの4人だけである。
「ヒゲも、オウレン出身だったから……戦争じゃ見かけなかったけど」
チャカが知る限りでは、ヒゲダルマは戦争に出た事は無い。
PVP好きではないのだろう、とチャカは判断していたし、他のプレイヤーに嫌がる事を強要する事なんて一プレイヤーには出来なかった。
だが、ユーザー間の結びつきを嫌でも強める『戦争』にほとんど参加しないヒゲダルマと、チャカの接点が無いのはそのせいでもあった。
最後の1ヶ月で、話し込んだらいい奴で、同じ国無しという事を知ったのもその時だったのだ。
「つまり……国が無いのは、私達だけって事」
チャカは話しながら、目を閉じ、自らの思考をまとめる。
(サイハテはクオンの領域、だから、ベルウッドは歓待され、ネクロンは敵意を向けられるんじゃ?じゃあ、私達は……どこに行くのが最良?)
「結局、もうちょっとここで様子見して……町を出る事になったら、出来ればバイカに戻る、かなぁ」
当たり障りの無い結論を改めてチャカが言った時、どんどんどん、と扉がノックされ、オジジの声が扉越しに聞こえた。
「おーい、眠り姫が目覚めたらしいぞー」
眠り姫って誰だ、とチャカ達は顔を見合わせた。
同時刻、ベルウッドの部屋にて。
「……助けてくれてありがとうございます」
少年はベッドから上体を起こし、椅子に座っていたベルウッドに感謝の言葉を述べる。
「ふむ……」
ベルウッドらが主体となって、傷ついた少年の体を癒し、意識の無い体に水を与えながらこの場まで運んで来て、ようやく目が覚めたのだ。
ベルウッドとしては話の一つや二つは聞かないと割に合わないと思っていた。
「体の方はもう大丈夫か。違和感は無いか?」
何しろ、ベルウッドが"生やした"とは言え、四肢切断の状態からの目覚めである。
もし妙な後遺症が残っていたら今後の戦闘に支障が出る可能性は否めない、とベルウッドは考えていた。
捕らわれていた少年は、手足を軽く動かした後、答えた。
「大丈夫、特に問題ないです」
それよりおなか空いちゃったな、と言う少年。
「もう少し経ったら歓迎の宴だそうだ、そこで食べれば良いだろう」
ベルウッドの腹も空いている、なんだかんだで食う事は楽しみである。しかし、その前にだ。
「話したく無いなら話さなくても良いが……お前達、いや、アンリミテッドはどうやって食料を調達していたんだ?」
「お前って言うのやめてくれませんか。僕はエムオー」
少年――いや、エムオーはゆっくりと話し始める。
「折角これからご飯なのに、食べれなくなるかもしれないよ?」
ベルウッドは一瞬躊躇をした。予想通りなら聞けば飯が不味くなるだろう事は間違いが無い。
しかし、聞かねばならない。躊躇した自分の精神をたるんでいると見なし、ベルウッドは改めて聞いた。
「いや、構わん。出来れば手短に頼む」
「そうだね、彼らは僕を食ったのさ。油断してたね、まさか同じギルドの面子に殺られるとは思わなかったよ」
さらり、とエムオーは殺された、と言い放った。
「その後復活させられて、ギリギリの所で治癒されたり、自己治癒したり、と。彼らは僕の血肉で生き延びたんじゃないかな」
「待て、お前……いや、エムオー、君はそれで餓えなかったのか?」
"スキル"で餓えは癒せなかった。
(そんな抜け道で抜けれるものなのか?)
という疑問がベルウッドの脳裏に浮かぶ。
いや、確かに<癒しの光>での治療は異常なものだ。四肢の欠損すら無意識の内に癒すのだ。それを応用すれば確かに"食料"は生み出せるのかもしれない、とベルウッドは思ったが。
「僕も自分の肉を喰わされて、餓えを凌がされたな……もうやりたくないね」
語るエムオーの言葉に、どうにもベルウッドは違和感が拭えない。
ベルウッドは確かに死霊使い――チャカが"スキル"<美味なる果実>を使って喰われた例を見た。しかし、回復スキルで欠損は即時に治ったはずだ。
エムオーの話の通りなら、何故回復した時に手足は欠損したままだったのだろうか。そして、ベルウッドが回復した時に何故治ったのだろうか。
(むしろ、その手段が出来るのなら、『何故』アンリミテッドは他者を襲い続ける必要があったのだ?危険を冒すにしてももっと効率の良いやり方があるだろう……?)
頭を振りつつ、ベルウッドは一旦違和感そのものを思考の外に置く。
(狂人達の思考は考えるだけ無駄だろう)
どちらにしてもベルウッドらにはもう関係が無い話だ。
そういう裏技で抜けてきたなら今後何かの役に立つのではないか。そもそも、もし次があるとしたなら水と食料を万全の体制で挑めば良いだけの話だ、とベルウッドは無理やり自分を納得させた。
「なるほど、辛かったな。もう大丈夫だ」
「それより、メシはマダー?」
「……自分は、君の親でもなんでもない。夜になれば腹いっぱい喰えるだろう。大人しく待ってるといい」
ぼすん、とベッドにエムオーがまた寝転び、だらだらとし始めるのをベルウッドは内心苛々としながら見る。
「……人道的というのは、全く面倒な事だ」
ボソリ、とベルウッドは呟き、バタンと扉を閉め、部屋の外へ出ると、既にオジジやチャカらがベルウッドの部屋の前に集まっていた。
「眠り姫は目覚めた後、また寝た。疲れて居たんだろう、そっとしておいてやれ……あと、適当な大部屋に人を集めてくれ。話がある」
ベルウッドがオジジに指示を飛ばし、足早に立ち去ろうとした時。
「は、話って何だ?」
ナイトウがつい、口を挟んだ。
「……決まっている、今後の話だ」
ベルウッドの不機嫌な答えを聞いて、チャカ達は顔を見合わせてしまったのだった。
一方その頃、領主執務室にて。
極めて高価であることは予測できる、不釣合いなほどに飾り立てられた部屋の中で領主アイロンは焦っていた。
不幸な偶然とはいえ、神の使者と呼ばれる大英雄に弓を引いたのだ。鼠の様に神経質にカツンカツンと足音を立てながら、アイロンは細かく部屋を歩き回る。
アイロンの視線が横に控える男達を見た後、後ろ手に縛られた市壁防衛隊の百人隊長を捕らえた。
――百人隊長は今回の『主犯』として仕立て上げられ、捕らえられたのだ。
「よって、この度の天人ベルウッドに対する狼藉はこの者の独断である、それで間違いないか!」
「アイロン様、それは違います! 魔物の軍勢と見まがったのです!」
アイロンの無慈悲な弾劾に、百人隊長は悲痛な声を上げた。
「私は、魔物の軍勢の場合の被害を最低限にする為に、必要な手段をとったに過ぎません!」
「よし、貴様の言い分は判った。魔物の軍勢であるならば市壁防衛隊に犠牲が出るはずだ。証人、前へ!」
証人と呼ばれた若い兵士が、アイロンの糾問の声にビクリと震えながらも、一歩前へ踏み出す。アイロンが若い兵士に猫撫で声で、問う。
「君、魔物の軍勢が出た場合はどの程度の犠牲者が出るのかね?なに、君の経験で構わない。答えてくれたまえ」
「は、はい。領主様。僕の所属する隊では、今まで犠牲者が出た事が……」
「いいから質問のみに答えたまえ。魔物の軍勢が出た場合はどの程度の犠牲者が出るのかね?」
「領主様、僕の所属する隊では……隊長の指揮のおかげで……」
若い兵士は涙ながらに訴えようとするが、途中で打ち切られる。
「……もう、いい。次の証人、前へ」
「魔物の軍勢が、そうだな。3年前の襲来時の時が20ほどだったはずだな? その時の被害はどうだったかね?」
「はい、領主様。正確には3年と13日前の魔物の襲撃時には魔物17に対し、336名ほどの尊い犠牲者が市壁軍から出ました。負傷者に関しては記録にございませんが、恐らくはその10倍ほどの数が出たと思われます」
若い兵士のかわりに前にでた文官は、平坦な声で続ける。
「嘆かわしい事に、当時は魔物の先制攻撃で20名ほどが犠牲になった、と記録に残っています」
「ふぅむ……魔物の軍勢であれば先制攻撃を受ける、と。そういうことだな?」
「恐らくは、弓の間合いに入った途端に被害を受けた事でしょう」
文官の答えを聞き、にやにやと、思った通りの筋書きになったとアイロンは安堵する。
「だから領主様! 犠牲を少なくする為に私が攻撃をかけたのです! 対魔戦では必要だったのです!」
百人隊長は必死になって領主に嘆願する。領主のたくらみなど、彼はとうにお見通しだ。
確かに自分に非はある。
『ティカンの白骨』と言えば有名な『英雄』である。
それと認識した時点で、即攻撃をやめなかった、続けろと言う命令を出したのは確かに自分である。その責は確かにある。
だがしかし、誤解させるような行動を取った、奴らも悪いのではないか?
そして、その事で自分が罪に問われては、今後の市壁防衛隊はどうなる。
被害がより大きくなる戦闘方法しか取れなくなってしまう……それ故に彼は必死で説明する。己の行動の正当性を。
「では、何故犠牲がこちらには居ないのだ?怪我人が一人も居ないではないか」
「ですから、犠牲が出ないように!」
その言葉を無視し、理不尽な断罪者と化したアイロンの言葉は続く
「貴様の『己が身かわいさに国の民を傷つけた罰』は非常に重い……よって、死刑を命ずる」
「そんな……」
わなわなと、震える百人隊長の唇は真っ青であった。
これ以上は何を語っても無駄である、と、彼は理解した。
「……執行は今宵の宴までに済ませろ」
首謀者の首を盆に載せて差し出せば丸く収まるだろう、とアイロンはひとりごちる。
周りの者達の反応は様々であるが、一つだけ共通している事と言えば、自分の身は助かって良かった、という安堵であった。
――そうして、無情な裁判は終了した。