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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
プロローグ 現実
2/105

第零話 ネトゲーの終わり(下)

 22:43 土曜日 20XX/12/31


 八木は透明なGMキャラクターで、プレイヤーを観察しながら時間を確認し、悩む。

「うーん……」

 八木が予定していた時間より、30分ほど遅れている。先頭集団を観察しながら、ぬるくなったコーヒーを飲む八木の予定では、自分が操る邪神とプレイヤー達が戦っている真っ最中の時間のはずであった。

 ――このままだと僕を倒して大団円。その後のロスタイムを使ってトークタイム、が出来ないな。

 悩む八木の顔をセンパイが見て、一つの提案をした。

「八木さん、邪神倒してゲームが終わりって最高にカッコイイじゃないっスか! それで行きましょうよ!」

「確かに……その終わり方もカッコイイ、な」


 八木の予定通りにイベントが進まないのはいつも通りの事だ。サーバーが落ちたり、イベントが破綻しないだけマシだろう。と八木は呟き、センパイに話しかける。


「じゃ、センパイ。そのままプレイヤーを盛り上げながらお願いします。僕は邪神キャラの方に入るんで」

「はーい。邪神っぷり、しっかり発揮してくださいッス」


 ――邪神っぷりってなんだ。一応台本は書いてきたけど。


 八木の書いた台本は、けして上等な物ではない。ただ、こんなシナリオでも喜んでプレイしてくれたお客様に対して、八木は感謝の念を抱く。幾ら感謝してもしたりない。



 そうして八木は『邪神』になる。



 23:03 土曜日 20XX/12/31



「マスター! 回復お願いします!」

「そのまま。回復ディレイが終わる5秒後まで待て。その後復帰、<足払い>を入れろ。その後カウンターに入る。あと少しだ、行くぞ!」


 全身を、豪奢に輝く伝説級の装備で包み、その装備に負けぬほどの尊大な雰囲気を醸し出す<修道者>は、最前線の真っ只中にいても埋没する事は無かった。

 その装備を良く見ると、ただの伝説級装備と言う訳ではない。限界中の限界まで鍛え上げられ、理論上最高の性能を誇っている。どれだけの時間を注いだのか。ここまで鍛え上げたものを全身に纏えるのは一握りの幸運に愛された者だけだろう。


 その修道者の名前は、ベルウッド。


「マスター、もうすぐ邪神の間です」

「ああそうだ、10倍と言ってもたいした事は無かったな」

 銀色に輝く装備を纏った、両手斧使いの戦士を横に従え、ベルウッドは普段通りの尊大な口調で答えた。


 ベルウッドは真性の廃人である。BOTもRMTも利用した事が無い。

 その彼がBOTerとして晒されたのは2年前。ベルウッドは自らギルドを立ち上げ、1年かけて誤解を解いた。次に彼はRMTerとして晒された。1年前の話である。世間の彼への誤解は未だ解けていない。

 ――世間と言うものは本当に無責任で、邪悪だ。

 ベルウッドは痛烈に感じていた。

 彼がギルドメンバーと共に、膨大な時間を費やして揃えた装備は卑怯な産物として忌み嫌われた。ベルウッドと一緒にいることを嫌がったのか、それともゲームそのものに嫌気をさしたのか。それはベルウッドには判らない。200名居たメンバーはどんどんと減った。


 ベルウッドのギルドに残り、最後のイベントまでログインし続けたのは40名。


 ――本当に、精鋭達だ。最強のメンバーだ。

 ベルウッドは自負する。自分達こそがこの世界最強集団だと。


 そう、その最強集団をもってしても止める事が出来ない邪悪がある。運営終了のお知らせだ。ベルウッドがいかに嘆き、苦しみ、泣き叫ぼうと、止める事が出来ない邪悪だ。


 ――何故、このゲームが終わらなければならないんだ。こんなに楽しいのに。

 現実での非力さをベルウッドは嘆く。このアバターを脱ぎ捨てたらただの大学生、その身にできる事は驚くほど少ない。嘆きは怒りに変わる。全ては無意味だった。


 そして、ベルウッドは今この場に立っている。尊大なギルドマスターとしての仮面を被り、無力な自分への怒りを堪えながら。

 ――もしかしたら、運営のドッキリとかは……無いか。

 ベルウッドの儚い妄想は、妄想でしかない。それが妄想と判っていても、一縷の希望を捨て去る事は出来なかった。



「そろそろボスか……」

 諸々の感情を隠し、ベルウッドは<神の祝福>でその場に居る全員を強化する。約30分間、全ての能力を底上げする代表的な修道者のスキルである。

 そして、邪神の間に入る前に周囲のキャラクター全員のHPを見る。HPが減少しているものは<癒しの光>や<慈悲の環>等の回復スキルで治療する。準備は整った。


 ――これだけの人数のHPを管理するのは、戦争以来だ。

 ベルウッドは懐かしいコンテンツ『戦争』を思い出す。

 100人単位のプレイヤー同士がぶつかる、緊張感溢れるディープファンタジーの花形コンテンツは、過疎化と共に急激に廃れていった。今となっては精々10人に満たない数でぶつかる事しかない。その戦争も、1ヶ月前の無料化を機に、サーバーの不調で行われなくなっていた。


 ベルウッドにとっては、ディープファンタジーは不愉快な記憶が多い。だがしかし、嫌な事だけじゃないから続けたのだ。レベリング、レアハント、PVP、そして、ギルド。全てが黄金だった。全てが懐かしく、愛しい。


 そう、邪神と相対することとて、ベルウッドは、愛しさで、楽しさで、まだ見ぬ強者を狩ることの興奮で、胸が張り裂けそうになる。全身の血が沸き立っていく事が判る。



-騒がしいな……我が愛し子達よ-


 画面をこれでもかと揺らしながら、先陣を切ったベルウッドのギルドの前に立ちふさがったのは、正に『邪神』だった。


 邪神は禍々しくも神々しい巨大な体躯で、ぬめる様な金属光沢を放つ肌と、6対の腕と2対の脚を持ち、無数の武器をがしゃりがしゃりと揺らしてプレイヤー達を待っていた。


 ――ああ、いかにも邪神だ。これがせめて1年前に導入されていれば……ああ糞ッ!

 その邪神の出来のよさ。迫力は十分。神々しさも十分。異様も十分。これがもし1年前に完成していたら、プレイヤー離れを防げただろう。

 これほどまでに邪悪さと神々しさを兼ね備える邪神の出来に、ベルウッドは憤りを隠せない。何故これがもっと早く出来なかったのか、と。


「行くぞッ!」

「「「応!!」」」

 ベルウッドの号令と共に、ギルドがまるで一つの生き物のように『邪神』を包囲する。



-ククク……フハ、ハハハハ。そういうことか。我を封じる心算か……-


-その過ちごと存分に愛してやろう……ゆくぞ……-



 『邪神』のそのワールドチャットを皮切りに、ベルウッド率いるギルド―レゾナンスペイン―は総力を挙げて神殺しの「作業」を開始した。



 23:05 土曜日 20XX/12/31



 八木はすかさず邪神に<王者の咆哮><呪い:邪神><猛毒の瘴気>を発動させる。

 ――まずは、初撃でヒーラーの出番を作る。呪いでスキルを封じて、後は毒攻撃で裏を取ってくる厄介な暗殺者を潰すかな?

 簡単な戦闘指針を立てながら、八木はキーボードを叩く。戦闘は出来る限り苦しんで、出来る限り楽しんで貰いたい。これが八木のポリシーだ。

 ――最終的に負けると決まっている『邪神』も、足掻いたって良いに決まってる。

 邪神は慎重に間合いを計るように、一歩一歩踏み出す。八木の邪神としての一歩は踏み出された。

 ズギャリ、ズギャリと画面を震わせ、金属質なSEを放ち、八木は<王者の咆哮>の解放タイミングを計る。

 ――多すぎてもいけない、少なすぎてもいけない。難しい話だね。

 プレイヤー達が邪神から立ち上るオーラに気圧されたように、詰め始めた間合いを一度大きく取る。八木のゲーマーとして経験はそのタイミングを待っていた。開放。


 GRUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOO!


 統制の取れたギルドの一団は、それを見越したかのように戦士職以外は範囲外。その戦士達も全て防御に成功していた。他のプレイヤー達は、一気に吹き飛ばされる。やった。


「ちょwwwwwww吹き飛ばしwwwwwwしかも超ダメージwww」

「え、何で皆一気に下がるの?!」

「ふむ。咆哮範囲は50m、魔法使いでも即死は無い。立て直したら行くぞ」

「マスター! 防御は可能です、戦士職、ほぼ無傷!」

「回復、回復お願いします!」


 八木も、邪神も笑っていた。

 ――本当に、嬉しい。僕の作ったゲームで遊んでくれて。


-貴様ら人間の英雄如きが、神を倒せると思ったか!-


 ワールドチャットが世界を揺るがす。邪神が笑い、八木も笑う。

 人神一体となった八木は大暴れする。<連続振り下ろし>を盾を持った戦士に叩きつけ、<猛毒の瘴気>で背後を取ろうとした暗殺者を絡め取る。後ろで回復に専念している修道者らを<呪い:邪神>で呪い、回復の手を止めさせ、骨の戦士を絶え間なく送り込んでくる死霊使いに<地獄の炎>を叩きつける。


 整列し、弓を装備した戦士達の一斉射撃が邪神の体に突き刺さり、よろめきモーションを発生させる。

 一瞬の隙を突いて、20名近く居る魔法使い達が雪崩のように魔法を投げかけ、そのうちの一つが邪神の高い状態異常抵抗を突き抜ける。

 突き抜けたのは、10秒間、移動を完全に拘束する<脚よ萎えろ>だ。

 <突進>のモーションに入りかけていた邪神は、移動モーションを潰され行動が出来なくなる。完全なモーションディレイ。大きく隙が出来る。

 骨で出来た巨大な竜が召喚される。口が大きく開き、火炎を吐き出す。焼かれる邪神。


 ――<死竜の火炎>なんて、開発側だと駄目なスキルだと思っていたけども、プレイヤー達は長時間の詠唱モーションを補う為に様々な工夫を重ねたんだよなぁ。<脚よ萎えろ>も微妙だと思ってたんだけどなぁ。

 焼かれる八木は、作り手の予想以上の使いこなし方をするプレイヤーの工夫に感動する。


 邪神は燃えさかり、状態異常:燃焼を追加された。物凄い勢いで邪神のHPゲージが減る。


 斧を構えた戦士が果敢に<重撃>を使い、6本の右腕をへし折る。へし折られた効果で、邪神の攻撃力は50%も減少する。

 暗殺者が背後に<影渡り>で回りこみ、邪神の背後から<捨て身の一撃>。<死に至る毒>もおまけで発動し、DoTダメージが追加される。

 側面からは両手持ちの大剣を持った戦士が<唐竹割り>を使い、大きく飛翔。邪神の脳天を一気に叩き割る。必殺の大技で、邪神のHPはかなり削られる。



「流石に数が多すぎて、レジストあっさり抜かれてるなぁ。もうちょっと硬くても良かったかな?」

 八木はキーボードを叩きながら、独り言をつぶやいた。

「八木さん、流石にカタ過ぎッス。結構ギリギリですよ、プレイヤー側も……っと」

 センパイがモニターから目を離して、八木を見て言う。



 邪神の左腕がそれぞれ異なる6人の対象を選択し、暴風雨のような連続攻撃をかける。

 邪神の左腕は、防御を解いた正面の盾を持った戦士を吹き飛ばし、<重撃>を叩き込んできた斧戦士に致命傷を与え、死亡させる。

 残りの4人を狙った攻撃は<守護者>により軽減され、<盾よ>により弾かれた。<癒しの光>と<慈悲の輪>により通ったダメージも即座に回復される。


 ――凄い、まるで通信パケットを読んで行動しているみたいな修道者が居るなぁ。

 八木は1フレームの無駄もない回復に舌を巻いた。

 たまに存在するのだ。ゲーマーの中でも変態的なLVの反射神経の持ち主が。ツールやチートじゃないか? と思う人も居るかもしれない。

 だが、熟練に熟練を重ねた廃人は、ツールの域を超え、物理的に可能なLVでの限界値をたたき出すのだ。そして、チートはその域を突破して反応する。だがしかし、これは、ナチュラルなLVでの限界値。不正者じゃない。



「アッー!」

 センパイが叫ぶ。八木が今倒した斧戦士は恐らくセンパイだったのだろう。


 極めて廃レベルな攻防の連続で、邪神のHPが赤く染まる。更に八木は予定調和を演出すべく、行動を開始する。

 今までにまして苛烈な攻撃スキルと、邪神の高い攻撃力は最高LVの英雄達を何度も死亡に追い込んだが、その度に適切な蘇生スキルによって何度でも立ち上がってくる。


 ――そろそろ頃合かな。大技で全員のHPを削って演出しよう。

 八木の心を読んだように、チャットが紡がれる。


 -何故だ、何故死を恐れず立ち向かってくる!-


 邪神は6対の両腕に持つ武器を大地に叩き付け、<怒れる大地>を発動させ、猛進する。

 大地を揺るがすような轟音と、全てをなぎ倒すような衝撃波。


 ――残HPはもうドット単位だ。23:58、後一撃! 入れてくれ!


「アッーー!」

「センパイ……また逝きましたか……」

 八木は終わる直前に何か気の利いた台詞を入れようと、操作を一時放棄し、オートランキーを押した。これで邪神は真っ直ぐ進むだけだ。



 23:59 土曜日 20XX/12/31



 チャカは<怒れる大地>によって減少したHPを、自己治癒スキルの<血を肉に>で回復した。


 死霊使いという職は『万能職』である。

 遠距離火力職であり、状態異常攻撃職であり、召喚職であり、回復職である。

 当然、そんな無敵の万能職は存在しない。スキルの使用に大きく制限が掛かっているのだ。


 他4職―戦士、魔法使い、暗殺者、修道者。

 この4職のスキルの使用に必要なものはMPだけだ。

 しかし、死霊使いはMPだけでなく、HPも消耗する。

 そのHP消耗も、単純なHPの消費ではない。ダメージによるHPの減少でも代用が可能なのだ。


 あまりの使い勝手の悪さに、この職を続けるものは少ない。大概は戦士や修道者、魔法使いを選ぶ。ひねくれ者は暗殺者を選ぶ。



 チャカは更に<美味なる果肉>を発動させながら、邪神の攻撃で吹き飛ばされ、HPを大量に削られたタイタンに接触する。<美味なる果肉>は接触している味方のHPと状態異常を回復するスキルである。その間、自分のHPは減少を続ける。



 10人の変人中1人の真の変人が、この職を選ぶのだ。


 そしてチャカは、真の変人である。よって、死霊使いである。



 チャカが異常を感じたのは、タイタンのHPを回復しきった後である。タイタンの反応が無い。邪神が獲物を見つけたかのように、迫る。


 ――寝落ち……っ? まさか、最後にそれはそれは無いでしょーー!


 チャカは手持ちのダガー、ねじくれた血の使者を手に構え、覚悟を決めた。チャカは通常攻撃しか出来ないのは判りきっている。だけど、当たれば終わる、そんなHPしか邪神には残っていない。


 マウスの左クリックと同時に、チャカはブンブンと素人じみた通常攻撃モーションを繰り出した。



 24:00 土曜日 20XX/12/31



 その短剣は邪神の体に突き刺さり、HPを示すバーは0となった。

 邪神(八木)は封印される。



 八木の賃貸マンションは安い。日当たりもよくない。夜は明かりをつけないと本当に何も見えなくなるぐらいの闇に包まれる。そして、八木の部屋のブレーカーは良く落ちる。


 バッテリーがいかれているのか、ノートパソコンのモニタの明かりも消えた。

 八木は溜息をつきながら、電源が切れたコタツから出て、センパイに声をかけるつもりだった。「センパイ、ちょっとブレーカー上げてきます」と。




 あれ

声が。

 でない。

   体が。

       動かない。


 おかしいな。なんだか、すごく、からだが、いたい。ねむい。つらい。くるし・・・い。






 12月31日24時、邪神封印に関わった者達の意識は、闇に沈んだ。

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