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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
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第二話 城塞都市 (2)

 サイハテは雨季の終わりを迎え、人々の活気は最高潮であった。

 様々な野菜が収穫され、露店に青々しい緑が茂る。

 果物の旬は乾季に入ってもう暫くたった後か、匂い立つような果物類はまだまだ少ない。まだ熟していない物が見られる様は、立ち並ぶ露店を緑色に染め上げることに一役買っていた。

 街の近くを流れる河で採れた魚達が銀の腹を見せ、緑にアクセントを添える。

 赤い身を晒しているのは鳥か、豚か、牛か?原型が判らない生き物の肉が威勢の良い売り子の手によって売られる。


 ゲーム時代と類似した、しかし、異なる光景。

 画面越しの、TPS視点とFPS視点の単純な差ではない。

 生きた人の見せる光景が大手通りに広がっていた。


 活気ある人々の群れが、静まり、割れる。


 威勢良く肉を売っていた売り子の声が潜まり、野菜や果物を売っていた露店の主人は気圧されたように黙り込む。

 大手通りの今までの主人であった住人達や商人達は道の端に寄り、大手通りの主人の座を明け渡した。

 確かに今は雨季の終わりでここ数日は雨の一滴も降ってはいない。

 だが、湿気の多いこの地方にはあまりにもそぐわない一団が大手通りを進行してきたからだ。


 へいこら頭を下げながら、ごまをするあのギンギラの小男はなんだ、領主じゃないか。

 ごまをすられる側のアレは何だ、あの異様な風体の集団は何だ。素人が見ても異様な空気と装束をまとうあの集団は。



「……非常に不幸な行き違いがあり、申し訳ございませぬ」

 領主アイロンは、おべっかを使いながら、先ほどからずっと低姿勢で傍らの男に話し続ける。

「この償いは是非にさせていただきたい、その間だけでも我が館に逗留して頂けると、望外の幸せでございます」

 なんてとんでもない事を行ったのだ。市壁防衛隊の役立たずはと、アイロンの心中は穏かではなかった。

 実際に怪我をしたのはどうでもいい奴らだったとしても、だ。

 何しろ国の大英雄、神の使者とも言われるベルウッドが率いる集団に弓引いたとなったら、領主の地位どころか……己の首すら危うい。何としてでも失点は回復せねばならない、とアイロンは考える。

 例え、少数を犠牲にしても……とアイロンは考える。


 恐ろしいくらいに順調に進む、とベルウッドは内心浮かれていた。


 何しろ相手が勝手に飯と宿を提供してくれると言うのだ。面倒くさい交渉事抜きで相手が言い出してくれた事で、好意に甘えない理由は無い。

 思ったより英雄の肩書きと言うのは便利なものかも知らんな、とベルウッドは内心呟いた。


 先ほどから領主と名乗る小男が、案内しますとずっとおべっかを使って話しかけてくるのは多少うざったいものがあるとベルウッドは感じていたが、悪い気分ではなかった。


「それでこの街は、豊かであると」

「その通りでございます、天人ベルウッド。私の統治下になってから収益が3割程増え、今後も増加するという傾向にあります。民はみな、公平な統治に満足している事でしょう」



 ごまをする領主の声とそれに答える王者の声が支配する中、少女が集団から飛び出した。

「すっごいねぇ! 食べ物いっぱい売ってるよ、こんなのも売ってたんだね!」

 その少女の声は、静まり返った露店街に澄み渡る。

「お、おい。チャカ、勝手に行動すんな、って」

 一人の冴えない、ぞろぞろとした長衣をまとった男が少女の手を取りたしなめる。


 親子だとしたら、あまりに似ていない親子だ。

 それにしても自分の娘に、あんな破廉恥な衣装を着せるのかと露店の主人は思ったが、男の背負う杖を見て得心する。


 ああ、魔導師かと。


 それなら多少奇怪でも仕方が無い。となるとあの集団はお国の貴族の軍勢か。

 実態は大きく異なっていたが、この場にいた大半の者達はそう納得した。

 つまり――出来る限り関わらぬように声を潜め、彼らが通り過ぎるのを待つ事にした。


「アレかなぁ? あのお城かな?」

 無邪気な声が静まり返った空気を溶かそうと響き渡る。

「だ、だからチャカ、勝手に動くな、って」

 娘の指す先には確かに城と呼んでも良い大きさの、とはいえ城と呼ぶには多少小ぶりな、領主の館が建っていた。


 露店の店主はぼんやりと視線を、その集団に向ける。

「ああ、また増税か、臨時税だな。こりゃ……」

 がやがやと、お貴族様達(・・・・・)が通り過ぎた後、方々からため息が漏れた。





「うぉ、でっけぇ……」

 思わずナイトウが漏らす程度に、その館は広く、でかい。

 城塞都市内部にあって、庭園有り、中庭有りのその豪華さ。色取り取りの花が植えられ、華やかさを演出する。

「ごーぢゃす、かつ、ハイセンスだねぇ」

(でも、ちょっと成金趣味っぽいかなぁ)

 絵描きの真似事で飯を食っていたチャカの審美眼は、一般人よりはマシ程度には磨かれている。少なくともそう本人は信じている。その目からすると、


(造りは悪くない。観葉植物が所々から覗くのはいい。だけーど、所々に置かれている美術品もどきがなんともいえない微妙加減…お金掛けてるのはなんとなく判るんだけど)

 そもそも、チャカはあの『領主』の格好がまず気に食わない。


(ジャラジャラくっ付けてりゃいーってもんじゃないでしょうが)

 飾るにしても緩急つけるべきなのだ。



「皆様方がお気に召したのであれば幸いでございます……おい、お前達、お客様方のお世話を!」

 領主アイロンが下女達を呼びつけ、早口で神経質に指示を飛ばす。今一つ要領を得なかったのか、何度も質問を繰り返す下女達に苛立ち混じりの舌打ちを繰り返す領主。



 チャカはそれを片目に、ふわあ、とあくびをした後、伸び一つ。

「まぁ、うん……もうなんでもいいや、とりあえずご飯とベッドと、出来れば洗濯できる場所……」

 今大事な事は色気より食い気である。久しぶりの暖かい寝床も大切だ、と。

 こんなサバイバル体験をした事なんて生まれてこの方チャカには無かったのだ。

 文明社会から離れてもう10日前後。いろいろ慣れない事ばかりだ。日本がどれだけ恵まれていたのかが骨身に染みて判る。

(正直、しんどかった)

 この場にいる大半の人はそうに違いないとチャカは思う。



 歓迎の宴が開かれるまでお部屋にてお待ちください、とチャカ達は部屋に案内された。

 90名弱の突然の客をもてなすのは現代日本のホテルでも面倒で、難しい。

 その難題を、多少程度のごたごたで済ませた領主の邸宅の使用人達はプロである。



 女性の方はこちらへ、とチャカが案内された部屋には、丸机と椅子に大きなベッド、比較したならば小さく歪んだ鏡が設置されていた。

(街中なら、別に防御力とか気にしなくてもいいよね)

 チャカは、何度か洗濯は出来たものの、結局10日ほど着つづけていた呪われた針の筵のローブを脱ぎ捨てた。


 着心地がよさそうな物を、とポーチを探る最中に、ふと鏡が目に入る。

 チャカの住んでいたアパートの、風呂場の鏡と比べても小さく歪んだ鏡。

 着替える為に全裸となったチャカの体を、鏡は映す。

(とりあえず何も細かい事なんて考えたくない。体がどうなったなんて、特に)

 そう思いながらも、見えてしまう。


 以前と比べて何と心細いのだろう。どうしてこうなったのだろう。

 鏡に映る顔は、以前と比べてなんて変わってしまったんだろう。


 頭を振り、気持ちを切り替える。

 何度確認しても自分がモニタで見続けていた存在と変わらない、という事は理解していた。

 だけど、だ。

 飲まず食わずで、10日間歩き続ける。

 文字で表すと極めて地味。漫画でも1コマで省略されてしまうような地味な一シーン。

 実際にその行為をやり切ると、違う感慨を抱く。

 こんなか細い幼い、鏡に映る見た目どおりの精神だったら既に――

(くたばってる、絶対)


 そうだ、くたばってるに違いない。

 見た目とは異なる、図太い精神があってこそ、だと。

(そう思うと、なんだか笑えてくる)

 否が応でもやり遂げたのだ。

 原稿〆の時の貫徹の修羅場を乗り切った時のような、ハイなテンションに似た何かがこみ上げてくる。

「くふ、くふふふふ……」

 チャカは一人、こみ上げる笑いを抑え切れなかった。だけど。

「お、おーい、チャカー、入るぞー」

 ノックもなし。声をかけて行き成りガチャリと扉を開け、部屋に入ってくるナイトウほどの無神経ではない。


「あほう! 今、着替え中!」



 チャカが普段着に着替えを済ませた後、廊下に出ると地味な格好に着替えていたナイトウとタイタンと、ヒゲダルマが居た。

「遅かったな」

「そこのあほうが邪魔しなきゃもっと早かったよ……」

「す、すまん、いや、用事があるんだ。中ちょっといいか?」

「一応かまわないけど……何?」

 3人の男達は一様に真剣な表情で、打ち明けた。



「今後の話、だ」



 椅子にチャカが座り、頬杖をつく。ベッドでナイトウが伸びをうち、ヒゲダルマはベッドの端に足を揃えて座る。

 チャカ一人では狭い部屋が一気にむさくるしくなる。

 タイタンは壁にもたれ掛かりながら、話し始めた。


「確か、俺達は『絶望の迷宮』を出るまでベルウッドの一時的な指揮下に入る、という話だったはずだ」

「うん、確かに」「そ、そうだな」「そっすねー」

「で、実際問題、俺らはいつまでアイツに従うつもりなんだという事を、一応リーダーのチャカに聞きたいって事さ」


 多少不満げな口調で、この場にいる全員を見回しながらタイタンは本題を切り出した。

「いや、理由をはっきりさせて着いて行くって言うなら構わない。だけど、なし崩しって言うのはな、俺はそういうの嫌いなんだ」


「お、オレは正直、アレだ。ベルウッドの奴も悪い奴じゃないんじゃね?」

 ナイトウは賛成に票を投じる。


「いや、俺もアイツと一緒にいたから判るさ。決して奴は悪いリーダーじゃない。だけどな、どうにも息が詰まるんだよ。……要するに、気にくわねぇんだ」

 あくまで非常時だったからな。とタイタンは小さなため息を付く。


「ウチはそこまで気にならなかったッスけど……悪いリーダーじゃないなら、別にそこは問題じゃないんじゃないッスか?」

 ヒゲダルマは一応の中立を保つ。


「いや、言い方が悪かったな。アイツは確かに悪いリーダーじゃないが、俺が選んだリーダーじゃない」

 タイタンはじっとチャカを見る。友人を見る目ではない。



「少なくとも俺は、お前がマスターだったからゲームに戻ったんだぜ」



 タイタンはチャカの事を評価している。

 ――理由は、中身が平凡で、臆病で、それなりに図太い所だ。


 平凡、と言う事は大集団を率いるのには向かないかもしれない。

 だが、平凡故に、周りの意見を聞く。分をわきまえている。

 臆病、と言う事はヒロイックな行動は取らないかもしれない。

 だが、臆病故に引きどころはいつも探っている。


 理解できる範疇の図太さが、ついていく分には楽だ。

 ゲーム時代にはストーカーを退けた。こちらに来た時から見ても、自分を食い殺そうとしたナイトウも普通に扱っている。そして、性別が変わっても大して錯乱もしない。


 ギルドを住居で例えるなら、鉄筋コンクリのビルではなく、木造建築の一軒家。

 長く住み続けるならどっちがいいか?

 好き嫌いは分かれるだろうが、タイタンなら木造と答える。



「あ、うん。そんな事をいきなり言われると照れるけど」

 んー……と、チャカは暫く考え込んで、多少気になった点を脳内で纏め上げた。


 結論を先に口に出す。

「別れるにしても、もう少し後。この町を出るまでは同行」


「別れるとか、り、理由はあるのか?」

 ナイトウは、チャカの別れるの言葉に反応した。タイタンもヒゲダルマも多少飛躍したチャカの回答に小首を傾げる。



「この世界がどういうものになっているか、まだ判んないから」

 特に、初見のはずの私達に向けられていた悪意が気になる、チャカはそう考える。

「領土って、前は本当にオマケみたいな感じだったけど、こっちじゃ違うと思うから」




 前は死んでも特にペナルティは発生しなかった。

 だから、適当に戦って死んでも別に気にならなかった。

 だけど今はどうなんだろう。死どころか、負傷ですら重大なペナルティが発生している。

 もし死んだら…と思うと、チャカは恐ろしさに震える。


 同様に、『戦争』で『領土』を得ても失っても、特にメリットデメリットは発生しなかった。

 だから、昔は『戦争』で勝っても負けても『どうでもよかった』のだ。

 だけど今、実はペナルティとか発生していたりしないのか?




「――特に『国』とか、私達にとって鬼門だからじゃ、ダメかな?」

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