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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第二章 亡国の英雄
18/105

第一話 城塞都市 (1)

 神々が人を治める世から、人が人を治める世となり1000年。

 古の予言によると、その時新たなる神が世に降り立つという。

 その予言が成ったのは創生暦1000年、創世神祭の時であった。


 ――予言は成った!成った!成った!


 ――新たな神の生誕を祝え!祝え!祝え!


 創生神と6柱の神々を讃える祭りの最中(さなか)、それは降り立った。

 降り立つ神の祝いの贄は我らが命。

 その時大地に邪神ヤ・ヴィは降り立ったのだ。


 邪神は倣岸不遜、魔と邪悪を生み出し、創造神に成り代わる事を望む。

 百万の邪悪と魔を率い、人の世を支配せんとする。


 ――我を崇めよ!崇めよ!崇めよ!


 我ら人は邪神の手により、滅びを受け入れるのを待つのみであるかに思われた。

 しかし、偉大なる神々は我ら人をお見捨てにはなっていなかったのだ。


 偉大なる神々は我々非力な人間に、神々の欠片をその身に宿すことで邪悪な魔を払う力をお授けになった。


 これが『英雄』の始まりである。


 英雄と邪神の争いは熾烈を極めた。

 幾千もの英雄が生まれ、散っていった。

 世の生ある者全てを相手にした邪神ヤ・ヴィは一人の英雄に封印される。

 英雄の名はナイト。

 魔術師にして騎士の名を持つ、水の都オウレンの誇る真理の探求者。

 かの者の勇気と知恵の焔にて、邪神ヤ・ヴィは打ち滅ぼされた。

 英雄達は永き眠りにつく。再び邪神現る時に、また彼らは蘇るという予言と共に。


 我々は英雄達の偉業を世に知らしめねばならない。それこそが神のご意思でもあるからだ。



                クオン神話庁保存、名も無き神学者の手記より抜粋




 クオン領城砦都市サイハテ。それは区分上『町』とプレイヤーに分類されている城砦都市である。

 その様は大陸の中央部に広がる千年樹海に深く突き刺さる、人の放った矢の(やじり)

 街を取り囲む市壁は厚く、多くの英雄達がここから旅立ち―そして戻ってこなかった場所。


 ――私達が邪神の封印に旅立ってから、ここではもう15日が過ぎていたんだと、思う。




「やっと……ついたね……」

「あ、ああ……うん……そ、そうだな」

 チャカ達87名が歩きに歩いた結果たどり着いたサイハテの『町』

 千年樹海の森の中からでも見える、高い高い市壁と、大きい門。そして、ゲーム時代では決して上がる事がなかった跳ね橋。

 大陸の中央部にあるのに、トロピカルな雰囲気を常に保っていたサイハテはチャカのお気に入りの町の一つだった。

 戦闘要素しかないこのゲームも、町を彩る風景事態はそれぞれ一点モノを使っていた事に気がついた人は何人いたのか。

 チャカが前聞いたときには、そのことに気がついていた者は極めて少なかった。

(ナイトウなんて言うまでテクスチャの違いに気がつかなかったし)

 ポリゴンで型つくられた葉っぱが南国風だな、というすっとぼけた回答をナイトウが返したのを思い出す。

 チャカがこのゲームに魅せられたのも、自キャラに惚れただけじゃない。

 コピー&ペーストで形成されていない、バカみたいなコストをかけて作られたこだわりのある世界があったから。

 たとえ見栄えが多少ロートルでも、そんなこだわりがあったからこそ、だ。


 樹海が途切れ、青草に覆われた平地が見える。遠目にもくっきりと門が見えて、跳ね橋が上がっているその様を見て。

 勘の悪いチャカも、ちょっとおかしいかなと思う程度には違和感を感じた。

「いやっほぅ! 俺が一番乗りだ!」

 ネクロンやその他何名かの馬鹿ノリが大好きな面々が、わぁっと歓声を上げながら門に向かって全力で"スキル"を使っての高速移動を開始したのを見ながら、チャカは首をかしげていた。

 チャカは一緒に走り出そうとしたナイトウのすそを引っ張りながら。

「ねぇ、ナイトウ。なんで跳ね橋上がってるのかな……?」

「んぁ? 今からこれは間違いなくレースになるだろうジョーコー」

「や、そうじゃなくて、うん。何で跳ね橋上がってるんだろ?」

 ナイトウもうーん、と首を傾げながらも。

「まぁ気にすんな、行けばわかるべ」


「おい、待て!」

 ベルウッドの制止の声がかかるが、走りだした馬鹿達は止まらない。

 その数秒後、矢が降り注いだ。


 悲鳴の一つだって上げてもいいじゃない、とチャカは思う。

「ひぇええええええ!?」

 雨の様に降るというのは言いすぎだが、それでも大量の矢が降り注いでくるのは圧巻の一言に尽きる。何しろそれが自分の頭の真横を通り過ぎて、地面に突き刺さったのである。

 思わずすっころぶ。ずでん、と頭から滑り込んだのは幸運だった。

 何しろ頭のあった位置を通過した矢がもう一本あったからだ。

 風切り音をチャカの耳に届けた後大地に刺さる、矢。

 だらり、と冷や汗が流れる。もしかしなくても、転ばなかったら頭がパカリとイっていただろう。

「いって! 超いってぇ! 何しやがる!」

 わめくネクロンと特攻した馬鹿達。

 チャカがざっと見るとネクロンの右腕にブスリと矢が刺さり、血を流している。

 無理やり刺さった矢を引っこ抜き、全身から赤黒い波動を発しながら<血を肉に>を発動するネクロン。


 ぶしゅり、と腕から噴き出す血が、ネクロンの白マントを赤く汚した。


「うわ、痛そう……」

 それを見てチャカの脳裏に浮かぶのは数日前の地獄。

(多分あれなら、大丈夫。もう自前で治してるし)

 チャカはフラッシュバックしそうになる悪夢の記憶を棚の中に押し込む。

「だ、大丈夫か。顔真っ青だけど」

「ば、ばーか。ナイトウも真っ青じゃん……」

 ナイトウは心配性すぎるよ、とチャカはと言いながら大地に手をつき立ち上がろうとする。ばくばくと心臓が早鐘を打ち、ガクガクと震える足はまっすぐ大地に立つには震えすぎだ。

 ――この矢は明確な敵意。

 撃ち出された元を見ると、市壁の上で大勢の男達が長弓を構え、怯えを含んだ視線でチャカ達を見下ろしているのが見えた。

(何で撃ってきた側が怯えてるのさ……怯えたいのは私の方だよ!)

 体は恐怖で言う事が聞かなかったが、本当にどうでもいいことを考えていた。





 ――彼らは一体何者なんだ。





 時は少し遡る。


 サイハテの市壁防衛隊の隊士達が、武装した90名弱の人間を発見したのは、創生暦1226年の雨季の終わり頃のある日の昼頃である。

遠目に見ても全員が全員、神代の煌びやかな戦装束をまとい、手に恐ろしい魔力の迸りを感じる武器を携え、樹海の奥から進軍してくる軍勢を見たとき、サイハテの門は大急ぎで閉じられ、跳ね橋は上げられ、街は魔物の襲撃の時と同じく、臨戦態勢を整えつつあった――


「奴ら動き出しました! 徒歩なのに……まるで馬に乗っているような速度で進軍してきます!」

「やむをえん、迎撃しろ! 俺は上の方の判断を仰いでくる!」

 サイハテの市壁防護隊らは謎の集団の一部が、尋常ならざる速度で突撃してくる様に恐慌を起こしていた。

(アレは人ではない。人の形をした魔物だ)

 当直の隊士達がそう判断を下したのもやむをえまい。

 彼らは現場の判断で、市壁防衛の為に、即座に迎撃という行動を開始したのだ。


「総員構え!」

 市壁の上部に上り、じっと命令を待っていた男達は号令と共に弓を引き絞り。

「狙え!」

 恐ろしい速度で進軍(・・)してくる彼らを狙う。ギリギリと引き絞られた弓が悲鳴を上げる中、異変に気がついたのか、足を止める煌びやかな軍勢を目掛け。

「撃てぇ!」

 100を超える矢が放たれる。風を切ったその矢の大半は外れて大地に刺さるが、幾本かは命中したようだ。

「もう一度だ! 落ち着いて狙え!」

 この距離から見ても、骨のように白いマントを纏った男が恐ろしい波動を放っているのが見える。

 白マントは事も無げに腕に刺さった矢をグリグリっと引き抜き、捨てる。

 じわり、と男達に冷や汗が滲む。

(尋常じゃない……)

 市壁防衛隊、彼らは城砦都市サイハテを守護する要である。

 それ故、戦時には必ず駆り出される。

 そして、8年前のサイハテ領における『戦争』を知っている者たちがいる事は更なる不幸であった。


 市壁防衛隊の百人隊長は、赤黒い波動を放つその男を遠目に見て、悲鳴のような声を上げた。

 どこかで見た顔だと思っていたのだ。あの白マント。

「白マントの悪魔、1000人殺しの虐殺鬼、ティカンの白骨使い……ネクロン!」

 ざわり、ざわり、ざわり、ざわり。

 一兵卒を統括する百人隊長が悲鳴のような声を上げているのだ。今まで何度も異形の魔物を相手にしようが眉一つ動かさなかった百人隊長が、だ。


 サイハテの領有を争い、クオン王国とティカン都市国家連合の間で起きた戦争。

 当時、(百人隊長)は騎士付の従卒であった。

 その時彼が付き従っていた騎士は、実にあっけなく眼下の白マントに溶かされたのだ。

 記憶が蘇る。骨のように白いマントは当時とまったく変わらぬいでたちで猛悪の波動を放っていた。

「う、撃て、必ず仕留めろ! アレは悪魔だ、悪魔の軍勢だぁ!」

 さらにもう一射と、市壁の上の男達が弓を引き絞った時


「「待て! いいから武器を収めろ!」」

 同一の台詞が異なる箇所から響いたのであった。


 ギリギリというきしみを上げながら重厚な門扉が開け放たれ、上がった跳ね橋が下ろされる。

 門扉から10名弱の男達を従えた、中年の小男が進み出る。

 恐らくは護衛と推測される、立派な体格を誇る男達の中、いかにも埋没しそうな体をギラギラとした宝石で飾り立てた小男は、体に見合わぬ大声でチャカ達に向かい、話しかけた。


「我はクオン領、都市国家サイハテの領主、アイロン=モルゲン侯爵である! まことに申し訳ない。貴殿らに対し、失礼が有った事をまずは謝罪する!」

 この小男こそ、クオン領、城砦都市サイハテの領主、アイロン=モルゲン侯爵である。

「だがしかし、貴殿等が武器を構え、いかにもこのサイハテを攻め落とそうとしているのは何故だ! 説明を願おう!」





 ――ゲーム時代に、領主など出てこなかった。





 チャカは混乱していた。

 確かにグラフィックはあった。初期地点と言っていい各国『首都』には立派な城が存在し、町並みもあった。その城の門は硬く閉ざされ、ついぞ開くことなどなかったが。

 そして、このサイハテも町としての機能―いわゆる商店や、利用可能な倉庫等が存在し、最低限のプレイヤーが溜まる事ができる為の施設こそ存在していたが、領主などと言う存在は聞いたことがない。いや、一応それらしき建物は存在していたか、と言う程度だ。


「ご丁寧な謝罪、痛み入る! 我が名はベルウッド! そして我らは邪神討伐を成した! 其方を害するつもりなど一切無い、ただ身を休める場所を求めるのみ!」

 ベルウッドはいつもの通り堂々としていた。


(私もあの度胸の1/3位あったらなぁ)

 チャカの対人スキルは低い。今も集団の影に隠れてコソコソと様子をうかがう位だ。

 本当に羨ましい。多分、あれぐらい度胸があればリアルでも役に立ってただろうなぁ、と益体もないことを考えながら。

 チャカは傍観者としての役割以外、自分の役割をここで見出せない。

 歯がゆい思い。嫉妬。

(同じゲームのプレイヤーだったのに、何でこんなに差があるのさ……)


 ベルウッドの名前を聞いた城砦都市の面々は一様に驚愕の表情を浮かべる。領主アイロンの傍らに控えていた、修道者風の老人が驚愕の表情を顔に貼り付けたまま、ベルウッドに問いかけた。

「もし……もし貴殿、いや、貴方様が真にベルウッド尊師であるというならば、伝説の……かの伝説の打ち砕く者を、伝説の神器を示して頂きたい! 是非に、是非に!」


 ――ベルウッドは真性の廃人である。彼のリアルは誰も知らない。


 チャカが知っている事と言えば、辛うじて彼が大学生である、と言うことだけだ。

 ペットボトラーという噂も絶えない。BOTを絶対に使用している、と主張する者も絶えない。いや、RMTだ、それ以外考えられない、と主張する者も多い。いやいや、そもそもそれでもありえん、絶対バグかチートのどちらかだと主張する者もいる。


 ――ベルウッドが捨て去ったのは唯一『まともな人生』なのだ。

 その彼を象徴するものの一つが、戦棍『打ち砕く者』である。

 『打ち砕く者』事態は極めてレアリティが高いものの、決して所有者が絶無というわけではない。しかし、その『強化の値』が異常、具体的に言うと15度の強化――


 3度強化するだけならば、誰でも出来る。6度の強化は、困難だ。9度も強化すれば一生物、と言われる。


 チャカが試しにチャレンジをした時、かっての愛剣は7度目で粉々になって砕け散った。

 恐らく4割は成功するだろうよ、と言われた7度目でだ。

 それからチャカは7度目以降の挑戦はしたことが無い。

 装備が『割れる』と言うリスクが高い行為を繰り返し続けて15回、それが真廃の装備。

 成功確率が万に一つも無いのだ。


 内側から神光が漏れ出でるそれをベルウッドが掲げると、より大きなどよめきが広がる。修道者風の老人は両の目から涙を流し、彼の主人に答えるのであった。

「アイロン様、かのお方は間違いなく我が国の至宝、『天人』ベルウッド尊師に間違いございません」





 感涙に咽ぶ老人と領主ら、周囲の者達に置き去りにされたチャカ達は訳が判らない。

 そんな中、チャカの目の前で、ネクロンは肩を落としながら、ぼやく。

「俺、何かしたっけな……」

 そのぼやきを聞きつけジロリと敵意丸出しで睨む、領主の護衛たち。

 くわばらくわばら、とネクロンは肩をすくめる。

「よくわかんないけど、居心地悪いね」

「ああ、まったく居心地が悪いったらありゃしねぇ」

(ネクロンはネクロンで目立つしね、と)

 その白いマントをたなびかせるネクロンを温い視線で見ながら、チャカは適当にあいづちを打つ。

「実は何かやったんじゃない?NPCの奥さん寝取りとか」

「そもそもそんなゲームじゃなかったろ……」

「まぁ、そだけど」

「いや、ホントNPCの好感度下げるイベントなんて無かったろ……」

「ねぇ。やっぱり何かやったんじゃない?」

 さっきからずっとこちらをにらんでいる、領主の護衛達。

 非常にチャカは居心地が悪い思いをしていた。

(まぁ、ほんとサッパリ見当もつかないけど。何かこの町関連であったっけ?)





 その会話を漏れ聞く、領主の護衛達や市壁防衛隊の内心は穏かではなかった。

「何かしたっけな、だと……?」

 心に押さえ込むべきモノが、思わず口をついて出る。

 自国の大英雄サマの配下に今は下っている、ただそれだけの一念で剣を抜く意思を彼らは押さえ込んでいるのだ。

 所々意味の判らない単語が出てくるが、それにしても自分のやった事すら覚えていないという。

(流石白骨使い。人を人とすら思わない邪術使い。8年前の事など記憶の海に沈むほどの日常茶飯事なのだろうか……奴の首をかき切れたらどれだけの戦友達が心穏かに眠れることだろうか。無念の内に散っていった戦友達が)

「1000人殺しの虐殺鬼……いつかその白いマントを貴様の血で赤く染めてやる……」

 領主の護衛達は、もし視線で人を殺せたならば確実にネクロンの心臓を貫いていたのである。





 ――チャカ達が4ヶ月前の、たかだかゲームの出来事をいちいち覚えている訳が無い。

 定員割れを起こした『戦争』なんて、特に覚えている訳が無い。

 たまたまKill数による称号を取った、その程度の事なんて記憶に残る訳が無い。



 そこに出てきたNPCの顔なんて――そもそも判別が付いていたか?



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