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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第一章 絶望の迷宮
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第十一話 迷宮の終わり (3)

 大穴の側壁に張り付いている『蔦』は何本も生えている。

 その『蔦』は中途でより合わさり、最終的に一本の太い蔦となり、大穴からの脱出の『綱』となっている。

 その蔦をつたって、脱出した77名の英雄達。

 しかしまだ一人、登り終えていない者がいた。



 チャカである。



 真紅の閃光は太くより合わさった蔦、いや綱に突き刺さり、轟音と粉塵をまきあげる。



 <星落し>の真紅の閃光がチャカの視界に入った、その時。

(赤い、光……)

 チャカの記憶が逆回しに再生される。痛みの記憶。

 粉塵、爆発、赤い閃光、激痛、襲い掛かるおおかみ、自分が発動した"スキル"、大怪我をしたナイトウ――


 <星落し>の生み出した衝撃が、チャカの頭を叩く。チャカ自身が自身を守るために外した、記憶のかけらを容赦なくはめ込んでいく。

 断ち切られ、ぐらり、めきめきと大穴の底へ綱は堕ちる。

 綱から放り出され深い穴へと堕ちるその時、チャカの記憶は完成した。


(私、そういえば……ナイトウに喰われたんだっけ。)

 大空へと放り出されたチャカが、くるりくるりと大地へと堕ちる約2.85秒。

 チャカの深紅の瞳が、青い空を見る。快晴だった。

 チャカの深紅の瞳が、大穴の底を見た。血の雨だった。

 人と人が争う中に1匹のおおかみ。

 血みどろの大穴(コロッセオ)の中で、夢に出たおおかみが一匹。


 おおかみが大声を上げながら、穴底に叩き落されるチャカを捕らえようと――



 ――違う!



 その風貌、獣に非ず。

 その風貌、さえぬ男。

 平々凡々な、100人居たら埋没するような、その男。

 今にも大地に叩きつけられるチャカを救おうと、大地を駆けたその足が風を踏み―


「チャカアアアアア!!」

 ナイトウは一筋の弾丸となって、飛翔する。


 今度は友を、理不尽から救おうと。


(あ、アイツがどう思ってようが、お、オレはアイツの親友だ。)

 ナイトウの理屈は単純である。友は助ける。借りは返す。罪は償う。


 そして、チャカはナイトウの親友なのである。






 プランB、豆の木(Beanstalk)裁断作戦は、入り口の蔦を叩き切り、大穴への出入りを不能にする事を目的としていた。

 退路を断ち、増援を絶ち、共に地獄に堕ちる。

 ただそれだけである。


 ただそれだけの、実に悪魔達好みの作戦である。

 巻きこまれ、落ちるチャカは単なるおまけなのだ。

 偶然の産物、誰がおまけになるかなど、実行してみなければ判らなかった。


 偶然の産物であるが、シゴに取ってはまたとない機会であった。

 究極的にはチャカを手に入れることだけが、シゴの目的である。

 他はまったくどうでも良い。

 いや、自分がお気楽極楽に居られるなら、尚の事良かったが。


「まさに天の恵みで御座るっ!」

 シゴは他人の痛みを理解出来ない。

 痛みを理解出来ないからこそ、彼は他人に愛されない。

 他人に愛されないからこそ、友が居ない。

 居ないゆえに、求める。


 『お友達』を。


 自分にふさわしい『お友達』は、美しくなければならない。シゴは常々そう考えていた。

 彼のギルドメンバーは、粗野にして卑賤。まさに蛮族もかくや、の見た目だ。それに比べて。

(チャカちゅわあんは天使で御座るよぉ。)

 鏡があっても、それを見る目が曇っていては全くの無意味。己の見た目すら同類に染まっているというのに、勝手な言い草である。


(地面に叩きつけられてぐちゃぐちゃになった体を集めて復活させた後ぎゅうううっとしてはむはむして拙者楽しむで御座る。まずは目の前の邪魔者達を叩き殺すで御座る!)


 シゴは既に召喚してある<骨の戦士>をゼロの援護に向かわせる。

 その後、堕ちてくるチャカを受け止める為に前線を放棄したナイトウを見て思う。

 絶好の好機だと。

「ナイトウちゃあああん、何処を見てるんで御座るのかぁあ?」

 シゴは<苦痛の呪縛>、<目潰しの呪い>と立て続けにナイトウを呪う。

 当然、更にシゴの左腕は、自らに切り刻まれて血に濡れる。獲物を前にして、多少のHP減少(けが)を気にするシゴではない。





 呪いがナイトウの体を蝕む。

 しかし、これもナイトウにとって大した事ではない。

(痛みは、感じる。だ、だけど。慣れた)

 それは苦痛である。目も見えぬ。

 痛いし見えぬがナイトウにはどうでもいい。

 ――足を踏み出せ、空を駆けて、手を伸ばせ。大地に激突する前に友を救え。

 ただそれだけが今のナイトウの意思である。

 そして、その腕の中に落ちてくるチャカ。


 転落した人間を受け止めるという事は非常に危険な行為である。

 40mの高さから子供が転落した場合、秒速では28m/s、時速に直すと100.8㎞/hで飛来するバーベルを受け止める様なものとなる。

 ナイトウはそれを躊躇無く行った。

 並の人間では及びもつかない強度をもっている、英雄の体でも重傷は免れない。

 勢い余って崖まで突っ込んだナイトウの体は、全身打撲の骨折2ヶ所、立派な重傷である。

 しかし、だ、ぐしゃりと大地に叩きつけられる運命にあったチャカを、ナイトウは全身を盾にして守ったのだ。チャカの体に傷一つ付けずに、だ。



 チャカの体はどこも痛まない。抱きかかえている男がやった事は明白である。どれだけ無茶をしたのかも。

「あほう!あほう!ナイトウのアホウ!」

 チャカは幼い声で罵る。何故守った、何故飛び込んだ、と。

「あ、ああ、いや、うん。友達だし」

 傷の痛みに呻きながら、見えぬ目を向け、ナイトウは言う。



「お、お前に、謝ってなかった。そ、それだけ。ごめんな」






「ナイトウちゅわああん、何こっち無視してるで御座るかぁ?」

 シゴは自分を無視するナイトウに憤怒せずにはいられなかった。こいつ等は一体戦闘最中に何をやっているのか、と。

(ありえない。ありえない。ありえないで御座る……)

 そして、シゴは気が付かない。ナイトウを狙う事で敵陣(・・)に引き込まれていた事に。



「無視してんのはテメェだぁっ!」

 割り込んだのはギンスズだった。


 ディープファンタジーの戦士は、育て方によって千差万別の職となる。

 盾を持ち、強固な前線を構築する者。弓を持ち、敵を遠距離から射止める者。そして両手武器を持ち、その火力でもって遊撃を行う者。当然、それらをバランスよくこなすものも居る。しかし、一芸に特化した場合、柔軟性こそ失われるが『強く』なる。


 ギンスズは一芸特化であった。

 両手持ちの斧の破壊力を愛し、両手持ちの斧に魅入られた、対人狂の狂戦士。

 それがギンスズである。


 容赦ない狂斧の<憤怒の一撃>がシゴの頭蓋に叩き込まれる。めり込む。ごばりと、卵の殻が割れて中身が撒き散らされる。その衝撃で、くるくると独楽の様にシゴの体が回る。

 ギンスズは振り切った勢いを殺さず、回転に変えてもう一発、水平に振り回される狂斧は、背骨をへし折る一撃と化す。めきり、と斧が若枝を折った手ごたえ。

 その光景は処刑人が執行を済ませるが如くの、実に手際の良い連続した動き。


 ギンスズの刹那の硬直。


 生命活動を停止したシゴの肉体の上で<地獄の炎>が炸裂する。

 高熱と、爆風、そしてその後響き渡るズドン、という腹に響く轟音が大穴全てに響き渡る。

「ぁああああああ!」

 ギンスズは甲高い悲鳴をあげ、木の葉のように吹き飛ばされた。


 <地獄の炎>を放ったのはチュイオである。

「……何で敵陣に突っ込んでるんだあの阿呆!」

 冷静さを装う仮面を捨てて、既に命無きシゴを目標とし、一人でも犠牲者を増やそうとするチュイオ。

 その行動は、正しい。極めて正しい。

 PVPで、味方が犠牲になって作ったチャンスを生かさぬのは愚者のなす事である。しかし、それでもだ。仮にも仲間の骸を躊躇無く、粉微塵に吹き飛ばせるその精神は現実においてはどうだ。全く異常な精神ではないか?



 最も、悪魔達(かれら)がはなっから正常であった、とは思えないが。

 既にこの場は、異常が正常となる空間の様相を呈していた。




 響き渡る<地獄の炎>の轟音がタイタンの耳を打つ。

 タイタンの打たれた耳が痛む。

 ムショとタイタンの一騎打ちはムショの有利に進んでいた。そこに一押し、轟音による隙。

「獲らせて貰おう」

 その隙をムショは見逃さない。

 脇構えから両手持ちの大刀をひねりだし、打ち出される<真空刃>、それを2連。

 風を巻き込み打ち出された鎌鼬は不可視、その初撃はタイタンは構えた盾で<防御>、二撃目は更に<盾強打>で『相殺』。タイタンに生まれた更なる隙。

「終わりだ」

 ムショの三連目の追撃。

 その足が大地を踏み切り、空に舞い、大上段からタイタンを真っ二つにする<唐竹割>が発動する、その僅かな時間。


「て、手前が終わりだっっつーの」

 地面に転がり、苦痛の声を上げていたはずのオジジの<足よ萎えろ>が発動した。


 移動を行わずに攻撃が出来る者なら、その効果は全くの無意味。しかし、<唐竹割>は攻撃を行う前に必ず空に飛び上がらねばならない。重力を味方に付け、必殺の威力を増す為だ。当然、その動作を潰された以上、ムショの攻撃は空振りとなる。

 そして、ムショの足は動かない。


「うああああああああああああ!」

 タイタン、そこに<乱撃>。撃ち慣れた12連の高速の斬撃がムショの鎧に吸い込まれる。その一撃一撃がムショの篭手を、肩を、胴を、兜を打ち据える。

 一撃だけでは軽かっただろう。しかし、それを12連。

 高速の斬撃は鎧を破砕し、ムショの体に深い、深い傷を刻む。

「ごふぅ」

「もう一丁、食らっとけ」

 血を噴き苦痛の声をあげたムショに、オジジの更なる追撃は続く。<稲妻>がオジジの指から迸り、大気を切り裂く鋭い音と共にムショの体を高圧電流で焼く。


 その雷の音に紛れて、ジュゥッと肉を焼ききる音が聞こえたのは何名か。


 オケピケは狂った頭で悩んでいた。誰を先に癒すべきか、と。

 自陣に発動させた<慈悲の輪>で回復させようとしたアンパイの足は止まった。シゴは勝手に飛び出して既に死後となった。ムショは一騎打ちにこだわり、雷に焼かれた。その他の傷は殆どない。となると愛しいゼロしか居ない。

 顔面を半分失った彼は、三日月のようで綺麗だ、と彼女は思った。

 <癒しの光>を飛ばそうと、一歩前に出たその時。オケピケの心臓に矢がドスリ、と刺さった。

「?」

 止まる足。そこに更にもう一本の矢。ドスリ。今度は首に刺さる。

 潰された喉で、何かを叫ぼうとする彼女。

 恐らく今まで通り、意味のない戯言の繰り返しであろう。OKPK、と。


 そして更にもう一本、もう一本と。気が付けばハリネズミの完成である。


 矢を放ったのは、初手の奇襲で昏倒していたはずのレゾナンスペインのギルド員、2名。そして、赤盾の戦士と女修道者もその呪縛を払われ、既に臨戦態勢を整えている。彼らも当然の事ながら、猛者である。


 ベルウッドがゼロと相対しながら、<穢れ払い>を発動させて癒していたのである。

 そう、奇襲の優位と言うものは、時間が経つごとに薄れる。ましてや、人数の差が9対7、二名(・・)も違っているのだ。良く頑張った部類と言える。

 

「さて、どうする? 貴様らのヒーラーはもう居ないぞ?」

 いっそ降伏でもしたらどうだ、と言わんばかりのベルウッドの声音に、ゼロは崩れた顔で反抗の意思を告げる。目が死んでいない。だが、現状は――



 ――掃討戦が始まる。



 純然たる一騎打ち以外の場合、対人戦は基本的に数の暴力である。

 質の差がそこに無い限り、数が支配する純然たる消耗戦である。


 チュイオ、ニクマンの2者は身を翻し迷宮に逃げ込もうとした所、4名の猛者に足を射抜かれ、剣と戦棍で滅多打ちにされる。そこに嬉々として狂斧を担いだギンスズがトドメを刺しに回るのだ。

 先ほど吹き飛ばされた怪我はどうした、と尋ねるものがあれば。

(怪我?知った事かボケが、今は敵を黙らせる事が優先じゃぁ!)

 ギンスズはこう応えただろう。


 全く持って、狂人はどちらか?


 アンパイは<異常再生>で再生された臓腑の上げる悲鳴に、苦しめられていた。

 持続回復(HoT)の後に訪れる、持続ダメージ(DoT)。治した後、傷つけられる、その苦痛は尋常ではない。

 のたうち回るアンパイに、オジジが慈悲の<稲妻>を加える。致命的な電圧を全身に加えられ、アンパイは安堵したかのような表情で、死んだ。



「繰り返すが、本当に降伏する気は無いんだな?」

 ベルウッド、3度目の正直でゼロに問いかける。本当にいいのか?と。


「結局……偉そうな事を言っていたお前らも、同類だったって事だよ」

 半分消失したその顔でニタリと笑う、ゼロ。

「俺らも、お前らも、本質はなーんも、変わっちゃいねぇ。魔物(・・)だよ」

 英雄達に呪いの言葉を吐く、ゼロ。




 シルキーは、待っていた。崖上で、ただ只管に待っていた。


 どうしようもなく憎いあの男達が、致命的な隙を晒すまで。

 彼女は、彼女と彼女の仲間を傷つけた奴らを生かす気など無かった。一片たりとて、許す感情など無かった。しかし、彼女自身も悪魔らと同じ所まで堕ちる気などもさらさら無かった。


(アタシは人殺ししてまで、生きてたくない。でも、あいつ等は許せない。)

 その感情を抱えたまま、シルキーは崖上まで登った。

(誰かの手を汚して、復讐?そんな事でいいの?)

 その矛盾を抱えて、崖上で待っていたのだ。


 ゼロの呪いの言葉は、けして…普通なら聞こえるはずは無かっただろう。シルキーの耳にはいる事すらなかっただろう。だが、聞こえてしまったのだ。


「違う! アタシは魔物じゃない!」


 シルキーは崖から飛び降り、中空を舞い、ダガーを両の手に。

 <捨て身の一撃>を発動して――




 ゼロが更に呪いの言葉を吐こうとした所に、シルキーは突き刺さった。

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