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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第一章 絶望の迷宮
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第九話 迷宮の終わり (1)

 五日目 昼




『ナイトウさん、どうしてそんなにおくちがおおきいの?』


『それはね、おまえ(チャカ)をたべてしまうためさ』


 ―――そうしておおかみ(ナイトウ)はがぶりがぶりと私の体に牙を付き立て、悲鳴を上げる私の上にのしかかり―――



「っぐほ!」


 ――嫌な夢だった。まさかナイトウに押し倒されて文字通り喰い散らかされるなんて、私は相当どうにかしていたのだろう。夢診断とかしたらお前相当変態ですね?とか言われそうだ。一部否定できない所があるのがまたしんどい。

 ああ、それにしてもえぐい夢だった。特に牙が食い込み、骨をクラッカーの様にボリボリと貪る所なんて正気を疑う。その感覚をリアルに再現する私の脳の正気を――


「……あれ、私何してたんだっけ」

 チャカはタイタンの背の上で目覚めた。

「チャカさん、起きたッスね」

「ああ、そうだな」

 心配そうにタイタンとヒゲダルマが話しているのがチャカに聞こえた。

 ガッチャ、ガッチャ、ガッチャと進む足音。

 チャカの体は揺られる。

 ――誰かにおんぶされるなんて子供の頃以来の記憶だ。

 チャカは朦朧とする頭を振りながら、尋ねる。

「…えっと、今何処?」

 ガッチャ、ガッチャ、ガッチャ。鉄靴が石畳を踏みしめて進む、金属質な音。

 タイタンは暫く沈黙した後、チャカに答えた。

「あと少しで休憩だ。それまで休んでろ」

「ああ、そっか。あんがと」

 ――タイタンが何で私をおぶっているのかさっぱり判らない。判らないけど歩かなくていいのはありがたい。


「具合悪いトコ、無いッスか?」

 しきりにチャカ心配するヒゲダルマの声。チャカの頭が針で刺されるような痛みを訴える。ワンカップの安焼酎を二杯飲んだ時の二日酔いのような頭痛。

「あたま、痛い……」

「それなら寝ておくッスよ……タイタンさん、代わるッス」

 ヒゲダルマの背中に乗り換えてチャカはまた眠る。


 途中何本かの回復薬が、眠ったチャカの口に入れられる。

 薬草をすり潰したようなその液体は、苦かった。



 昼休憩、と言っても別に昼食がある訳ではない。今までも無い。

 トイレ休憩と水分補給―あの忌まわしい聖水―の為にちょっと休憩をとるだけだ。

 しかし、あと少しでこの陰鬱な迷宮から出れる。

 その希望が全員の表情を明るくしていた。


 チャカは午前中ずっと他人の背中の上で眠っていたお陰か、頭痛は取れていた。

 ――ナイトウは昨日まで私に付いて回って居たのに、私がぶっ倒れたらタイタンに任せて自分が楽するとか酷い奴だ。ちょっとしばいておこう

 そんな事を考え、チャカはナイトウを探す。


 集団を少し離れた所に、厳しい顔を崩さない男達が居た。ナイトウとベルウッドだ。

 チャカはこっそりと近寄る。ベルウッド達からは影になって見えないだろう、という位置にチャカは陣取った。


「……つ、つまり。オレの怪我を治す為にチャカが怪我をしたんだ」

「あの惨状を要約すると、お前が<死竜の火炎>で焼かれたのを<美味なる果肉>で治した結果だと。そういう事か」

 いつも通りにつっかえつっかえ話すナイトウ。ベルウッドは溜息をつきながらまとめる。


 ――何のことだろう。そういえば昨日はどうだっけ。私、見張りをした後の事はよく覚えていないや。

 チャカの頭に痛みが走る。記憶を思い出そうとすると、靄がかかって思い出せない。


 ベルウッドとナイトウは厳しい表情を崩さずに話し続ける。

「<飢えた餓鬼>か<お前は私>かのどちらかを使われたと思いたかったが、やはりそうだったか。…もういいぞ。お前も休憩しろ」

「あ、ああ。いや、そろそろ出発だべ」

「ああ、もうそんな時間か。なら行くか。出発準備! あと少しだ!」

 悩みを断ち切ったように、ベルウッドが勇ましく号令をかける。それまでの迷いと溜息の表情を覆い隠して。


 号令と共に休憩が終わる。金属がこすり合わさるジャリっとした音と共に、集団が動きだす。

 ナイトウがチャカに気がつく。笑顔でナイトウはチャカに近寄る。



 ――顔が見えない。のっぺらぼうな男の顔。

『ちゃ、――カ。もう―――か?』

 何か言っている。のっぺらぼうの口が大きく裂け、牙が見える――

「え、あ……」

 暫く躊躇していたのっぺらぼうは一歩一歩にじり寄って来る。だんだんとその顔が輪郭を形作り、夢の中で見たおおかみへと変わる――

『お、オ―――う大――だ。あ、―りが――』



 ナイトウの手がチャカの右手をとろうとする。今までと同様、手を引いてやろう、と。

 ――嫌だ、何するつもりなんだ。

 チャカは一歩後ずさる。

 ――後ろを向いて逃げ出したら飛び掛られる。間違いなくそうだ。

 じりじりとチャカは後ずさる。チャカの顔は恐ろしいモノを見たように、恐怖で歪む。


 ナイトウは困惑する。チャカの様子がおかしい。

 ――いつもなら嫌々ながらも手を引かれていたのに。


 はっ、はっ、はっ、はっ、チャカの息は荒くなり、小さな心臓は早鐘を打つ。

 もう一歩、すり足で下がろうとした時、チャカは石畳の出っ張りに足をとられた。


「あ、危ねぇ!」

「ヒィッ!」

 ナイトウが伸ばした手をチャカは跳ね除ける。

 チャカはしりもちをつく。

 ――何とか逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 チャカの爪が地面をガリガリと引っかき、数本剥がれる。必死に後ろに下がろうとじたばたと足掻く。チャカの股間からじわり、と生温い液体が流れ出る。

「誰か助け……」


 ナイトウは信じられない物を見たかの様に固まった。


 ザワザワと既に歩き始めていた集団の足が止まる。

 タイタンが何事かと歩み寄る。ギンスズが走り寄る。ヒゲダルマがびっくりした顔でこちらを見ている。

 ――誰か助けて。

 チャカの目から涙が溢れ出す。

 ――ナイトウどこに行ったんだよ。いつも一番近くに居たのにどこに消えたんだよ。親友とか言ってたのになんだよ!


「た、たす……」


「その魔法使いを、この子から見えない場所に! 早く!」

 ギンスズが状況を察して、叫ぶ。

 ナイトウがタイタンとヒゲダルマに引き摺られていく。

「な、なんで、何で何だよ、どうしたんだよ?」

 ナイトウの声は悲痛に彩られていた。

 その姿が完全に見えなくなった所で、チャカは安堵の溜息をついた。


「落ち着いたかい」

 ギンスズが柔らかな口調で言った後、チャカの返答を待たずに続ける。

「着替えたりしたいと思うけど、先に進むよ。『迷宮』から出たら時間取れるから」

 ギンスズはそういい残し、足早に駆けて行く。止まった行軍はすぐに開始された。

 尻から脚まで濡れたチャカは酷く惨めな感情に支配されながら、べそをかきながら歩き始めるのだった。



 行軍の最中、チャカはナイトウを探す。

 その手を引くものは、誰も居ない。



「ごめん、タイタン、ナイトウ見なかった?」

 チャカがタイタンに話しかけている。ナイトウはその横に居るのに、だ。

 ――お、オレはここにいるのに、何で気が付かないんだ。

「すまん、判らん。前列部に居るんじゃないか?」

 タイタンは適当にチャカを追い返す。そろそろMOBが出るから中央に戻れ、と。

 ナイトウが追いかけようとした所をタイタンが止める。


「チャカの様子がおかしいのは、どうやらお前に"喰われた"ショックなんだとよ」

 タイタンはナイトウに語る。俺が見ても十分トラウマモノだったからな、と。

「そ、それで、オレはどうしたらいいんだ」

「さぁな。俺も判らん。アレが正気なのかどうかも、判らん。すぐ治るのか、治らないのか。それも判らん」

 今も、チャカはナイトウをずっと探している。

 それなのに、けして見つけれない。

 ――見ていて痛々しい。

 更に欝要素が追加されるのかよ、と。タイタンは嘆く。


「どちらにしても、だ。今お前が出て行った所で、またさっきの繰り返しだろう」

「あ、ああ……」

「時間が解決してくれるのを待て……としか言えないな」

 少なくとも起きた直後だったからな、少し落ち着いたら、状況は変わるかもなと。タイタンは続けた。

 前方からもう聞き飽きた"6本腕"と"奈落蜘蛛"の鳴き声が響いてくる。

「さあて、そろそろ最後のMOBだ、こいつらを処理すれば後は入り口まで敵は居ないだろうよ」

 ガチャリ、と長弓を構えるタイタン。普段の剣と盾は既にポーチの中だ。

 ナイトウも最適なスキルを考え、迎撃の準備を始めた。



 最後の化け物(MOB)を打ち倒す。陣形は崩れない。そして残るは入り口(でぐち)のみ。


 『迷宮』での最後の休憩の時であった。

 後は後方に居るであろうPKに注意しながら進むだけだ。ベルウッドがそう思っていた矢先、ギンスズの報告が届く。

 ――また厄介ごとか。何か恨みでもあるのか。

 とベルウッドは愚痴が出そうになる。


「PTSD?」

「はい、ボクは専門家じゃないですし、それっぽく見えるだけかもしれませんけど」

「身内にそんな専門家が居たら、それこそ話の種の一つにでもなってるだろーよ」

 ギンスズの報告に、混ぜっ返すようにオジジが返す。茶化すな、とベルウッドは釘を刺す。


 とはいえ、ベルウッド達に出来る事は少ない。それこそ泣き女(シルキー)の様に妙な行動をとらないように見張る程度だろう。詳細を聞くと相当酷いが。


「現状ではどうにもならん。暴走しないようなら放置しかなかろう」

 それよりPK対策だ、とベルウッドは打ち切る。

 どうにもならない事はとりあえず棚上げするしかない。

 ――自分達が出来るのは現実の脅威の対処だけだ。

「奴らは入り口で仕掛けてくる。それ以外の場所で仕掛ける場所が無いからだ」



 『絶望の迷宮』の入り口は大地に開いた大穴だ。


 直系50m以上、円柱状の大穴の高さは何メートルか、誰も計測した事が無い。ただひたすら、円柱の側面に張り付く蔦を下っていった先にある横穴から進入出来るのが『絶望の迷宮』だ。

 大穴の底面に転移魔法の転送先を示すオブジェが突き刺さっており、昔はそこに転送してもらってから攻略するものだった。側面の蔦は、初回のワープ地点を開放する時のみ使う洗礼のようなものだった。

 とはいえ、歩いて脱出する際にはそこを通る必要がある。

 蔦をつたっている最中はまともに戦闘が出来ない。回避や防御も難しいだろう。


「そこの蔦を上っている最中に襲うのが、少数人員である敵の狙いだろう。恐らく、な」

 断定するベルウッド。その時以外この集団は襲えない、と。


「そこで、だ。少人数のしんがりを残して、迎撃に当たる」

 全員で迎撃するならば、彼らは出てこないだけであろう。

 全員で登った場合、途中で襲われたら死あるのみ。

 ならば、大多数を上らせて、食料と水を確保する。蔦を登る最中の護衛は少数で行えばいい。

 ベルウッドの方針は、このようなものであった。


 問題は誰が残るか、である。志願者が居ない場合、結局はベルウッドとその仲間達がやるしかないのだが。



『対人の経験者、尚且つ、命が惜しくないものは集まれ』

 あまりにも無体な、あまりにも直球な募集である。

 それが『しんがり』募集の際のベルウッドの言葉である。


 ナイトウはしんがりに挙手した。

 ――こんな募集では誰も来るわけが無い。

 そう思い、ギルドメンバーで固めるつもりだったベルウッドは驚いた。

「危険だがいいのか?」

「あ、ああ。いいんだ」

 流れでタイタンも挙手した。今度はナイトウが焦った。

「お前が残るなら俺も残るわ」

 タイタンは軽く笑う。


「どちらにしても、奴らが来なければそれが一番だがな」

 間違いなく来るだろうがな、と獰猛な笑みを浮かべるベルウッド。


 ――こいつも悪い奴じゃねぇんだよなぁ。

 ナイトウは思ったのだ。


 ――不器用な廃人なんだよ、皆して。





 忍び、狙い、食いつく機会を狙う。狂気の悪魔が7匹。哀れな芋虫1匹。


 黒の猟犬ら、謎の肉を喰らいながら。クチャクチャと下品に語る。

「とんでもない能無しならそのまま上るだろうよ。蔦を。そんときゃ俺らの一人勝ちだ」

「ミンチでハンバーグダな」

 異形の巨塊(ニクマン)は肉を既に喰い終わっていた。どのような思考を経たのであろうか、既に巨塊は新たな食材の調理方法を考えていた。


「ケツの穴の狭い臆病者なら、クソ穴で根競べだ。そんときも俺らの勝ちだ」

「……いちいちゼロは例えが下品だな」

 猟犬の下品な例えに、品の無い魔法使い(チュイオ)が答える。己の事は棚に上げる。


「ド外道なら適当な奴らを生贄だ。自分達が登り終わったら、ハイさよなら。それも面白いけどな」

「俺、このパターンが一番楽しみなんだけどよぉー」

「チャカちゅわんが残ってくれると嬉しいで御座る! 嬉しいで御座る!」

 他人が自分と同類なら、嬉しいだろう。他人の醜さを見るのは、何よりも楽しいと、狂眼の暗殺者は語る。そんな事は知ったことじゃない。一人の娘を手折る為ならなんのその、という異装の死霊使い(シゴ)


「で、だ。ケツの穴が広い奴なら、ガチでヤり合うほぼ同数を残して俺らを待ち構えるだろうよ」

「何でも構わん。切る事が出来ればな…前の時のように、おあずけは好かん」

 妖刀(ムショ)はただ切る対象を求める。じろり、と猟犬を睨む。


「オケピケ、テメーは結局何でも良いんだよな」

「OKPK」

 痴呆の司祭(オケピケ)は笑うのみ。見る角度に寄れば、慈母の笑みであろう。


「さぁて、そろそろだ。一丁死んでくるか」

 猟犬、またも芋虫を蹴る。念入りに痣を残すかのように。何度も蹴る。

 その度にビクンビクンと痙攣を引き起こす、芋虫一匹。






「うわぁ……綺麗だねぇ」

 チャカは思わず声を上げた。他も久しぶりの日の光を浴びて感嘆の声を上げていた。


 直径50mの大穴は、昼なお暗い闇の支配する領域。

 ただ、太陽が中天に輝く僅か数十分、太陽の光が穴の底に届く。そのタイミングで彼らは大穴に出れたのであった。

 大地に突き刺さった十字のオブジェクト。

 その周りには僅かな光によって育つ可憐な花達が咲き誇る。画面越しに見たときとは違う、命の躍動がそこにある。


 そして外周には、太くしっかりと壁に根付いた蔦が何本も生えていた。

 これを上れば『恐怖の迷宮』から脱出できる。先に脱出するのは77名。


 9人をしんがりにして進むという話だった。

 何故しんがりが必要なのかチャカには判らなかった。

「皆で出ればいいのに。どこに危険があるんだろ」

 モンスターも近辺に居ないのに、どうしてそんな用心をするんだろう、とチャカは一人呟く。

 ――そういえばナイトウがどこを見ても居ない。どうしたんだろう。

「ねぇタイタン。ナイトウどこに行ったか知らない?」

 ――ナイトウも結構、こういう光景好きだったはずだ。

 タイタンはチャカの声を聞き、また暫く沈黙する。そして、何かを思い出したように答えた。

「……ああ、あいつならもう既に上ってる」

 ほら、あそこだ。とタイタンが指差した先には、既に蔦の登りの順番待ちの行列が出来ていた。

 人が多く、チャカにはナイトウの姿が確認できなかった。


 チャカが蔦を上り始めるのは最後だった。

 ――ナイトウは先に行っているという話なのに。


「タイタンも一緒に行けばいいのに」

「ばっか、先に行ったらどうせ水探しやら食料探しやらさせられるだろ」

 と、タイタンは笑う。笑いながら続ける。

「それなら一番安全な殿(・・・・・・)をやった方がマシだ」

 チャカは聞いて呆れた。


 そんなやり取りをした後、チャカが蔦の順番に並んだ時は、最後だった。


「恐らく最後の難所だ! 手前ら気合入れて行くぞ!」

 ギンスズがしんがりの9人に気合を入れていた。


 そこにナイトウが混じっていた事に、チャカは気付かない。






 最後の一人(チャカ)が蔦を登り始めた時、7人の悪魔と1匹の芋虫は現われた。


 9人の勇者と、7人の悪魔。そして1匹の芋虫



 大穴の闘技場で、生存競争の幕は切って落とされた。

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