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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
最終章 野郎達の英雄譚
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第五話 誰もが知ってる――(2)

「なに、俺一人でもやれるだろう。何しろ、俺は英雄だからな」

 頭を抱えるオジジに対して、べルウッドは無邪気に言いはなった。


 ――見ろよ、手前の脳の裏側を。ギンギンに感じる真っ赤な気配を。

 オジジの脳裏に映るのは、サイハテだ。サイハテから逃げたのはオジジだけではないではないか。

 ベルウッドも、逃げ出したではないか。

 逃げ出して来た、あの、サイハテの光景に極めて近似した、

 数――今度は赤い帯じゃない。赤いカタマリだ。

 数――10や100じゃねえ。10000だ。

 数――それに、なんだ。異様な気配もまた数個。

「サイハテの時は、俺っちが悪いとは言え――ベルも正面からカチ当たらなかったろ?」

 いや、いいや、違う。ベルウッドは――

「あの時はオジジ、お前を追っていたからな」

「だいたい、ベル、数を考えろ、数を。百までなら俺っち付き合ってもいい。でも、万だ、万。最低でも敵の数が一万だ。無理があるだろ、常識考えろよ!?」

 部屋の壁をどん、とオジジは叩いて思う。

 ――無理だと。

「無理じゃない」

「ベルよぉ、一体どういう計算すりゃあ、そんなことが言えるんだ。俺っち、ちょっとそろそろ自分の正気を疑わなきゃいけねー気がするんだ」

 ふむ、とべルウッドは、大仰に頷いた。

「オジジ、そこまで言うなら答えてやろう。百を纏めて倒す事を、百回やれば良いだけだ」

 その答えを聞いて、オジジの膝から力が抜けた。このべルウッドと言う男、何も、一切、頭と言うものを使っていない。

「おま……おま…………、ちょう、おい」

 オジジ、絶句す。

 どうしてこうなった、ベルウッドの頭の具合は、こんなにいい加減であったまってただろうか。引っ張って倒せばいい、単なるモンスター狩りとでも考えて居るのだろうか。いや、もう、本当に、

「だがオジジ、お前が手伝えばもっと確実だ。百までなら付き合うんだろう?」

 その言葉を聞いて、

 オジジは顎が外れるほどに開いた口を、

 ようやく

「違……いや、違わない。確かに、だ」

 マトモな神経をしている凡人なら、今、この場で、こんな馬鹿な事を言える訳が無い。「細かい事はさて置いて、――確かにベル、おめーは、"英雄"だ」

「どうする。やるか、やらないか」

 オジジは納得する。こいつは、まともじゃあない、と。

 どうしてこうして、きちがい(じぶん)達の頭目だから、べルウッドは確かに"英雄"だ。

「俺一人でも構わんぞ?」

「いや、いやいやいや……長い付き合いだ。俺っちも、付き合うよ」

 オジジもやっぱり、レゾナンスペイン《きちがい》の一員だ。


 一方、市外。魔人、ベルウッドは焦れていた。

 遠距離からのチマチマとした狙撃は、全部弾き飛ばした。

 が、弾いた矢の馬鹿でかさがアダになって、弾くたびに周囲の魔物にチマチマチマチマとした負傷を負わせるのだ。それに、この距離で当ててくるのは、余程の弓廃かと思い、大きく相殺する為の手数を温存していたのもアダになった。

 弾いても弾いてもチマチマとした衝撃ディレイが残る。衝撃は思考を揺らし、冷静な判断を奪う。

 極めて「ウザイ」戦い方。

 相手が弓廃ニクマンではなく、あのジャンヌだ、とベルウッドが確信して、これ以上強烈な手札は無い、と判断して、壁への突撃命令を配下の『奈落蜘蛛』達に出した時は状況が既に変わっていた。

『何故、飛びつけぬ?』

 斥候の蜘蛛がスリングの弾の様に打ち出されたが、刺さる鉄鏃の数は多く、もんどり打って着地に失敗。上手く糸梯子いとばしごを掛けることが出来ない。何故か。ベルウッドが躊躇をしていた間に、いつの間にか市壁には兵士が多数待ち構えていた。

 幾ら何でも一万の魔物の軍勢だ。落とせない訳がない。

 ただ、むざむざ敵が罠を張っている所に飛びこむのは愚者のすることだ。

『……糞が。転進! 転進!』


 クオン民にとって不幸であったのは、"邪神"襲来がほんの少し前に有った事である。

 トコシェは、前の"邪神"襲来の傷跡が未だ癒えていないのは事実。戦力の補充は十分とは言えず、所々壊れたままの市街地が見えるほど。

 当然、街の防衛施設などは不十分だ。

 逆に、この街が、馬鹿みたいな魔物に襲われるのが、初めてではない、と言う事こそ、不幸中の幸いである、とエムオーは薄く哂う。

 そいつは、例えるならワクチンみたいなもんだった、とエムオーは考える。

 巨大な魔物が、街を蹂躙した記憶が、トラウマになっている市民も多いが、それ以外の人間にとっては貴重な経験《EXP》となった訳だ。

 経験を積んで、覚悟を決めた人間は強く(LVUP)なる。

 あっちでもそうなのだ。此方なら、猶更だ。エムオー、薄い唇をにやりと釣り上げて。

「全く、何がラッキーだったかは判らないと言う事で、僕らとしちゃ、動ける兵隊サンたちの奮闘に期待する面もない訳じゃあ無く」

「そうよねぇ。あの数、ちょっと呑まれたら、アタシも持たないし」

 あれ以上城壁上に留まっていても得るモノは少ないと判断したエムオーとジャンヌの二人組は、次なる襲撃に備えて河岸かしを替える。

 ついでに言うなら、エムオーは既に"折り始めて"いる。ぞろぞろと骨の軍勢を産み出し、引き連れながら進む様は、まるで冥界の軍勢か、それともパニックホラーの一幕か。

 ジャンヌは、邪神と魔物の軍勢と、今のエムオーどっちが"わるもの"に見えるだろうか、と益体も無い事を脳裏に浮かべた。

 どちらもどちらだ。どっちも凶悪極まりないが――言っちゃあ何だが、ジャンヌの感覚からしてみれば、骨とか結構歩く動作が、ヨチヨチしている。蜘蛛も時々、カリカリと頭を掻く動作は実にユーモラスだ。全般的に見たらどっちも"わるい"が、可愛いトコロがない訳じゃあない。

「さて、次はどこでしかけるかにゃー?」

「門かな」と即座に返すエムオーに向かってジャンヌは「ずいぶんと平凡じゃない?」と煽る。

「平凡結構。僕ぁ、セオリー詰めていくタイプなんでね。奇策はゼロの奴の方が得意だったってーの」

「って言っても、ゼロの奴も、ちったぁ手伝ってくれても良かったんじゃ無いかって思ううけどもねぇ」

「――それはさすがに、ナシでしょ。もうあの人は戦わなくてもいいよ。クズだけど」

 エムオー達は、仕掛ける前にゼロと接触したのだ。

 今更言い訳などするまいと、ゼロはジャンヌに対して無言を貫いた。

 ゼロは何を差し置いても帰さねばならなかったのだ。彼女を元の世界(彼の世)へ。それでも"戻った"奴らの装備品を後生大事に抱えてたのは、サブマスだからだろうか。そいつを全部、エムオー達に押し付けて『疲れた』と一言言ったのだ。

「やったことはクズだけど、まぁ――判るし」

「まぁ、誰にだって……はあるさぁね」

「あるよね」

「そゆこと」

 もう、多分・・、ゼロに戦う理由は無い。

 後はゆっくりと腐って行くだけだろう。

 エムオーはそう感じた。ジャンヌもそう感じた。

 奴から漂う、膿んだ無気力は、どうにもこうにも――もし、ゼロに思い残しが他に何か、あるとしたならば――まぁ、今動けない奴の事を言ってもしょうがないと、エムオ―は割り切った。ジャンヌも割り切った。

「今のあいつはチョー使えねぇ奴だ」

「寄生できないねぇ」

 出来ない出来ないチョー使えないと二人して言いあいながら――


 そうして、本格的な戦の火蓋は切って落とされた。

 骨の軍勢と、人の軍勢と、魔物の軍勢が市門の前でぶつかり合い、密集陣形を組んだ人と骨の軍勢の上から蜘蛛がとびかかり、空いた空白に六本腕の股座に牛頭を備えた戦士が割って入って蹴散らしたところに周囲から槍を突きたてられ絶命、倒れ伏した味方を踏みつぶしながら人間の重装歩兵が踏み込み、踏み潰され死したはずの者たちが欠損した頭や四肢や内臓を振り回しながら繰り人形のような動きで生者を黄泉路へと引きずり込む。引きずり込まれた奴らはまた引きずりこむ。

 と思ったら人と魔物両方側から袋叩きに会ってあっさり沈み込み、またお互いに三つ巴染みた戦闘を繰り広げつつ、地獄のような情景を各所で引き起こしながら、徐々にお互いすり潰しあい、避難する民草も押し合いへし合い、剣戟の音とどさくさまぎれの火付けや泥棒も生まれて死んで。徐々に邪神軍が優勢へと流れ込むかと思われた。

 そこに飛び込むは全身+14の強化を施された伝説級の魔法の装備に身を包んだ華美華麗な修道者と氷の吹雪をまき散らす老魔法使い、後はそれに付き従う反響痛の残り僅かな面子達。一気に情勢が変わるかと思いきや、すかさずそこに邪神軍から飛び込むは三人の魔人。一際凶悪で一際強烈な印象を与える魔人は、漆黒の+15強化をされた戦棍を振り回しながら人間の群れに飛び込んだ。赤い盾も白骨マントもそれに一歩遅れて人間たちを蹴散らしつつ進む。しかして混沌の最中。"英雄""魔人"双方お互いに直接ぶつかり合わずお互いの軍勢の欠けた場所を埋め、押し返したらまた逆側、犬が自分の尻尾を追いかけるが如くにかみ合わぬ。だが、自分の尻尾(ウロ)飲み込む蛇(ボロス)の如く、徐々に"英雄"と"魔人"の面子が接触するときは近づいていた。

 そんな混沌の戦火迫るスラムの一角――薄暗く腐臭漂うあばら屋で、黒の猟犬は静かに腐っていた。確かに争う意義はもうない。己がやることはやった。果たすべき義務は果たした――後はただひたすら、腐るに任せればよい。

 疲れたのだ。手が届く箇所には、最早塵屑しか残っていない。

 苦しいのだ。塵の山に埋もれて、眠るのだ。

 もういいだろう。もういいだろう。

 確かにもう良い。縁もゆかりもない。いや、いいや、ないとは言わぬ。

 言わぬが、薄い。

 たかがゲームの知りあいだ。

 ちょっと数か月一緒に生死を掛けた。

 ――かけた。縁は薄くもないのではないか。いいのか。手を貸さなくても良いのか。お前は――

「……うるせぇ」

 黒の猟犬、内なる声に反駁した。

 うるせぇ、と。

 腐れたあばら屋で、ひとりごちる。普段から雑然としたゼロの周りは、今日は一段と煩かった。剣戟の音と、炎が燃える音。悲鳴。怒声。何でもあり。それでも聞こえる、内なる声。かつての仲間はお前を置いて行った。お前は仲間を送り出した。けれども、まだ残ってる奴らがいた。それが助けを求めてきたのだ。

 それを断って良いのか。

 ――それでもお前は、それでよいのか。

 それで良いのだ。

 酷い状態であった。

 体はがりがりであった。他人に分け与えるリソースなど、もうどこにも残っていない。

 心は我利我利であった。他人の心情など知ったことか。

 此の世にゼロ(おまえ)の仲間はもう、いないのだ。

 此の世で、孤独に耐えて耐えて耐えて死ぬに死ねずゆっくりと腐って行くのがゼロ(おまえ)の望みなのか。

 よく考えて見ろ。

 ゼロ(おまえ)は他人に勝手に決められる事は我慢がならなかったのではないか。

 それすら放棄してしまったら――全くの零だ。

「うるせえ!」

 煩かった。がんがんがんがんと鐘も鳴っていた。ぼろぼろの家屋が今にも崩れそうな振動が襲っていた。ゼロの内部にいた、もう一人がすぅっと消えた。内なる声はもう、聞こえなかった。ゼロは心底、孤独になったのだ。

 孤独。

 孤独になって、ゼロにも判ったことがある。

 チョー使えねぇ、と視線だけで決めつけたエムオーも、憐れみの表情を浮かべたジャンヌも、上手くやりやがった奴らも、ただ只管惰眠をむさぼる事を邪魔する奴らも、全て全てが疎ましく、腹立たしく、存在を許しがたいのだ。

 怒りだ。

 妬みだ。

 悲しみだ。

 ネガティブな感情が全て一身に集まるのだ。

 それらが、ゼロの空っぽの体と心を満たす。

「くそいまいましい!」

 腐れた心と身体を引きずり起こす。その両手には短剣。体には鎧。戦う為の力は未だ残っていた。


 黒の猟犬、今一度、覚醒。

次話サイハテの方へ。

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