表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
最終章 野郎達の英雄譚
102/105

第三話 誰も知らない英雄譚(2)



 目の前の男達が、チャカの理解できない事を言った。

「ちょっと、ちょっと待って」

 何かが違う、とチャカは思う。何かとは何か。話が違う。思惑が違う。予定が違う。考えていた事と、色々と違う。

「えっと、その、なに、あー……」

「ちゃ、チャカ。ええか、オレ一人でやる」

 ナイトウが、逆光の中で言った。

 こいつは、馬鹿か、馬鹿じゃないの? とチャカの薄い胸の中でぐるぐるぐるぐるともやもやとした、形にならない思考が、声が、疼く。


「ば、馬鹿じゃないの!?」

「ば、馬鹿じゃねえべ」

 そんなただでさえ紙のようなチャカの顔色が、白くなって、青くなって、赤くなった。黄色くはならないなぁ。と、どうでもいいことを薄灰色のボンクラ脳が、感じ取る。

 ナイトウのもはやどうでもよい過去の体験だが、完徹二日目で、太陽は黄色く見える。

 三日目を超えたあたりから、太陽の色は気にならなくなる。一瞬でも気を抜くと意識は飛ぶし、そうでなくても思考はどんどんほつれていく。

 そんな、体の芯からにじむけだるさは、今の状況によーく似ているとナイトウは思う。

 チャカの悲鳴のような怒声が、瞬間湯沸かし器のようにくるくると変わる顔色が、今にも掴み掛かって来そうな、いや、もう既に精一杯腕を伸ばして、胸倉をつかみ上げようとして、胸元にしがみつくような体勢になっている事が、全部が全部ひっくるめて、ナイトウの罪悪感を刺激して、多少ナイトウの脳を覚ます。

 覚めた脳味噌が仕方が無いと、自身に言い訳をして、用意していた台詞を吐く。

 あらかじめ用意しておかないと、ほつれにほつれた思考では形にならない。

「お、お前が馬鹿なんだべ。大体、特にチャカ、お前は、物凄く」

 物凄く――何だったか。ああ、そうだ。

「――弱い」

 いや、弱いのはどちらだ。

 鉄鱗の時だって、手助けしてもらわなきゃおっんでたのはどこのどいつだ。戦闘の度にどこかしこで怪我して、えれぇ目にあってたのはどこのどいつの馬鹿野郎だ。

 ナイトウのそんな内情は、口にも表情にも出さぬし、出せぬ。大体、ほつけてとけて

「す、すげえ、半端だ。回復としても、攻撃としても、壁役としても、だ」

 何でもできるのが強みだから、当然だ。馬鹿にした話だ。煽るにしてももう少し芸ってものがあるだろう。

「特に対人で、わかったろ」

 別段、普通だった。特に飛びぬけては居ないが、「頭数」に数えれる貴重な"英雄プレイヤー"だった。付け加えるなら、今ならば、間違いなく、チャカは、効率良く己が肉を切り邪神の骨を断つ、"使える"奴だ。

 ナイトウが『頼む』と一言言えば、そうなるだろう。

 まとまらぬナイトウの今の頭でも、それは判るのだ。

 だからこそ、ナイトウは恐れる。

 死を恐れる。

 味方の、友の。


「お前は――お前らは、四百八十秒、タゲとりゃええ。それだけやってくれればええ。それ以上は、要らねぇ」


「バカじゃねぇの!」

「な、何とでも言え」

 ――戻れる所がある奴等には、この役は渡せねぇ。

 誰に渡すわけにもいかない。誰に任せる訳にもいかない。

 ようやく見つけた、ナイトウ自身の役割だ。


「ソロだと、ミスは出来ないぞ」

 暫くの睨み合いの後、タイタンのごつい手がチャカを押しのけた。

「だ。大丈夫だ。オレは失敗しない。大丈夫だ。オレァ、ミスはしねぇ」

本気マジで言ってるのか」

「……万一、そうなったら、おめえら、適当に逃げろ」

 頼むぞ、とナイトウはタイタンの方を見た。チッ、と舌打ち一つ追加して、タイタンはナイトウを睨み付けた。


 だいたい、最近、タイタンが鏡越しによく見た顔だ。

 何を言っても聞きやしない、そんな面だ。何でも一人で決めて、外に吐き出さない、クソみたいな面だ。

 ――ほんの一月ほど前の、タイタン《おれ》の顔だ。

「八分。完璧に抑えてやる。それから後は、分からないぜ?」

「……ああ、八分だ」

 ――ああ、十分だ。全く、その返答で十分だ。


 BOSSを狩る、と言っても、当然ながら、狩る為には下準備が必要だ。

 狩る対象に合わせた武器防具、余裕を持ったポーション、十分に鍛えたキャラクター……そして、BOSSの近辺の掃除――"取り巻き"の排除である。


 取り巻き、BOSSの周囲に存在するMOBモンスターを倒す事は、下準備であって、本番ではない。が、四百八十秒、八分。あちらで言うなら二十秒。

 <スキル>を振るならほんの数回。だが、"取り巻き"を叩き潰すには十分な時間。

 その時間で排除しきれないなら、勝てる相手《BOSS》ではない――と言うのは、常識でもあった。

 そいつを稼げとナイトウは言う。

 それ以上の、手出しは要らないという。


 本番の手出しはするな、とナイトウは言ったのだ。

 ――そいつはちょいと、ナシじゃないかい、ナイトウさんよぉ。

 ここまで来て、あとはオレ一人で十分だ、と、ナイトウはほざいたのだ。


 ミスして狩り損ねたら、逃げろというのだ。


 そんなミスする可能性のある狩りで、その、ナイトウのおぜん立ての為だけに、タイタンや、チャカや、ヒゲを使おうというのだ。

 そいつは、ずいぶんと『ナメた』発言だとタイタンは思う。

 そいつは通せない。

 今までのナイトウのやってきた事と、言ってきた事との筋が違う。ブレているからだ。

 そいつが、タイタンにとっては許せない。

 仲間を頼れと言ったナイトウの、あの涙は何だったのか。

 タイタンの目の前の男が、いかにも煤けて崩れ去りそうなのは、判り切っている。

 そんなことは、タイタンとて百も承知。

 理由を何故言わぬのか、何故言えぬのか、タイタンには判る。

 大凡のメドはついている。

 けれども、仲間に相談しない以上――

 ――ひっくり返して良いんだよな、ナイトウ。


 タイタンの呟きは、今は、ナイトウには伝わらない。





 暁は、魔物の為には存在しない。


 市街外壁、崩れが大きい個所。"六本腕"の見張りは眠そうに股間の顔を撫でた。日光は濾過され月光程度の明かり。のろのろとした動きで、"六本腕"は昇る朝日と静まる町並みを恨めしげに見る。


 あくび一つ。

『ねむ。ねむ』

 声に出したら、かるい眠気。

 "六本腕"は、これから長い昼番なのだ。今から眠気に襲われては、まともな仕事にはならないだろう。


『いけない。けど』

 ぐぅ、と鼻提灯が一つ二つ。ペチンと割れて目が覚める。ペチペチペチ。と、鼻提灯の出来る速度より、尚早く六本腕に伝わる感覚。

 ぺちぺちぺち、と子蜘蛛が"伝話"の到着を"六本腕"に伝えていた。

 "六本腕"の馴染みの"地獄甲冑"からの伝話だ。


 ――この山を越えたら、明日はもっと豊かな土地にたどり着ける。

 "地獄甲冑"が流暢に喋る中、辛うじて理解できたのは、概ねこのような概要だけだ。

 六本腕に難しい話は判らない。


 そうあれ、と生み出されたのだから。


 だが、難しい話が分からないが故に、話の気配には敏感であった。

 伝話線を敷きながら進んでいる、"六本腕"の馴染みの"地獄甲冑"が伝えるのは、景気のいい話だ。


 とても、結構な事だ。


 "六本腕"は、夢見心地でふんふんと聞き流す。

 大体、警備なんてする必要はないのだ。

 実際に脅威となる人間は既に排除済みだし、ここに立つのも、形式的なものでしかない。少なくとも、何かが攻め寄る気配など、無いはずだ。ここは神のお膝元、いざとなれば偉大な奇跡が起きて、"六本腕"達は救われるだろう。


 ――おい、聞いているか、おい。

『ああ、きいて――』

 そう、六本腕は最後まで信じていた。


 六本腕に音は、聞こえなかった。ただ、光が見えたのだ。


 ナイトウが放った"地獄の炎"が、灼熱の花を咲かせる。ぱぁっと光が走り、暴露した草木は、即座に真っ黒に変色した後に、燃え始める。それは、生ある魔物も同じだ。

 薄暗いサイハテの街に、小さな太陽が出現した。

 直撃を受けた一般MOB(まもの)は文字通り焼滅し、直撃範囲に巻き込まれなかった者たちも、熱線に目を、肌を、触角を炙られてのたうつ。ヘイトを――誰にやられたのか――の察知もままならない。

 ざわ、ざわ、ざわ。ぼうっと立ちすくんでいた子蜘蛛を、ピンポイントで、炎の弾がぶち抜いた。胴体を丸く、くり貫く熱波。

 ぎぃ! と近くで上がる悲鳴。親蜘蛛の物だろうか。それとも単なる苦痛の泣き声だろうか。混沌とする状況に、さらなる一撃。

 次々に地面から吹き出す炎の柱が、まっすぐ、街を縦に割り始めた。今は祭壇となっている、十字があった広場へ向けて、邪神(ヤ・ヴィ)を目指して地面を割る。

 轟音。割れる。割った。


 道が出来た。


 ナイトウは十字があった広場を割って、邪神の祭壇までの直通通路を作り上げた、と確信した。そのまま次のスキルの準備。次は――

 接敵するまでのヘイトを稼ぐためナイトウは空へ。飛ぶ。


 飛んだ。


 もうもうと上がる土煙に映る巨大な影。

 ナイトウが飛んだのを皮切りに、取り決め通りに、タイタン達が走り出した。

 ナイトウは邪神に向かって一直線に走る、彼らの露払い役だ。真っ直ぐに割れた道に向かって殺到するMOB達に向かって、火の壁を建て、氷の槍を降らせ、邪神ラスボスへの最短ルートを死守/確保する。

 ぎい、ぎい、ぎち、ぎち。

 悲鳴、怒声、悲鳴、怒声。

 ナイトウの聴覚が捉えた音声はすべて、MOBのものだ。

 MOBなら、もっと早いはずだ。人ならば、もっと遅いはずだ。

 実に中途半端。半端な反応速度。ナマモノの感覚。

 生まれる躊躇を刹那で振り払う。アレは敵だ。敵なのである。

 脳裏に浮かぶ光点を頼りに、魔法スキルを指す、刺す、刺し続ける。

 町中に巣食った魔物の群れは、数が多すぎた。

 その多すぎた彼らを誘導する。

 ナイトウは先ほど造った大通りに通じていた道を崩して。ちょっとした迷路に。そんな迷路を跳躍して抜けようと思う敵を撃ち抜く。それを数度。学習する・させる。律儀に崩れた通路を大回りする様に自然と・必然と行動する。たったの一人。サイハテの街一つを占領した魔物の群れを相手にするには、少なすぎる人数だ。それを可能にしているのは、ひとえにクラウド・コントロール技術の賜物である。

 町全体を一つの迷路ダンジョンに。最深部までの裏口をつけて。


 状況は整った。


「RAAAAAAAAAAA!」

 タイタンが駆け抜ける。ヒゲダルマも、チャカも走る。


 目標の邪神の傍に、白い大蛇が、蛇女が見えた。ナイトウは――


 躊躇せずに。殺す。


 撃った。白蛇の腹に大穴があいた。邪神の周りには、予め分断したとはいえ多くの魔物がいた。それが一斉に悲鳴を上げた、いや、悲鳴が上がったような気がした。敵だ。

 どこまで行っても恐らくは、相容れない敵だ。

 人の敵だ。

 英雄の敵だ。

 オレ達の敵だ。

 ――ああ、判ってんだけどなぁ。ド外道はどっちだべ。

 内心で、ナイトウ/伊藤は、反吐を吐いた。

 それでも続ける。もう一発、今度は邪神のドタマ(・・・)にぶちこんで。

「い、今から四百八十秒だべ、頼む」

 もごもごと、言うのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ