07 転機
その晩シオンは夢をみた。
迫り来るカラフルな色の壁。
むせ返るような香水の臭い。
息苦しくてそこから逃れようともがく。
「シオン」
名を呼ばれ目が覚める。
そこには心配そうに覗き込むリオルがいた。
「怖い夢でもみた?」
セルジオ王に呼ばれていたこともあって自宅へと戻ったのはすでに深夜となっていた。
ずっと気を張っていたシオンは帰りの馬車の中で疲れて眠ってしまい、アロルドがベットへと運んだのだった。
精神年齢は十六歳でも実年齢は四歳で、普段であればすでに休んでいる時間でもあったので当然といえば当然のことだったのだが。
二人の帰りを待っていたリオルが聞いたことはシオンが迷子になった事、帰る前に王に会ったという事だけだったが、父も疲れていることがわかっていたリオルは明日シオンから話を聞くつもりだった。
その為リオルはシオンに何があったのか知らなかった。
「カラフルな壁に押しつぶされる夢……」
「カラフルな壁?あぁ……そうか」
「兄様?」
リオルにはその壁が何のことなのか、容易に想像できた。
そしてシオンが迷子になってあろう理由も。
それは以前リオル自身もそんな壁を体験した事があったからだった。
「その壁というのは、きっと夜会に招かれたご婦人方のドレスのスカート部分だろうね」
「スカート……?」
「シオンの身長だと、目線の高さはちょうどご婦人方の腰の下ぐらいまでしかないからね」
そういえば、とシオンは思う。
アロルドとはぐれた時のシオンはスカートの壁に視界を奪われ、人波に飲まれてしまった。
とても息苦しくて必死に人を掻き分けて進んでいたところ、気づいた時には会場ではない場所にいたのだった。
リオルはむうっと考え込むシオンをなだめ、再び眠るように促す。疲れていたシオンはリオルが頭を撫でるのを心地よく感じながら再び眠りについた。
「おやすみ、シオン」
シオンが眠ったのを見届け、リオルは自分も眠りについた。
後日。
「どうしてだい、シオン?」
アロルドは呆然とした様子で小さなドレスを抱えていた。それは新調したばかりのシオン用のドレスであった。
「父様、私はドレスよりも兄様のような服がいいです。動きづらいですし。」
「そんなっ……!シオンはこんなに可愛らしい女の子なのに!」
すっかりスカートが苦手となっていたシオンはイヤイヤと首を振る。
シオンが今着ているのはリオルの服。しかし八歳のリオルの服はまだ四歳のシオンには大きすぎてだぼっとしていて、袖やズボンの裾は何度も折り返されていた。
「いや確かにそういう格好でも可愛いことに間違いはないのだが……」
「いいじゃないですか。シオンの好きにさせてあげましょう」
シオンへの助け舟を出したのは傍らで微笑みながら様子を眺めていたイシェカだった。
しかしアロルドは、「可愛いが、可愛いのだが……」と親バカな言葉を連呼しつつも納得する様子もない。
「シオンは活発な子ですからね。また前のように怪我をしても困りますし……」
「そうですね。どんな格好でもシオンはシオンですよ父様」
「うぅむ……」
イェシカの言う前のような怪我、とはシオンが塔から落ちた時のことだ。
アロルド達はシオンが雷に驚いてドレスの裾を踏み、バランスを崩して落ちてしまったと思っている。
納得がいかない様子のアロルドを無視してイェシカはシオンへと向き直り微笑む。
「よかったわね、シオン」
「はい、母様」
「まてっ、まだ了承したわけでは……」
「あら、だめなんですの?」
慌てるアロルドにいつもと変わらぬ微笑を浮かべイェシカが問う。
シオンもリオルもこういうときに父が母に勝てないのを知っていたので、顔を見合わせてくすりと笑いあう。
「しかたあるまい……」
二人の予想通り、アロルドはしぶしぶ了承したのだった。
その日の午後にはシオン用に新しい服が何点も用意されていた。
そして街では楽しそうに洋服店を訪れるファシール婦人を見た人がいたとかいないとか。