06 月下
「おい、大丈夫か?」
不意に声をかけられシオンは顔を上げた。
覗き込んでいたのは蜂蜜色の髪の少年。少し休んだことで気分もかなりよくなってきていた。
「大丈……」
答えようとしてシオンははっとした。
こちらを心配する様子の少年の顔色はあまりにも悪い。
「あなたこそ大丈夫?私よりずっと顔色が悪いわ」
「俺は大丈夫……だ」
少年の息は荒く、立っているのも辛そうな様子だ。
シオンは少年を自分の隣に座らせ、少年の額へ手を当ててみる。
当てた手から感じる熱。
「熱がある……ちゃんと休まないと……」
「俺は将来……人を守るべき立場の人間……こ、れぐらいで……」
少年はまっすぐ前を見つめ、しかし辛そうに答える。シオンは当てていた手でぺしっと少年の額を叩いた。
「自分すら守れない人間に他の人を守れるわけないじゃない」
「なっ……!」
「無理をするにしても時と場合によるのよ。たかがパーティーの為にそんな状態で出ようとするなんてバカバカしいわ」
シオンはぽかんとする少年を尻目にすくっと立ち上がる。
「誰か人を呼んでくる。あなたはそこで大人しくしてて」
「必要、ない……」
行くとするシオンの腕を少年が掴む。シオンはその手を振り払い、少年を振り返る。
「あなたが無理をしてがんばったって、あなたのことを大切に思う人は喜ばないわ」
シオンは大切だった人達を思い出していた。
それは紫苑であったころの両親。
紫苑の両親は仕事で忙しい毎日を送っていた。
そんな忙しい両親が紫苑の誕生日だからと無理をして仕事を早く切り上げ帰宅した。
しかしその帰宅途中に両親の乗った車は事故にあってしまった。
居眠り運転する車が対向車線をはみ出して両親の運転する車に衝突したのだ。
普段の状態であれば避けられたかもしれない。自分の為に仕事で無理をしたから避けられなかったのかもしれない。
答えてくれる人はもういない。
それは小学生だった紫苑には辛すぎる出来事だった。
シオンの目には涙が溜まって今にも零れ落ちそうになる。その涙をぐっと拭い、人の声がする方へと歩いていった。
残された少年は息をつき窓から空を仰ぐ。
雲の合間から三日月が顔をだし淡い光で照らしていた。
「確かに……あの父上ならば……喜びはしない、か」
少年は父の顔を思い浮かべ苦笑し、素直に今日は休ませてもらおうと思った。そして自分に説教まがいのことを言った自分よりずっと幼い少女を思い起こす。
彼女は自分の事を知っていたのだろうか。
知らなかったからこそいえた言葉なのかもしれない。あの様子ならそんなこと関係ない、というのかもしれないが。
シオンは手近な大人を捕まえて少年のことを話した。
どうやらちょうどその人は少年を探していたらしく、シオンに礼をいうと慌てて駆けていった。
あっという間に行ってしまった人の背中を眺めつつ、道を聞けなかったことに気づく。しかたなくしばらく歩いていると、慌てた様子のアロルドに発見され無事保護されたのだった。
アロルドに連れられ会場へと戻ると、すでにパーティーは終盤を迎えていた。シオンは主催である王に挨拶していないことを思い出し、しゅんとうな垂れる。
「シオン、パーティーが終わった後にすこしだけ寄り道をしてもいいかい?」
「はい……」
その後パーティーはつつがなく終了し、人々は岐路へ着く。その中をアロルドはシオンの手を引き人波に逆らって歩いた。
会場を出て王宮へと入っていく。一般の客は入ることが許されない場所だ。
しかしアロルドは警備の人間に軽く挨拶をしただけで、あっさりと客室へと通された。
「父様……」
「許可がでているからすんなりと入れてもらえるんだよ」
不思議そうな顔をするシオンにアロルドが答える。しばらく待っていると、部屋にセルジオ王その人が現れた。
「あ……」
「よくきてくれたね」
声をかけられ、シオンは我に返り立ち上がり一礼する。
「シオン=ファシールと申します。お目にかかれて光栄です」
「頭を上げなさい。ここは公式の場ではないから堅苦しいのは無しで頼むよ」
「え……ですが……」
あっけらかんとした口調で言われ、シオンはどうしていいかわからず視線を父へと泳がせる。そんな二人を見てアロルドは大きなため息をついた。
「王に言われたからといって、はいそうですかといくわけがないだろう。大体お前はいつもいい加減で……」
「それよりシオン、ずっと君に興味があったのだよ」
「はぁ……」
愚痴っぽくなったアロルドを無視してセルジオ王はシオンへと話しかける。
「本当ならば息子にも合わせたかったのだが、どうやら風邪を引いたようで今日はもう休んでいる。残念だが楽しみはまたの機会にとっておくとしよう」
「息子についていてやらなくていいのか?」
「あれには王妃がついているからな。俺は邪魔だと追い出されたよ」
その言葉にアロルドも思い当たる節があったようで、ぽんと王の肩に手を置いて頷いていた。
その後しばらく王と他愛もない会話をしていたアロルドが娘の異変に気づく。
シオンの頬は上気し息も荒い。額に手を当てればじんわりと熱かった。
「熱がでてきているようだな……」
「それはいかんな。早く戻って休ませたほうがいい」
「ああ、悪いがそうさせてもらう。お前が息子から病原菌を持ってきたんじゃないだろうな、まったく……」
ぶつぶつといいながらもアロルドはシオンを抱き上げ急いで岐路に着いた。
あわただしく帰っていく友人を送り出し、セルジオ王はにんまりと笑みを浮かべていた。
「くくっ……黒髪の少女……間違いなくシオンのことだろうな」
普段から真面目で無理をする王子が、突然今日は体調が悪いので休ませてほしいと言ってきた。そして黒髪の少女はどこの家の人間かと訪ねられた。
「さすがアロルドの娘、面白い」
何があったのかまではわからないが、それはセルジオ王にとって好ましい出来事だった。