05 夜会
「お城でパーティー?」
ある日の昼下がり。
その日はアロルドの仕事も落ち着いていたので、父と兄妹は三人でお茶を楽しんでいた。
その時シオンは四歳となっていて、かなり大人びた賢い子供として認識されていた。シオンは器用な性格ではなかった為、子供らしい振る舞いができなかったのだ。
「それはいつです?」
リオルはすでに社交界デビューしており、その世界の知識もシオンよりずっと豊富だった。さらにすでに魔法の才能を開花させており、その将来を有望視されている。
「それが、今晩なんだ」
「え、しかし母様は……」
イェシカは数日前にひいた風邪をこじらせて寝込んでいた。大したことはないのだがパーティーには出席できる状態ではなかった。
「そこでだ。今回はシオンを連れて行こうかと思うんだが」
「私ですか?」
「確かにシオンはとても可愛らしく落ち着いた子ですから問題は無いでしょうか……」
リオルの兄バカ発言に苦笑しつつ、シオンは疑問に思う。
「それにしても急すぎるような気が……」
普段王城でのパーティーは警備の準備などもあるので前もって予定が組まれており、今回のように突然の開催はかなりめずらしい。シオンのつぶやきにアロルドは大きくため息をつく。
「セルジオのやつが前々からシオンに会ってみたいと煩いんだよ」
「そういえば父様は今日城に行かれたんでしたよね」
「ああ……その時にセルジオに会ってな。イェシカが風邪をこじらせた事を話したんだ」
「あぁ……それで……」
アロルドはセルジオ王と学生時代からの親友であった。その為賢王と名高いセルジオ王の性格を熟知している。
「あいつシオンに会いたいがために無理やりパーティーを開催しやがったんだよ」
「父様、口が悪くなってますよ」
「いいんだ、相手はセルジオだからな」
アロルドは、はぁと大きくため息をついてシオンに尋ねる。
夜会では既婚の参加者はたとえ正式な相手でなくともパートナーと共に参加するのが常識となっていた。
その為アロルドは急遽一緒にパーティーに参加する相手を探さなくてはいけなかった。しかしパートナーは異性であれば年齢などに問題はないという形だけのものだったのだが。
「どうせ断ってもまたしつこく誘いがくるだろうからな。一緒に行ってくれるかい?シオン」
「父様が一緒ならよろこんで」
性格は大人びていたが、外見はまだまだ子供らしく愛らしい娘が微笑む姿を見てアロルドは誓う。
「セルジオの毒牙から必ず守ってやるからな」
「父様、一応あちらは国王ですから落ち着いて」
少々興奮気味なアロルドはまだ八歳の息子に窘められていた。シオンはそんな家族を眺めながら、まだ見ぬお城でのパーティーに思いを馳せていた。
夕刻となり、アロルドとシオンが王城へと向かう時間となった。
せめてドレスだけは私が選ぶと起きだしたイェシカはドレスアップした娘を満足げに見つめ、再び床へ戻った。正しく玄関まで送り出すと駄々をこねた為、リオルに強制的に連れ戻されたのだ。
「それじゃあ行ってくる。イェシカを頼んだよ」
「はい、父様」
リオルはアロルドの言葉に大きく頷き、そしてシオンにやさしく微笑みかけそっと耳打ちする。
「父様と王様のケンカに巻き込まれないようにね」
ぷっとシオンが噴出すとリオルはいたずらっ子のようにウインクする。
「母様のことは僕がついているから心配しないで大丈夫。楽しんでおいで」
「はい、兄様。いってきます」
リオルに見送られながら、アロルドとシオンの乗る馬車は王城を目指し出発した。
ファシール公爵家の治める領土は王都に隣接しており、城までさほど時間はかからない。あっという間に馬車は城へと到着し、簡単な手続きの後王宮内へと招かれた。
まだパーティーの開催時刻まで少々余裕があったが、会場内にはすでに多くの客があふれていた。
アロルドの姿を目にした客人たちが次々と挨拶をしようと集まってくる。
「すまないシオン。すこしそちらで待っていてくれ」
「はい、父様」
「はぐれてしまうから決して動かないように」
「はい」
ファシール公爵家はアヴァロンでも上位の名門家であった為、すこしでも繋がりを持とうと多くの人間がアロルドを取り囲む。
シオンはすっかり人に酔ってしまい、父の申し出にうなずくとふらふらと壁際へと移動していった。
(やっぱりこういうのは向いてないな……)
シオンが小さくため息をついた時、会場内に歓声が起こる。どうやらセルジオ王が開場へ現れたようだった。
まだ小さなシオンには開場中の人々が一斉に移動したかのように見えた。実際四歳のシオンの身長は大人の腰程度しかない。
そんなシオンの視界は女性のドレスのスカートであっという間に塞がれ、移動する人波に飲まれる。
「うう……ここドコ……」
やっとの思いで人ごみから逃れたシオンだったが、気が付くと見覚えのない通路に立っていた。いつパーティー会場の広間から外に出てしまったのかもわからない。
人に酔って気分は最悪といってもいいほど悪くなり立っているのも辛く、その場に座り込んでしまった。