42 案内
秋の二次入学の式典は春のそれとは比べ物にならないほど簡素なものだ。
来賓なども一切なく、学園長から一言あるのみで式典とはとてもではないが言い難い。
二次入学者の数は騎士クラスのみで二十名程度。春の入学者が五十名以上なのだからその半分以下の人数である。
その新入生の中に一際目立つ存在があった。それがヴィオラ=バルターク、シオンがピンク姫と呼ぶその人だった。
簡素すぎる式典が終わると、生徒は教室へと移動し今後の説明を受ける。
騎士クラスの生徒たちが一斉に移動していく中、一人だけクラスの違うヴィオラは魔術師クラスの案内が来るまでその場に留まっていた。
移動していく騎士クラスの生徒たちの好奇の視線に晒されながらも、それを気にする様子など微塵も見せない彼女は小国ながらもさすがは王族であり気品に溢れていた。
騎士クラスの生徒が全員退室してもまだ魔術師クラスの案内は来ず、その場にはヴィオラだけが残されていた。
ふう、とヴィオラが溜息を漏らした時、外をバタバタと走るような音がしその直後に勢いよく扉が開かれた。
「ごめんね、遅くなって。魔術師クラスの案内をする、シオンっ、ファシールです」
息を切らせながら駆け込んできたシオンは、そこでやっと一呼吸して息を整える。すぐに呼吸は整い、照れ笑いを浮かべつつヴィオラへと向き直る。
ヴィオラは驚いたような表情でシオンを凝視していた。
(えーっと、こういうときはどうすれば……彼女はお姫様なんだから……)
シオンは必死で考えを巡らせ、遠い昔、紫苑であった頃に読んだ物語を思い出した。
ヴィオラの前へと歩み寄り、膝を折る。そこで顔を上げればヴィオラを見上げる形となった。
「ごめんね、驚かせてしまって。俺は君と同じ魔術師クラス一回生のシオン=ファシール。魔術師クラスの案内役なんだけど、魔術師クラスの新入生は君だけだから君の案内役ってことになるね」
「私はヴィオラ=バルタークと申します。……よろしくお願いしますわ」
それは形だけならば騎士の礼であり、手本としたのは最近見たクリスのそれである。お姫様には騎士というとても安直な思いつきからだった。
さすがにあの時のクリスのような言葉を並べるのはシオンには無理なので形だけなのだが。
「同級生ということで身分は俺のほうがずいぶんと下だけど、言葉づかいはこれで勘弁してくれるかな?」
「……構いませんわ」
「ありがとう。それじゃあ行こうか、ヴィオラ」
「ええ」
ヴィオラは少々照れたように横を向きそっけなく答えたが、シオンはその言葉に微笑んで立ち上がりヴィオラを促して外へ出た。
ヴィオラは聞いていた通りのピンクの髪だったがそれは淡いピンク。シオンが想像していた縦ロールということもなくふわふわのくせ毛。少し猫目っぽく赤い瞳もとても可愛らしく……つまりちょっと気の強そうな美少女だった。
(すごく可愛い子じゃないか。何でクリスはあんなに嫌がってるんだろ?)
そもそも本来彼女の案内をするのはクリスの役目のはずだったのだ。
シオンは学園内を簡単に案内しながら、クリスが苦手とするヴィオラをなんとなく観察していた。
「嫌だ。無理。ユージンお前が行け」
それはユージンが告げた言葉に対するクリスの即答。『魔術師クラスの新入生の案内役』それを学園長がクリスに頼むという内容の伝言だった。
「何いっているんだ。彼女はお前と一緒にいるために学園に入学したんだろ」
「あー、そういえばそのお姫様ってクリスの婚約者なんだっけ?」
のんびりとした様子でシオンがクリスに尋ねると、クリスはぎぎっと首だけを動かしシオンを振り返る。
「断じて違う! ただ縁談の話があるというだけだ」
「やだなぁクリス、照れてるんだ」
「だから違うと……」
「クリスってば愛されてるだね。お姫様もこの学園に入学するなんてすごいけれど、愛する人のためなら可愛い行動じゃない」
シオンはそこまで人を愛したことも愛されたこともなく、純粋にお姫様の行動に驚くと同時に多少の憧れを抱いた。そこまで人を愛するというのはどんな気持ちなのだろうかと。
「可愛いと思うならシオン、お前が代わりに案内役をすればいい」
「え……?」
「学園内の施設を簡単に案内するだけだから誰が案内しようと問題ない」
「いやでもお姫様はクリスを……」
「なら急いだほうがいいな。もうとっくに式典は終わって案内役を待っているはずだ。騎士クラスの案内役のエミリオはかなり前に迎えに行ったしな。ずっと一人で待っているんじゃないか?」
ここぞとばかりにクリスはシオンを部屋の外へと押し出し、ユージンが後押しするかのように言葉をかける。
シオンが助けを求めるようにランスに視線を投げれば、ランスは頑張れと言わんばかりに拳を握り締めていた。
シオンが力でかなうはずもなくそのまま部屋の外へと押し出されると、クリスは部屋の扉を閉めがちゃりと鍵をかけてしまった。
(仕方ないなぁ、とりあえず案内するしかないか。……って今一人で待ってるんだっけ)
はぁ、と溜息をついてからシオンは新入生が待っている式典の行われた場所へと向かった。
「ここじゃない!?」
「何してるんですか、ファシール君」
頭を抱えるシオンの背後から声をかけたのはロナルドだ。
シオンは事情を説明すると、ロナルドは笑って秋は春に比べ新入生が少ないので式典を行う場所も違うのだと教えてくれた。
お姫様が待っている場所を聞いて、シオンは全力で教えられたその場所へ向かって駆け出したのだった。
「あの、私にの顔に何か?」
案内をしながらもチラチラと見すぎていたのか、ヴィオラがぴたりと足を止めシオンを見つめていた。
シオンより十センチ程度背の低いヴィオラは上目遣いで眉根を寄せてシオンを見つめている。その様子はまるで小動物かのようで、その表情も可愛らしい威嚇としか感じられない。
「ごめんね、君がクリスの婚約者だと聞いていたものだからつい。俺は授業ではクリスとペアを組んでいるから気になってしまって」
「婚約者……残念ながらまだその段階ではありませんわ」
「あれ、そうなの?」
「そうなりたいとは思っていますが」
そう言うヴィオラの表情が、シオンは少し苦しそうに見えた気がした。
少しだけ揺らいだ少し気の強そうな瞳。それはどこか見覚えのあるもの。
「クリスって見る目がないんだね。ヴィオラってこんなに可愛いのに」
おそらく可愛いや綺麗だという言葉は言われ慣れているのだろう、ヴィオラはその言葉に特に反応を示すことはなかった。
「ただちょっと頑張りすぎているのかもしれないよ。誰かさんみたいに」
「え?」
「さぁ、次は寮の案内だね」
くすりと笑ってシオンは寮へ向かって歩き出す。
シオンのその言葉に幼い頃のクリスと同じ目をしたヴィオラは戸惑いつつもその後に続いた。




