04 覚醒
沈んでいた意識が浮上する。
体がとても重く感じ、頭は痺れた様にジンジンと痛む。
自分は一体どうなってしまったのか。
はっきりしない意識の中で考えをめぐらせる。
脳裏に浮かんだのは幼馴染の少し悲しそうな顔。
「臣ッ……!!」
叫んで目が覚める。
やはり体は気だるく、思うように動かすことができない。
「シオン……?」
声をかけたのは夜通しの看病疲れでうとうととしていたイェシカだった。まだ痺れたようにはっきりしない意識と視界に映ったのは、心配そうに覗き込む大好きな母の姿。
「あ……かあしゃま……?」
「よかった、気が付いたのね」
シオンはまだうまく力の入らない体を起こし、母を見つめた。
その時部屋の外をバタバタと走る足音が響き、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「何事だ!?」
飛び込んできたのは方で息をするアロルド。シオンの叫び声を聞き、走ってきたようだった。
「ちょっと怖い夢を見ただけよね、シオン?」
「あ……はい」
「ほらあなた、まだ日が昇るまでしばらくあります。リオルも落ち着いて眠っているのですから」
「う、うむ。そうだな」
さぁさぁとイェシカに促され、アロルドは執務室へと戻っていく。そんな両親をシオンはあっけに取られ眺めていた。
アロルドを送り出し戻ったイェシカは穏やかな笑みを浮かべたままシオンの隣に座り尋ねる。
「ところで……さっきあなたが叫んだジンというのは?」
懐かしい名前にシオンの意識は一気に覚醒する。それと同時に紫苑であった時の記憶があふれ出し、ぽたりと涙が零れ落ちるのをとめることはできなかった。
「懐かしい……友人の名前……です」
突然はっきりした娘の口調に驚いたイェシカだったが、その驚きはすぐに消えいつもの微笑みへと変わる。
「そう……まだ朝には早いわ。もう少し休みなさい」
「はい……」
ふとシオンがリオルへ視線を向けると、ほんのりと赤い顔の兄が眠っていた。
「リオル兄様、熱が……?」
「あなたを助けようと池に飛び込んだの。もう微熱程度だから心配ないわ」
「兄様……」
「さぁ、もう休みなさい」
また日が昇ったら様子を見にくるわねと言い残し、イェシカは自室へと戻っていった。
静けさを取り戻した部屋の中。
シオンはベッドに横になり、目を閉じて考えていた。
『シオン=ファシール』それが今の自分。
『東堂 紫苑』それも間違いなく自分。
きっとあの事故で自分は死んでしまったのだろうとシオンは思う。
今のシオンは『シオン』と『紫苑』の記憶を併せ持った状態となっていた。シオンの中で紫苑の意識が覚醒したとでも言うべき状態。
最後に感じた後悔。
あの後どうなったのかを知る手段はシオンには無かった。
(もう……あんな後悔はしたくない……)
シオンとしての人生を後悔することなく生きる。
シオンは三歳にして『悔いない人生を送る』というとても子供らしくない夢を持った。
翌朝リオルの熱もすっかりと下がり家族で朝食を取った際に、舌ったらずであったシオンの口調がはっきりしたことにアロルドとリオルはひどく驚いていた。
紫苑の意識が覚醒したシオンの精神年齢はもう三歳児ではなくなっていたのだから当然といえば当然だ。
しかしイェシカに「乙女はちょっとしたきっかけで大変身するのよ」と夢見がちに諭され、しぶしぶ納得したのだった。
(この家の一番の実力者は母様か……どこの世界でも女は強し、ってことかな)
すっかり大人びてしまったシオンはそんなことを思いながら、大好きなホットミルクを飲み干した。