03 記憶
「俺って飛行機乗るの初めてなんだよね。落ちたりしない?」
「墜落する飛行機に乗る確率は宝くじで一等を当てるよりずっと低いよ」
「それはそうなんだろうけど、ね」
そういって照れたように笑うのは藤崎 臣(ふじさき じん)。
そんな幼馴染を飽きれたように眺めるのは東堂 紫苑(とうどう しおん)。
「どうして臣の用事に私が付き合わされるんだ……お使いぐらい一人で行け。子供じゃあるまいし」
「紫苑、お前も同じ場所で用事があったんだから別にいいだろ」
臣は父の経営する病院の分院へ出張している父に届け物をする為、紫苑はその病院に入院している祖母のお見舞いに行く為に飛行機で移動していた。
紫苑の両親は紫苑が小学生になった年に他界していて身内は祖母のみ。その祖母も高齢で、紫苑が中学生となる直前に体を壊し入院してしまった。
他に身内のいなかった紫苑は施設に入る事にになったのだが、そこへ現れたのが臣の両親だった。
紫苑を自分達が世話をしたいと申し出、さらに紫苑の祖母の入院の出助けまでしてくれた。こうして紫苑は藤崎家に居候することとなり今に至っている。
自分達の娘も同然に愛を注いでくれた臣の両親に、どれだけ感謝しても足りないぐらいだった。
紫苑と臣は同い年であったこともあり、自然と同じ学校に通うことになった。紫苑は勉強はそれほど得意ではなかったが、運動は得意だった。
臣は勉強も運動も万能で顔もよかった為、女である紫苑がムカつくほどよくモテた。ムカつく理由は、幼馴染でしかも一緒に住んでいるからという嫉妬を受けるのが面倒だという色気の無い理由だったが。
離陸して三十分ほどたった頃、ソレは起きた。
突然機体が激しく揺れ、人々の悲鳴が上がった。
窓からみえるのは炎を上げた飛行機の左翼。機内は騒然とし怒声やすすり泣く声が聞こえた。
紫苑の心臓はばくばくと痛いほど激しく鼓動を刻む。どうしてよいかわからずに隣に座る臣に顔をむけると、じっと紫苑を見つめる臣と目が合った。
「怖い?」
そう尋ねる臣の声色は落ち着いていて優しかった。
うまく言葉が出せずに頷くことしかできない紫苑の手を臣がぎゅっと握る。痛いほどの鼓動がすっと収まっていくのを紫苑は感じた。
「俺も怖い。でも紫苑を守れないかもしれない事のほうがもっと……」
臣の言葉を最後まで聞くことはできなかった。
激しい爆音と共に紫苑の視界は一瞬で真っ赤に染まり、そして途切れた。
最後に見たのは悲しそうな表情の臣。
どこまでも沈んでいく感覚の中、紫苑は思う。
(ばあちゃん悲しむだろうな……それに臣の両親になにもお返しができていない……)
きっと自分は助からない。
現実味は無かったがあれは間違いなく現実、そう感じていた。
(臣……)
ずっと一緒にいた幼馴染。
まさかこんな形で別れが来るなんて思いもしなかった。
もっとすべきことがあったんじゃないか。
もっと自分にできることがあったんじゃないか。
紫苑は後悔の念に押しつぶされそうだった。
不意に沈んでいた意識が暖かいものに包まれ、白く弾けた。
そこで紫苑の意識は完全に途切れ、そして消えた。
それは紫苑が十六歳の春の出来事だった。