15 中和
あれは五歳の時だった。
簡単な魔法を兄のリオルと共に練習していたのだが、シオンはなかなか上手くできないでいた。
魔法を具現化させるまでは出来るのだがその維持が上手くいかない。魔力が低すぎて維持できないのかもしれないと、念の為に属性と魔力を調べられる水晶で確認してみようということになったのだ。
まずは兄であるリオルから試すこととなり、シオンはその美しい色の変化に感激した。水晶の中心から溢れ出したのは暖かな黄色。それは土属性を意味する色だ。
父のアロルドは青の水属性でそれも美しい色だったが、兄の色もそれに負けるとも劣らない美しい色だった。
そして属性は遺伝するものではないらしいということを知ったのだ。
そしてシオンが同じように水晶に手をかざすと……
「これは……」
目を閉じて集中するシオンにロナルドが驚愕の声をあげる。
「シオン……」
「――驚いたな」
続けて聞こえるランスの声も驚きで震えていたが、ユージンは驚いたというわりにはいつも通りの声色だった。そして周囲にはざわめきが起きた。
はぁ、とシオンは溜息を漏らす。
次の瞬間、ロナルドが慌てた様子で叫んだ。
「ファシール君!魔力を込めるのを止めてください!」
その声にシオンがはっとして目を開けば、水晶は真っ黒に染まりさらに水晶の周りは濃い闇が広がりつつあった。
(やっぱり……)
あの時と同じ。
色を変えた水晶はその内から闇を吐き出していた。闇は水晶の内に留まらず外へと溢れ出す。
あの時も同じように闇が溢れ出し、部屋を包み込んだ。部屋から闇が消えるまでには三日もかかったのだった。
今回は学園でしかも魔術師クラスでの出来事なのだから、誰かが方法を知っていて、あの時よりは早く闇が消えるかもしれない。そんな淡い期待をし、魔力を込めるのを止めても留まることなく水晶から溢れ出す闇に包まれながらシオンはちらりと友人たちを見る。
「シオン……!」
「クリス、水晶に魔力を」
どうしていいかわからず焦るランスの隣で、妙に冷静なユージンが誰かに声をかけていた。
すでにほぼ全身が闇に包まれていたシオンにはその誰かがわからなかったが、隣へ来た人物に気づき理解する。
「お前……闇属性なんだな」
ぽつり、と呟いたのはあの光の王子様。クリスというのは王子の愛称だったらしい。
ぐい、と王子は水晶にかざしたままになっているシオンの手を掴み引き寄せ、代わりに自分の手をかざす。
王子が魔力を水晶へと魔力を込めると、溢れ出ていた闇があっというまに霧散し水晶は透明へとその色を変化させた。
「な、んで……」
「光と闇は対極だからな。四大属性とは違って中和されるらしいな」
驚くシオンに王子は淡々と答える。その口ぶりからは知っていてやったというわけではなさそうだった。
「はぁ、予想通りでよかったよ。本当にお前には驚かされるな」
「あ……ユージンありがとう。助かったよ」
光と闇が対極なのは当然シオンも知っていたが、中和されることまでは知らなかった。
ユージンも知っていたわけではなく、書物などから得た知識でそう予想したらしい。そもそも二大属性はあまりにも珍しく特殊な属性であったので知られていなかったのだろう。
安堵より驚きのほうが大きかったシオンはそこで初めて王子が自分の腕を掴んだままであることに気づく。
「あ……りがとうございました……」
「いや、気にすることはない」
シオンが自分の腕から王子の顔へと視線を上げお礼を言うと、その視線で腕を掴んだままであることに気づいた王子はシオンの腕を開放した。
「想定外の事態も起こりましたが……皆さんの属性と魔力量がおおよそ把握できました」
ぱんと手を打ち生徒の注目を集めたロナルドが言葉を続ける。
「今回の測定は各自の属性と魔力量を大まかにですが知ることと、次回からの講義でのペアを決めるためのものでもあります」
生徒たちが己の言葉に注目していることに満足そうに笑みを浮かべてロナルドは続ける。
属性にはそれぞれ相性がある。それは小さな子供でも知っている常識だ。
「基本的には相性のよいとされる組み合わせで実習を行います。これからそのペアを発表します」
属性の相性がよければ結果も出やすい。
苦手な属性を伸ばすためや補うためなどの理由がなければ、相性がよい属性同士のほうがいい。
火と風、水と土の組合せが一般的で闇は比較的水と土との相性がよいとされている。ちなみに無属性はどの属性ともそれなりの相性である。
シオンは先ほど水晶を青や黄色へと変化させていた生徒を眺め、自分のペアは誰かと推測する。
しかしシオンの推測はことごとくはずれ、目星を付けていた水と土属性の生徒はすべて他の生徒とのペアが発表されていた。
そして残った生徒はシオンとランスとユージンそして王子のみ。
「シオン=ファシール、クリストフ=ウィル=アヴァロンそしてランスロット=バートン、ユージン=フィッツジェラルド。以上が次回からのペアとなります」
「あの……俺の属性と王子の属性は対極では……」
そっと手を上げてシオンはロナルドへ疑問を投げかける。
「あなた方は特殊で対極とされていますが、だからといって相性が悪いというわけでもないのですよ」
「そう、ですか……」
ロナルドはやはりやんわりとした笑みを湛えながら答えたのだった。
講義はそこで終了となり、残った時間はそれぞれのペアで親睦を深めることとなった。訓練所の端でシオンたちはいつもの三人に王子という四人で集まっている。
ランスは壁にもたれかかり、ユージンと王子は姿勢よく立っていて、シオンは頭を抱えながらその場にしゃがみ込んでいた。
「まさかペア相手が王子様だなんて……」
「俺の名前は王子ではなくてクリストフだ。呼び捨てで構わない」
「そういうわけにも……」
あああ、と呻きながらシオンはさらに沈み込む。
「そうだな、せっかくペアなのだからユージンのようにクリスと呼んでくれ」
「それこそ無……」
「それ以外は却下だ。ではよろしくな、シオン」
王子様改めクリスはそう言って王子らしくないニヤリとした笑顔を浮かべたのだった。