14 属性
午後の講義は初めての魔法の実技だった。
初めて訪れた訓練所は大きな円形の建物で、外に魔法の威力が及ばないように結界が張り巡らされている。
広い訓練所の中心にはテーブルがあり、そこには大ぶりな水晶が置かれていた。
「本日はそれぞれの得意な属性と魔力量を確認したいと思います」
実技担当の講師、ロナルドがおっとりと微笑む。
「この水晶に魔力を込めると色が変わります。その色でどの属性と相性がよいか、その濃さで魔力量がわかるという道具です」
ロナルドはそう言い、魔術師には有名な道具である水晶に手をかざす。
ふっとロナルドの纏う空気が変わり、水晶の内側から白と青の煙のようなものが溢れ出す。その煙は水晶の内側いっぱいに広がり、混ざり合い、水晶をはっきとした水色へと変化させた。
(二属性でしかも魔力も強い……)
シオンの実家にもあり見慣れたアイテムではあるが、ロナルドのように濃い水色というのはあまり見たことがない。
それでも父であるアロルドは青一色ではあるが、濃さだけならばロナルド以上であったのでその魔力量にも驚きは少ない。ちなみに魔力が低い場合は、煙のようなもやが少し湧き出るだけで水晶の内側にひろがるので色が薄くなる。
「それでは順番に前に出て、水晶に魔力を込めてください。それでは君から順番にやっていきましょうか」
ロナルドは横一列に並んだ生徒のうち、一番右端の生徒を指す。
シオンはランスとユージンと共に一番左端に立っていた。
いくら貴族といえど、魔術師クラスには一定以上の魔力持ちでなければ入れないだけあって、水晶は毎回はっきりとした色の変化を見せていた。
三番目の生徒が前に歩み出ると、生徒からざわめきがおきる。そのざわめきの理由がわからないシオンは肘でランスをつついた。
「どうした?」
「あの人何かあるの?」
「は……?シオンお前知らないのか?自己紹介でも言ってたぞ?」
「わからないから聞いてるんだよ」
ヒソヒソと小声でやり取りをする二人をちらりと見て、ユージンは溜息をつく。
「あの方はクリストフ=ウィル=アヴァロン。この国の第一王子だ」
ぶっ
「うわっ、きたねーなシオン!」
「こらそこ、仲が良いのはいいことですが今は講義中ですよ」
「すみません」
噴出したシオンにランスが思わず叫んでしまい、ロナルドにやんわりと注意されてしまった。
ペコリと頭を下げたシオンが視線を戻せば、王子と目が合う。
(王子ってことは、あのセルジオ王の息子ってことだよね……)
蜂蜜色の髪に碧眼といういかにも王子様な外見。少々目つきがきつい気もするが、紫苑の友人に聞けば全員が王子だと答えるであろう整った容姿だった。
臣とそっくりなユージンはもとより、ランスも明るく爽やかな容姿でシオンからみれば立派な美形だ。本当にこの世界には美形が多いとシオンは思う。
シオンが視線を逸らすことなく王子を観察していると、王子も少し驚いたような様子でシオンを凝視したかと思うと、すぐに視線を水晶へと戻した。
(王と父様が知り合いなのを知っているのかな……)
シオンは王子の自己紹介を聞いていなかったので知らなかったが、王子はちゃんとシオンの自己紹介を聞いていて父親同士が友人であることを知っていたのだろう。そう自己完結して水晶に集中する。
王子が魔力を込めると、水晶は眩しく光を放った。
「――ッ!光属性……!?」
突然の強い光に思わず目を閉じる。それでも少し光が目に焼きついて視界を奪われた。
ユージンは最初から知っていたらしく目を伏せてやり過ごしている。
(外見だけじゃなくて属性までもがいかにも王子様だなぁ)
シオンは徐々に戻りつつもはっきりしない視界の中でぼんやりとそんなことを考えていた。同じように視界をやられ、回復してきたらしい生徒たちが歓声を上げている。
「報告にはありましたが……想像以上の魔力ですね」
「いえ……」
賞賛の声の中、王子は特に感情を表情に出すことなく元の場所へと戻っていった。
「レアな属性みちゃった……」
「そうだな」
呆然とシオンが呟けば、やはり呆然とした様子でランスが返す。
この世界の属性は大きく分けて三つの系統に分けられる。
基本属性ともいえる火、水、風、土の四大属性。そしてその上位に位置される光と闇の二大属性。そして属性を持たないがその汎用性の高さから重宝される無属性。
二大属性は本当にレアな属性で、その属性持ちは世界にも数えるほどしか確認されていない。しかもやっかいなことに二大属性の魔法はその属性持ちでないと扱うことができないのだ。
「シオン、ユージンの番だぞ」
「あ、うん」
ランスの声でシオンが正気に戻った時にはすでにラスト三人であるユージンの順番になっていた。
「緑……風属性だな」
「うん、ユージンのイメージにぴったり」
「そうだな」
ユージンが手をかざす水晶は、濁りのないきれいな緑色へと変化していた。色もなかなか濃く、かなりの魔力を有しているようだ。
(優秀な騎士で才能ある魔術師だなんて、なんて羨ましい……)
現時点ではユージンの騎士としての能力は知らなかったが、優秀なのだろうと勝手に想像し、シオンはユージンに少々の嫉妬と羨望の眼差しを向けていた。
そしてランスは想像どおり、水晶をその髪色と同じ赤へと変化させた。一般からみればかなりの魔力量だったが、魔術師クラスでは低いほうだ。
水晶を見て軽く溜息をつき、ランスが戻ってくる。
「次はシオンだな」
「気が進まないんだけどね」
がんばれよ、とランスに肩を叩かれてシオンは水晶の前へと歩み寄る。
そして気乗りしないまま水晶へと魔力を込めた。