10 入学
魔術学園は城下町にある。
シオンとアロルドを乗せた馬車は城下町への道を急いでいた。
アロルドはしきりにため息をつき、シオンは決意に燃えていた。
シオンには自分が大それた事をしようとしているという自覚はなく、ただ家族を守れるのは自分だけなのだという使命感があるだけだった。
入学式の時間ギリギリではあったがなんとか間に合い、手続きを済ませる。
手続きといっても特待生のような扱いのシオンは、前もって交付されている証書と身分の証明だけという簡単なものであった。
その際アロルドがおそらく学園長と思われる人と言葉を交わしていたが、話は程なく終わりアロルドは来賓の席へと案内されることとなった。
(アレ以来ほとんどパーティーにも出たことないし、あまり実感なかったけれど……やっぱり公爵家、なんだなぁ)
他の入学生の家族とは別の場所に案内される父を見て、今更ながらに実感する。
「シオン君?」
名を呼ばれ振り返ると、そこには同じ制服だがタイの色が違う青年がいた。
急だった為ちらりとしか見ていないが、資料に学年ごとにタイの色が違うと書いてあった事を思い出す。
「はじめまして。俺は三回生のディアン=フィリオム 。寮まで案内するからついてきて」
「あ、はじめまして。シオン=ファシールです。よろしくお願いします」
シオンが慌てて挨拶を返すと、ディアンは少し思案するようなそぶりを見せた。
「ファシール……?ファシール公爵家の?」
「はい。そうですがそれが何か?」
「あ、リオルとは友人でね。彼が来るものだと思っていたから。ごめん、失礼だったね」
「いえ、今朝まではその予定でしたから」
「え……?」
気さくな様子で先輩風を吹かせない爽やかな人。それがシオンのディアンに対する印象だった。
そんな爽やかなディアンが少々複雑な表情でシオンの目の前で固まっている。
「兄はちょっと体調を崩して……」
「あー……、彼は体が弱いんだったね」
「はい」
ディアンはシオンを見てにっこりと微笑む。
「うん、君ならきっと大丈夫。困ったことがあったら俺に言って」
「ありがとうございます」
そう言ってディアンは再び歩き出した。
程なく寮へ到着し、シオンが使う部屋へと案内される。
「あの、部屋は二人部屋だと聞いていたのですが」
「基本はそうなんだけどね、リオルは体が弱いと聞いていたから学園側が配慮したみたいだね」
「そうなんですか」
部屋には二段ベットに机が2つ。他には小さなクローゼットと小さなキャビネットが2つづつあるだけの質素なものだった。
公爵家であっても特別扱いではないようで、本来紫苑が小市民であった過去のせいか、なんとなく落ち着く広さだ。
「狭くて窮屈に感じるかもしれないけど……」
「いえ、逆に落ち着きます」
「そうかい?あぁ、そろそろ式の時間だな。急ごう」
「はい」
シオンは荷物を部屋に置き、ディアンから鍵を受け取り施錠して部屋を出た。
ディアンに案内されて到着した会場はとても大きな講堂だった。ちらほらと警備らしき人も目に付く。
「警備が多いですね……」
「そうだね、今年は特別だよ。式典を王様が見学されるらしい」
「なるほど」
それじゃあ俺は別の仕事があるから、とディアンはその場を後にする。シオンは礼を言い新入生の集められている場所へ向かった。
新入生はざっと見て三十名といったところだった。先生らしい人に連れられ、待機している列の中へと並ぶ。
周りの新入生の多くがソワソワとしているのがわかる。
王が来るということは国でもトップの白銀の騎士と魔術師の両名が来るだろう。それはこの国の騎士と魔術師が目標とする存在であり、シオンも例外ではない。
シオンは何度か王には会ったことはあるが、白銀の騎士と魔術師に会ったことはなかった。今日はおそらくその姿を見ることができるだろう。
シオンは落ち着かない気持ちを抑えながら、式の開始を待った。
そんなシオンを見つめている人物がいた。
普段のシオンであれば気づいていたはずなのだが、ソワソワと落ち着きがなかった為全く気づいていなかったのである。
すぐにシオンを見つめていた視線ははずされ、そのままシオンが視線の主に気づくことはなかった。