01 誕生
貴方には前世の記憶がありますか?
ある日突然前世の記憶が蘇ったら?
もしその前世が別の世界の住人だったら?
――これはそんな前世の記憶を持つ少女の物語。
聖暦一七六三年。
アマルク大陸にあるアヴァロン王国。
肥沃な大地をもつこの国は世界有数の力ある大国だった。
その肥沃な大地を他国から狙われることも幾度もあったが、アヴァロンには優秀な騎士や魔術師が多く他国の侵略を許すことは無かった。
近年は賢王と名高いセルジオ王の力もあり平和な時が続いている。二年前には待望の王子も誕生し国中に喜びが溢れていた。
そんなアヴァロンでも魔術の名門と名高いファシール公爵家。公爵家では今まさに新しい命が誕生しようとしていた。
現当主のアロルド=ファシールは部屋の前をうろうろと落ち着かない様子で歩き回っている。
「父上、母上も産まれて来る僕の弟か妹も大丈夫ですから落ち着いてください」
「あ、ああ……そうだな」
まだ四歳になったばかりの息子リオルに窘められ、アロルドはなんとも複雑な心境だった。
しばらくして、部屋に大きな泣き声が響く。その声は部屋の外で今か今かと待ちわびていたアロルドとリオルにも届いた。
すぐに産婆に部屋へと招き入れられ、告げられる。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
「おお、イェシカよくがんばったな。お疲れ様」
ベッドに横になった公爵夫人であるイェシカの隣には産まれたばかりの赤ん坊。
この世界には珍しい、とても綺麗な黒髪の赤ん坊だった。
「この子が僕の妹……父上、母上、この子の名前は?」
「うむ……そうだな……」
リオルは愛しそうに妹を見つめ、両親に尋ねた。
腕組みをして考えるアロルドにイェシカが告げる。
「この子の名前なんですけど、シオンというのはどうでしょう」
「シオン?まるで男の子のような名前ではないか?」
「えぇ、でもこの子を抱いた時に感じたのです。この子はシオンなんだと」
イェシカは魔術師ではなかったが不思議な力の持ち主だった。
外を歩けば小動物が彼女に寄ってきたり、彼女が道端のつぼみに触れれば花開いたり。
またあるときは予言めいたことを言い、その言葉が現実となったこともあった。
アロルドはそんな彼女はこの世界に愛された存在なのではないかとすら感じていた。
「お前が言うのならばきっとそうなのだろう。よし、この子はシオン、シオン=ファシールだ」
アロルドが赤ん坊を抱き上げ宣言する。
こうして赤ん坊はシオンと名づけられ、ファシール公爵家の一員として正式に迎えられた。