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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

たとえばこんな終わり方【完結】

俺たちのSAN値は誰が為

作者: 有賀羊
掲載日:2026/08/15

 最初は、一通の封筒だった。


「ん?」


 買い物から帰ってきた梓は、郵便受けに入っていたそれを手に取った。


 宛名はない。

 差出人のところには、見慣れない団体名が書かれていた。


「……※※教?」


 なんだこれ。

 首を傾げながら部屋へ戻る。


「ただいま〜」


「きゅう(おかえり)」


 リビングでは、修也がいつものようにテレビを見ていた。

 梓は買ってきたものをテーブルへ置き、その隣に封筒も置いた。


「ねえ修也。なんか宗教からの手紙入ってた」


「きゅう?(宗教?)」


「うん、※※教だって。こうやって勧誘広告が入るもんなんだね」


「きゅー(へえ)」


 興味なさそう。

 まあ、梓も同じだった。


「私たち、無宗教だもんね〜」


「きゅう(だな)」


「いらないね。ポイしちゃお〜」


 封筒は開けることもなく、そのままゴミ箱へ。

 それで終わった。


 少なくとも、そのときは。


◆◆◆


 それから数日後。


 ピンポーン。


「はーい」


 インターホンが鳴り、梓が玄関へ向かう。


 扉を開けると、見知らぬ女性が立っていた。


 年齢は四十代くらいだろうか。

 きちんとした身なりをしていて、柔らかな笑みを浮かべている。


「突然の訪問、申し訳ございません」


「はい?」


「少しだけ、お時間よろしいでしょうか」


「……なんでしょう?」


 女性は胸元で両手を重ねた。


「あなたは、神様を信じていますか?」


「…………」


 ああ、宗教だ。


「すみません。そういうの、信じてなくて」


「そうですか」


 もっと食い下がられるかと思ったが、女性はあっさりと頷いた。


「それでしたら、ただ私たちに祈らせてください」


「……祈る?」


「はい。あなたの幸福を」


「…………」


 よく分からない。

 けれど、入信しろとも、お金を払えとも言われない。


「はあ……まあ、それくらいなら」


「ありがとうございます」


 女性は嬉しそうに微笑んだ。


「あなたに、祝福あれ」


 静かに頭を下げ、そのまま帰っていく。


「…………」


 梓はしばらくその背中を見送ってから、扉を閉めた。


「きゅう?(誰だった?)」


「宗教の人」


「きゅう(わお)」


「神様信じてますかって」


「きゅきゅ?(なんて答えた?)」


「信じてませんって」


「きゅっきゅ(だろうな)」


「でも、代わりに祈ってくれるって」


「きゅう?(祈るだけ?)」


「ね。よく分かんないよね〜」


 なんて話して。

 その日も、いつも通りに過ぎていった。


◆◆◆


 また数日後。


 同じ女性がやってきた。


「あ。この前の」


「こんにちは」


 女性は以前と変わらない、穏やかな笑みを浮かべていた。


「今日は、こちらをお渡ししたくて」


「……?」


 差し出されたのは、小さな飾りだった。


 細い紐の先に、見慣れない意匠の装飾がついている。

 十字架のようにも見えるが、少し違う。


「これ、なんですか?」


「私どもの教会で、祝福を込めたものです」


「え。でも私、前も言いましたが、入るつもりはないですよ?」


「もちろんです。入信をお願いしているわけではございません」


 女性は飾りを梓へ差し出したまま、微笑む。


「お気持ちとして、皆様にお配りしているだけです」


「お、お気持ち?でも、お金とか……」


「必要ございません」


「本当に?」


「はい。見返りはいただきません」


「…………」


 そこまで言われると、断るのも悪い気がした。


「じゃあ……いただきます」


「ありがとうございます」


 女性は満足そうに頷いた。


「あなたに、祝福あれ」


 また、それだ。


「……どうも」


 女性が帰ったあと、梓はもらった飾りを持ってリビングへ戻った。


「きゅう?(また宗教?)」


「そう。また来た」


「きゅー(懲りないねぇ)」


「で、なんかこれくれた」


 修也の前にぶら下げると、不思議そうにそれをつつく。


「きゅう?(なにこれ)」


「お守りみたいなものじゃない?」


「きゅきゅ!(うわ怪し!)」


「タダだって」


「きゅう……(大丈夫か?)」


「あはは。ちょっと怪しいよね」


 とはいえ、捨てるのもなんとなく気が引ける。

 梓は飾りを棚の端へ置いた。


◆◆◆


 そして。


 また、来た。


「……こんにちは」


「こんにちは。本日はこちらを」


 差し出されたものを見て、梓は少しだけ眉を寄せた。


 小さな透明の瓶。

 中には、ただの水にしか見えない液体が入っている。


「これは?」


「聖水です」


「……聖水」


「はい。どうぞ、お受け取りください」


「これも……無料なんですか?」


「もちろんです。皆様の幸福を願い、お配りしているものですから」


「…………」


 断ろうかと思った。

 けれど、女性はいつものように穏やかに笑っている。


 無理に入信を勧めてくるわけでもない。

 お金を要求されたこともない。


「……ありがとうございます」


「あなたに、祝福あれ」


 扉を閉める。


「…………」


 手の中にある、小さな瓶を見る。


 何かされたわけじゃない。


 ただ、手紙が来た。

 訪ねてきた。

 飾りをもらった。

 今日は、聖水。


 それだけなのに。


「……なんか、ちょっと怖いな」


「きゅう?(どうした?)」


 修也がこちらを見る。


「また来たの。宗教の人」


「きゅう?(また?)」


「うん。今度は聖水だって」


「きゅう(大丈夫なのか?)」


「分かんない。でも、ここまで何回も来られるとね……」


 梓はリビングの棚を見る。

 以前もらった飾りが、まだそこに置いてある。


「次、また来たら断ろっか」


「きゅっきゅ!きゅっきゅ!(そうだそうだ!押しつけは、のーさんきゅー)」


「これも、前にもらったやつも。全部返そう」


「きゅ!(おう!)」


 そう決めてしまえば、少しだけ気が楽になった。

 次に来たら、きちんと断る。

 もう来ないでほしいと伝えて、もらったものも全部返す。

 それで終わる。


 そう思っていた。


◆◆◆


 そして数日後。

 また、インターホンが鳴った。


 梓がモニターを確認すると、そこにはもう見慣れてしまった女性の姿があった。


「…………はぁ、修也」


「きゅ?(ん?)」


「宗教の人がまた来た」


「きゅきゅう……(うわ、もううんざり……)」


「うん。ちゃんと断ってくるね」


 棚から飾りを取る。

 聖水の小瓶も持った。

 玄関へ向かい、扉を開ける。


「こんにちは」


「……こんにちは」


「本日は──」


「あの、すみません」


 女性の言葉を遮って、梓は持ってきたものを差し出した。


「これ、やっぱりお返しします」


「…………」


 女性の笑顔が、止まった。


「……どうしてです?」


「え?」


「何か、お気に召さないことでもございましたか?」


「いや、そういうわけじゃ……」


 梓は差し出した飾りと小瓶へ目を落とす。


「最初はいただいたんですけど、やっぱりこういうの、うちには必要ないので」


「ですが、せっかくの祝福ですよ?」


「お気持ちはありがたいです。でも、もう大丈夫です」


 もう一度、女性へ差し出す。

 しかし、受け取ろうとしない。


「どうぞ、そのままお持ちになっていてください」


「いや、でも……」


「きっと、あなたをお守りくださいますから」


「…………」


 なんだか、話が通じない。


「すみません。何度も来られるのも、ちょっと困ってて」


「まあ」


「なので、もう来ないでもらえますか?」


 今度は、はっきりと伝えた。

 これなら分かってくれるだろう。

 そう思ったのに。


「……もしかすると、置き場所がよくないのかもしれませんね」


「え?」


「祝福の品にも、適した場所というものがあるのです」


「いや、そういう話じゃなくて」


「風水的にも、方角というものはとても大切ですから」


「ふ、風水?」


 女性が梓の肩越しに、部屋の中を覗き込む。


「少し見せていただけますか?」


「いえ、結構です」


「すぐに済みますから」


「だから──」


 女性が一歩、玄関へ踏み込んだ。


「……え?」


「こちらは北向きでしょうか?」


「ちょっと、勝手に入らないでください!」


「置かれている場所を確認するだけですから」


「必要ありません。出てください」


 梓が行く手を塞ぐ。

 しかし女性は、手にした飾りへ視線を落とした。


「こちらは普段、どちらに置かれていたのですか?」


「リビングですけど……」


「まあ。それでしたら、一度確認を──」


「しなくていいです!」


「ですが、方角によっては祝福を十分に──」


「だから、いらないって言ってるでしょう!」


 声が大きくなった。


「きゅう?(騒がしいけど、どうした?)」


 リビングから、修也の声が聞こえた。


「…………」


 梓は一瞬、そちらへ目を向ける。


「大丈夫だよ、修也。大したことじゃないから」


「きゅう……(そっか、分かった)」


 それきり、修也の声は聞こえなくなった。


「……今のは?」


「関係ありません」


「どなたか、いらっしゃるのですか?」


「あなたには関係ないです。とにかく帰って──」


「もしかして、そちらに?」


「え?」


 女性が動いた。


「ちょっ……!」


 梓の横をすり抜け、靴を脱ぐ。


「待って!何してるんですか!」


「せっかくですので、そちらの方にも祝福を」


「やめてください!」


 女性は廊下へ上がり込んだ。

 梓が腕を掴む。


「出てって!」


「大丈夫です。すぐに済みますから」


「大丈夫じゃないって言ってるでしょう!人の話、聞いてます!?」


 けれど女性は止まらず、そのまま廊下を抜け、リビングへ足を踏み入れた。


「ちょっと、待ってってば!」


 追いかけてきた梓の声にも反応せず、女性は立ち尽くしている。

 その視線の先には、修也がいた。


「……あ」


 女性の目が、大きく見開かれる。

 その唇が、わずかに震えた。


「……そう……なのですね」


「え?」


「やはり、そうだったのですね」


「……何がですか?」


 女性の目から、一筋の涙がこぼれた。


「私たちは……間違っていなかった」


「…………は?」


「きゅう?(は?)」


 女性が、その場に膝をつく。


「ちょ、何してるんですか」


 そして、修也へ向かって深く頭を垂れた。


「ようやく……」


 声が、歓喜に震えている。


「ようやく、お会いできました」


「きゅう?(誰に?)」


 女性はゆっくりと顔を上げた。

 その目は、まっすぐ修也だけを見つめている。


「神よ」


「…………なに?」


「きゅ!?(神!?)」


「我らが祈りに、ついにお応えくださったのですね」


「いや、ちょっと待ってください」


 梓は女性の視線を遮るように、修也との間へ割って入った。


「何を勘違いしてるのか知りませんけど、修也は神様なんかじゃありません」


「…………」


「私の恋人です。ただ、それだけです」


「ああ……」


 女性が、感極まったように息を漏らした。


「……そういうことなのですね」


「え?」


「これは、試練なのですね」


「…………は?何を言って──」


「分かります」


 女性は胸元で両手を組み、大きく頷いた。


「世の中には、ただ金銭を得るために神を利用する者もおります。また、魂の脆弱さゆえ、神を信じられぬ者もいる」


「いや、だから!」


「我々がそうではないと、見極めたいのですよね」


「違います!」


「ご安心ください!」


「だから違いますって!」


 しかし、梓の声などまるで届いていない。

 女性は再び修也へ頭を下げた。


「必ずや、見事その試練を越えてみせましょう」


「…………」


「きゅう……?(あ、もしかして発狂しました?)」


「もういいです!」


 何を言っても通じない。

 梓は女性の肩を掴むと、強引に立ち上がらせた。


「帰ってください!」


「ですが、まだ──」


「帰って!」


 女性の背中を押し、玄関へ向かう。


「お待ちください。せめて、もう一度あのお方の御姿を──」


「嫌です!」


「これはもしや、さらなる試練──」


「違います!!」


 どうにか玄関の外まで押し出す。

 女性はまだ何か言おうとしていたが、もう聞く気にもなれなかった。


「ほんっと、宗教とか迷惑です!二度と来ないでください!」


 バタン!


 勢いよく扉を閉め、鍵をかける。


「…………」


 しん、と静まり返った玄関。

 梓は扉を睨みつけたまま、大きく息を吐いた。


「……なんなの、ほんと」


「きゅう……(梓)」


 振り返ると、修也が心配そうにこちらを見ていた。


「……ごめんね。びっくりしたよね」


「きゅう(大丈夫?)」


「大丈夫、大丈夫」


 梓はいつものように笑った。


「もう来ないでって言ったから」


「きゅう……(だと、いいんだけど)」


「これで終わり」


 そう言って、二人でリビングへ戻る。


 その頃。


 閉ざされた扉の向こうでは。


「…………」


 女性が、感激に震えていた。


「なんという……厳しい試練なのでしょう」


 胸元で両手を組み、祈るように目を閉じる。


「必ずや……」


 再び目を開いたとき、その瞳には先ほどまで以上の熱が宿っていた。


「必ずや、我々の信仰をお認めいただきます」


 女性は深々と扉へ頭を下げると、ようやくその場を離れた。


◆◆◆


 翌日。


 ピンポーン。

 その音に、梓は手を止めた。


「きゅう?(まさか)」


「……いやいや」


 さすがに、昨日の今日でまた来ることはないだろう。


 あれだけはっきり言ったのだ。

 二度と来ないでください、と。


 念のため、モニターを確認する。


「…………誰?」


 映っていたのは、昨日の女性ではなかった。

 見知らぬ男女が二人。

 梓は少し迷ってから、インターホン越しに応答した。


「……はい」


『突然申し訳ございません。私ども、※※教の者です』


「…………」


 梓は無言で通話を切った。


「きゅう?(誰だった?)」


「※※教」


「きゅ!?(また!?)」


「でも、昨日の人じゃない」


「きゅう?(増えてない?)」


「…………」


 嫌な予感がした。


 もう一度、インターホンが鳴る。

 出ない。


 しばらくすると、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「突然の訪問、申し訳ございません」


「…………」


「昨日、我らの同胞が大変貴重な御姿を拝見したと伺いました」


「…………は?」


「どうか我々にも、一目だけお目通りをお許しいただけないでしょうか」


 梓は勢いよく扉を開けた。


「帰ってください!」


「あ……」


 二人が、ぱっと顔を輝かせる。


「あなたが……」


「昨日も言いましたけど、うちはあなたたちの宗教とは関わりたくありません!」


「存じております」


「だったら──」


「巫女様でいらっしゃいますね」


「…………」


 梓の思考が止まった。


「……誰が?」


「あなた様が」


「なんで?」


 二人は顔を見合わせる。


 何を当たり前のことを聞いているのだろう、とでも言いたげだった。


「神のお傍にいらっしゃるのでしょう?」


「…………」


「あのお方のお声を聞き、御心を理解されている。ならば、あなた様は我々と神を繋ぐお方です」


「いや、違います」


「どうか我々の祈りを──」


「違います!」


 梓は声を張った。


「私、巫女じゃありませんから!」


「ですが──」


「修也は神様じゃないし、私は巫女じゃない!」


 何度言わせるのだろう。


「修也は私の恋人です! ただ一緒に暮らしてるだけです!」


「…………」


 二人が、静かに顔を見合わせた。

 そして。


「……やはり」


「ええ」


 何かを確信したように頷き合う。


「何が『やはり』なんですか」


「我々も試されているのですね」


「…………帰って」


「巫女様──」


「帰ってください!!」


 バタン!


 扉を閉める。

 すぐに鍵をかけた。


 もう嫌だ。

 なんで話が通じないんだ。


「きゅう……(梓)」


「……大丈夫」


 梓は振り返る。


「昨日の人が、変なこと言ったみたい」


「きゅう……(変なこと?)」


「修也のこと、神様だって」


「きゅう(うん)」


「それで私、巫女なんだって」


「……きゅう?(……なんで?)」


「一緒にいるから、じゃない?」


「きゅうぅ?(そんな理由で?)」


「知らないよ」


 梓は呆れたように笑った。


「私、巫女になった覚えなんてないんだけどなぁ」


「きゅう(だよな)」


「ね〜」


 この時はまだ、笑えていた。


◆◆◆


 けれど、それで終わらなかった。


 次の日も来た。

 その次の日も。

 一人だったり、二人だったり。

 多いときには、五人ほどが玄関の前に集まっていることもあった。


 あまりにもうんざりしたから、インターホンを切った。

 それでも来た。


 今度は、扉の前に花が置かれるようになった。

 その他にも、手紙、菓子、果物や見たこともない装飾品。

 朝、玄関を開けるたびに何かが増えている。


「……いらないって言ってるのに」


 捨てればいい。そう思うのに、捨てたところを見られて、また何か言われたら──そんなことまで考えるようになっていた。


「きゅう?(また来た?)」


「うん」


「きゅきゅ?(捨てちゃえば?)」


「……そうだね」


 ピンポーン。


「…………」


 まただ。

 梓は動かなかった。

 やがて、扉の向こうから声がする。


「巫女様」


「…………」


「本日も、神と巫女様に祝福がありますように」


 梓は返事をしなかった。

 しばらくして、足音が遠ざかっていく。


「…………はぁ。ほんと……なんなの」


 深く息を吐く。


◆◆◆


 数日後。


 梓はいつも通り、仕事へ来ていた。


「梓ちゃん」


「ん?」


 休憩中。

 同僚が、どこか言いづらそうな顔で声をかけてきた。


「ちょっと聞いていい?」


「なに?」


「これ……梓ちゃん?」


「え?」


 差し出されたスマートフォンを見る。

 そこには、SNSの投稿が表示されていた。


『ついに我らが神は御姿を現された』


「…………」


 その下には、長々と文章が続いている。


 長年の祈りが届いたこと。

 神はすでにこの地へ降臨していたこと。

 そして、その傍らには神の言葉を理解し、神と人とを繋ぐ者がいること。


『神に選ばれし巫女』


「…………なに、これ」


「やっぱり、梓ちゃんのこと?」


「違う」


 反射的に答えた。


「違うよ。私、こんなの知らない」


「でも、これ……」


 同僚が画面をスクロールする。


 そこには写真があった。

 マンションの前。

 仕事へ向かうため、建物から出てくる女性。


 それは、自分だった。


「なに、これ……」


 いつ撮られたのか分からない。

 梓は画面を凝視する。


『巫女様』

『神と暮らし、その御声を聞く唯一のお方』

『我らを導く者』


 知らない。

 そんなものじゃない。


「……私、巫女じゃないよ」


「う、うん」


「宗教にも入ってない」


「うん、分かってるけど……」


 同僚も困ったように画面を見る。


「なんか、結構話題になってるよ」


「…………」


「ほら。これとか、すごい拡散されてる」


 知らない人たちが、私について話している。

 迷惑がったり、面白がったり、政治に関連させたり、精神を疑われたり。

 私のことなのに、全く知らない私の話。

 

「……なんで、こんなことに」


 ぽつりと呟いた。


 ただ、普通に暮らしてるだけなのに。

 普通に恋人と一緒に過ごして、普通に仕事して、普通に生活して。

 それだけなのに。


◆◆◆


 仕事から帰ってきたときだった。


「ちょっと、あなた」


「……はい?」


 マンションのエントランスで、近所に住む女性から呼び止められた。


 顔は知っている。

 何度かエレベーターで一緒になったことがある程度の相手だ。


「あれ、やめていただけないかしら」


「……あれ?」


「あなたのところに来てる人たちよ」


「…………」


 すぐに分かった。


「廊下に集まったり、マンションの前で待ってたり。はっきり言って迷惑なのよ」


「……すみません。でも、私のせいじゃないです」


「はぁ?」


「私も迷惑してるんです。何度も来ないでって言ってるんですけど、全然聞いてくれなくて……」


「あのねぇ」


 女性が呆れたようにため息をついた。


「迷惑かける側って、自覚してないのよね」


「…………え?」


「自分は悪くないって、みんなそう言うの」


「いや、本当に違うんです。私はあの人たちとは何の関係も──」


「しかも、巫女様ですって?」


「…………」


「いい歳して、そんなふうに呼ばせて。恥ずかしくないの?」


「…………っ」


 違う。

 呼ばせてなんかいない。

 やめてと言った。

 何度も。何度も。


 私は巫女じゃない。

 修也だって神様じゃない。


 ただ一緒に暮らしているだけだと。

 何度も、何度も言った。


「……違います」


「何が?」


「呼ばせてなんか……ないです」


「でも実際、呼ばれてるじゃない」


「それ、は……」


 言葉が詰まる。

 そのとき。


「あ……!」


 マンションの外から、声がした。


「巫女様!」


「…………」


 最悪だった。


 女性の視線が、冷たく梓へ向けられる。


「ほら」


「…………」


「やっぱり、あなたじゃない」


「…………っ」


 違う。

 違うのに。


◆◆◆


【修也視点】


「……ただいま」


「きゅう(おかえり)」


 まただ。


 最近、梓はこんなふうに帰ってくるようになった。

 前は、玄関を開けるなり「今日ね〜」と話し始めていた。


 仕事のこと。

 昼に食べたもの。

 帰りに見かけた犬が可愛かったとか、スーパーでプリンが安かったとか。


 別に、大した話じゃない。

 よくある、ありふれた話。


 でも最近は、それがない。

 梓の明るい笑顔が、声が、少なくなってきた。


(……このままじゃ駄目だ)


 俺はテーブルの上に置いてあったホワイトボードを引き寄せた。

 少し考えてから、ペンを取って書き出す。


「きゅう(梓)」


 梓がこちらを見る。

 そして、ホワイトボードに書かれた文字にも、自然と目がいく。


『実家に帰るか?』


 梓の目が、文字の上で止まった。


「……私が?」


 文字を書き直す。


『そう、しばらく』


「修也は?」


「…………」


 こんな姿で外を歩けるわけがない。

 だから。


『俺はここにいる』


「……じゃあ嫌」


「きゅう……(梓)」


「嫌だよ。修也を一人にして、私だけ帰るなんて」


『でも、しんどいだろ』


「嫌」


 梓は、もう一度言った。


「なんで私たちが、離れなきゃいけないの」


「…………」


「何も悪いことしてないのに」


 その声が、少しだけ震えた。


「ただ一緒にいただけなのに……普通に暮らしてただけなのに……。なんで私たちが逃げなきゃいけないの」


 その言葉に、何も書けなかった。


 俺だって、離れたくない。

 梓がいなくなるなんて嫌だ。

 ずっと一緒にいたい。


 でも、今の梓を見ているくらいなら。

 俺と離れてでも、ここから逃げてほしかった。


「…………」


 梓は鞄を置くと、ソファへ座った。


「……疲れた」


「きゅう……?(大丈夫?)」


「うん。大丈夫」


 また、それだ。

 大丈夫。

 最近、梓はよくそう言うが、大丈夫な顔には見えなかった。


◆◆◆


 次の日。


 夕方になり、時計を確認する。

 梓が帰ってくるまで、あと一時間くらい。


「きゅう(よし)」


 俺は冷蔵庫を開けた。

 卵。ネギ。昨日の残りの冷や飯。


 俺はこれから、チャーハンを作る。


 最近、梓は帰ってくるとすぐにソファへ座り込んでしまう。

 仕事だけでも疲れるだろうに、会社でも宗教のことを聞かれたり、帰ってくればマンションの住人から文句を言われたり。

 せめて、家にいるときくらいはゆっくりしてほしい。


 チャーハンは人だったときも作ってたんだ。

 それくらいなら、俺にもできる。


「きゅっ(よいしょ)」


 触手を伸ばし、フライパンをコンロへ置く。

 別の一本で冷蔵庫から卵を取り出し、さらにもう一本でネギを引っ張り出した。


「…………」


 ふと、動きを止める。

 便利だな、俺。

 人間だった頃より明らかに手数が多い。


「きゅう(いや、手じゃないけど)」


 自分で突っ込みながら、料理を始める。


 卵を割る。

 ネギを刻む。

 フライパンを温める。


 同時にできる。


「きゅおお〜(めっちゃ便利じゃん)」


 油を引き、卵を投入する。

 すぐに飯も入れて、お玉でほぐしながらフライパンを振った。


 じゅう、と小気味いい音がする。


 一本でフライパン。

 一本でお玉。

 一本で塩胡椒。

 さらにもう一本で醤油を準備する。


「きゅっ!(完璧!)」


 ぶん、とフライパンを振る。

 米が宙を舞った。


「きゅおっ」


 綺麗に戻ってくる。


「…………」


 ちょっと楽しい。

 もう一度。


「きゅっ」


 ぶん。


「きゅっきゅっ」


 ぶん。ぶん。


 一本の触手でフライパンを振りながら、別の触手でお玉を操る。

 さらに別の一本で調味料を構えれば、なんだか妙に気分が乗ってきた。


「きゅっ!きゅっ!きゅううう!!(俺は!炎の!鉄人だ〜!!!)」


 ぶんっ!


 今日一番高く、米が舞った。


「きゅっきゅう!(どうだ!)」


 見せる相手もいないのに、ちょっと得意になる。


 そのとき、玄関から鍵の開く音がした。


「……ただいま」


「きゅっ!(おかえり!)」


「……ん?」


 梓がリビングへ入ってくる。


「なんか、いい匂いする」


「きゅう!(今日は俺が作った!)」


「え?」


 梓がキッチンを覗き込む。

 フライパンの中を見て、その目が少しだけ大きくなった。


「あ!修也お手製のチャーハンだ!」


「きゅう?(覚えてた?)」


「覚えてるよ〜。修也、よく作ってくれたじゃん」


「きゅきゅ〜ん(得意料理だからな)」


「久しぶりだねぇ」


 梓が嬉しそうに笑った。

 そんな顔、久しぶりに見た気がした。


「きゅーう。きゅーう(ほら、座ってて。もうできるから)」


「手伝おっか?」


「きゅきゅう!(今日は俺に任せろ!)」


「ふふ。じゃあ、お言葉に甘えよっかな〜」


 梓が鞄を置き、椅子へ座る。

 それを横目にできたチャーハンを皿に盛り付ける。

 それに食器と麦茶を用意する。


「きゅっ!(お待たせ!)」


「やった!いただきまーす」


 梓が一口食べる。


「ん〜!」


「きゅう?きゅう?(どう?どう?)」


「これこれ。修也のチャーハン」


「きゅっきゅ(最高だろ?)」


「美味しい」


「きゅう!(よっしゃ!)」


 梓がずっと笑ってる。


(なんだ)


 こんな料理ひとつで、笑ってくれるなら。

 もっと早く作ればよかった。


 別に、何か特別なことをする必要なんてなかったんだ。


 こうやって飯を食って。

 テレビを見て。

 くだらない話をして。


 それだけでいい。


 俺たちは、ただ普通に暮らしたいだけなのだから。


「巫女様」


「…………」


 玄関の向こうから、声がした。

 梓の笑顔が消えた。


「本日も、神と巫女様に祝福がありますように」


「…………」


 さっきまで美味しそうにチャーハンを食べていた梓が、俯いている。

 その手は、止まっていた。


「……ごめん、冷めちゃうね」


「きゅう……(梓……)」


「食べよっか」


 何事もなかったように、梓はまたスプーンを動かし始める。

 でも、もう笑わなかった。


(なんだ)


 笑顔にするのも、簡単だったけど。

 笑顔じゃなくするのも、こんなに簡単なんだ。


「……っ」


 触手の先に、ぎゅっと力が入る。


 頼むから。

 もう、放っておいてくれよ。


◆◆◆


 それからも、あいつらは来た。


 毎日ではない。

 二日来ないこともあれば、三日続けて来ることもあった。

 それでも、あいつらは必ず現れた。


「巫女様。本日は──」


「我々の祈りを、どうか神へ──」


「本日も、神と巫女様に祝福がありますように」


 梓は、もう返事をしなくなった。


 最初の頃は怒っていた。

 もう来ないでくれ。迷惑だ。修也は神様じゃない。私は巫女じゃない。


 何度も言った。何度も説明した。


 それでも、あいつらは聞かなかった。


 否定すれば、試練だと言われる。

 怒れば、信仰を試しているのだと言われる。

 無視をすれば、その沈黙にすら勝手な意味をつけられた。


 何をしても無駄だった。


「……ただいま」


「きゅう(おかえり)」


 梓が帰ってきても、以前のように今日あったことを話すことはほとんどなくなった。

 代わりに増えたのは、ため息と「疲れた」と「大丈夫」。


 そして、玄関の前に置かれるものも増える。


『我らが神と、愛しき巫女様へ』

 

 そんなメッセージと共に。


「…………」


「きゅう……(捨てよう)」


「……うん」


 梓はそれらをゴミ箱へ押し込むと、何度も手を洗った。


「きゅう……(梓?)」


「……なんか、嫌」


 水を流したまま、梓が呟く。


「家にいても、あの人たちのこと考えちゃう」


「…………」


「ここにいれば大丈夫だったのにね」


 その言葉に、何も返せなかった。


 あいつらが来るようになるまでは、ここにいればよかった。

 外で何があっても、扉を閉めてしまえば梓と二人きりだった。


 でも、今は違う。


 扉を閉めても、あいつらの声がする。

 玄関を開ければ、置いていったものがある。


 家の中に入ってきているわけじゃない。

 扉は閉まっているし、鍵だってかかっている。


 それなのに、少しずつ俺たちの家にまで入り込んできている。


 ここはもう、梓にとって安心できる場所ではなくなり始めていた。


◆◆◆


 その夜。


「……修也」


「きゅう?(ん?)」


「私、本当に何もしてないよね」


「きゅう!(当たり前だろ!)」


「……そっか」


 梓は小さく息を吐いた。


「よかったぁ」


 そんなこと、梓が一番分かっていたはずなのに。

 どうして本人が、それを俺に確認しなきゃいけないんだ。


 俺は神様なんかじゃない。

 梓だって、巫女なんかじゃない。


 神も、巫女も、祝福も、祈りも。

 そんなもの、ひとつもいらない。


 ただ普通に暮らしていたかった。

 それだけだったのに。


◆◆◆


 それから、梓は時々、何もないときにも玄関を見るようになった。


「……今、インターホン鳴った?」


「きゅう?(鳴ってたか?)」


 鳴ってはいない。

 俺はホワイトボードを引き寄せる。


『鳴ってないよ』


「そっか。ごめん、聞こえた気がして」


 最初は、その程度だった。

 けれど、それは少しずつ増えていった。


「……誰か来た?」


『いないよ』


「今、廊下に誰かいなかった?」


『お隣さんが通った』


「……そっか」


 何も鳴っていないのに玄関を見る。

 廊下を誰かが通るだけで、身体を強張らせる。


 そのたびに俺が外を確認して、ホワイトボードに書く。


『誰もいないよ』


 それを見ると、梓はほっと息を吐いた。


 そして、ある夜。


「……修也」


「きゅう?(ん?)」


 隣にいた梓が、テレビを消した。


「今、聞こえた?」


「きゅう?(何が?)」


「…………」


 梓は玄関の方を見つめている。


「……今、『巫女様』って聞こえた」


「…………」


 玄関を確認する。


 誰もいない。


『いないよ』


「……ほんと?」


 頷く。


「…………」


 梓はじっと、ホワイトボードを見る。


「そっか」


「…………」


「よかった」


 梓は安心したように息を吐いた。


「ごめんね。最近、変だね」


「きゅう(謝らなくていいよ)」


「……うん」


 それからも、同じことは続いた。


 誰もいないはずの廊下から声がする。

 マンションの外から、誰かに見られている気がする。

 夜中に、玄関の前で祈る声が聞こえる。


 そのたびに俺が確認した。


 けれど、本当に誰もいないのか。

 俺にも分からなくなってきた。


 あいつらは実際にここへ来る。

 マンションの前で待っていたこともある。

 梓を勝手に撮影して、ネットに載せたことだってある。


 だから、梓にしか見えていないのか。

 本当にそこにいるのか。


 俺には、もう判断できなかった。


「私、巫女じゃないよね?」


「…………」


 何度目だろう。


 俺は同じ言葉を書く。


『巫女じゃない』


「修也も、神様じゃないよね?」


『違う』


「……そっか」


 梓はその文字をじっと見つめる。


「……ねえ、修也」


「きゅう?」


「私がおかしいのかな」


「きゅう!(違う!)」


 梓が不安そうに俺を見る。


「前は……本当に来てたよね?」


「…………」


 ホワイトボードに書く。


『来てたよ』


「私、巫女じゃないよね?」


『巫女じゃない』


「修也も、神様じゃないよね?」


『違う』


 梓はその文字をじっと見つめる。


「……そっか」


 ほっとしたように笑った。


「よかった」


「…………」


 最近、梓は何度も俺に確認する。


 自分が見たものを。

 聞いたものを。

 自分が何者なのかさえ。


 そして俺が否定するたび、安心したように言う。


 よかった、と。


「…………」


 何も、よくない。


◆◆◆


 その日も、梓は玄関を見ていた。


「…………」


「きゅう?(梓?)」


「……いる」


「きゅう?(また?)」


「玄関の前」


 俺は確認しに行った。


 覗き穴から外を見る。

 誰もいない。


 念のため、しばらく待つ。

 人の気配も、祈る声もしなかった。


 リビングへ戻り、いつものようにホワイトボードを手に取る。


『誰もいないよ』


「…………」


 梓の前に置いた。


「…………」


 返事がない。


「きゅう?(梓?)」


「…………」


 聞こえていないのだろうか。

 ホワイトボードを持ち上げ、もう一度見せる。


『誰もいないよ』


「…………」


 梓は、見なかった。


「きゅう……?(どうした……?)」


 顔を覗き込む。


 目は開いている。

 起きている。


 けれど、ぼんやりと前を見つめたまま動かない。


「きゅう(梓)」


 触手で肩に触れる。


「…………」


「きゅう?(梓?)」


 少し揺らしてみる。


「…………」


 反応がない。

 何だ。どうしたんだ。


「きゅうっ(梓っ!)」


 さっきまで話してただろ。


 玄関の前に誰かいるって。

 俺に確認してくれって。


 だから見てきた。

 誰もいなかった。


 ほら。


『誰もいないよ』


 もう一度、見せる。


「…………」


 梓の目の前で、ホワイトボードを振った。


「きゅう(ほら)」


 見てくれ。


「きゅうっ!(梓!)」


 これを見たら、いつも安心してただろ。


 俺がいないって書いたら。


 そっか、って。

 よかった、って。


 笑ってただろ。


「…………」


 それなのに。

 梓は、何も言わなかった。


◆


 どれくらい、そうしていたのか分からない。

 テレビだけが、さっきからずっと喋っている。


 俺は梓の前にいた。


「きゅう……(なあ……)」


 頬に触れる。


 温かい。

 息もしている。

 目も開いている。


 なのに、俺を見てくれない。


「きゅう……(梓……)」


 ホワイトボードの文字を消した。


 何を書けばいい。

 何を書けばまたこっちを見てくれるか。


 少し迷って。


『大丈夫?』


 見せる。


「…………」


『疲れた?』


「…………」


『寝る?』


「…………」


 違う。

 全部、違う。


 文字を消す。


『俺のこと分かる?』


「…………」


「きゅう……」


 やめろよ。


 怖いだろ。


 また消す。


『梓』


「…………」


 名前だけ書いた。


 見せる。


「…………」


 返事はない。


「きゅう……(梓)」


 俺は、ホワイトボードをゆるゆると下ろした。


 何をすればいいのか、分からなかった。


 抱きしめればいいのか。

 そっとしておけばいいのか。

 誰かを呼べばいいのか。


 病院?

 救急車?


 でも。


 俺は、自分の身体を見る。


 この姿で?

 俺がいるのに?

 誰かを、この部屋へ呼ぶのか?


「…………っ」


 何もできない。


 まただ。


 俺は、何もできない。


 そのとき。


 玄関の向こうから、声がした。


「本日も、神と巫女様に祝福がありますように」


「…………」


 梓は動かなかった。


 今までなら。


 身体を強張らせた。

 俯いた。

 耳を塞いだ。

 嫌そうな顔をした。


 それすら、なかった。


「…………」


 俺は玄関を見た。

 それから、梓を見る。


「…………」


 また、玄関を見る。


 何かが。

 自分の中で、ゆっくりと変わった。


(……お前らか)


 梓がこうなったのは。


(お前らが)


 何度嫌だと言っても。

 何度帰れと言っても。

 何度、違うと言っても。


 神だ。


 巫女だ。


 祝福だ。


 祈りだ。


 勝手なことばかり言って。


 俺たちの家まで来て。


 俺たちの日常に入り込んで。


 とうとう。


「…………」


 梓まで。


「……ぎゅう」


 身体の奥から、低い音が漏れた。


 玄関の向こうでは、まだ祈りが続いている。


「我らが神よ──」


 違う。

 俺は神じゃない。


 ずっと、そう言ってきた。


 何度も。

 何度も。

 それでも、お前らが。


 俺を神にしたいと言うのなら。


「…………」


 何本もの触手が、ゆっくりと持ち上がった。


(……分かったよ)


 俺は玄関へ向かった。


「…………」


 扉の向こうから、まだ声が聞こえる。


「我らが神よ。どうか我らに──」


 ガチャリと鍵を開ける。

 扉を開いた。


「…………え?」


 そこにいたのは、三人。

 いつものように祈りを捧げていた信者たちが、一斉にこちらを見る。


「…………」


 目が合った。


 一人が息を呑む。

 もう一人は、目を見開いたまま動かない。

 残った一人の口元が、ゆっくりと震え始めた。


「……あ……あぁ」


「…………」


 俺は隠れなかった。


 いつもなら、誰かが来ればリビングの奥へ隠れた。

 玄関には近づかなかった。

 声を出さないように気をつけた。


 俺がこんな姿になったせいで、梓までおかしな目で見られたくなかったから。


 でも。もう、いい。


「……かみ、さま……」


 そうだよ。

 お前らが、そう呼んだんだろ。


 俺は触手を伸ばし、玄関の扉を大きく開いた。


 隠すものなんて、何もない。


「きゅう(ほら)」


 見ろよ。

 会いたかったんだろ?


 毎日毎日、俺たちの家まで来て。

 祈って。

 供物を置いて。

 梓を巫女なんて呼んで。


 そこまでして会いたかった神様が、目の前にいるぞ。


「きゅう(存分に見ろよ)」


「……あ……ぁ……」


 一人が、その場に崩れ落ちた。

 一人は笑い出した。

 一人は、涙を流しながら祈り続けている。


 それでも俺は、扉を閉めなかった。


 会いたかったんだろ?

 見たかったんだろ?

 ずっと、願ってたんだろ?


 だったら。


 好きなだけ見ればいい。


「きゅう(おめでとう)」


 お前たちが望んだ神様からの、祝福だ。

エンド2:祝福

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