撮影可能
「次の曲から撮影可能タイムになりまーす!」
リーダーの明るく跳ねるような声が会場中に響く。その瞬間、ステージ上で動く私たちを、スマホのカメラが追い始めた。毎日レッスン場で磨き続けてきた、魅せるための歌とダンス。ファンの皆さんが撮影した動画は、ツアー名やグループ名、メンバー名のタグとともににSNSで拡散される。
私たちのグループ――「Asterisk +」、通称アスプラは、デビュー四年目にしてライブ映像がSNSで爆発的に拡散されたことで、一気に知名度を上げた。
そこからはまさに快進撃だった。
ライブ会場の規模は次第に大きくなり、CDの売り上げやライブ動員数、ストリーミング再生数などもトップアイドルと比べて遜色ない水準にまで成長した。ネクストブレイクアイドルとして数々のテレビ番組にも出演し、休みもほとんどないほど忙しい毎日を送っている。
それでも、メンバー全員の胸には共通した思いがあった。
まだまだ、これからだ。
「横アリー!! ありがとう!!」
イヤモニを外した片耳に、マイクを通した私の声が聞こえる。客席からの歓声が混ざり合い、胸の奥を震わせる。私はカメラに向かって両手でハートを作り、笑顔を決めた。アウトロが終わると同時に照明が落ち、会場が暗転する。
「祝 ワイラブツアー完走おめでとう! Staff一同」
メッセージが書かれたプレートを乗せた大きなケーキが、事務所の一室に運び込まれる。グループ最大規模となった横浜アリーナ公演二日間の成功、そして今年の全国ツアー完走を祝う打ち上げが始まっていた。メンバーたちはケーキを囲み、リーダーの萌子が紙皿に取り分けている。私は別室でライブ後のアイシングケアをしていたため、少しだけ遅れて部屋に入った。
「姫乃の動画、めっちゃバズってるよ」
声をかけてきたのはプロデューサーだ。片手にピザを持ちながら、スマートフォンの画面をこちらに向けてくる。そこには、ライブ会場で撮影された私の動画が映し出されていた。
「ひめのん推しに届け! #アスプラ #大垣姫乃 #ワイラブツアー2026」
という文章と共に投稿された動画だ。
「まだ投稿されて一時間しか経ってないのに、もう二万いいねだって。すごいね」
「ありがたいことです。本当に」
「このグループも大きくなったなあ。ほら、コメント見てみて」
どこか誇らしげな顔で、プロデューサーはスマホを私に差し出した。画面をスクロールする。
〈がちでかわいいな〉
〈本当に私と同じ人間?〉
〈今日のライブ良かったですよねー!〉
〈この曲好き〉
次から次へと流れてくる肯定的なコメント。私個人に向けたものもあれば、グループ全体を褒めてくれるものもある。
「正直、姫乃がいなかったらここまで来れてないからね」
その言葉に、私は曖昧な笑顔を返した。
園田すみれプロデューサー。
元トップアイドルであり、現役時代を知らない人はいないと言われるほどの人気を誇った人物だ。卒業後もグループやアパレルブランドのプロデュース、バラエティ番組への出演など活動の幅を広げ続けている。大物芸人相手にも物怖じせずタメ口で話し、時には爆弾発言まで飛び出す。それなのに不思議と嫌味にならない。そんな唯一無二のキャラクターで、芸能界に確固たる地位を築いていた。
けれど――。
今の発言だけは、あまり良い気持ちになれない。
部屋の空気がわずかに重くなる。私だけ褒めるのはやめてほしい。せめて私一人しかいない場所で言ってほしい。もちろん、人気の差があることくらい私だってわかっている。悔しいことに、数字だけを見れば私は他の七人を大きく引き離している。こんなにいい子たちばかりなのに。私よりももっと見るべき子たちがいるのに。みんなそれぞれ自分の武器を磨こうと努力しているのだ。それを一番近くで見ているのは私だった。だからこそ、こういう言葉は私も、他のメンバーも傷つけてしまう。
私はいつからか、プロデューサーのやり方に複雑な思いでいた。
ライブ構成の中心はいつも私。楽曲のセンターもほとんど私。テレビ出演でも大事なコメントを任されるのは、私かリーダーの萌子ばかり。それがグループのためになる。話題性があるのは頭ではわかっている。それでも時々、私という存在がみんなの活躍の場を奪っているような気持ちになるのだ。
私はこのグループが大好きだから。
本当に素敵なメンバーばかりだからこそ、その思いは消えない。
「あ、私まだ仕事あるから行くね、じゃあお疲れ様!」
すみれプロデューサーは自分の失言に気づいていたのか。特にフォローを入れることもなく、私たちの返事を待たずに部屋を出ていった。
こういうところも苦手だ。
空気だけ乱して、ここからどう立て直せばいいのか。少しの間、みんながケーキを食べる音だけが部屋を包む。
「ほらみんないい顔してケーキ食べな~、美味しいもんも美味しくなくなるよ~」
広島出身の萌子は、東京で暮らすうちに方言がだいぶ薄くなった。それでも時折混じる広島弁には、人を安心させる不思議な力がある。こういう時、いつも助けられている。
「萌子、明日何時集合だっけ?」
グループで二番目の年長者である早苗が尋ねる。
「たしか九時半だったと思うよ」
「了解。じゃあ今日は早く帰らなくちゃね」
毎日見る光景だ。気づけばいつもの空気に戻っていた。
みんな驚くほど切り替えが早い。それぞれ悩みを抱えていても、必要以上に引きずらない。良くも悪くも、さっぱりした性格の人間が集まっていた。
センターを降りたいわけじゃない。でも、自分が選ばれるたびに苦しくなる。私だけが悩んでいる気がして、でも絶対にそうではなくて。
「ひめ、聞いてた? 片づけて帰るよ」
どうやら私は明日のスケジュールを聞き逃したようで、萌子が心配そうに私の顔をのぞいていた。




