❨ Act. Ⅶ
「じゃあ、行ってくるね」
振り向き、ダリアに告げる。ダリアは案じ顔だが、ウィルを引き留めようとはせず、行ってらっしゃいといつもと同様に見送ってくれた。本当は身がすくむ。足も思うように動かない。怖い。だけど、もう覚悟を決めた。少しでも手掛かりを見つけるために、ウィルは村へ向けて歩き出した。 ウィルの足で村までは二時間弱掛かる。小鳥の囀りを聞きながら歩を進める。穏やかなこの道のりがウィルの心を落ち着かせた。幸いにも村までは誰ともすれ違うことは無かった。
村に着くなり、ウィルに気付いたひとりから嘲罵が吐かれる。それに火が着き、人が次々と集まって来る。
「何しに来やがった!この呪われた悪魔ー!」
「悪魔め、サッサっと森に帰れっ!!」
「お前が来ると呪いが伝染る!!」
「禍が起こるよっ」
人の悪意が一気にウィルに集中する。あの時のように誰も助けには来ない。逃げ出しそうになる弱い心を押し殺す。首に掛けたナディアのネックレスを強く握る。あの強い彼女のように。自分の境遇に眩しい笑顔を浮かべていた彼女のように。この逆光に立ち向かうんだ。俯いていた顔を上げる。ひとりひとりの顔を見据えた。
「なんだその目は!人様に向けてんじゃねー!!これでも喰らえ!悪魔め!!」
群衆のひとりが石をウィルに向けて投げた。その石がウィルの額に当たり、血が一筋流れた。
「呪いの子も血の色は紅いんだな」
蔑み嗤いが容赦無く広がっていく。血が、傷口よりも、心が冷えていく。ウィルの目には、眼前にいるひとりひとりの方が悪魔のように映った。だが、ここで逃げたらいつもと同じじゃないかと心を奮い立たせる。
これまでは、何も抵抗せず、俯いて逃げていたばかりだった少年が、正面を向き、視線を返した。そのことに人々は声を失った。ウィルの髪から除く強い瞳に皆が衝撃を受けた。
ウィルが声を振り絞る。か細い声が徐々に皆の耳に届く。
「エレーナを、エレーナを見ませんでしたか!」
ウィルの必死な声に誰かが反応すると、それが皮切りにあちらこちらで話し始める。
「エレーナって…、フレッドの妹だよな」
「なんかあったんか?」
「そういえば…昨日、荷馬車の荷台に乗ってるのを見たような…」
「本当ですか?!どこで見たんですか?!どこに行ったのか分かりますか?他に人は?」
群衆のひとりから気になる証言が手に入った。ウィルは分け目も振らず、その人物の前へとすり寄った。相手は困惑した表情を見せたが、ボソボソと話してくれた。
「どこって…この先でだよ。チラッと見ただけだからな。他に誰が居たかは、わからない」
お礼を述べ、頭を下げる。思った以上の収穫は得られ無かったが、収穫はゼロではない。エレーナは荷馬車に乗りこの道を通った事が分かっただけでも、一歩前進した。
「何の騒ぎかな?」
村人たちの背後から通る声が響いた。一同皆振り返り、不意に現れた人物の名をそれぞれ呼ぶ。
「ハンスさんだわ」
「村長…」
近くにいる村人から事情を聞いたハンスは、村人を割ってウィルの前に出てきた。
「…確か、ダリアの所の───ウィルだった、かな?」
はい、と短く返事をする。周りにいる村人とは違い、温顔を向けている。
「エレーナの行方が分からないと聞いた。そう言われてみれば、フレッドが朝から来ていないな」
腕を組み、片手を顎に添えてそう語り、ゆっくりとウィルへと近付き、肩を掴むと諭すように語りかける。
「この件は私に任せなさい。……子どもは家で大人しくしているべきだ」
ね、と念押し、肩をギュッと掴まれた。その瞬間、まとわりつくような嫌な感覚が全身を駆け巡ると、煙の如く消え失せた。そのせいで、ウィルは釘付けになった。
「何か言いたいことでも、あるのかな」
確認するように穏やかな表情をするハンスにそう問われる。ウィルは我に返ると慌てて取り繕う。
「…いえ、分かりました」
この場ではそうとしか返せなかった。ハンスの一言で村人たちは日常へと戻って行く。その姿を黙って眺めていた。
荷馬車に乗っていたという手掛かりをもとに、手当り次第に探してみたが、ろくに相手にされず、頭ごなしに暴言を吐かれるか、蔑まれるだけで、これといって良い情報は得られなかった。溜息をつきながら、歩いていると、背後から何かで叩かれる。
「おい、悪魔ー!早く根城に帰りやがれー!!」
「エレーナが居なくなったのはお前のせいだろ?!」
「そうだそうだ!!父さんが言ってたぞ!悪魔の周りにいる人間はどんどん居なくなるって」
「両親が居ないのも、エレーナが居なくなったのも全部、呪われた悪魔が原因だ!!」
「次は、ダリア婆が居なくなるぞーー!!」
子どもらが、ウィルを誹りながら嗤い合っている。木の棒を持つ男児が、幾度も加減も知らずに叩き付ける。彼らは、自分が正義だと信じ込み、疑うことさえしない。大人が作り上げた歪んだ考えを疑うことはない純真さがウィルの心を刺激する。子どもが放つ言葉が、鋭い刃のように次々と突き刺さる。自分でもそう思っていた。両親が居ないのは呪われた悪魔である自分が原因なんだと。心を護る為に、自分自身が壊れてしまわないように心を無にして抵抗しなかった。だが、それでは何も解決しないと知ってしまった。自分自身が変わらなければ、周りも何も変えれない。だから、証明したかった。自分は呪われてはいない。悪魔ではないと。
「……アンタら、─────何してるわけ?」
無邪気な嗤い声も攻撃も止む。声の主のもとへ視線が集まる。長い髪を指に纏わせ、面倒くさそうな顔をした女性がそこに立っていた。
「え?」
「何って…」
「呪われた悪魔を懲らしめてる」
自分達を正しいと思っている子どもたちは、なぜそんな事を言われたのか分かってはいない。納得いかない顔をしながら、その女性を見上げている。
「馬鹿な子ね。何が呪われた悪魔よ…。私から見ればアンタらの方が悪魔よ」
「…っなぁ、何だよ!?オバサン!」
「だ、誰がオバサンよっ!!口の利き方に気を付けなさい!」
怒鳴り付けられると子どもらは、蜘蛛の子を散らすよう逃げて行った。プンプンと怒りが収まらないところに、聞き慣れた声が耳に届く。
「姉さん。何してるの?」
顔も見ずにジゼリアは抱き着いた。それを当然のように受け入れたジゼルは幼な子を宥めるように頭を撫でる。
「糞ガキに、オバサンって言われたの…グスン」
「……姉さんにそんな事を言うなんて、本当に許せない」
「でしょ?そんな口の悪い糞ガキは躾が必要ね。って……居ないじゃない!」
ジゼリアが振り返るとそこに居たはずの少年が消えていた。周りを見渡すが、どこにもその姿は見当たらない。
「誰か、居たの?姉さん」
「ええ。馬鹿共が寄って虐める可哀想な仔羊がね」
「……その仔羊は、────もしかしたら」
ん?とジゼリアが怪訝そうな顔をジゼルに向け、答えを待った。
「俺たちの目的かもしれない」
ジゼルの答えにジゼリアは目を見開いた。そして、心底嫌な顔を浮かべる。
「…なら、助けなきゃ良かったわ。私、この任務、最初から乗り気じゃなかったし」
あー嫌だ嫌だと、手をヒラヒラさせて、馬車に戻ろうとするジゼリアを特に指摘する事も無く、ジゼルはその後ろを数歩遅れて歩き出す。
「主様のいちばんは私なの。他は、いらないわ」
誰も聞いていない文句をブツブツ言いながら、馬車に乗り込んだ。ジゼリアが乗り込むのを確認すると、ジゼルは馭者に行く先を指示をする。ジゼルー?と名を呼ぶ声に従うように、ジゼルはジゼリアのもとへ急いだ。
ハアハアと荒い呼吸が森に響く。どさくさに紛れ、ウィルは逃げるようにあの場をあとにした。心の芯に触れられたようで、心がザワついている。足がもつれて派手に転倒した。
「……クソッ」
土を掴む。泣いてたまるかと唇を噛む。まだ弱い自分が不甲斐なく思える。早く強くならなきゃ!と気合を入れる。前向き、身体を起こすと道に見慣れた木の実が落ちていた。今の時期では実るはずもないこの実が道に落ちているのは不自然だ。
「……エレーナだ」
ウィルはそう確信する。この実は好みが分かれる食べ物だが、エレーナは大好きで常に数多くを持ち歩いていた。
「ここで荷馬車に乗ったんだ」
抵抗した様子はない。
もし暴れたとしたら、実はもっと散らばっていたはずだ。だが、この場にはひとつしか落ちてなかった。
乗り込むときに落ちたとしか考えられない。
ということは、エレーナは自ら荷馬車に乗った。
相手はエレーナを逆らえなくさせたか、もしくは信頼出来る相手だったか。後者であれば相手は誰なのか。咄嗟にひとりの顔が浮かぶ。だが、頭を振る。断定はまだ時期尚早、焦りは禁物だ。今は休んだ方が得策だ。昨日の今日ではダリアが心配するし、あまり心労を掛けたくはない。振り向き、村へと視線を送ると、ウィルはダリアが待つ家へと足を向けた。
家に着くと、ドアの前で見知らぬ人が立っていた。この村の人間ではないのは一目瞭然だ。その人物が纏うは純白のマントに大きな両刀斧を担ぐ大男。放つ雰囲気から只者ではないのは明らかである。ウィルは生唾を飲み込んだ。ウィルの視線に気が付いた大男は、隻眼の瞳でニヤリと笑うと裏表のない表情でこう言った。
「おう。やっと会えたな」
──────ウィルの運命が動き出した瞬間だった。




