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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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❨ Act.Ⅲ


 高く広がる澄み切った青い空の下、進めば進む程に寒さが厳しい。この地域ではお目にかかれない立派な馬車と、それを馬で並走する大男はある村を目指していた。


「本当にいるの?」


 揺れる馬車から顔を出して訝しげに、馬に跨る左目に大きな傷がある褐色の肌の大男 ゼフィールにそう話しかけた。


「ジゼリア、まだ言ってるのか…」


 はぁと溜息を吐くように話しながら、助けを求めるように視線を送る。ジゼリアの前に座る華奢な身体の青年に目線をやるが、こちら事など気にも留める様子もなく、外の景色を眺めて居ただけだった。


「ジゼルに助けを求めるのは、無謀だったな」


 また溜息が出た。この旅を初めてから、もう幾月が経っただろうか。この双子の姉弟と行動を共にするのはもう御免だと思いながらまた溜息をつく。


「主様の為だけど…そう思わないゼフィール?」


 艶のある長い髪を指に絡ませながらジゼリアは何度目か。うんざりする程、聞かされた同じ質問を投げかけてくる。どうしても納得がいかないらしいジゼリアは、ブツブツと文句を言いながら頬杖をついている。


「……あの方が満足するまでだ」


 そう満足するまで。今まで永年仕えて来たが、ここまで何かに執着する事はあっただろうか。


「着いた」


 今まで蚊帳の外だったジゼルが、やっと口を開いた。視線を前に戻せば、寂れた村が見えて来た。どうやら、この旅の目的地 シャテリー村にやっと辿り着いたようだ。

 ゼレニア帝国の北の国境に位置にあるシャテリー村は首都アルカナからも数週間も掛かる。辺境の地とあって村人も多くはない。建物もさして良い造りだといえない。乗っていた馬を厩に預け、停まった馬車の傍まで進む。


「さて、仕事だ仕事。早く馬車から出て来るんだ。ジゼリア」


 弟のジゼルは着くなり、馬車から降りて辺りを見渡していたが、姉のジゼリアはまだ出て来る気配がない。馬車を覗き込むと、気だるそうな顔を見せる。


「…ただの聞き込みでしょ。人手は足りてるわ。私は宿でも探すから」


 宿があればだけどねと捨て台詞を吐いて颯爽と馬車と共に消えて行った。本当に自分勝手な女だと心底嫌になる。


「あいつ、また勝手に」


 頭を抱えていると辺りに人が集まって来た。見慣れない他所者だからか──いや、それは違った。人々から敬意と尊敬、そして畏怖の眼差しが向けられる。


「貴方様方は…」


 ゼフィールとジゼルの羽織る純白のマントに描かれる月の紋章は聖月教会の証であり、そしてムーンライトのみが着ることを許された聖衣だ。ゼフィール達に気が付いた村人が、続々と集まって来る。だが、すぐ近くに寄って来るわけではない。ある一線は越えて来る者は誰ひとりいない。。村人の畏敬の念を抱いている様が伺える。その中から、ひとりの熟年者が一歩前に出てくる。どうやら、この村の長のようだ。


「よく、このシャテリー村にお越くださいまして、ありがとうございます。ムーンライトの皆様」


 恭しく頭を垂れる。それを黙って眺めていると、後ろの方からコソコソと話す声が耳に入る。


「こんな村にムーンライト様達がお越になったのは……じゃない?」

「そうに決まってる。アイツを…」


 端々でそのような話をしている大人と子供らを、横目で見ると、ゼフィールは村長に話し掛けた。


「アンタが、この村の長で間違いないか?」

「はい。シャテリー村長、ハンスと申します。ムーンライト様方、もし宜しければ……我が家へご案内させて頂きます」


 丁寧に受け答えたハンスの提案にゼフィールは首を縦には振らなかった。


「いや、いい。そんなに長くは滞在するつもりはない」


 そうですか、と心底残念そうな表情を浮かべている。それを気にもせず、無視をしたゼフィールは自分達の目的である、ある人物について尋ねる。


「ひとつ聞きたい。───この村に、深紫の瞳を持つ者はいるか?」


 ハンスの目が見開き、間が空く。朗らかな顔が一気に険しくなる。後ろに控える村人達もその言葉を聞くなり明らかに様子が変わった。ノイズが更に荒々しくなる。群衆が狂気へと変わる瞬間だった。ゼフィールはその様を見て失笑する。


「ムーンライト様は、あの悪魔を倒しに来たんでしょ!」

「あの目は呪われた者の印なんだ!だから、この村は貧しいんだ!だから、早く殺してよ」


 期待に満ちた輝いた眼をした幼い少年たちがゼフィールに問い掛ける。まるで悪を滅する英雄かのように。同調する声が次第に高まる。


「まあ、ある程度理解出来た。ソイツの置かれた状況が、決して良くない環境ってのがな」


 ボソッと心の声が漏れる。反吐が出る。今にも目の前の下劣な群衆に斬りかかりそうになるのを抑えつける。 背後にいるジゼルに目をやれば、我関せずを貫いている。いつも通りの平常運転なジゼルになんだか安らいだ。


「で、ソイツは何処にいるんだ?」


 ゼフィールは仏頂面で尋ねる。ジゼルも察したのか、いつでも移動出来るようだ。もうここに居ても気分が悪くなるだけだ。


「で、では、私どもが────」

「方角を教えてくれるだけで良い」


 ハンスの語を遮り、ゼフィールはそれ以上は口を挟ませなかった。気圧されたハンスは口を噤んだ。ジゼルは横目で見下ろすと、若人のひとりがある方角を指し示した。


「あの大きな木が見えるでしょう。アイツ、呪われた奴の家がその近くですよ」


 示された場所はゼフィール達が今いる場所からだいぶ離れていた。こんな寂れた村だ。村の中心から逸れた家など、まともに道も整備されていない。そうなると馬車は使えそうにない。


「馬ならすぐに辿り着けるな。どうする、ジゼル?お前も一緒に行くか?」


 馬はゼフィールが乗って来た一頭しかいない。ジゼルも一緒に行動するとなると、相乗りになる。そうなると馬のスピードが落ちてしまうが。


「自分は姉さんと合流して後から向かう」


 予想通りのジゼルの答えに、ゼフィールは分かったと返事をすると、厩に預けていた馬に跨った。


「じゃあ、また後でな」


 ゼフィールは短い挨拶をすると、ジゼルは小さく頷いた。馬の手網を引く。馬は嘶き走り出した。その姿を暫し見送った後、ジゼルは馬車でこの場から去って行った姉のジゼリアのもとへ向かった。





 森を馬で駆けながら、何やら胸騒ぎを覚えた。相棒である両刀斧も身震いしているかのように感じる。


「今夜は────ひと仕事、ありそうだな」


 長年の勘だろうか。今夜は何かが起こりそうな予感がヒシヒシと伝わってくる。面倒な事にならなきゃ良いがと思いながら、徐々に目印の大きな木が間近に迫ってくる。すると、人の手で切り開かれた土地と建物が視認出来た。


「……あれか?」


 近付くにつれ、耕した畑も確認出来た。人が住んでいるのは一目瞭然だ。ゼフィールは馬から降りると家の前まで躊躇なく進む。

 村人の話など妄言であり、虚言だとゼフィールは初めから分かっていた。ただ少し他の人とは異なるだけなのに、異端と決め付け、区別し差別する。愚かな人間のせいで、どれだけ傷付けられたことだろう。この扉の向こうにいる人物に思いを馳せながら、力強くドアを叩いた。

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