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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第 3 章 黒き檻

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38/40

❨ Act. Ⅲ



 ────幾日が過ぎただろう。

 ウィルは陽を失って、もう時間の感覚が狂ってしまった。


 動けなかったステイシーは自力で、上体を起こせる程に回復した。だが、この暗闇の中でまともにいられる程、彼女は強くはなかった。ヤコブにしがみついていた人と同じように、起きては奇声を上げる。またはある時は壁に向かって何かをぶつぶつ呟く。

 先程まで、鎖をカチャカチャと音を立てていた。



 ……キィィ───ガチャン。


 耳が痛い甲高い金属音がこの広い空間に響く。


 膝を抱えていた指が微かに動く。

 髪が揺れ、瞼が上がる。


 あの日以来、久々に聞く靴の音と煙の匂い。

 どうやら、誰かが来たようだ。



 蝋燭の火でさえも、ウィルには眩しく思えた。

 カツカツと地を歩く音が、ウィルの檻の前で止まった。


 重たい頭を上げ、目を細めた。

 蝋燭を持つ人物を確認する。


「おはようございます、ウィル様。随分と頬が痩けましたね」


 相変わらず、汚れもシワひとつない。着崩さず、しっかり上で留めた長衣。表情も変えず、ウィルを伽藍堂の瞳で見下ろす。


「今日は髪を高いところで、括っておられるんですね」


 火の光に慣れたウィルは、伽藍堂の瞳を受け止めた。

 久々に声を発したせいか、喉の違和感を覚える。


 深紫の瞳に蝋燭の光が映る。

 ウィルの背後の影が大きくなった。


「お元気そうでなによりです。お食事をお持ちしました」


 手の平に白い布を巻いた物が載っていた。

 ヤコブはそのまま檻の扉の前にそっと置いた。


「僕の分だけですか?」


 ウィルは真っ直ぐにヤコブ見た。彼の持ち物はもう、蝋燭しかなかった。


「ええ、貴方は()()なので」


 ウィルは眉根を寄せ、ヤコブを睨めつけた。

 ヤコブはそれ以上は何も語らず、小さく頭を下げるとウィルのもとを後にした。




「ねぇ、アンタ?!私たちを世話してくれた人よね?なんで、こんなことすんの?!早くここから出して!助けてよ!!」


 ステイシーの必死な声が反響する。ヤコブにはステイシーが見えていないかのように、歩みを止める気配はなかった。



 ヤコブの足が止まった。眠っていたあの拷問を受けていた人を起こす。目を覚ますと、何かを察したのか身体を大きくブルブルと震わせる。


 ヤコブから距離を取ろうと、自由の利かない身体で必死に後退る。眉は恐怖で垂れ下がり、口を戦慄かせた。


「い、嫌だ、止めてくれ?!あそこには行きたくない───!怖い、ヤダヤダヤダッ」


 壁に縋り付き、ヤコブの手を逃れようと必死に抵抗するが、拷問され食事もろくに与えられていない者は呆気なく捕らえられた。


 手首に繋がれた鎖を引っ張られ、身体が引き摺られるように連れて行かれた。それでも彼は必死に何かに掴まろうと手を伸ばす。床をずるズ─という音と、もがく音がやけに大きく聞こえた。



 ────ガシャン。


 無情にも重い扉が閉まる。

 無気力になるこの空間のせいで、ウィルは気が付くのが遅かった。ウィルの瞳が揺れる。


 ガーンガーン。


 今から行われるであろう出来事を、何とか止めようとウィルは鉄格子へと身体をぶつける。

 身体の痛みなど、今はどうで良い。とにかく、身体を動かした。



 嵐の前の静けさとでもいうように、扉の向こうはからは、無音だった。



 それは前触れもなく訪れた。



「やめて、くれ!痛い痛い!あ"あ"────」



 ───────地獄が始まった。



 耳を劈くような、人の声だとは思えない断末魔の叫びがウィルの耳へと届いた。


 身体が一気に凍てついた。

 指を折り込み、強く握る。

 奥歯を噛み締め、鉄格子に身体を叩き付けた。

 無意味だと分かっていても、ウィルの心を急き立てた。


 耳を塞ぎたくなる叫び声がひたすらコダマする。何かを嬲る音、何かを焼く音、鞭で叩く音…そして、血の濃い匂いがこの空間を支配した。


「いやああああああ!!早くここから出してよ!なんなのよ!ここは教会でしょ!神様、助けて助けて」


 こんな状況を間近にして、気がおかしくならない方が変だった。


 ウィルは腰から崩れ落ちた。地面にへたり込み、鉄格子を掴んだ。掴んだ指先には血が滲んでいた。


 あれほど大きく聞こえていた声が、小さくなった。


「ごめんな、さい…。───ごめ、ん」


 何かに謝罪する、か細い声が止んだ。


 ……ダンッ!


 大きな音と共に扉の下から何かが溢れて来た。

 ウィルは目を凝らす。

 こちらが確認する前にステイシーが声を張り上げた。


「いやああああああ!!」


 とめどなく溢れるそれは、血だった。


 鉄格子を掴んでいた指をひとつずつ外した。

 力無く落ちた腕は地へと垂れる。


 奥歯がギリっと音を上げた。

 再度落ちた腕の先に力を込める。

 堅く拳を握る。その拳を地へと叩き付けた。

 叩き付けた拳の傍に雫が落ちた。


 首に掛けていた指輪を握り締め、肩を震わせた。




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