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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第 3 章 黒き檻

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❨ Act. Ⅱ


「……お目覚めでしたか」


 光と共に現れたのはヤコブだった。

 何食わぬ様子で涼しい顔を向けてくる。


 思わず、ヤコブへと腕を伸ばす────


 ────ガシャン!


 鉄格子に阻まれ、怒りは届かない。

 格子を握るその指先は白くなる。

 奥歯をギリギリと鳴らした。


「少し、待っていて下さい」


 ヤコブは表情ひとつ変えずに、ウィルの前を通り過ぎようとする。

 そこでハッとし、目を見開いた。

 ヤコブの腕に力無く抱かられている人物を────


 咄嗟に名を口にした。


「───モアさん?!」


 ウィルの声に反応した。

 ダラリと垂れ下がった、か細い腕がピクッと微かに動いた。


(やっぱり!モアさんだ)


 ヤコブの足が止まる。


「……そんな、名前でしたっけ?」


「モアさんに……村の人に何をしたんだ?!」


 ゆっくりと顔が向けられる。

 相変わらず、瞳には感情はない。伽藍堂の眼はどこを捉えているのか分からない。


 全身の毛が逆立つ。得体の知れない恐怖がウィルを襲う。汗が顎を伝う。


 ヤコブは何も口にせず、また歩き出した。

 嫌な足音がこの空間を響かせる。


 足音が止まる。ヤコブの前には壁。

 そこに垂れ下がる異様な鎖。


 ────鈍い音が、した。

 ヤコブはモアを気遣うどころか、その場へとたたき落とした。

 その行為は、もはや人間として扱ってはいなかった。

 そのまま、垂れ下がった鎖を手首へと嵌める。


「なんてことを?!」


 ウィルは格子から顔を出し、モアの状態を確認する。毒のせいか身体は動かないが、硬い材質の上に無抵抗のまま落とされて、無事なワケがない。

 顔を顰めているのが見て分かる。


 ガタガタと格子を揺らす。カチャカチャと音を立てる足元の鎖。ウィルには駆け付けることも出来なかった。


「お前!人を何だと思っているんだ!!」


 声を張り上げる。自分でも出したことのない声量が無機質な一室に反響する。


「……ひ、と?」


 ブッとヤコブは口元を押さえる。そのまま、ヤコブの足がモアの頭を踏み付ける。足先の尖った靴底がモアの顔へと食い込む。力を入れられ、モアの顔が激しく歪む。


「やめろ───ッ!!」


 格子から腕を伸ばす。伸ばして伸ばしても、その手はヤコブには届かない。


「何が人ですが。人間ですが!!コイツらはね……ファリスの奴らは人じゃありませんよ」


 首を後ろに倒す。伽藍堂だった瞳が奇しく光る。何も感じ取れなかった瞳に感情がこもる。


 ウィルは思わず、後ろに退いた。

 足が小刻みに震え、それを堪えるように手のひらに爪を立てる。


 そんなウィルのことなど、気にも留めずにヤコブは、長衣から何やら取り出した。小さな硝子の小瓶を手に取ると無造作に栓を抜いた。


 足で踏んでいたモアから足を退けると、強引に髪を掴み上げた。


「うっ…」


 呻き声をあげるモアの口の中に、容赦なく硝子瓶を突っ込む。モアの口から透明な液体が地と零れ落ちる。

 用は済んだといわんばかりに、モアの髪から手を放す。


 ───バタンッ。

 モアの身体が投げ出された。


 ゴホゴホとむせ返るモアを、横目で見下ろしながらヤコブはどこからハンカチを取り出し、汚れた手を拭うと、そのハンカチをポイとモアの顔へと棄てた。


「何を、飲ませた……?」

「薬ですよ」

「……薬?……なんで、そんなものを……」


 ウィルの思考が止まった。表情が固まる。

 毒を呑ませた犯人がモアに薬を飲ませる理由が全くといって腑に落ちない。


 フッと鼻で嗤う。


「───弱った奴を甚振ったって意味など、ないでしょう?」


 そう言い放つと、ヤコブは隣にあった物体を蹴り上げた。その物体がぶるっと動き出すと、大きな声を張り上げた。


「あぁ"────!!た、助けてくれ!!お願いだ!もぉ、&"*“ΝД”βー」


 耳を塞ぎたくなるような叫びだった。

 最後の方はもう聞き取る事ができなかった。


 必死に助かりたくて、その物体ひとはヤコブの足に縋る。何度も何度も指でヤコブの長衣を掴む。


その指先には爪が無かった。先が無い指も。何度も拷問を受けたのか、顔が変化し、片目の瞳は白く濁り……足は変な風に曲がっている。


「なんて、惨いことを……」


 ウィルはもう見ていられず、視線を逸らした。

 片腕を抑える。震えが全身へと広がった。


「惨い?なぜ?────奴隷を有効活用しているだけ、ですが?」


 ウィルの発言の意味が分からないと、人差し指を顎に当ている。

 足に縋り付く人を見下ろし、そのまま離れると汚れを落とすように長衣を叩く。


「ここから出たら捨てるしかないですね」


 コツコツと出口へと足を進め、ウィルの目の前にヤコブが差しかかった。


「こんな野蛮な事をする理由は何なんですか……」


 ボソッと口を開いた。俯いたウィルの前髪から覗く深紫の瞳が冷たく光る。


「野蛮とは聞き捨てなりませんね。しかし、今回だけは見逃しましょう」


 ヤコブは足を止め、ウィルの檻の前へと足を運ぶ。ウィルはすかさず、ヤコブ目掛けて腕を伸ばす。ウィルはやっとヤコブへと手が届いた。長衣を強く握り締めた。自身の爪で傷付いたせいで、指先に血が滲んでいる。


「こんなこと、許されるはずが無い!」


 掴む手が震えていた。ウィルはヤコブを睨め上げる。


 ヤコブはウィルの瞳を堂々と受けると、諭すかのように囁いた。


「これは……救いなのです。───穢れた異端者を救う唯一の方法なのですよ」


 そっと、震えるウィルの肩に手を差し伸べた。ウィルはヤコブの汚れきった手を振り払った。


「救いじゃない!これは、ただの傲慢な悪意だ!」


 振り払われた手をそのまま握り締める。ただ黙ってウィルを見下ろしていたヤコブの眉が跳ねた。


「後頭部の傷はどうしたんですか?」

「頭の傷?」


 そう言われてウィルは頭を撫でた。べたりとした感触を手のひらに感じ、前に手を出す。


「……血?」


 赤黒い血が手のひらいっぱいに付いていた。

 だが、不思議なことに全く痛くもない。


「ちょっといいですか?!」


 ヤコブが荒い息遣いで手を伸ばす。カチャリとした音が鳴り、ウィルの視界が急降下した。


 ガヂャンという音と共に身体が鉄格子に叩き付けられた。


「あんなにも、出血していたのに……傷口が塞がっている……」


 ヤコブは目を見開き、伽藍堂の瞳が大きくなった。


「────あの方が選んだ理由はこのことだったのか……?」


 スッと掴まれていた力が抜けた。ウィルはヤコブから距離を取った。だが、ヤコブはそれどころではない様子で、急ぐように扉へと足を動かした。

 階段を駆け上がり、強く扉が締められた。


 ヤコブに触れられた肩から甘ったるいニュウガ草の香り微かに感じながら、今後の事を思案する。言質も証拠も揃った。あとはどうするか、だ。


 閉ざされた階段の向こうの扉。目の前の檻。そして、足元の鎖。これをどう攻略ようかと頭を働かせた。


 まだ、さっきの人は大きな声で意味の無い言葉を羅列し叫んでいる。


 だが、微かに他の音が耳に届いた。

 



 ──────それは祈りの声のように思えた。








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