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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第2章 白き聖域

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☽ Act. Ⅷ


 ある場所を目指し、ただ走る。気持ちが急いで、身体が前のめりになる。土を蹴る音、荒い呼吸音が闇に吸い込まれていく。


 かの香りがあの日を呼び起こした。


『ねえ、ウィル。

 ニュウガ草って、薬になるけど────』


 エレーナは自慢げな顔を見せると、───引きちぎった。


『ここはね、毒。………少し鏃に塗れば、うさぎなんてすぐに動けなくなるわ」


 ちぎれたニュウガ草から香る微かな甘酸っぱい香り。

 あの時に嗅いだ匂いと全く同じだった。


 その毒は、


「──────麻痺毒」


 思わず、口から溢れた。



 天が味方したのか、雲間から月が現れた。冷たい月光がこの辺りを照らす。

 月が導くように瞳は捉えた。本当にゼフィールが話していた通り、ある一角だけ、シナイモが生長していた。ふと見ただけでは、他の畑と同じように見える。


「誰が意図的に抜いたとしか、思えない」


 ゴクリと息を呑む。更にウィルはその畑の周りを歩く。一歩一歩慎重に。目を凝らす。何も見落とさないように。

 踏み込む足が止まった。


「足跡?」


 その場にしゃがむ。近付いて注視する。土が足型のように沈んでいる。昼頃にゼフィールが刈り取ったシナイモの場所は反対方向だ。そこにある足跡は、土が完全に乾いている。


 身を切るような風が吹く。煙の匂いがした。


 ───カサッ。

 ウィルの影が大きくなった。


「それ、───今日の足跡じゃないね」


 振り返る。そこに居たのは───


「ノアークさ、ん?」


 現れたノアークを見開いた瞳が捉える。思いもしない登場に、しばし、思考が止まった。


「ん、どした?俺の登場に感極まってる?」


 片眉を上げて、ニヤつくノアークを前にして、平常心を取り戻したウィルは、また足跡へと視線を戻した。


(足跡の大きさにしても、ゼフィールさんの物ではない。……先が尖った靴?)


 チラッとノアークの靴を見る。それに気がついたノアークは、一歩後ろへ下がる。


「えっ?もしかして、俺だと思ってる……?」


 ランプを持つ手を自分の足へと近付けた。


「ウィルくん!ちょっ、よく見て。土汚れなんか、ひとつもないでしょ!」

「あ、そうですね」


 照らされた靴を確認せず、ウィルは受け流した。


「ねぇ?俺の扱い酷くない?」


 ガクンと肩を落としたノアークは、背を向けるウィルに言葉を投げたが、反応は返って来なかった。



「おっ、なんだか賑やかだな?」


 もうひとりの訪問者が現れた。その声にウィルはすかさず反応した。


「ゼフィールさん!」


 ウィルは立ち上がり、そのままゼフィールの方へと身体を向けた。あまりの反応の差にノアークの口は開いたまま、手が浮いた。


「そちらさんは?」


 ゼフィールの瞳が、ノアークへと向けられる。眉根を寄せ、瞳は険しい。手が担いでいる両刀斧へと伸びる。


「お話したノアークさんです。ついさっき、ここで会いました」


 手が止まる。まだ険しい目つきはそのままだが、目的を無くした手は髪へと流れた。


「そうか。お前が。

 ………どこかで、会ったことあるか?」


 ゼフィールはノアークから、目を離さない。腕を組み、答えを待った。異様な空気にウィルの背筋が凍てつく。両者に目を走らす。


「………嫌だなぁ。お兄さんとは俺。初対面ですよ」


 ノアークの髪が揺れた。顔を少し傾け、目を細めニコニコと笑みを浮かべる。一瞬だけ、その瞳が冷たくなったように感じた。

 ゼフィールはノアークの顔を、長らく注視した。怪訝そうなまま、視線を外す。


「すまない。俺の勘違いだったようだ」

「いえいえ、似た人間は世界に数人はいるらしいんで」


 顔色を変えずノアークはゼフィールを見つめている。ランプの火が揺れた。ウィルは見た。ノアークのランプを持つ指が白くなっているのを。


「ふん?どうかした?」


 ノアークはウィルへと顔を向ける。 ゼフィールに向けていたあの笑みのまま。その表情に、ウィルは半歩下がった。笑っているようで、こちらを見る瞳は笑っていない気がした。気取られたくなくて、目が泳ぐ。思わず、手で服を握る。


「な、なんでもないです」


 ノアークから逃げるように顔を背け、足跡が示す先へと踏み出した。ノアークからの視線を感じつつも、ウィルは振り向かなかった。



 残された足跡を追ったが、決着は思ったよりも早かった。


「ここで、足跡が途絶えたか……」


 あの畑から村の手前で足跡が消えていた。ゼフィールは辺りを見回す。これといって何があるわけでもなかった。


「この辺はもう、地面が硬いし、足跡が残るわけないか」


 ノアークが地面を触りながら答える。畑と違い草が高い訳でもない。足跡の追跡はここまでのようだ。


「そうだな。あの畑から村へ向かったとなると、この村の連中の誰かだろう」

「それしかないでしょう。この村の畑だし」

「世話してる奴が、畑の面倒を見てるんだろな」


 ゼフィールとノアークはそう結論付けようとしていた。ウィルは、納得出来ず足を動かし《《何か》》を探す。

 村のコンポストの脇を通り過ぎようとした途端、ウィルの足が止まった。思わず、声を張り上げる。


「ノアークさん!!ランプ貸してください!」


 えっ?とノアークは虚をつかれた。影が激しく揺れ動く。指先が痛む。持っていたランプはカチャカチャと音を立てながら、火の残像が線を引く。


 ウィルは膝を地に付けた。ドクンドクンと心臓が音を立てる。ランプを近付ける。冷たくなった指先で、掴む。鼻に来るあの香り。


「─────やっぱり」


 思った通り。胸が躍る。溜まった息を一気に吹く。口角が無意識に上がった。


 ウィルのおかしな行動にふたりがウィルの元へと集う。


「そんなとこに膝まづいて、どうしたんだウィル?」

「面白いものでもあった?」


 ランプを地に置き、膝についた汚れを片手で払うと、ウィルは掴んでいるモノを見せた。


「それは、ニュウガ草だな」


 ゼフィールはそれだけ答えた。ふたりは、ウィルの話を待った。それが意味する答えを。


「そうです。でも、よく見てください」


 萎びたニュウガ草を手の平に乗せる。まじまじと見たノアークが声を上げる。


「根っこがない!」

「切り口を見るに、手で引きちぎった訳でなく、刃物で切った形跡があるな」


 ふたりの瞳がウィルへと集中する。

 ひと呼吸し、高まる鼓動を落ち着かせた。そして、ゆっくりと語り始めた。


 ウィルの背後には、幾重にも折り重なったニュウガ草に月光が差していた。














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