☽ Act. Ⅴ
カサカサと茂る草を足を使い、掻き分ける。木々の葉はまだ枯れる様子はなく、やっと彩りがつき始めている。ここはまだ冬といっても暖かい地方らしい。シナイモだけでは、心許なくて森に入ったが、これなら、食材もたくさん見つかりそうだ。背負っている大きな籠が無駄になりそうにない。思わず、鼻歌を口ずさみながら先を急いだ。
「コレがあったから、ありそうなんだけどな……」
身を屈める。生えている草を一本一本見極めるが、それが見当たらない。ふぅ、と息を吐く。重くなった籠のせいか、腰が痛い。背負っていた籠を降ろし、腰を反らすと、いくらかマシになった。
改めて籠の中を見ると、沢山のヘネの実を集めることができた。見た目は棘だらけで、武器のような見た目だが、茹でるとポロッと皮が剥ける。その身はホクホクしていて、甘みもある。そのまま食べても、もちろん良いが身を潰して焼くとパンのようになる。保存も効くので今の状況に持ってこいの代物だ。あとは、数種類のキノコと香草も採取できた。
「あとは、トレシャが見つかれば……」
ガクッと項垂れる。そのまま地面に腰を落とした。チラッと横に生えている草の葉を摘む。
「ハライラが生えているから、近くにあると思ったんだけどな」
その葉を一枚ちぎると、口に押し当てる。ピューと高い音が森へと響き渡る。なんだか、幼い頃も今と同じように草笛をした事を思い出す。
ダリアが微笑みながら手を握り、そのすぐ後ろには──。
膝を抱えた。腕を掴む手に力が入る。前髪が風に浮く。後ろで枝が折れる音がした。
「何してるの?」
聞き覚えのある声にウィルは現実に引き戻された。ゆっくりと振り返る。そこにいたのはあの時の少年だった。
「─────ユフェ?」
後ろで腕を組み、首を傾けてこちらを見下ろす。目を細めて、口は三日月のように半円を描いている。
「久しぶりだね、ウィル。会いたかったよ」
風が走った。ふたりの髪が風に流される。
ユフェに見られている。
ドクンと大きく胸が脈打つ。息が吸えない。
「どうしたの?そんな顔して、具合悪い?」
「あっ、どうもしないよ。元気そのもの」
誤魔化すように頭を振る。怯える足を見られたくなくて、すくっと立ち上がる。腰に付いた土を払おうと、手で叩きながら、ウィルはユフェの問いに応えた。
「ある実を探しに来たんだ」
「実?どんなやつ?教えて」
矢継ぎ早に話すユフェに、ウィルはそうだなと、回りを見渡した。落ちていた枝を拾うとその場にしゃがみ込み、地面に絵を描き始めた。
「こんな感じの実だよ。知らない?」
描き終えると、得意げな顔を見せる。しかし、ユフェは眉根を寄せ、頬杖をついている。
「なにそれ?モグラ?」
その言葉にウィルは固まった。動かなくなったウィルから、貸してと、枝を掻っ攫う。
「その実の特徴を言ってみて」
顎を上げ、頬杖をついたまま、ウィルへ視線を向ける。早くと顎を小刻みに動かし、ウィルの口が開くのを待っている。
「あ、うん。楕円形で片方は先が尖ってる。それで細長い萼があって……」
「こんな感じの?」
ユフェが描き終えた絵はまさにそれだった。ウィルは目を丸くし、ユフェと絵を交互に見た。
「えっ?!凄い!!本物みたい!そうこれだよ!まさに、これを探してる!!」
指を何度も差しながら、無意識に声が大きくなる。
「トレシャの実でしょ?」
「まさか、知ってたの」
ユフェの冷静な声に、瞬く間に真顔に戻る。ユフェはその場にゆっくりと立ち上がる。そのまま、一歩後ろに下がるとそっと背を見せる。そして、顔だけこちらに向けた。
「知識量が人とは違うから、かな」
髪に隠され、顔は見えない。風が吹く。風と戯れるかのように手を伸ばすユフェを、何も語りかけず、ただ眺めていた。
「ウィル?」
「ん?、な、何?」
視線に気付いたユフェに名を呼ばれる。反射的に、返事を返すが、その後が続かない。
「トレシャの実、何に使うの?」
ユフェは木の幹に身体を預けると、持っていた枝を手の平にトントンと打ち付ける。
「あ、うん。この近くの村の人たちが全員が、病気なんだ」
ふーんと、俯き興味がなさそうな顔をする。目元は手に向けられたまま、打ち付ける手は止まる気配はない。
「それ、で?」
「その実は衰弱した身体に効果があるから」
───────バチンっ。
ユフェの手が止まる。ゆっくりと顔を上げ、気怠そうに首が傾く。目を細め、片方の口端が吊り上がる。
「ウィルは、そいつらを……
─────助けたい、か」
その後にゴソゴソと何か呟いたようだが、聞き取れなかった。ユフェはひょいと枝を手放すと、あの日と同じ笑みを浮かべる。
「分かった。ボクも一緒に探してあげる」
そう言うと、ユフェはそそくさと歩き出した。ある場所をまるで知っているかのように。ウィルはユフェの作った道を数歩遅れてついて行った。
ユフェの背を追い続け、ふたりが再会した場所から十分弱が過ぎたところで、ユフェの足が止まった。何事かと、横に逸れるとそこには、ウィルが探し求めていたトレシャの実が一面に広がっていた。ウィルの顔が綻んでいく。
「す、凄い!こんなにたくさんあるとは、想像以上だよ」
トレシャの実を目目の前にし気持ちが先走り、身体が前のめりになる。すぐそばまでやってくると、たわわに実ったトレシャの実を手で掬う。顔を近付けなくても、それだけで、微かに上品な甘い香りが鼻をくすぐる。
「ユフェ!見てよー!こんなにたくさん」
興奮冷めやらぬウィルは、無邪気にはしゃいでいる。その様をユフェは黙って眺めていた。
いざ、収穫しようとしていたウィルの手が止まる。その理由を知っているかのように、ユフェがウィルのもとへと足先を向ける。
「茎が堅いから手で捥げない、だったけ?──コレ、使いなよ」
ユフェは着衣からおもむろに短刀を取り出した。ウィルはその短刀を見て、目を見開いた。口が戦慄き、上手く言葉が紡げない。
「君がど、うして、これを?」
身体ごとユフェへと向き直る。そんなウィルの心情に気付いていないのか、ユフェはあっけからんといった顔でこう言ってみせた。
「拾ったんだ。あの日、キミと……
──────初めて会った日に」
首を傾げ、目を細めてニッコリと笑う。
「もしかして、……ウィルの、だった?」
口は弧を描くように笑っているが、開かれた瞳は見てるようで何も捉えていない。
「返して欲しい?」
短刀の刃に指を這わせる。そして、やっとこちらを向いた。また、あの違和感。喉に凍てつく切先を感じる。ゴクリと喉を鳴らす。
「────ユフェにあげる。見つけてくれたお礼」
ユフェの顔がくしゃと歪む。何が面白いのかお腹を抱えて笑い出した。
「何それ?あははっ。まあ、いいや」
笑い涙を指で払うと、ユフェはトレシャの実を短刀を使い、慣れた手付きで摘み取っていく。ウィルが手を出す暇はなかった。
「これくらいあれば、足りるでしょ」
片腕にトレシャの実を抱えながら、摘み取った最後のトレシャの実をウィルに放る。不意をつかれたウィルは、拾い損ねるところを慌てて受け取る。その様をクスッと笑いながら、刃についた透明な液を、服の裾で拭う。
「ユフェ、ありがとう。お陰で助かったよ」
「こちらこそ、楽しかった」
「まだ、この辺りにいるの?なら───」
「いや、いられないんだ」
空を仰ぐ。あんなに晴れていた空がいつの間にやら、雲に覆われている。ユフェは遥か遠くを見つめている。今にも消えてしまいそうなユフェの手を唐突に掴んだ。ユフェは不意をつかれて、口こそ開かないが目を丸くし、身体を硬直させた。
その反応にウィルは自然と言葉を発した。
「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」
伏せ目がちになりながら、ちらちらとユフェの顔色を伺う。それでも、手は離さなかった。
「あ、いや、こんなこと初めてだったから、驚いただけ……」
ユフェは間の抜けた声を出す。まだ胸が騒がしいのか、ユフェの目はまだ丸かった。
「また会えるよね?」
「うん。会えるよ。キミが望むならば」
「望む?」
「そう。望むだよ。─────じゃあ、最後にボクからキミへの贈り物」
掴んでいた指をひとつひとつ離す。そっと腕を下ろすと、ユフェは背を見せて、一歩一歩踏み締める。
ユフェの足が止まり、肩越しにそっと呟いた。
「トレシャの実とシーナ葉を入れてごらん。毒が抜けるよ」
意味深めいたその言葉を吐くと、小さく手を振りユフェは更に森の奥へと消えて行った。
ウィルはユフェの言葉を繰り返した。
「ど、く?」
何かが繋がった。ウィルはトレシャの実を地に落とした。ひとつずつ拾い上げると、ウィルはユフェと反対方向に走り出した。




