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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第2章 白き聖域

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☽︎ Act. Ⅱ


 畑だったであろう場所から、村までたどり着くと、この異質さがさらに際立った。ごくりと息を飲み込む。


 開いたままのドア。割れた窓ガラス。蔦が室内まで入り混んでいる家。長い間、放置されていたと思われる家がちらほら見える。村の主道には雑草が生えていて人の往来などないようだ。どうも、人が暮らす村には見えない。ここは棄てられた村なのかもしれない。そう、決定づけようとした途端、奥の家の窓ガラスに人影がのようなものを見た。幻かと思い、目を細める。確かに、何かが家の中で動いた。ウィルは慌てながら、ゼフィールに指を差しながら物を言う。


「ゼフィールさん!あの家に誰か居ます!!」


 ゼフィールはウィルが指差す先を見やる。言われてみれば、その家はここいらに建っている物とは違い、まだまともだ。ゼフィールはウィルにジェナの手網を渡す。もし、廃村だとしたら、そこに居たという人物は真っ当な人間ではないかもしれない。ゼフィールは両刀斧の柄に手を伸ばす。



 ───────コン、コン。


 乾いた音がこの一帯に響き渡る。叩かれたドアから鬼が出るか蛇が出てくるのか、ふたりは息を呑む。柄を掴む指に無意識にも力が入る。

 だが、いくら待ってもドアはビクとも動かない。おかしい。確かに見たはずだ。窓ガラスに映った人影を。

 痺れを切らしたゼフィールは、ノブに触れた。ドアノブが回った。どうやら鍵はかけてないようだ。神経を張り詰めてドアを引く。開いた途端に、鼻に甘ったるい香りが漂う。嗅ぎなれない匂いに息を止め、鼻を塞ぐ。


 ──────ガタッ。


 ゼフィールは音のする方へと目を向ける。力強く掴んでいた柄をそっと手を離す。そこに居たのは明らかな病人だった。頬がこけ、全体的に土色で血の気がない。食事もまともに取れていないのだろう。身体も痩せてしまっている。


「おい……大丈夫か?」


 咄嗟に声が出た。男はゼフィールの来訪を、受け入れようと、亀のような速度でこちらへと向かってくる。歩くのも辛そうだ。ゼフィールは見ていられず、男を丸椅子に座らせた。


「す、すみま…せん」


 話す声も今にも消えそうだ。男が出てきたと思われる部屋のドアが微かに開いたままだ。そこから見える、横たわった骸のような足。まだ息があるのだろう。僅かに足の指が動いた。


「ゼフィールさん?」


 声と共にウィルが家に入って来た。この状況を瞬時に察したウィルは腕を口に当て、懐から手拭いを手にするとこちらへと寄越した。


「これを鼻と口に当ててください」


 冷静なウィルにゼフィールは圧倒させられた。指示されたように当て、その男へと再度、目を向ける。


「何があったんだ?」


 男にそう尋ねる。男はゼフィールの顔を見上げると、伏し目になり、身体が怠いようで壁に寄り掛かった。


「なんでしょうね……疫病でしょうか……この村、全体が私と同じような感じです……」


 男は首を後ろに向け、掠れる声で続けた。


「そこに横たわっている女房も……数日前から立てなくなりました」


 感情を切り捨てた声だった。淡々と語る男の瞳には光はとうに消えていた。


「こんな状況なのに、領主はどうしたんだ?」

「領主様、ですか?そんな方は初めからいないですよ」


 ゼフィールは愕然とした。開いた口が塞がらない。そうだと、ゼフィールは更に問いかける。


「なら、教会は?」


 フッと男は嗤った。そんなもの最初から当てになどしていないと言いたげに。


「そんな高徳な方々は、下々の私たちなど…見えていません。ですから……」


 その先を男が話すことは無かった。ゼフィールは恥ずかしくなった。自分が所属している教会がこんなにも傲慢な仕打ちを民草に強いているとは思ってもみなかったのだ。月神の下僕たる司祭に有るまじき対応にゼフィールの怒りが収まらなかった。怒りに任せ柱に拳を叩き付ける。その力強さに、塵が舞った。


「そんな事、我がムーンライト 第三使徒である、この俺が、─────許さない」


 ゼフィールの瞳に鋭さが増す。この謝罪が意味を成すとは思わないが、ゼフィールは男たちに頭を下げた。教会の傲慢さを知らない自分が愚者に思え、情けないくなる。爪が皮の厚い掌に食い込んだ。



「食事や身の回りの世話は誰がしているんです?」


 ことの成り行きを黙って、見守っていたウィルが部屋を歩き回りながら、観察し始めた。窓の枠に指を這わせる。埃が指に着くが、そこまででは無い。汚れた服を長らく着ている様子も見られない。ドアのすぐ傍に二つのカゴが置かれ、それぞれに脱ぎ捨てた服と綺麗に畳まれた服が数着置いてある。また、台所には、食事をした食器が無造作に置いてあるが、鍋などの調理器具を使った形跡は見られない。案の定、炉には熱を感じない。


「奇跡的に病に罹っていない人間が、私たちの身の回りの世話をしているんです」


 ウィルはそうですかと応える。ストンと腑に落ちない。何かが引っ掛かる。ウィルは釈然としない気持ち悪さを感じていた。


「邪魔をした。色々と聞いて申し訳無かった」


 ゼフィールはこれ以上は、男たちの身体を重んじてこの家から出ようとウィルに目配せする。ウィルは賛同し、ふたりはこの家をあとにした。


「とにかく、この辺りを統括している教会に行くべきだな」


 家を出てすぐに、ゼフィールは開口一番にそう口火を切った。


「これ程まで、ジゼリアを恋しく思う日が来るとは全くもって思いもしなかったな」


 奥歯をキツく噛み締め、思ってもみなかったことを口走るほどに頭に血が登っていた。今すぐ特攻しかねないゼフィールとは違いウィルは冷静だった。


「それも大事ですが、今は確かめたい事があります」

「何をだ?」


 一旦制止させられたゼフィールは、勢い良くウィルへと向く。鋭い眼光がウィルへと注がれるが、気にも止めず、自論を語り始めた。


「先程の話を聞いて、少し気になったんです」


 ウィルの真意に気づかないゼフィールの顔は、納得がいかない様子だ。


「おかしいと思いませんか?世話をしている人がいると言ったのに、畑はあの有り様。食事を用意するにもあの状態では何も作れません」


 言う通りだった。ウィルは更に拍車を掛ける。


「しかも、何人もの病人がいるという話なのに、その人が見当たりません」


 辺りを見渡す。ウィルの言う通り、そんな人間は見られない。時は既に夕暮れだ。恐ろしいほどに静まり返ったこの村に、ポツンポツンと明かりが灯る。その明かりの数だけの病人が居る。


「とりあえず、教会に行くのは後日にしませんか?今は、少しでもここにいる人たちの力になりたいんです」


 ウィルの瞳は決意に満ちていた。何の病かは分からないが、出来る限りのことをしたいと心の底から、そう思った。

 ゼフィールは指を顎に添え、考え込んでいる。最善は何かと考えているのだろう。本来なら、ウィルをこんな場所に留めるのは好ましくない。感染の恐れがある場所など、脇目も振らずにさっさと移動すべきだ。だが、ゼフィールの良心はそっちに振らなかった。自分の最善は人々を救うことこそだ。


「主も、そのようにしろと仰るはず」


 これは月神のお導きかもしれない。ボソッと小さく呟くと、目の前でゼフィールの言葉を待つ深紫の瞳と目が合った。


「分かった。ここはウィルに従おう。まず、何をすれば良い?」


 ウィルにそう尋ねた。その顔は何か算段があると言っている。ゼフィールはウィルの話に耳を傾けた。



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