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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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❨ Act. Ⅰ

 窓に陽の光が差し込み、眩しさを感じ、目を覚ます。窓の外から小鳥の囀りが、扉の向こうからは朝食を作る音が聞こえてくる。"いつもと変わらない"日常がある。

 ハッとして、ベッドから起き上がり、自分の身体を確かめる。魔物にやられた横腹の傷どころか、ちょっとした擦り傷さえも綺麗に無くなっていた。窓に写る顔は血色を失い青白く見えるが、その他には何も変わった所はないように見える。


「あれは、夢……?」


 そう結論付けようとした瞬間、こっちの有無も聞かずに強引にドアを開けられた。そんな強引な人間はひとりしか知らない。


「……おはよう、エレーナ」


 顔を見ずとも誰だか分かる。いつも決まってこの時間帯に現れるのは、何度言ってもノックを覚えてくれない幼なじみのエレーナだ。


「ウィル、おはよう!今日はね、うさぎ───どうしたの?大丈夫?!」


 エレーナが持っていたうさぎから漂う血の臭いに、吐き気を覚え、嗚咽を漏らす。一瞬にしてあの出来事が蘇る。


「大丈夫なの?顔色がだいぶ悪いじゃない!?」


 心配そうに背を擦ってくれるエレーナに、大丈夫だからと返事をするが、納得いかない顔を見せられる。


「ウィルの大丈夫は、信じられないの」

「──本当に大丈夫だから。ちょっと噎せただけ。それよりも着替えたいから先に行っててくれない?」


 頭を整理する為にも、少しだけひとりになりたかった。エレーナはまだ不満げだが、渋々部屋を出て行った。

 部屋に残る血の臭いを消そうと窓を開ける。冬の冷たい風が長い前髪をさらう。髪の隙間から深紫の瞳が垣間見えた。着替えをしようと、視線を移す。すると、そこにあった筈の短剣がない。辺りを詳しく見てみたが、やはり見つからない。


「……あの短剣は、化け物の目に突き刺した…」


 やはり、あれは夢ではなく現実だったと。ウィルはベッドの端に座り、あの夜を思い返した。




 ─────薄暗い森の中を歩く。昼前だというのに、生き物の鳴き声が一つもしない。ただ聞こえて来るのは自分の足音だけで、いつもと違う森の雰囲気にどこか落ち着かない。この静寂が不気味さを際立たせているのは間違いない。

 朝早くから森に入り、お目当ての品が想定より多く取れたお陰で、いつもより早めに帰路に着けたのが不幸中の幸いだ。胸騒ぎがする時は早く帰るに越したことはない。


 ───ガサッガサッ……

 森閑とした森に草木を掻き分ける音が、やたらと大きく響いた。辺りを見渡すが、背後から少し離れた所の草が揺れたのが見えただけだった。


「ん?……うさぎ、かな?」


 姿は見えないが、この辺りで良くうさぎを見掛ける。だから、そうだろうと見当をつけた。狩りが好きなエレーナだったら直ぐにでもその後を追い掛けて行きそうだ。そんな光景を思い浮かべながら、前を向くといつの間にか黒いマントを羽織った体格の良い男三人に囲まれていた。


「よぉ、坊ちゃん。お前ひとりか?」


 咄嗟にウィルは身構え、警戒する。一人ずつ顔を確認すると三人とも見た事もない顔だった。どうやら、この村(シャテリー村)の者ではなく、他所から来た人のようだった。人の少ない村だ。住んでいる人は把握している。寧ろ、この村の人々はウィルに話し掛ける人はエレーナ以外はいないワケだが。

 なかなか警戒し口を開かないウィルに痺れを切らした男の一人がまた再度話し掛ける。


「なあ、聞こえてんのか……?お前さ──」


 終始黙って成り行きを見守り、ウィルを注視していた男の目の色が変わった。何かに気付いた男は一気にウィルとの距離を詰めた。そして、その何かを確認しようと手を伸ばす。

 ウィルは男の嫌な気配を察知し、手から逃れようと一歩、一歩後退する。そうはさせないと、男は仲間に顎で合図をする。仲間はオウと短く返事をすると、じりじりと詰め寄る。身の危険を感じたウィルは来た道を走り出した。


「おいおい、逃げるなよ。───でも、鬼ごっこは嫌いじゃないぜ?」


 その場から逃げたウィルを嘲嗤う声が聞こえたが、振り向くことなく足を動かした。



 いくらか森の奥へと走って来た。ここは幼い頃からの遊び場なだけあって、庭同然。ウィルの方が優位である。巨木までやって来ると、大人の背より少し高位置にある樹洞の中へ入る。この樹洞は外からはただの大きな穴に見えるが、中には外側から見えない子どもが入れる事のできる空間があるのだ。そこに身を隠す。あとは気配を押し殺し、悪漢が諦めるのを願うばかりだ。

 ここまで全速力で走ったせいか、緊張でなのか鼓動が早い。ちょっとした異変を感じさせないように整えようとするが、気持ちが焦ってなかなか上手くいかない。冬の冷たい空気のせいか吐く息が白い。この地方はまだ雪が降っていない事が幸いした。もし、ここで雪が積もっていたら、足跡ですぐに見つかっていただろう。


 ──ピキッ。枯れ枝を踏んだ音。そして、数人の足音がこちらに近付いてくる。ウィルは両手で口を塞ぎ、カタカタと震える身体を縮こませ、固く目を閉じる。


(……どうか、バレませんように)


 藁にもすがる思いで、ただひたすら時が過ぎさるのを待った。



「あのガキっ、何処に行きやがった!」


 苛立つ男は足下に生える木の根を思い切り踏み付ける。それでも、感情が抑えられないようで鼻息が荒い。


「そんなカッカすんな。子どもの足だ。そんな遠くには行ってない筈だ」


 鼻息の荒い男とは違い、対照的な男は非常に冷静だった。周りを見渡し、何かおかしな所はないかと目を凝らす。


「……あの巨木の穴がどうも怪しいな」


 ビクッとウィルの身体が反応する。だが、まだ見つかった訳でもない。普通に見ただけでは、ウィルが潜んでいることには気が付かないはずだ。見つからないように更に息を潜める。


「あ"ぁ"?どこだって、その穴は」


 鼻息の男が目を細めながら辺りを見渡す。あそこだと指を差しながら教えてやると、男は意気揚々とその巨木に向かう。樹洞の前で足が止まる。ウィルは呼吸を止める。男は穴へと顔入れて覗き込むと、盛大な溜息を吐いた。


「ッチ、何が怪しいだ。何もいねーよ」


 クソっと捨てゼリフを吐きながら、仲間のもとへと戻って行く。


「仕方ねぇ、この先まで行ってみようぜ」


 めんどくせぇと言いながら、男は森の更に奥へと行ってしまった。ああ、と短く返事をし、今一度、樹洞に視線を送ると、この場を後にした。


 人の気配が消え、ひとまず、安堵したウィルはゆっくりと溜まった息を吐き出した。樹洞から辺りを見渡し、何も危険はないと確信できると、慣れた手つきで樹洞から出る。もう、逢魔が時が近いようで、森の中はさらに暗くなってきた。


 ────夜が来る。


 その事実にウィルは焦燥に駆られた。


(夜になる前にどうにかしなきゃ……)


 悪漢の事よりも、ウィルは夜が来ることが怖かった。焦る気持ちで周りが見えなくなったせいで、近付く人影に気が付かなかった。


 背後から枯葉を踏み付ける音がした───









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