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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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❨ Act. ⅩⅣ


 馬が嘶く。ゼフィールが手網を手前に引いたせいか、馬が前足を上げ、ウィルは振り落とされそうになり、必死で馬の首にしがみついて難を逃れた。


「悪いな、ウィル。いつもの癖だ」


 申し訳なさそうに話すゼフィールを、半泣きなウィルが横目で睨みながら文句を述べた。


「ちょっと、僕がいるの忘れないでくださいよ」


 すまんすまんと、気にしていなそうなゼフィールは素早く馬から降りると、ウィルを馬の背に乗せたまま手網を引いた。ここを通り過ぎれば、村の入口だ。馬で走って来たお陰で、村に着いたのは予想より遥かに速かった。


「おい、あれって…ムーンライトの方と悪魔じゃ…」

「嘘でしょ…なんで尊き方があんなヤツ、と」


 その光景を見た村人が、次々に同じようなことを口にし、信じられないという目を向けてくる。ゼフィールのお陰で石は投げては来ない。その様を見ていたゼフィールが満足気に俺が着いてきて良かっただろうと口にする。


「本当にその通りですね。ゼフィールさんがいなかったら、また石を投げられてました」


 昨日を思い出し、傷があった場所を触る。ジゼリアのお陰で治ったが、村人の狂気による暴力の証。


「そんなことまでヤりやがったのか、コイツら。…斧の錆びにしやろうか」


 背中に背負ってる両刀斧に手を伸ばそうとするゼフィールにウィルは笑いながら断った。


「そんなことしちゃダメですよ。ゼフィールさんの手に掛かるという事が贅沢です」


 ゼフィールが固まった。コイツ、今なんて言った?という顔をしている。ウィルは思わず、吹き出しそうになる。


「冗談ですよ?」


 本気にしました?と笑いながら言うと、ゼフィールは人目をはばからず、隻眼の瞳に涙が溜まる程、一頻り笑った。


「お前も冗談を言うんだな」


 瞳に溜まった涙を拭いながら、ゼフィールはウィルの顔を見た。その顔はまさにウィルの本来の笑顔だった。村人たちの歪められた思想が、ウィルをどれだけ畏縮させていたのかを痛感させられた。本来であれば友人たちとこうやって笑い合えてはずだった。なのに、ウィルはそんなことさえも経験出来なかったのだ。だが、ウィルは自分自身の力で乗り越えた。そんなこと、出来る人間はそうはいない。改めて強いヤツだと思い知った。


「あっ、悪魔が帰って来やがった!!」

「なんでムーンライト様と一緒なんだ?!」


 昨日の子ども達が、ウィル達を見つけるやいなや、騒ぎ出す。子ども達は大人達よりたちが悪かった。ゼフィールがいるにも関わらず、石を投げようとして来たのだ。


「ムーンライト様は悪魔に操られているんだ!助けてあげなきゃ」


 子どものひとりが、石を持って振りかぶる。それを見たゼフィールは、止めさせようと身構えたが、すかさず、ウィルが馬から降りた。すると、ウィルは真っ直ぐに、その子どものもとへ向かう。いつもと違うウィルの様子に子どもは、たじろいだ。ウィルは子どもの腕を掴む。真っ直ぐ見据える深紫の瞳に、子どもは動けなくなっていた。


「石なんか投げてはいけない。もし、自分が当たったことを想像してごらん」


 子どもに諭すように伝えた。分かってくれたかは分からないが、子どもは、何も言い返せないようだ。ビクッと身体を震わせると、ウィルの前から逃げるように走り出した。その後を追うように他の子らもこの場所からいなくなった。


「なにしたんだ?」

「なにを、って…ただ注意しただけですよ」

「また一歩って、ことだな」


 ガシガシと強めに頭を撫でられる。そのままゼフィールを見上げる。なぜか嬉しそうな顔を見せているゼフィールにウィルはその意味が分からず、ただ頭一方的撫でられた。




「で、ここに来た理由をまだ聞いてなかったな」


 厩に馬を預け終わり、ふたりはある場所を目指して歩いていた。その間にも、村人の視線はあるが、ウィルは意に介さずに堂々としていた。


「見つけたんです」

「見つけた?何を?」


 ウィルはおもむろに、着衣から何かを取り出した。小さい何かを掌に乗せて、ゼフィールに見せる。


「なんだそれ?なんかの実か」


 ゼフィールはウィルが差し出した実を覗き込むように見る。初めて見る物に興味津々だ。摘んで匂いを嗅ぐ。その匂いはあまりにも独特だった。


「凄い匂いだな。これは食えるのか?」

「食べられます。ですが、好みが分かれますね」


 ちなみに僕は嫌いですと、言い切るウィルを見てゼフィールは摘んでいた実をウィルの掌に返した。食べないのかという顔でゼフィールを見やるが、遠慮すると断られた。


「この辺で取れるベルガという実です」

「そのベルガっていうのがなんだ?」

「今の時期は取れないんですよ」

「で、なんでそれが手掛かりになったんだ?」


 ベルガの実を大事そうにしまうと、ウィルが懐かしむように静かに話した。


「エレーナが好きなんですよ」


 ん?とゼフィールの足が止まる。横を歩くウィルは構わず歩く。


「その子が好きだからって、それが何だっていうんだよ」


 前を歩いていたウィルが立ち止まる。そして、ゆっくり振り返る。


「エレーナは良く持ち歩いていました。この実を見つけたのは、エレーナの家の周辺の道に落ちていたんです」


 ウィルの瞳には既にエレーナを連れ去った人が分かっているかのようだった。


「それだけで、犯人が分かったっていうのか?たまたま、他の奴が落としたっていう可能性もあるだろ?」

「ベルガの実は、森の最奥でしか取れません。食べられるって知っている人は僕とダリア、エレーナぐらいです」


 ウィルの口調が変わった。刺すような冷たさを帯び始める。


「…毒なんですよ。人をあっという間に殺せるくらいの、ね」


 ウィルから別人のような気配が漂った。ゼフィールは思わず、身構えそうになる。だが、それは瞬く間に消え、いつものウィルに戻っていた。


「ちゃんとした手順を踏めば、全く危険はないんです」


 ニコッと軽い感じで笑い掛けるウィルを見て、ゼフィールは胸を撫で下ろした。


「どうしました?ゼフィールさん、冷や汗なんかかいて」


 何事かと気にするウィルだったが、ゼフィールは今気付いたようだった。手の甲で強引に拭うが、ゼフィールはまだ腑に落ちてはいない顔だ。


「その実のことは、とにかく分かったが…それがどうなるんだ」

「まあ、見ていてください。それよりも着きましたよ」


 ウィルがそういうと、目の前に大きな屋敷が現れた。この村に不釣り合いなその邸宅は違和感しかない。誰の家かウィルに尋ねる前に家主が、来訪を今にも待っていたかのように悠然と穏やかな笑みを浮かべながら、ふたりを出迎えた。


「これは、ムーンライト様。よく我が家においで下さいました。ささっ」

「おい、俺だけしか見えてねーのか?」


 明らかにウィルを軽視するハンスに、ゼフィールは睨みを利かせながら凄むが、相手は威圧するゼフィールに気付いていないかのようにウィルへと向き直る。


「すまないね。少し浮かれていたみたいだ。えっと…ウィルだったかな?ここまで、尊き方の案内してくれたのかい?ありがとう、ご苦労さま」


 取って付けたような言葉を羅列し、その場を凌ごうとしているようにも見えたが、ウィルは何も触れなかった。


「いえ、村長さま。じゃあ、僕はここで」


 一礼してウィルはこの場を去ろうとするが、ハンスは呼び止めた。


「ちょっと、待ちなさない」


 使用人を呼び、何か話すとそのまま使用人は屋敷へと戻って行った。まもなく、使用人は急ぎ足で戻って来ると、ハンスに何か手渡した。受け取ったハンスはウィルの腕を取り、掌にそれを乗せてやる。


「ちょっとしたお礼だ。帰ってダリアと一緒に食べるといい」


 甘い匂いがした。白い布に幾つかのお菓子を包んであるようだ。ウィルはそれを大事そうに持ちながら、ハンスに丁寧に頭を下げて礼を述べた。

その際に、ハンスはウィルに触れた手を、布で拭った。拭われたその手を、ウィルはただ眺めていた。

──────あの日と同じ仕草だった。

ゼフィールも見たのだろう。拳が震えているのが確認できた。

 自分のことではないのに、他人のことにも関わらず、ゼフィールはまるで、自分事のように怒ってくれている。そのことが、味方が増えたように思えて、心が温まるように感じた。ダリアやエレーナ以外にもそういった人が出来るなんて、以前のウィルには考えもつかなかった。何だが、胸が高鳴る。それを悟られないように、冷静に努める。


「では、ゼフィールさん。また後で」


 ゼフィールに目配せした。ここは任せると。ゼフィールは了解したと小さく頷いた。


 ゼフィールが屋敷の中へ案内されるのを、外で確認していると、どこからか視線を感じた。辺りにはウィル以外、誰もいない。ウィルは視線を上げた。屋敷の二階の窓に人影が見えたような気がした。ウィルはしばらく、その窓を見続けたが、特に何も変わりは無かった。しかし、なぜか、その場が名残り惜しく思えて動けなくなった。

 首に掛けてあるネックレスが鳴いた。ウィルは自分の目的を思い出した。時間は限られている。ゼフィールがハンスを引き付けている間に確証を得るために。ウィルはその場から立ち去った。

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