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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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❨ Act. ⅩⅠ



 森に残った痕跡を追って行くうちにゼフィールたちはとある家の近くまで来ていた。


「……ここって」

「ああ、そうだ」


 ジゼリアも気がついたようだった。並々ならぬ気配に、神経を張り巡らせる。獲物は間違いなく、この先にいると確信を得た。


「どんだけ喰ったら、こんな臭いになるってんだ」


 風に乗って嫌な臭いが漂ってくる。鼻が曲がりそうだ。この独特な臭いは他の人間には分からないだろう。


「臭いなんか、する?」


 ジゼリアの素っ頓狂な返事に間が抜ける。こんな時にと、入っていた力が抜ける。ジゼルはそんなジゼリアに気にしなくていいと、当たり障りのないことを言っている。


「ったく、本当に仲がよろしい姉弟だな」



 木々の隙間から、目標を確認する。対象はまだゼフィールたちに気が付いてはいないようだ。どうやら、何かに集中しているようだ。気付かれていない今が、チャンスだと柄を持つ手に力を込める。だが、何やら様子がおかしい。ゼフィールが立ち止まる。そんなこと露にも知らないジゼリアが、構わず前に出る。オイッと、声を荒らげ、制するとジゼリアがバランスを崩し尻餅を着きそうになる前に、ジゼルが支えた。


「大丈夫?姉さん」

「ア、アンタ、何すんのよ?!」


 シッと口に指を重ねる。


「あれ!紫の!!」


 前に出そうになるジゼリアを、ジゼルが手を引きそれ以上先に出ないように制止する。


「アンタ、このまま見棄てる気なの?」

「……いや、」

「私は別に殺られても、構わないけどね」

「お前って、本当に…嫌な女だよ」


 ゼフィールは感情を無くした声でボヤく。その一言に暴れ出したジゼリアをジゼルに任せ、ゼフィールは視線を戻す。

 力量の差など、明らかにも関わらず、立ち向かうその姿は無鉄砲に見えるが、誰にでも出来ることでは無い。異形の化け物を前にして、あんな事が出来るのは馬鹿か、強い意志がある者だけだ。あの子どもは、前者か後者か。俺の思い過ごしになるのか。


 ダリアが庇うように出る。守られたまま終わるかと思いきや、ウィルは更に前に立った。


「…アイツは、強くなる」


 そう確信した。こんな時だが、思わず、笑みが溢れる。ただの石ころじゃない。アイツは宝石の原石だと証明してみせた。恐怖を強さに変える。面白いじゃないか。


「殺すのは惜しい、な」


 両刀斧を構える。ジゼルも、ゼフィールの動きに勘づき、ヴァイオリンを構える。いつでもどうぞ、と目で合図が送られる。


「じゃあ、行きますか!」


 勢い良く、駆け出す。後押しをするように、ジゼルの奏でる旋律が、ゼフィールの身体を強化し、攻撃力を底上げする。振り上げられた腕を構わず、両断する。突然の事で、斬られたことさえ気付いていない化け物を横目で一瞥し、ゼフィールの登場に安堵の表情を浮かべるウィルへと視線を移す。ボロボロになりながら、自分を犠牲にしてでも、ダリアを救おうとしたウィルの役目はここまで。ここからはゼフィールたちの出番だ。ゼフィールは両刃斧を片手で軽々と持ち、対峙した。





「お前、ムーンライトだな?」


 斬られた腕から滴る血を気にする様子はない。ウィルとは違い、対峙するゼフィールとの間合いを測っている。


「ビーストのクセに話すんだな」


 ゼフィールの放つ気配が段々と凍てつく。周りの気温も下がったように思えるほどだ。


「お前…何人喰ったんだ?」


 隻眼の目が見開き、ビーストを今にも射殺しそうな迫力だ。そんなことなど気にもしないビーストはギャハハと大きな口をこれでもかと広げ、嗤った。


「サぁ、何人カナ?十か、百は超えタかナ」


 自慢気な声に、ウィルは怒りを覚えた。その中のひとりにナディアが含まれている。人をなんだと思っているのか。今にもビーストに向かって行きそうなウィルをゼフィールが止めた。


「もう黙れ。────イカレ外道が!」


 両刃斧をビーストに振り落とすが、今度は相手も簡単にはやられはしない。フッと、ゼフィールが笑う。


「簡単には殺らせてくれねーか」


 おもしれぇと、大きく横に薙ぎ払う。防御に徹したビーストは土煙を上げながら後退させられる。前にいたゼフィールの姿が無い。ビーストは辺りを確認するが、姿は見えない。


「ここだ!」


 頭上からゼフィールが両刃斧を振り上げ、落ちてくる。ビーストの反応が遅れる。ゼフィールの両刃斧から逃れようとするが、ジゼルの旋律のせいで、思う様に身体が動かない。致命傷は間逃れたが、肩から胸まで刃が入る。そこで、ゼフィールが止まるわけはない。両刃斧を引き抜くと、ビーストに連撃を喰らわせる。右左右左と目にも止まらぬ速さで、両刃斧を奮う。呼応するようにビーストは防御をするが、流石に片腕だけでは意味を成さない。徐々に防御が崩れていく。その隙をゼフィールは見逃すわけは無かった。


「ガラ空きだよ!バケモノが───!」


 ニヤッと嗤うビーストをウィルは目撃した。何かある、そう判断しウィルはビーストの周りを食い入るように見た。少しの異変も見逃さないように。


「あれは!」


 ウィルの視線の先には斬り落とされたビーストの前腕が、ビクビクと動いていた。黒い糸のようなものがある場所へ伸びていく。根元はビーストの斬られた上腕。その糸の行く先は、斬り落とされたビーストの前腕だった。ウィルは考えるよりも先に身体が動いた。走りながら、落ちていたクワを拾う。


(あの黒い糸を繋げちゃダメだ!)


 咄嗟にそう判断したウィルは黒い糸へと走る。この状況をまだゼフィールは気付いていない。今動けるのは、ウィルだけだ。ウィルの動きを察知したビーストが、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「死二損ナィが!!」


 黒い糸がスピードを上げる。ウィルはクワを大きく振り上げる。繋がるか否か。洗練された旋律がウィルの身体に浸透していくような感覚を覚える。


「これは……」


 旋律と共に美しい歌声が耳に届く。なんだか、身体が熱い。


「今よ!やりなさい、少年!!」


 その声に導かれるように思いっ切り、クワを渾身の力で振り落とした。ゼフィールのあの一撃の如く。


「ぎぇやアアアアアア─────!!?」


 声にならない断末魔の叫びが鼓膜に響く。あまりの大きさに、両手で耳を塞ぎながら、声の主へと顔を向ける。その主はビーストだった。


 上腕から出ていた黒い糸は消滅し、斬り落とされた前腕は煙のように消えていく。


「ヨクも…、喰いコロシテやる!!!!」


 前にいるゼフィールを無視し、我を忘れたビーストはウィル目掛けて突進した。裂ける程に口を広げ、涎を撒き散らしながら迫ってくる。ウィルは先程の攻撃の反撃で身体が動かない。迫り来るビーストにウィルは、瞬きもせず、目を逸らさない。


「ウィル、頭を下げろ!」


 ビーストの背後からゼフィールの声が響く。ウィルは言われるがまま、頭を下げた。


「喰らえ!無に帰す両断っ!!!」


 ゼフィールの持つ両刃斧が光を放つと、ビーストの身体を言葉通りに両断した。轟音と共に地面が振動する。ウィルが顔を上げると、ビーストが真っ二つになり、地面に転がり、端々から消えていくところだった。ビーストは笑った。嘲笑ではなく、安堵からくる笑みを浮かべた。口元が微かに動いたが、何を言ったのかは聞き取れなかった。


「…倒した?」


 咄嗟に出た言葉にゼフィールが答えた。


「──ああ」


 短い言葉だが、ウィルには充分だった。わしゃわしゃと頭を撫でられる。身体を支えるのが精一杯なところで、ゼフィールの力強いその手は、今のウィルには辛いものがある。


「ウィルが活路を見出した。そのおかげだな」


 バシッと背中を叩かれる。痛い背中に激痛が加わった。その事に、今さら気付いたゼフィールが悪かったと、頭を下げる。痛みに耐えながら、ウィルは苦笑いを浮かべていると、急ぎ足で駆け寄って来たダリアが、ウィルを抱き締める。


「無理して…、心臓が止まるかと思ったわ」


 ウィルの無事に安心したダリアの瞳には涙が溜まっている。その顔を見たウィルは緊張の糸が切れてその場にへたり込む。


「ジゼリアっ!!」


 ゼフィールは腹の底から声を出すと、嫌そうな声が帰ってくる。この声はさっき、ウィルのもとへ届いてきたものと一緒だった。


「何、ゼフィール?なにか用でもあるの?」


 仏頂面でウィルの前に現れたのは、村で子どもたちとの一件の際に、助けてくれたジゼリアだった。


「あの時の…、───貴女もムーンライトのお方でしたか」


 あの時の非礼とお礼をと、ウィルは頭を下げるが、ジゼリアは終始そっぽを向いたままだった。それを見ていたゼフィールは、溜息をつきながらこの場を丸く納めようとした。


「ふたりとも初対面じゃないみたいだな。こっちのつれないヤツがジゼリアで、その後ろの黙ってる方はジゼルだ。お前らは紹介しなくても大丈夫だろ?」


 ジゼリアは相変わらずで、ジゼルは何も言わず、頷くのみだった。


「ジゼリアが機嫌が悪いのはいつもの事だから、気にするな。おい、ジゼリア!ウィルの傷を見てやってくれ」


 ゼフィールがジゼリアに頼むと、心底嫌そうにウィルの前へとやって来る。値踏みするようにつま先から髪の毛の先まで見やる。仕方がない様子のまま、ジゼリアは両手をウィルにかざし、歌を口ずさむ。あの時のように身体がふわっと熱くなる。


「これは?」


 あれほど痛かった背中や傷が綺麗に消え去った。それどころか、身体の調子が頗る良い。信じられず、あちらこちらと確認する。


「これで良いでしょ?」


 フンッと背中を見せるジゼリアにウィルは律儀に礼を返すのだが、まるで聞こえていない。どうも、ウィルのことが気に入らないと様子だ。その事に胸を痛めるウィルだったが、いつの間にか長身の男 ジゼルが傍に立っていた。


「姉さんのことは、気に掛けなくていい」


 それだけ告げると、ジゼルはゼフィールのもとへ向かう。何やら、ふたりで話し始めた。大丈夫だと話すゼフィールたちを眺めていると、話が済んだゼフィールが、こちらの視線に気付いた。近寄って来たゼフィールは足早に話し始めた。


「俺とジゼルは他のビーストがいないか、この辺りを見回ってくる。もしもの事態に備えて、ジゼリアをここに置いて行くが良いか?」


 ゼフィールの話に、ウィルたちは否と答える理由はないため、すぐに了承した。ジゼリアとは打ち解けようにも、溝が深いのが気にはなるが、仕方がない。森へ入って行く、ふたりの背中を見送ると気まずくなったウィルは、意を決してジゼリアに声掛けた。


「あの、ここではなんですから、お茶でも飲みませんか?」


 ウィルの誘いにジゼリアは振り向きもしなかったが、しばしの沈黙の後、抑揚も無い声で返事をした。


「一杯だけよ」


 相変わらず、顔を見せてはくれなかったが、ひとまず、この気まずい状況を打開した。


 先を歩くダリアを追うように、ウィルとジゼリアは家へと足を向けた。


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