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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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11/36

❨ Act. Ⅹ


 今宵は月が姿を隠していた。窓の外の風景はまさに闇に閉ざされた世界のようだ。


「今夜は冷えるねぇ…。あら、薪がもう無いね。取りに行かなきゃ」


 ウィルが代わりに行こうとするが、いいよ、いいよとダリアが席を立つ。その姿を見送ると、ウィルは手元の作業へと戻る。それから暫し、時間が経ったその時だった。奇妙な叫び声が夜の森に響き渡った。ウィルはその声に聞き覚えあった。絶望、痛み、むせ返る血の香り…身体が震える。薄気味悪く嗤うあの化け物の顔が、頭にチラつく。


「あ、あの化け物だ…───ダ、ダリア?!」


 先程、家の外を出たダリアが危ない。ウィルは家のドアへと手を掛け、勢い良く外へと飛び出した。薪置き場は家から少し離れている。ダリアの姿がまだ確認出来ない。置き場が見えた。だが、そこに居るはずのダリアがいない。辺りを見渡す。嫌な汗が流れ、生きた心地がしない。


「ダリア─!!」


 名前を呼ぶが、返事はない。聞こえるのは森に反響したウィルの声だけだ。他には何も音がしない。嵐が起こる前触れとでもいうように、胸糞が悪い。カチャと納屋の方から音がした。まさか、と思い納屋へと足を向ける。すると、薪とランプを持ったダリアが納屋から出て来たところだった。ダリアの無事の姿に、ひとまず安心した。頬を流れた一筋の汗を拭う。尋常ではない表情のウィルを見たダリアは、驚いた顔をして、ウィルを穴が開く程見つめている。


「どうしたの?ウィル。そんな変な顔をして」


 目をぱちくりさせながら、ダリアがそう話すと、ウィルは持っていた薪とランプを受け取り、早く家に入ろうと促した。


「嫌な予感がするんだ。だから、早く家に入ろう」


 片腕には薪とランプを持ち、もう片方はダリアの手を繋ぎ、家へと急ぎ足で帰った。確かめるようにして、後ろを振り返る。何もいない。特に問題はなさそだ。辺りも、くまなく確認したが、異変は見られない。家の前に辿り着く。大した距離でもないが、神経を巡らせ辺りを警戒するのを怠らない。ウィルはまず先にダリアを家に上がらせた後、また周りを再度確認してからドアを閉めた。

その一瞬、遠くの木々の間に黒い大きな影が動いた。それを見落としたウィルは、のちに後悔することになる。


 家に入ってすぐにウィルは行動に移し始めた。家の明かりを落とし、家の中の様子が分からないようにした。ダリアには、もしものことを考え、部屋にいるように頼んだ。わけのわからないダリアは、何度もウィルに理由を尋ねできたが、返事は曖昧に返しただけだった。


 外を警戒する。窓から外を食い入るように見つめる。灯りを消したせいで、寒さが身に染みる。この身体の小刻みな震えは寒さゆえか、または武者震いか、それとも恐怖から来るものか。ウィルは身体の震えを抑えながら、窓から視線を外さなかった。


 強い風が吹き荒れる。周りの落ち葉を巻き上げ、唸るように聞こえる風は、まるで化け物の嘶きのように聞こえてくる。そういえば、あの夜もこんな風が吹いていた。蘇る記憶の断片が今の状況と一致していた。


「───来た」


 ウィルは察知した。森から招かざる客がこちらに向かい静かに歩いて来るのを。闇に慣れたふたつの瞳がある物を捉えた。片目が潰れたあの魔物を。


 窓越しで魔物と目が合った。あの時と同じように不気味に嗤っている。逃げても無駄であると確信した。あの魔物はウィルを追ってここまで来た。などちらかが死ななければ終わらない鬼ごっこ。ウィルには勝算はない。力量は既に嫌になる程、身に染みている。しかし、尻尾を丸めて逃げる気は毛頭ない。天敵である猫に鼠が窮地に追いやられたら、猫を噛むように、ウィルもただ、ヤられるわけにはいかない。目に物見せてやる。


 ウィルは魔物の前に勇敢に立ちはだかった。相手は一匹だが、強敵。人間なんて敵にもならない。ただの餌。大きな口から見える白く大きな牙。漆黒の闇にも関わらず、はっきりと見えるその牙に背筋が凍る。傷はないが、噛まれた時に感じたあの痛みがウィルを襲う。恐怖がウィルを支配する。足がガクガク震え始める。恐い、逃げ出したい。その恐怖心が相手に伝わったのか、目を細め、口角が上がる。


「やっと、だ」


 魔物が言葉を発した。実際には低い唸り声だが、確実に人語を利いてみせたのだ。ウィルは信じられないと目の前にいる魔物を刮目した。


「血ヲ流したナ。お前ノ匂い、覚エテる」


 額の傷に触れた。村人に石を投げつけられたことを思い出した。あの時の血の匂いで、魔物を引き寄せてしまった。

 ギャハハと大きく口を開け、高笑いする声が森中に響き渡る。それに共鳴するように風が吹き荒ぶ。


「傷ガ疼いて仕方がナイ。ナあ、お礼ヲさセロ」


 潰れた目を爪で掻き毟る。自分の爪のせいで血が流れる。


「……狂って、る」


 魔物がゆっくりと一歩一歩距離を詰めていく。興奮しているのか、荒い息遣いが耳に届く。準備運動だというかのように、指の関節を鳴らす。ウィルは近くにあったクワを手に取り、魔物へ向ける。何も意味を成さないが無いよりはマシに思えた。そんな無駄な抵抗に魔物は思わず嗤う。


「コんナこと、無駄。オレの爪ヤ牙の前なら、小枝ト一緒。今夜は邪魔入ラねぇ。約束シタ」

「邪魔?約束…?」

「アァ、冥土ノ土産に教えてヤル」


 魔物は余裕のせいか、口が流暢だ。あの日の謎が判明するかもしれない。ウィルはこくりと頷いた。


「オレの邪魔シタのは、オレたちの王様。創造主でアり、黒き闇の王」

「闇の王…?が、なんで僕を?傷まで癒し、家まで運んだ?」

「アー?オレも詳シく知らナイ。約束シナきゃ、お前オレの胃袋ノ中!」


 長い舌を器用に使い、舌なめずりをする。


「無駄話、ココまで。惨たラシい死、味わエ」


 その言葉と時同じくして、あんなに荒ぶっていた風が止む。一気に魔物が距離を詰めてくる。持っているクワの柄に力を込める。馬鹿の一つ覚えで、真上から振り下ろす。そんなの攻撃が上手くいくはずもなく、そのまま、魔物が体当たりをして来た。背中から家の壁へと激突させられた。ドンッと鈍い音と共に痛みが全身を襲う。骨が異音を奏でる。


「内蔵、コナゴナにスル。生キたママ」


 たった一撃だ。ただの体当たりだけでも、凄まじい破壊力である。あの日よりも力が増している。痛む背中を庇いながら、片膝で立つ。苦痛で歪む顔を魔物へと向ける。持っていたクワは魔物の傍に転がっている。何か武器になる物を探すが、そんなモノが運良くあるわけがない。


 そんな時だった。こんな間が悪い事があっていいわけが無かった。この騒ぎを知ったダリアが、姿を現したのだ。


 小さい背中が、腰の曲がった老婆がウィルの前へと立ちはだかった。


「────ウィルっ!!!」


 恐ろしい魔物を前に必死にウィルを守ろうとする姿が誰かと重なった。震えているのが、離れていても分かる。また、自分はこっち側なのかと。拳に力が籠る。


「何ダ?お前ノ身内か?」


 突然の第三者の登場に魔物は、声が上擦った。


「お前守ってオレに喰い殺サレル。本当に弱いナァ」


 声にならない嗤い声が耳を劈く。魔物の話が的確過ぎて、何も言い返せず奥歯を噛み締める。今の自分は覚悟が出来ただけで、その先が何もない。実力も倒せる力もない。弱いままだ。ダリアを守ろうとしたのに、結局、こうやって逆に守られている。


「負けるな自分に!前に出ろ!」


 自分に喝を入れ、立ち上がる。ダリアの手を引き、ウィルはその前に立つ。


「……ウィル」

「こんな状況だけど、ダリア、大丈夫だよ。僕が化け物を引き付けるから、ダリアは誰か助けを呼んで来て」

「何が、大丈夫なんもんか!?こんな時こそ、若いもんが行くんだろうが!」


 ダリアは必死にウィルに懇願するように詰め寄るが、ウィルの耳には届かない。ウィルの瞳は魔物へと向けられている。


「ダリア、アイツの目的は僕なんだ。だから、だからこそ、ダリアが行くべきなんだよ」


 安心させるようにウィルはダリアに笑顔を見せる。絶対に死なないからと、最後のような台詞を吐いてウィルは魔物へと走り出す。


「ウィル───ッ!!!」


 ダリアの悲痛な叫び声を耳にしながら、ウィルは無策にも魔物の懐へと飛び込んだ。魔物の長い爪が、高い位置からウィルへと振り落とされる刹那。どこからか、旋律が流れてくる。まるで、漆黒の闇夜を導く美しい調べ。そして、断末魔の叫びが残響する。


「──────待たせちまったな、ウィル」


 ウィルの目の前に、あの純白のマントが翻る。大きい両刃斧を肩に掛けた隻眼の大男が、ウィルの前に立つ。顔も確認せずに、ウィルはその名前を口にした。


「ゼ、ゼフィールさ、ん」

「ああ、よく踏ん張ったな」


 あの時の屈託の無い笑顔を向けられる。ウィルは安堵したのか、身体中の力が抜け、その場にへたりこんだ。


「ウィル。そこで、見物しているといい」


 すると、鈍い音と共に何かが空から落下した。それは魔物の腕だった。


「あとは───ムーンライトである、俺が引き受ける!」


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