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フェイクムーン ー偽りの楽園ー  作者: 幻燈 カガリ
第1章 運命の始まり

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❨ Act. Ⅸ


 静かな森が更に静かさが増した。その不気味さを肌に感じながら、前から歩いてくる二人組を見とめる。長身の男に髪の長い女。そして、純白な聖衣。ジゼルとジゼリアだ。相変わらず、何を考えているか分からないジゼルと、今にも不満が爆発しかねない状態のジゼリアがこちらに気付いたようだ。片手を上げて合図する。


「よく、ここまで来たな。ジゼリア」


 皮肉を込めて言ってやる。肩で息をしながら、今にも食って掛かりそうな目を向けながらジゼリアが、金切り声で反論してくる。


「ア、アンタが、────馬使うからよ!!」


 指で耳の穴を塞ぐが、意味を成さない。あの女の声は、本当に耳障りだ。相手にするのは、ここまでにして、弟のジゼルへと視線を移す。


「会ったのか?」


 ゼフィールの視線に気付いたジゼルが、そう尋ねる。ああ、と短く答えるとまた、あの金切り女が出しゃばってくる。


「会ったなら、なんで、連れてないわけ?」

「都合があるそうだ」

「はあ?どういうこと?」

「ヤツも男ってことだな」

「何それ?!主様に求められるのも、気に入らないってのに、本当に許せないわ!!」


 ヤッてやるわと腕を捲し上げながら、ウィルのもとへ行こうとするジゼリアをジゼルが止める。


「男には、護りたいモノがあるんだよ」

「どういうことよ?」

「女のお前じゃ分からねーだろうな」


 なんなのよ!と火に油を注いでしまった。ゼフィールに食って掛かろうとするジゼリアから逃れるように話題を変える。


「そんなことより、月宮に報告だ。ここらに水辺はあるか」


 この一帯を見渡すが、そのような所は視界に入らない。すると、ジゼルの一点を指差した。


「こっちだ」

「さすが、私の弟ね。どっかのデカブツとは大違いだわ」


 ジゼリアはジゼルに抱き着き、愉悦の笑みを浮かべながら、ゼフィールに嫌味を言うとジゼルが指し示した場所へ向かい歩き出した。


「ったく…可愛げのねぇ女」


 ボソッと溜息を吐くように言うとゼフィールは先を歩く二人を追い掛けた。




 道から外れ、森の中をしばらく歩いたところで、湧水が流れる沢を見付けた。水量は若干心もとないが、水の透明度には問題はなさそうだ。


「ジゼル、あの女から渡されたヤツ貸して」


 ジゼリアがジゼルに向けて手を差し出すと、手の平に硝子の小瓶を乗せた。ジゼリアが小瓶を手に取ると口を開け、傾ける。中身の一滴が雫となり川面に広がる。その瞬間、水面が揺らぎ、さっきまで川底が見えていたところが、一気に違う風景に変わり、ある人物の後ろ姿が浮かび上がった。


「ちょっ、ちょっとアンタ!逆よ逆!」


 水面に映し出された姿を見るや、否やジゼリアが声を荒げた。肩まで伸びたアクアマリン色の髪を揺らしながら、こちらを向く。


「その声は…ジゼリアさんですね―!」


 まるで、クイズの回答のように自信満々に答えた女性はムーンライト 第四使徒 アクレア。


「もう、何年も何やってるんですか―?どこで油売っているんです―?」


 ジゼリアの額に青筋が立つ。それに気付く様子も無いアクレアは素っ頓狂な事ばかり言っている。その様子を傍から見ていた二人は、そっとジゼリアの傍を離れる。


「バカな事ばかり言ってるんじゃないわよ!!仕事に決まってるでしょーが!!」


 …ジゼリア山が噴火したようだ。閑散としたこの地にジゼリアの大きな怒号が響き渡る。遠くの方から驚いた鳥が鳴き声を上げている。


「アクレア…元気そうで、何よりだ」


 ひょこっとジゼルが顔を出す、このままだと何も報告出来ずに長々と罵り合いで終わる雰囲気だと悟ったゼフィールがジゼルに合図し、声を掛けさせた。


「ジゼ、ジゼルさん…!お元気そうで…何よりです!それにしても…今日もか、かっこ――――きゃあああ」


 さっきまでの声音とは違い、声が上擦り顔色が、どんどん紅くなって林檎のようになったと思ったら、奇声を発し、どこかへ飛んで行ってしまった。

ありゃ、とゼフィールは肩をガックリ落とした。どうやら作戦は失敗したようだ。


「なんだ。騒がしいと思ったら、お前達か」


 落ち着いた静かな声音が響く。金髪を綺麗に整え、純白の聖衣を着こなし、端正な顔立ちな男。眼鏡から、覗く冷たいエメラルドの瞳が一瞥する。


「クローゼン…?珍しいわね」


 映し出された人物にジゼリアは少し驚いた。ムーンライト 第一使徒の登場に。


「今日は主のご気分が優れない」

「ご気分が…主様は大丈夫なの…?」


 心底心配するジゼリアだが、それと全く対照的なゼフィールがハハッと一括する。


「主だって、仮病使って休みたくなるさ」


 そう言うゼフィールをゴミを見るような目で睨み付け、ジゼリアはクローゼンに目を向ける。


「気にするな。体調は万全だ」


 クローゼンは腕を組み、眼鏡の両端を上げ、次はお前達の番だというようにジゼリア達を見る。


「深紫の瞳を持つ者はいた」


 ジゼルが淡々と口火を切る。


「で、───いつ戻る?」


 冷然たる態度でクローゼンは次の言葉を待った。眼鏡越しの碧玉の瞳で射殺すように三人を見る。


「まだ時間が掛かるわ…。誰さんのせいで」


 ギロっとゼフィールに殺意がこもった瞳を向けられる。ゼフィールはコホンと軽く咳をする。


「そんなに待たせるつもりはないぜ」

「────そう、か」


 クローゼンは一旦視線を落とし顎へと手を添え、また鋭い目付きになる。


「あの方は待つのがお嫌いだ。迅速に、事を進めろ」


 もう話は無いと、聖衣を翻すと、その場から立ち去った。水面が揺らぎ、先程の澄んだ川に戻っていった。溜め込んでいた空気を一気に吐き出したゼフィールはおっかねぇおっかねぇと言いながら肩を回した。


「本当に面白味の無い男だよ、クローゼンって男は」


 それに比べてあの少年は、まだ十を超えて数年だというのに面白い瞳をしていた。この悪意に満ち満ちたあの村で腐る事も無く、強く光り輝く何かを持っている。


「このまま、潰れるか…。はたまた…」


 フッと笑みが零れる。俺のつまらない人生もまだ棄てたもんじゃないらしい。あの原石はただの石ころのまま終わるか、磨き上げた価値のある宝石になれるのか。


「楽しみが、出来ちまったな」

「どうした?」

「いや、なんでもないさ」


 ジゼルがこちらを気にしていたが、このことを話す気にはなれなかった。まだ、自分の胸の内に秘めておこう。少年がもし、宝石になれるならば、俺が言った日数で解決できるだろう。確率は低いかもしれないが、ゼロではない。俺は、あの少年───ウィルに賭ける。アイツを信じてみたくなったんだ。



 辺りは闇が、そこまで来ていた。厚い雲が空を覆い、月どころか、星さえも見えない。こういう夜はヤツらが動き出す。どこからか、並々ならぬ叫び声が夜を割く。どうやら、勘は錆び付くどころか研ぎ醒されていく一方のようだ。


「俺たちの出番だな」


 担いでいた両刀斧を振り下ろす。


 ───────さあ、狩りの時間だ。






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