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機械少女クロニクル 8

 ハイエクさんは眼鏡のブリッジを指で押し上げて、位置を正してから言った。


「受付の人がアレン君が来たって教えてくれたもんだから、大急ぎで来ちゃったよ」


「ちょうどこれから伺おうと思っていたところですから、助かりました」


「僕に会いに? つまりは……いや、これは訊くまでもないかな」


 久しぶりに目にするハイエクさんの姿は、以前とほとんど変わっていなかった。シャツを着崩したラフな格好と、太い黒フレームの眼鏡が彼の穏やかそうな顔立ちを強調していた。


「せっかく来てもらったところ申し訳ないけど、キーネスさんの研究室は鍵がかかってて開けられないんだ」とハイエクさんは本当にすまなさそうに手を合わせて言った。


 しかしこれはまったく予想していた通りだった。キーネスじいさんは自らの研究器具や資料を勝手に触られることをひどく嫌がっていて、万が一にも扉を施錠しないということはなかった。


 今となってはそれもなにかを示唆しているように思える。当時は研究に心を砕くあまりのことだと思っていたが、あるいは彼は自らの研究の秘密を知られることを嫌がっていたのかもしれない。


「つまり、祖父がいなくなってから一度も扉は開いていないのですね?」と俺は確認した。


「そうだね。扉を壊してしまおうという話もあがっていたんだけど、それは止めておいたよ。いつかキーネスさんが戻ってきたときに僕が怒られちゃうからね」とハイエクさんは笑いながら言った。


 これは好都合だった。第三者にすでに踏み荒らされているものと考えていたが、どうやらそれはないようだ。祖父が持ち去った(かもしれないし、あるいはすべてがそのまま残されているかもしれない)もののほかは全てそのままだろう。


 俺は周りを見渡して、俺たちのほかに人影がないことを確認してからさっそく話を切り出した。この手の人たちのほとんどが長い前置きを嫌う傾向にあることを俺は祖父の影響で知っていた。


「祖父の研究室の鍵らしきものを見つけたんです。もちろん、実際にあてがってみるまではわかりませんが」


 ハイエクさんは大きく目を見開いた。そして同様に辺りを確認してから俺の耳元に口を寄せて、ちらとマキナに視線を向けながら言った。


「……詳しくは僕の研究室で話そうか。そっちの女の子の件も絡んでいるのだろう?」


 俺は頷いた。


 ハイエクさんは大きく息を吐いてから「研究室まで案内しよう。僕についてきて」と言って歩き出した。俺たちはその後ろをついていった。


 彼の背中を追いかけているうちに、俺は無機質な廊下の壁や床や天井のすべてが俺たちを監視しているような感覚に襲われた。


 そして、俺たちがまるで盗みのような不道徳的なことをしている後ろめたさを覚えた。俺は本当に正しいことをしているのだろうか?


 マキナは俺がそのような不安を感じていることを読み取ったかのように俺の横に並んで言った。


「心配することはないわ。私がついているのだから」


 彼女の赤い瞳はまっすぐ前を見つめていた。


*


「どうぞ入って。少しちらかってるけど気にしないで」とハイエクさんは感じ良く笑いながら言った。


 俺がしばらく訪れていないうちにハイエクさんの研究室は移転していた。中に足を踏み入れると、記憶していたよりも広い空間が広がっていた。


 前の研究室は足の踏み場もないほどに本やら資料やらが積んであったはずだったが、それらは壁面の本棚にきちんと収納されていた。


 ハイエクさんは俺たちが入ってからドアを閉めてきちんと鍵をかけた。そして中央のテーブルを囲む椅子を勧めてくれた。


「何か飲み物を出すからちょっと待ってて」と言って彼はキチネットのほうに消えていった。


 残された俺たちはなんとなく顔を見合わせた。マキナが微妙な顔をしているのを見て、彼女にハイエクさんを紹介する途中だったことを思い出した。


「ハイエクさんはキーネスじいさんの研究助手を長い間やっていたんだ。名前はじいさんの方が売れているけど、ハイエクさんの功績もかなり大きいだろうな」


「ふうん……」とマキナは壁の本棚を検分するように見つめながら言った。


 彼女につられて本棚に目を向ける。幅広いジャンルの本が並んでいたが、もっとも数が多いものはやはり工学魔法に関するものだった。『超魔法文明』に類するものは見当たらない。


 ほどなくしてハイエクさんがカップを3つ持ってきて、それぞれの前に置いた。俺とマキナのカップにはコーヒーが入っていて、ハイエクさんのカップには紅茶が入っていた。


 研究室に備え付けられていたキチネットにも俺たちの声が聞こえていたようで、彼は笑いながら俺の話を引き継いだ。


「名を売るために研究しているわけじゃないから、それでいいんだよ。それに名前を知られてしまうと面倒なことも多いからさ。キーネスさんもそれで結構苦労したみたいだし」


「しかし、祖父は積極的に名前を出していませんでしたか? 行政府に提供した街灯のシステムも大々的に告知されていた気がします」


「まあ、もちろん名前が広まるメリットもあるからね。わかりやすいところでいうと、国から研究の補助が下りやすくなったりするのさ」


 正道から外れた研究は補助が下りにくいからね、とハイエクさんは付け加えて、そこで話を区切るようにカップに口をつけた。それから、俺の顔をしっかりと見据えて言った。


「ところで、そっちのお嬢さんは?」


 自己紹介を促されたマキナは髪を手で払った。その動作ひとつも彼女の容姿と相まって詩的な美しさを有していた。


「私はマキナ。アレンの……そうね、パートナーというところかしら?」


 俺はマキナの発言に突っ込まないわけにはいかなかった。いつの間に俺たちはパートナーになったのか?


「おい、パートナーって……」


 しかし動揺する俺を他所に、彼女はあくまで平然としていた


「一緒に一つの問題に取り組んでいるのだから、パートナーと言っても差支えはないでしょう? 何か不都合があるの?」


 言い返す言葉を見つけられずに口を開いたり閉じたりしていると、それを見ていたハイエクさんは声を上げて笑って言った。


「ずいぶんお似合いだと思うよ。あとでフェリスちゃんからはなにか言われるとは思うけど」


 なぜここでフェリスの名前が出てくるのかわからず、それを質問しようと思ったがそれはハイエクさんの言葉に遮られた。


「さて、そろそろ本題に入ろうか? その鍵についてのね」


 彼はそう言って机に肘を着いて手を組み合わせた。先ほどまでの朗らかな雰囲気とは打って変わって、彼は鋭い眼光で俺を見つめていた。


感想、評価、誤字報告など大変励みになります

3/6 20:00 9話 投稿予定です

よろしくお願いします。

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