機械少女クロニクル 7
店主からクレープを二つ受け取って、近くの広場の木陰になっているベンチにマキナと並んで座った。周りを見ると、同じようにベンチに腰掛けて会話に花を咲かせている老若男女たちが目に入る。のどかな昼下がりだ。
マキナに二種類のクレープを見せながらどっちにするかと聞くと、彼女は「半分こに決まってるでしょ」と目を輝かせながら言った。
いったんマキナにイチゴ味のほうを手渡して、示し合わすともなく二人で同時に食べはじめる。チョコ味のクレープはもちもちしたバターの香る生地と甘すぎないクリーム、濃厚なチョコが口の中で混ざり合って、驚くほど美味しい。隣を見ると彼女も目を大きく開いてこちらを見つめていた。
「おいしい......」と彼女は嬉しそうに笑いながら言った。
クレープを交換してイチゴ味のほうを口にすると、みずみずしいイチゴがいいアクセントになっていて、これもまた絶品だった。そのまま俺たちはほとんど言葉を交わすことなくクレープを食べすすめていった。
食べ終えてしまったあとも、俺たちは無言で肩を並べて座ったままだった。思い出したように暖かい春風が吹いて、木々の葉を揺らした。
春先の昼過ぎ、青いペンキで一面塗られたような空の下では、時間さえもゆっくりと流れているような気がした。しかし、ここでずっと座っているわけにはいかない。少なくともいまの俺にはやるべきことがあるのだ。
マキナに声をかけるために顔をあげた瞬間だった。視界の端のほうに見覚えのある顔が見えた。どうやら向こうもこちらを認識しているらしく、ずかずかと大股で歩み寄ってくる。マキナが困ったような顔で俺を見つめてくるが、どうすることもできない。
そうして近付いてきた人物は、ベンチに座る俺の前に立ちはだかるように止まった。
「学院に来ないで何をしてるのかと思ったら、まさか女の子とデートしてるなんてね。アレン」
「……フェリスか。何の用だよ」
フェリスは学院の制服に身を包んでいた。肩のあたりで切り揃えられた金髪が、勝気そうな猫目に良く似合っている。
「別に用はないわ、たまたま見かけたから声をかけただけ。キーネスさんがいなくなってから遊んでるだけだったの?」
棘のある彼女の物言いに俺が眉をひそめていると、横からマキナが遠慮がちに声をかけてきた。
「あの、この方は?」
「……幼馴染のフェリスだ。昔から気が強いタイプだったけど、見ない間にもっと腕を挙げたみたいだ」
「ちょっと、なによその言い方! アレンが学院に来なくなって、あたしがどれだけ心配したと思っているのよ」
確かにフェリスは俺が家に籠りきりでいる間、手紙を送ってくれたり、直接家に来て近況を教えてくれたりなどしていた。それは感謝してもしきれない。しかし当時の俺はそうした差し伸べられた救いの手を取ることを拒んでしまっていた。
俺とフェリスはともに幼少の頃からキーネスの元で魔法を学んでいた仲なのだ。そして二人で『工学魔法』を学ぶために学院に入った。
キーネスが消えたあとも彼女だけは真摯に勉強を続け、一方で俺はそこで足を止めてしまっていた。それに引け目を感じて、俺は差し伸べられた彼女の救いの手を取ることを拒んでしまった。
それは間違いなくフェリスを深く傷付けただろう。
「……それはすまなかった。でも、週明けからは行こうと思っている。いつまでも、立ち止まっていてはだめだと気が付いたから」
心のどこかではこのままずっと家に籠って、俺を取り巻く状況から逃げていてもどうにもならないとわかっていた。だから利用するというと言い方が悪いが、マキナとの出会いは再び俺を社会へとつなげるいい機会だと思っていた。
それに、少しでもマキナを助けるのに役に立つ知識があればいいと思って、俺はひそかに学院に復帰する決意をしていた。今学年は残り一か月もないが、それでも何もしないで家に籠っているよりはましだろう。
「……あたしがあんたにいくら連絡しても返事をよこさなかったくせに、どういう風の吹き回しなのかしら?」
フェリスは訝し気な目でしばらくマキナと俺を交互に見つめていたが、やがてため息をついた。そして俺に顔を向けて言った。
「まああんたが立ち直ってくれたならよかったわ......その理由はともかくだけど。学院で待ってるから、遅刻しないでくることね。月曜日は実践演習もあることだしね」
じゃあね、と足早に去っていくフェリスの背中を俺は眺めていた。それはすぐに賑わう街中に消えていったが、別れ際に俺に向けたどこか儚い笑顔だけが妙に網膜にこびりついていた。
マキナは背もたれに体重を預けたまま黙っている俺に「そろそろ行きましょう?」と言って立ち上がった。俺も頷いて腰を上げた。少なくとも、先に言った言葉は嘘では無い。立ち止まっていても何も始まらない。
俺たちはさらに街の中心へと歩を進めていった。フェリスが去ってからも少しの間はどこかギクシャクした空気が残っていたが、時折吹き抜ける強い南風がそれを散らしていった。
道に並ぶ屋台にときどき足を止めながらしばらく歩いていくと、小高い丘の上に立つ王城が見えてきた。石造りの白い外壁に青緑色の屋根が良く映えている。翼を広げたように左右対称で、五つの尖塔のうち最も高いものを除いて国旗が掲げられて風にはためいていた。
その城が建つ丘のふもとが今回の俺たちの目的地だった。王城とまではいかないが、それなりに瀟洒な造りの建物がいくつか建っているのが見えた。
中央の大学は王城と同じく左右対称になっていて、中庭を取り囲むように環状になっている。その左側に俺とフェリスの通う学院が、右側には大学に付属する研究所がある。
「へえ、綺麗な建物ね」
「そうか? マキナの時代にはもっとおしゃれな建物がいっぱい建ってたんじゃないか?」
「そうでもないわよ。技術が発達していくと装飾性は失われていくものなのよ。みんな同じ形をしていて本当につまらない街だったわ」とマキナは昔を懐かしむように言った。
用があるのはもちろん右側の研究所だ。久しぶりなので入れるかどうか少し不安だったが、入口で馴染みの警備員に学院の生徒証を見せると、「お久しぶりです、アレンさん」とすんなりと通してくれた。彼もまた俺が小さいころからここで働いている人物だった。
エントランスから中に入ると目に入るのは、彼方まで続く廊下とその両側に連なる無数の部屋だ。装飾が施された外観とは違って、内装はとても質素だった。ここで日夜を問わず最先端の魔法が研究されているのだ。
マキナは興味深そうにあたりを見回しながら「早速キーネスの研究室に行くの?」と尋ねた。
「いや、その前に行くところがある。キーネスじいさんの助手をしていた人がまだここに
いるはずだから……」
俺が言い切る前に、廊下の向こう側から走ってくるいかにも研究者然とした壮年の男性の顔が見えた。俺たちの前まで来ると、膝に手をついて呼吸を整えてから「久しぶりだね、アレン君」と言いながら、手を差し出してきた。俺はそれをしっかりと握り返して「ご無沙汰です、ハイエクさん」と言った。
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3/5 20:00 8話 投稿予定です
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