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機械少女クロニクル 6

 頬をつねられる感覚で目を覚ました。既視感を覚えてもしかしてと思いながら目を開けると、そこにはやはりマキナが俺の腹にまたがって座っていた。


「……頬をつねって起こしてくれと頼んだ記憶はないが」


「つねらないでと言われた覚えもないわ。約束通り12時になったから起こしに来ただけよ」


 首だけをひねってベッドサイドテーブルに載っている時計を見ると、針はたしかに12時を指していた。


 言い返すのに適した言葉が見つからなくて、俺は仕方なく無言でベッドから起き上がった。彼女はそんな俺の様子を見て、くすくすと笑いながら部屋を出ていった。


 身だしなみを整えてからマキナを追いかけるようにリビングに出ると、さっきまで殺風景だったはずのそこには多くの荷物が互いに場所を奪い合うようにして置いてあった。思わずマキナのほうを見ると、彼女はばつが悪そうな顔をして視線を外して、


「……女の子にはいろいろあるのよ」とこぼした。


 俺は物を多く所有するタイプの人間ではなく、簡素であればあるほどいいと思っている。だから家にいる時間の大半を過ごすリビングに荷物が溢れているのはあまり好ましくなかった。


 しかしもちろんこの部屋を借りるときに誰かと同居するなどとは考えもしなかったので、あいにくリビングのほかには俺の寝室があるだけだ。彼女のために新しく部屋を用意することはできない。


「しばらくは俺の部屋に置いておこう。クローゼットもほとんど使ってないから空いていると思う。どうせ寝るのにしか使わない部屋だから、いくら荷物があっても問題ない」


「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうわね」とマキナは言った。


 そして彼女はてきぱきと荷物を移動させ始めた。手伝おうとしたが、彼女は「これは私のものだから自分でやる」と頑なだったので、俺は手持ち無沙汰で窓の外を眺めていた。


 通りの向かいには、このアパートと同じような集合住宅が建っているだけで景色がいいわけでもない。けれども平たく見えるほどに青い空と、春を目前にした陽気を備えればそれなりの眺めではあるように思えた。


 目前の通りは左手に進むと学院が位置している文教地区や中心街のほうに続いていて、右手に進めば郊外のほうにつながっている。


 これといって特徴のある地区ではなく便利なわけでもないが、俺はこの部屋のそんなところが気に入っていた。あるいは親近感のようなものを感じていた。特徴もなく、秀でてもいない。


 そのままぼうっと窓のそばに立っていると、いつのまにか荷物を移動し終えたマキナが隣に並んで同じように外を眺めていた。


 風が吹いてカーテンと彼女の黒い髪が揺らして、彼女の赤い瞳が俺の目を捉える。彼女は可愛らしく首を傾げるが、俺はマキナの瞳から目を離すことができない。彼女は固まった俺を見て小さく笑う。差し込む日差しが彼女の笑顔を照らす。


 俺は彼女に対しても親近感のようなものを覚え始めていることに気が付いた。それはこの部屋に対してのものとは異なった種類のものだ。


 磁石の両極が互いに引き合うのと同じように、または水が高いところから低いところに流れるように、時間がただ過ぎさっていくように、ごく自然なこととしての親近感だった。


 そうして窓の外を眺めているうちに、いつも通り家で軽食をとって研究室に行くつもりだったが気が変わった。今日のような天気のいい日に家で食事をとってしまうのはもったいない。


「せっかくの天気だし外でランチを食べよう。ジジイの研究室に行く道中にいい店がある」


 俺がマキナに声をかけると、彼女は頷いた。


「いいわね。じゃあさっそく出かけましょうか」




 寝室で見つけた鍵束を財布に入れて、それをポケットにねじ込んでから家を出た。キーネスの研究室は学院に隣り合う大学の中にあるので、通りを左手に進んでいく。どちらも国が運営に携わっているので利便性の観点からそうなっているのだろう。


 彼が失踪する以前は実験の手伝いなどでよく駆り出されていたし、学院に通うのにも同じ道を使うので馴染みのある景色が続いた。


 休日なこともあり、中心部に近付くにつれて街は活気に満ちていった。それは昨日の夜のものとは違って健全で瑞々しい活気だった。所々に屋台もあって食欲をそそる匂いが漂っている。


 マキナはそのひとつひとつに足を止めて興味深そうに眺めていた。


「そんなに屋台が珍しいか? 昨日も串焼き食べてなかったか」


「あんまり表に出ないようにしていたから、こういう文化には明るくないのよ。どれも美味しそう……」


 彼女が熱心にクレープの並んだ屋台のショウケースを見つめていると、中に立っていたおじさんがニヤッと感じ良く笑いながら俺に声をかけてきた。


「彼女さんがそんなに言うんだったら兄ちゃんも買わないわけにはいかないよな?」


 俺は苦笑いしながら「彼女ではないですよ」と否定した。しかしそれを継ぐ言葉を見つけられなかった。


 マキナとの関係を表すのに適切な言葉はいったいなんなのだろう?


 黙っているわけにもいかず、そのばしのぎで「友達ですかね」と俺は言った。


「おや、違ったかい。でも早めに捕まえといたほうがいいぜ。これは人生の先輩からのアドバイスだ」


 おじさんは豪快に笑ってから続けて、


「おすすめはイチゴ味かチョコレート味だな。イチゴは旬だし、チョコはいつ食べても美味しい。二つ頼んでシェアしたらいい」


「じゃあ、それでお願いします」


 俺はポケットから財布を取り出して二つ分の代金を支払った。隣を見るとマキナは頬を少し赤らめて俯いていた。


「私、そんなに食べたそうにしてた?」


 俺は思わず笑ってしまった。


「俺も久しぶりに食べたかったからちょうどいい。せっかくだからほかにもいろいろ寄っていくか?」


 彼女はうつむいたままこくりと頷いた。その様子がおかしくて俺がさらに笑うと、マキナは不満げに俺の服の裾を引っ張った。


感想、評価、誤字報告など大変励みになります

3/4 20:00 7話 投稿予定です。

よろしくお願いします。

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