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機械少女クロニクル 4


「さっき言ったことと矛盾するようだけど、全部を話すことはできないの。あなたに事情があるように、私にも事情があるの。申し訳ないのだけれどね」


 マキナは両手を祈るときの仕草みたいに組み合わせながら言った。


「それでも、私がこれから話すことの一切が真実であることは保証する。あとは……」


「いや、大丈夫だ。さっきも言ったけど、君が悪意を持っているとは思ってないから。それに引き受けると決まったわけじゃない」


「……わかったわ。ありがとう」


「礼を言われることじゃない。むしろ言うべきは昨日介抱してもらった俺のほうだ」


 俺がそういうと彼女は「それもそうね」と淡く笑った。張りつめていた部屋の空気が少し緩んだことに俺はほっとした。休日の朝から緊迫した雰囲気の中でご飯を食べるのはさすがに勘弁してもらいたい。


「せっかくの食事だし、冷めきる前に食べてしまいましょう?」と彼女は言った。




 マキナは目玉焼きの黄身と白身を丁寧に分けながら、仕切り直すように咳払いをした。


「確認なのだけど、あなたは『工学魔法』についてどこまで知っているの?」


 『工学魔法』とは、正式にそれが存在するわけではなく、魔法のうち特に魔道具に関連するものが慣例としてそう呼ばれているだけだ。


 近年急速に発展している分野で、驚くべきことはその功績の大半がキーネスという一人の大天才に帰せられることだ。


「子供のころから教えられているから、それなりではあると自負している。ただ、ジジイが……キーネスじいさんが秘匿していることも多いだろうな。全貌はわからない」


 彼はたった一人でそれまでの工学魔法の世界を一変させてしまった。数多の革新的な理論を打ち立て、その応用の可能性を世界に示して見せたのだ。


「じゃあ、まずは彼が隠していたことを話しましょうか。おそらく、あなたたちは彼がひとりでに理論を構築したと思っているでしょうけど、それは違う。正確には、彼は理論を再発見したのよ」


 それでも十分すぎる功績だけどね、と付け足して、マキナはより分けた卵の黄身を口に運んだ。


「彼が発表した理論の多くは、はるか昔の……あなたたちの呼び方に従えば、『超魔法文明』時代のものなの」


 彼女はなんでもなさそうに言ったが、俺はあまりの衝撃に意味をうまく飲み込めないでいた。『超魔法文明』といえば、数千年前に栄華を極めた古代文明だ。現在の我々を遥かにしのぐ高度な技術力を持ち、一時は大陸のほぼ全域を支配していたが何らかの理由で崩壊したとされている。


 その文明の詳細を伝えるものは少なく、歴史を知るものは固く口を閉ざしているため、今日でも研究が続けられている。


 そんな古代文明と祖父がつながっている?


 到底、素直に飲み込めるわけがなかったが、しかしマキナが嘘をついているようにも見えないことがさらに俺を混乱させた。あまりに荒唐無稽なのにいやに現実味を感じる。


 俺の動揺を知ってか知らずか、彼女はそのまま話を続けた。


「確かに彼は天才よ。それでも、あれだけのものをひとりで構築できるほどではない。彼はどこかで『超魔法文明』につながる鍵を手に入れたのね」


 俺はマキナの話に割っていらずにはいられなかった。


「ちょっと待ってくれよ。仮にそうだとしても、それがマキナ自身とどう繋がっているんだ?」


 話があまりに膨らみすぎて、俺の理解を超えていた。どうにかして話を飲み込もうとすればするほどより深く沼にはまっていく気がした。


「あなたはせっかちね。じゃあ、一気に話を飛ばすわね。つまり彼の研究の多くは古い時代のもの。そして私は、その古い時代につくられたアーティファクト……いわゆる『機械人形』と言えばわかるかしら」


 彼女はそこで一度言葉を区切って、カップに口をつけ唇を湿らせてから続けた。


「『機械人形』は人族が世界を征服するために生み出した『超魔法文明』の一つの終着点なの。人族だけの楽園を作るのに立ちはだかる全ての困難を解決するために、ことごとくを駆逐するためだけに私は生まれた」


 マキナはそこまで言って口を閉じた。そして、俺の目を静かに見据えていた。


 彼女の赤い宝石のような瞳はどこまでも透き通っていた。一際強い風が窓から吹き込んできて彼女の髪をなびかせて、顔に影を落とした。


 俺はそれが何かしらを暗示しているように思えてならなかったが、瞬きの間に風は止んで、彼女の顔はやわらかい日差しに照らされていた。


「でも私は……私は、そんなの間違ってると思う。間違ってるからこそ、あの文明は崩壊したの」


 彼女は目を閉じて言った。眼のふちにたまっていた涙が、頬を伝ってテーブルに落ちた。


「いまは私が自分で自分を制御できているわ。でも身体のあちこちでエラーが起き始めている。だから、いつまでもつかわからないの」


 俺は何も言えずにただ彼女を見つめることしかできなかった。


「だからお願い。私を助けて……」


 マキナは俺に向かって深く頭を下げた。一瞬この世界に俺とマキナしか存在しないような心地がした。すべてが俺の範疇を飛び越えてどこまでも広がっているようにも、掌の中に収まっているようにも思えた。


 俺の決断だけがこの状況において意味を持つものだった。あるいはその決断すらも俺と彼女を取り囲む周縁に規定されているようだった。


「……いくつか聞きたいことがある」


「私が答えられることならなんでも」


「キーネスじいさんとは知り合いなのか? もしそうなら、どこで知り合った?」


「ええ、知り合いではあるわね。でもそれほど親しくなかったわ。どこで知合ったのかは申し訳ないけど言えないわ」


「わかった。それで、ジジイならマキナを修理することができたのか?」


「それはわからない。彼がどの程度『超魔法文明』のことを知っているかによるから。でも『機械人形』に関する技術がほとんど失われているいま、私を直せる可能性があるならそれはキーネスかあなただけね」


 マキナに質問をすればするほど、かえって事態が複雑であることが分かるのがもどかしかった。俺の知っているキーネスじいさんは温厚篤実で博識で、いつも俺に良くしてくれるまさに好々爺だった。じいさんを思い浮かべれば、出てくるのは柔和な笑みを浮かべている姿だ。


 マキナの話をかみ砕きながら、背もたれに体重を預けて部屋の中を見回してみた。普段と変わらない、通りに面した集合住宅の一室のはずが、どこか昨日までとは違うように思えた。


 俺の周りで何かが変わりつつあるようだった。俺は深くため息をついた。


「正直なところまだ上手く話が飲み込めていない。責任も取れないし、君を絶対に助けるなんて言えない」


 彼女は頷いた。


「ただ、やれることがあるならそれだけやってみる。これでいいか?」


「……ありがとう」


「それは君が直ったときのために取っておいてくれ。まだ礼を言われる筋合いはない」


 俺はすっかり冷めてしまった目玉焼きにフォークを刺して言った。


「せっかくの食事だし、冷めきる前に食べてしまおうか?」


 彼女はほとんど表情を変えずに頷いた。それでも先の表情よりはいくぶんか明るくなっているように見えた。

感想、評価、誤字報告など大変励みになります。

3/2 20:00 5話 投稿予定です。

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