機械少女クロニクル 3
冷蔵庫に残っていた野菜で適当にサラダを作り、目玉焼きを焼いてパンと一緒にテーブルに並べる。マキナが淹れてくれたコーヒーもあるし、珍しく体裁の整った朝ごはんだなとテーブルを眺めながら他人事のように思った。
「あなた、意外と料理できるのね」とマキナは並んだ皿を見て言った。
「心外だ、実家にいる頃は俺が料理担当だったんだぞ」
王都に引っ越してきてからは滅多にしてないけど、と心の中で付け足して、きつね色に焼かれたパンをかじる。
「昨夜の様子からだと想像できないわ」
思わぬ口撃にパンが喉に詰まりそうになった。見かねたマキナがカップを手渡してくれて、一息に中身を飲み干した。
「死ぬところだった、ありがとう」
「器用なんだが不器用なんだかわからないわね、あなた」
微妙な空気が流れだしたので、俺は咳払いをして話題を変えるべく「それで」と切り出した。
「どうして俺の家の場所を知ってるんだ?」
「簡単よ。あなた、最近よく黒猫と遊んでるでしょ?」
たしかに身に覚えがあったので、俺は頷いた。まさに昨日も猫と遊んでいたし、それに最近何かと会うことが多いなと思っていた。しかしそれが家の場所を知っていることとどうつながるのか、俺にはわからなかった。
マキナは俺の怪訝そうな顔を見て、からかうように言った。
「あれ、わたしなの」
なるほど、まったく理解が追いつかないが、謎の納得感はあった。マキナはどことなく猫っぽい雰囲気があるように思えた。あるいは艶やかな黒髪と、くりくりした大きな目がその印象を与えているのかもしれない。
「マキナは猫なのか?」
「そんなわけないじゃない。私が猫に見えるの?」
「いや、見えないけど、猫って言われて納得感はある」
俺がそういうと、マキナはわずかに目を細めた。
「……詳しくは訊かないでおくわ。それに、単純な話よ。私が魔法であの猫に変身していただけ」
俺は顎に手を当てた。確かに理屈の上では可能だが、あれだけの衆目の中で、自身と大きくかけ離れた姿に身を移すことは難易度がかなり高い。そこらの魔術師では不可能だし、俺の通う学院でも片手の指で足りるくらいしかできないだろう。それを何回も繰り返しているときた。彼女はただの女の子ではないようだ。
「……理屈はわかった。それで、なんでまた俺なんかの後をつけていたんだ?」
マキナは小さく息を吐いて居住まいを正した。
「あなたに頼みがあるの」
俺は静かに目を閉じた。手練れの魔術師からの頼み事は、どう考えても厄介ごとの匂いしかしない。それに、もう一つ大事なことがあった。サラダにフォークを突き刺しながら言った。
「祖父なら死んだ。俺は知識的にも技術的にも、あのジジイには遠く及ばない。俺にできることはないよ」
彼女は俺の言葉の意味をかみ砕くようにゆっくりと何度か頷いた。
「……正確には行方不明、でしょう?」
「よく知っているな、でもほとんど変わりはない。ジジイと一緒に『工学魔法』は死んだのさ」
「でも……」
「とにかく、俺にできることはなにもないんだ!」
言い募るマキナに思わず声をあげると、彼女はぴくりと身体を震わした。それを見て俺は我に返った。
「……いきなり大声出して悪かった。俺が何か知ってると思ってるのか、ここのところずっと魔法士の連中が付きまとってくるんだ」
彼女は頷いて、しばらく黙ったまま俯いていた。俺は居た堪れなくなってカップに手を伸ばしたが中身は空になっていて、沈黙だけがそこにあった。あらゆる音が空のカップに吸い込まれているようだった。やがて彼女は静かに口を開いた。
「……話だけでも聞いてくれないかしら?」
彼女は服の裾をきゅっと掴んだ。
「ずいぶん自分勝手なのはわかってる。でも、いま頼れるのはあなただけなの。あなただけにしか……」
頭痛はまだ収まっていなかった。一瞬全てを突っぱねてしまおうとも思ったが、それをする気にはなれなかった。彼女は表情こそ変えなかったものの、その裏側に深い悲しみがあるように見えた。俺は天井を仰いでため息をついた。
「……引き受ける保証はできない。それでもいいか?」
彼女は小さく頷いた。
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3/1 19:00 4話 投稿予定です。
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