……瑞希ちゃんと二人だけの秘密……
「さすがに受験当日に筆記用具一式を忘れる馬鹿は忘れられないよ」
「馬鹿言うな……でも改めて思うとあたしって馬鹿だよね……受験当日に筆記用具全部忘れるなんて……」
どんなに忘れっぽい人でも受験当日に筆記用具一式を忘れる馬鹿を忘れる人なんていないだろう。
筆記用具なしにどうやってテストを受けるつもりだったのだろうか。
舞も『馬鹿』とからかわれるのは本意ではないらしく言い返すが、別に怒っている感じではなかった。
自分でも馬鹿だと認め反省しているし。
「あの時の女の子が金森だから話すが、私も受験で緊張しててね」
「えっ、瑞希ちゃんも緊張することなんてあるの。いつも静かでクールなのに……椿ちゃんの時は別だけど」
「金森は私をなんだと思ってるんだ。私だって緊張ぐらいするさ。って一色は関係ないだろ」
実を言うと瑞希も高校受験の時はかなり緊張していた。
初めての受験。
もし、どこの高校にも受からなかったら浪人というリスクだってある。
これで緊張しない方がおかしい。
いくら顔は平静を保っても、心臓はバクバクとうるさかった。
そんな時現れたのが自分よりも焦っている舞だった。
その表情は瑞希よりも焦っていて絶望に打ちひしがれていた。
そんな舞を不憫に思い、瑞希は予備の筆記用具を貸して上げたのだ。
人間、自分よりも緊張している人を見るとなぜか緊張がほぐれる生き物だ。
「だから今更だけど礼を言わせてくれ。ありがとう金森。私も金森に救われた」
瑞希は誠心誠意込めて舞にお礼を言う。
舞からすればかなり不本意かもしれないが、あの時救われたのは舞だけではない。
瑞希もまた救われたのだ。
あの時、舞が筆記用具を忘れてこなければ瑞希は緊張のあまりいつも通りの力を発揮することができずに落ちていたかもしれない。
「いやいやいや。お礼を言うのはこっちの方だよ。あたしこそ筆記用具を貸してくれてありがとうございます。もし瑞希ちゃんが貸してくれなかったらあたしは試験を受けることもできなかった。こうして白桜高校に通えてるのも瑞希ちゃんのおかげだと思ってます。何度も言うけどありがとね瑞希ちゃん」
舞もまた瑞希に感謝しているらしく、深く頭を下げてお礼を言う。
舞がいたから緊張をほぐすことができ、瑞希は試験に受かった。
瑞希がいたから筆記用具を借りることができ、舞は試験に受かった。
もし、この世に奇跡があるならこれこそ奇跡というのだろう。
「でも恥ずかしいな。あの姿は一生封印するつもりだったのに。瑞希ちゃんに見られちゃった」
「大丈夫だ。別に言いふらすつもりはないから」
舞的には昔の自分を知らない高校で、新しい生活を始めるつもりだったのだろう。
でもそんなことは心配しなくても大丈夫だろう。
そもそも瑞希はそんなこと言いふらすつもりなんてない。
そんなこと言いふらしても瑞希にも舞にもメリットがない。
「ありがとう瑞希ちゃん。そう言ってもらえると嬉しい」
「別に知られたくないことを秘密にするのは人として普通だろ」
「それでもありがとう。えへへ、なんだか二人だけの秘密ができちゃったね」
そもそも知られたくないことをベラベラ他人に話す人間は、人として最低だと瑞希は思っている。
そんな人として当たり前なことを言っているだけなのに褒められるのは、居心地が悪い。
舞はなぜか二人の秘密ができて嬉しいのか、ニコニコと喜んでいる。
「そうなるな」
「瑞希ちゃんは言わないと思うけど約束しよう。二人だけの秘密の約束」
舞はどうしても瑞希と二人だけの秘密の約束をしたいらしく、左手の小指を突き出してくる。
別にそんなことしなくても瑞希は言わないのだが、安心材料が欲しいのだろう。
指切りするだけで安心材料になるなら安いものだ。
指切りするために絡めた舞の小指は柔らかく、だけど少しだけ汗ばんでいた。
「……瑞希ちゃんと二人だけの秘密……」
そんなに瑞希との二人だけの秘密の約束が嬉しいのか、舞はにやけていた。
だが瑞希は喪女の時の舞を撫子に話したのだがそれはその喪女を舞と断定する前ということと他愛もない世間話程度の話だったので瑞希は忘れていた。
その後駅前で舞と別れ、それぞれ瑞希たちは別々の帰路に着く。
小指に残っていたのは舞の小指の感触かそれとも二人の秘密の約束の重みなのか、それとも両方なのか家に帰るまで瑞希は考えたが答えは出なかった。




