すまない。私も勘違いをしていた
「……全然意味が分からない」
弱々しい舞の声が教室の中に吸い込まれていく。
言葉というものは難しい。
相手に自分の思いを伝える時、使われるツールが言葉である。
だけど言葉を使い、相手に百パーセント自分の思いを伝えられるかと言われれば、それはできない。
なぜなら言葉の意味は発する側ではなく受け取る側が決めるものだからである。
例えば相手に『ありがとう』と感謝の気持ちを伝えても、相手が社交辞令で言ったんだなと受け取れば相手に感謝の気持ちは伝わらない。
だからこそ思いを言葉で相手に伝えるのは難しいのだ。
「それじゃー一つ聞くが金森。金森って一色のグループにいる時、無理してるだろ。わざと明るく振舞ったりして」
「えっ……」
瑞希が舞に質問すると図星だったのか、動揺している。
やはり、舞は椿のグループにいる時無理をしていたらしい。
無理して笑い、無理して繕う。
それに気づいた椿は舞のことを慮って、わざと冷たく舞を突き放した。
舞に無理をさせないように。
それは椿もまた舞のことが好きだったからだ。
でなかったら、あんなに優しく突き放すことはしないだろう。わざわざ違うグループを勧めることなんてしない。
椿もまた、不器用で馬鹿で優しい男の娘だった。
「一色も金森が無理してるって気づいたんだろう。それで金森を冷たく突き放した。自分たちのグループに無理して合わしている金森を見てられなかったんだろ」
椿たちの陽キャというキャラに無理やり合わしている舞。
そして無理矢理陽キャというキャラに合わしている舞に合わしている椿。
これでは無理してお互いがお互いに合わせている状態であり誰も幸せにはなれない。
「……なにそれ……あたし、別に無理して椿ちゃんたちと話してたわけじゃないよっ」
瑞希の推論を聞いた舞は涙を流しながら怒っていた。
あれ?
瑞希は自分の推測が間違っていることに気づき、内心首を傾げていた。
「……?」
撫子も言葉は発していないが、瑞希同様自分の推論が間違っていたことに戸惑っている。
「なんで椿ちゃんたちがあたしを無理して合わしていると思ったのか分からないけど、無理なんてしてないよっ。あたしは椿ちゃんと話していて楽しかったし。でもあたし中学の頃までは本当に喪女で暗くて友達もいなくて……だから高校生になったら明るくイメチェンして友達たくさん作るんだって意気込んで。でも今まで友達とかいなかったからどう話せば良いか分からなくて。だから嫌われないように笑ったりして……。多分それがいけなかったのか?別に無理して椿ちゃんと付き合ってたんじゃなくて、どうコミュニケーションを取っていけば良いか分からなかっただけなのに……」
今の舞しか知らない瑞希は、中学校時代に喪女の舞を知らない……はずである。
つまり舞は椿と無理して合わしていたわけではなく、ただ今まで人とコミュニケーションをしてこなかったから、不器用なだけだったらしい。
なるほど、これは瑞希も分からなかった。
言葉というものは発する側ではなく、受け取る側によって意味を変える。
椿の発した言葉が舞の中で意味が変わったように、舞の言葉もまた椿の中で意味を変えていたのだ。
やっぱり人間という生き物は難しい生き物である。
言葉というツールを得てもなお、自分の思いを百パーセント伝えることができないのだから。
「すまない。私も勘違いをしていた。てっきり金森は無理して一色たちに合わせているものとばかり思っていた」
「ごめんなさい。私も柊さんと同じ意見よ。私も勘違いしていたわ」
「えぇー。みんな勘違いしてたのー。うっそー。だから椿ちゃんはあたしのために悪役になろうとしたんだね。全く大きなお世話だよ。ガツンと言ってやらなきゃ。友達ってどういうものか分からないけど、こういう時言い合えるのが友達でしょ。ありがとう瑞希ちゃん、撫子ちゃん、教えてくれて。早速椿ちゃんたちと本当の意味で和解してくるから~」
瑞希と撫子は自分たちが勘違いしていたことを恥じていた。
舞はやっと喉につっかえていた魚の骨が取れたかのように爽やかな表情を浮かべ、椿たちの元へと向かった。
教室に残される瑞希と撫子。
どうやら勘違いしていたのはお互い様だったらしい。
「やっぱり人間関係って難しいわね」
「そうだな。あんなに本音をぶつけても完璧に相手に自分の気持ちを伝えられないなんて」
「……だからみんな嘘ついて偽って、傷つかないようにするのよね」
「?なんか言ったか白鳥?」
「いえ、なんでもないわ。それよりも私たちも帰りましょう。金森さんが行ってしまった今、私たちが教室にいる理由なんてないもの」
さっき小声で撫子はなにか言ったような気もするが、小さすぎて瑞希は聞き取ることができなかった。
聞き取れなかったから聞き返すと撫子にはぐらかされてしまった。
これも瑞希の推測でしかないが、誰にも聞かれたくない本音が漏れてしまったのだろう。
その真意は撫子しか知るよしもなく、それを聞き出すことは瑞希にはできなかった。
「そうだな。帰るか」
相手が言いたくないことを聞き出そうとしても相手は絶対に答えてはくれない。
別に瑞希もそこまで知りたいわけではなかったので、追求を止めた。
瑞希は椅子から立ち上がり教室の外に出る。
撫子と一緒に帰る理由もないが、一緒に帰らない理由もない。
その後、瑞希は他愛もない会話をしながら、家に帰った。
放課後、男女二人で歩く二人は大人たちがイメージしているステレオタイプの青春を過ごしていることに気づいていなかった。




