一色椿
平和な日常を謳歌していた瑞希だが、そんな平和な日常はすぐに終わりを迎えた。
いつものように一人で昼食を食べ、適当に廊下を歩いていたら誰かに声をかけられた。
ちなみに、舞はクラス最上位のリア充グループと昼食を食べているし、撫子は昼休みになるとどこかにいなくなる。
きっと一人で静かに過ごしたいのだろう。
その気持ちは分かる。
だが瑞希はどこに行けば一人になれるか分からなかったため、ただいま模索中である。
閑話休題。
そろそろ現実に戻ろう。
「ちょっと柊。話があるんだけどちょっと良い」
「げぇ」
「げぇってなによ。クラスメイトに向かってよくそんな嫌そうな顔ができたわね」
相手に意見を聞いているように見えるが、威圧的な声音のせいでその質問はただの強制である。
瑞希はクラスで一番話しかけてほしくない人に話しかけられて思わず、嫌な顔をする。
さすがの瑞希もここでポーカーフェイスはできなかった。
まさか瑞希に嫌そうな顔をされるとは思っていなかったのか、瑞希に声をかけた相手は一人で憤慨している。
表情が忙しい男の娘だ。
「それでなんの用なんだ。私は一色に用はないんだが」
「へぇ~あたしの名前覚えてるんだ」
「一応クラスメイトだからな」
嫌な表情を浮かべ、相手にこれ以上あなたとは話したくないアピールをしたのだが、相手には全然伝わっていないようだった。
むしろ、相手は瑞希が自分の名前を覚えていて、感心していた。
瑞希に話しかけてきた相手はリア充グループの一人でクラスメイトの一色椿、男の娘である。
身長は百五十半ばと少し小さい。
髪はナチュラルの金髪で、ハーフらしい。
舞の金髪よりもさらに美しい金髪である。まさに天然ものである。
長さは腰近くまであり、野球部に所属しているのによく邪魔にならないものである。
瞳は蒼色で、ロシア系の血が混じっている。
性格は傲慢、高飛車で、瑞希とは真逆の性格である。
だからこそ、こんな面倒な男の娘に話しかけれて瑞希は憂鬱だったのだ。
「それで私になんの用なんだ。私たちは廊下ですれ違ったら声をかけ合うような仲じゃないだろ」
「自己紹介の時にも思ったけど、あんた結構ズバズバ言うタイプよね」
「用がないなら失礼する。私は君に用はないからな」
「ホントムカつく言い方よね。まっあたしもあんたと長い時間話したいとは思わないから単刀直入に言うわ。あまりあたしたちの舞と一緒にいないでくれるかな」
「……はっ」
椿からの予想外な注文に、瑞希は素で意味不明だった。
瑞希だってそりゃ、そんな間抜け顔になる。
別に舞と好きで一緒にいるわけでもないし、もちろん嫌いなわけでもないのだが、そんなことを外野がとやかく言うのはお門違いである。
そもそも舞が瑞希たちと一緒にいたいのは舞が瑞希と一緒にいたいからであって、それを邪魔する権利は瑞希にも椿にもない。
「私と金森が一緒にいるのは金森の方から私たちに混ざってくるのであって、それを一色が口を出すのはおかしいんじゃないのか」
「舞はあたしたちのグループなの。わきまえなさい」
「なにそれ。わきまえるってどういう意味だ。わきまえるなら初対面から威圧的な一色がわきまえるべきだろ」
「あたしは上位グループの人間なの。下位グループであるあんたにどんな態度を取ろうとあたしの勝手でしょ」
やはりというか椿は自分たちがリア充グループ、つまりカースト上位ということを自覚した上で学校生活を謳歌しているらしい。
一年二組は椿たちのクラスと言っても過言ではないだろう。
物事の中心には、必ず椿たちがいる。
そして椿はそのスクールカーストを他人にも押し付けて従えようとしている。
瑞希的に言って椿はクズである。
「私と一色はクラスメイトだ。そこに上も下もない」
瑞希は椿と違ってクラスカーストなんてどうでも良いと考えている人種である。
クラスには基本、同い年の子しかいない。
そこに『上』も『下』もない。
「はぁ?なに言ってんの。ボッチの陰キャのくせに。寝言は寝て言え」
クラスカースト絶対主義者の椿からすれば、瑞希のその言葉はかなり気に食わない様子だった。
あれは完全にキレている表情である。
「もう一度だけ言う。金森がどの人と話そうがそれは金森の自由だ。一色が口出すことじゃない」
「誰に指図してるの。ボッチの陰キャのくせに。クラスカースト下位のくせに」
「うっさいなー。お前はクラスカーストだけでしか人が見れねーのか」
「ホントにムカつく。どうして舞はこんな奴と仲良くしてるのかしら。理解できないわね」
「奇遇だな。私も金森がこんな頭がいかれてる奴と仲良くしてるのか分からん」
「ホントにムカつくわねあんた。こんなにあたしをムカつかせたのはあんたが初めてよ」
「同感だ。ここまでムカつく奴はお前が初めてだ」
売り言葉に買い言葉。
二人の言葉は次第にヒートアップしていき、一触即発の雰囲気が辺りを支配する。
空気も心なしかピリッてしており、紫電でも迸りそうだった。
しかし、ここでタイミングよく予鈴のチャイムが鳴った。
「「……」」
今までヒートアップしていた空気が嘘みたいに霧散する。
二人ともチャイムによって冷静さを取り戻したからだ。
「まぁ良いわ。あまり舞に近づかないでちょうだいね。不愉快だから」
捨て台詞を吐き捨て椿は自分の教室に戻っていた。
当たり前だが椿とはクラスメイトだ。つまり戻る教室は同じである。
瑞希は椿とは一緒に教室に帰りたくなかった。
だから少し時間を空けて椿とは絶対にすれ違わないように教室に戻った。
「あぁ~、マジでムカつくあの男の娘」
瑞希は頭を掻きむしりながら、そのイライラをどこにも発散することができなかった。
瑞希にとっては最悪な昼休みだった。




