孤児院の役割分担
優菜は、野菜を前にして目を輝かせていた。彼女の脳内では、これらの歪んだ、規格外の食材が、たちまち『黄金の材料』へと変換される計算が始まっていた。
「ティナさん、今日の売上、本当にすごかったね!大成功だよ、大成功! さあ、まずはみんなでお祝いご飯にしよう!」
ティナも笑顔で頷いた。成功の興奮は、孤児院の子供たちにも伝染していた。彼らは木箱の中の銀貨の重さを知り、この一日の意味を理解していたのだ。
その日の夕食は、普段の薄いスープとは比べ物にならないほど豪華だった。優菜は、ティナが仕入れてきた大量の傷物野菜と、孤児院に残されていたわずかな調味料を駆使し、豪勢な食事を作り上げた。
優菜は【高速家事】を駆使し、傷んだ部分を取り除いた野菜をたっぷり入れた濃厚な野菜スープ、昨日とは違う味付けにしたきんぴら、そして残りの野菜を豪快に炒めた野菜炒めを、テーブルいっぱいに並べた。子供たちがお腹いっぱいになるまで食べられる量だった。
「おいしい……!こんなにたくさんの野菜、初めて食べた!」
「この炒め物、お肉が入ってるみたいに味が濃いよ!」
子供たちの瞳は輝き、ティナは涙ぐんでいた。ここ数週間、誰も満腹になることなどなかった。
「優菜さん、本当にありがとう」
ティナは心から感謝を述べた。
「銀貨の力って、こんなにも……」
優菜は静かに微笑み、スープをすすった。
「これは、銀貨の力だけではありません。ティナさんが不安を押し殺して、市場で『美味しい』を届けたからです。絶対に一回きりで終わらせちゃだめだよ」
満腹になった子供たちが寝静まる頃、優菜は再びテーブルに向かい、ティナと二人で、新しい戦略を練り始めた。
「ティナさん、今日の売上は本当にすごかったよ!このお金があれば、傷んだ野菜だけじゃなくて、少しだけ栄養のあるものも買って、みんなのメニューを改善できる。これで、みんなをもっと元気にできるよ!...でも、同じことを繰り返すだけでは、すぐに限界が来ます。昨日と今日で、この孤児院の『労働力』が最大の問題だと分かりました」
彼女は、子供たちが寝ている部屋の方向に視線を向けた。
「ティナさんと私だけでは、作れる惣菜は二十個が限界です。もっと売上を伸ばすには、生産数を増やす必要があるけど、この子たちに調理の手伝いはできません」
ティナはうなだれた。
「そうね。私も調理以外は手伝えないし、そもそもこの子たちは……」
「ええ。だから、この子たちには『調理』以外の作業をお願いするんです。簡単なホウシの葉や、傷物野菜の準備です」
優菜は、壁に飾ってあった古い木の板を下ろし、チョークで大きな図を書き始めた。それは、孤児院を支える「お仕事の仕組み」だった。
「まず、明日からのお仕事には、みんなにも役割分担をしてもらいます。これは、遊びではありません。この孤児院を救うための『大切なお仕事』です」
優菜が木の板に書いた内容は、彼女が持つ【高速家事】スキルを最大限に活かしつつ、子供たちの体力や能力でも可能な、単純作業に絞られていた。
「ティナさん、明日の仕入れですが、追加で砂糖と小麦をお願いします。それと、パンを焼くために搾りたての牛乳と塩、それに大麦と安価な肉もお願いします。この牛乳からバターを作って、やわらかいパンを焼きたいんです。この子たちへの仕事の説明は、あなたが出ている間に私が済ませておきますね」
夜が明け、優菜は朝食の準備を終えると、すぐさま【高速家事】を発動した。彼女が用意したのは、昨日大人気だったきんぴら10個と、完売した漬物のさらなる商品価値と日持ちを追求し、酸味を効かせた漬け物10個だ。
ティナはそれらをホウシの葉で包み、優菜から銀貨数枚を受け取ると、いつもの通り市場へと急いだ。
子供たちが残りのスープで朝食を食べ終えるのを見届けた優菜は、夜に描いた木の板の図をテーブルに置いた。子供たちは興味津々で集まってくる。
優菜は、図を指さしながら話し始めた。
「まず、ルーク。あなたは明日からティナさんと一緒に行動してもらいます。重い荷物を運ぶ手伝いと、ティナさんの護衛があなたのお仕事。『行商補助』として、ティナさんのサポート役となり、市場の新しい情報を集めてきてください」
ルーク(12歳)は、大人と同じ重要な仕事をもらえたことに、誇らしげな表情を浮かべた。
「次に、エマとコリン、あなたたちは『下ごしらえ組』。川でこの傷物野菜を綺麗に洗って、土や不要な部分を取り除くのが仕事です。エマは力があるから大きな根菜を、コリンはエマの補助として、きれいになった葉っぱを受け取って並べる係をお願いします」
エマ(11歳)とコリン(6歳)は、自分たちが役に立てることに目を輝かせる。
「そして、ロディ。君には『葉っぱ調達部隊』をお願いします。昨日ティナさんが使った、丈夫なホウシの葉を、毎日、100枚摘んでくるのがお仕事です。これなら一時間もかからないはずよ。ホウシの葉は、市場から離れた裏山でしか手に入らない、私たちの『貴重な容器』です」
ロディ(9歳)も、重要な役目をもらえたことに頷いた。
「私は変わらず『生産・管理・研究部隊』です。すべての調理と品質管理、そして新しい惣菜の開発を担います」
優菜は最後に微笑みかけた。
「そして、ティナさんのお仕事も最も重要です。彼女は『販売・渉外部隊』として、明日からもあなたたちが用意したすべての惣菜と、私が開発する新商品を市場で販売し、同時に仕入れ先の開拓も担当します」
優菜は、子供たちに役割を与えた後、木の板の数字を書き換えた。
「みんなのお仕事を手伝ってくれると、私たちは生産量を増やすことができます。明日の目標生産数は、きんぴらを10個から20個に、ピクルスを10個から20個に増やします」
優菜は手のひらを広げて見せた。
「私はみんなより少しだけ素早く家事ができるけれど、いくら私が頑張っても、作る数が2倍になると、一人で洗って、切って、料理して、包んで……っていう作業をすべてこなすのは無理なの。だから、みんなが下ごしらえや容器の準備を手伝ってくれると、私は料理だけに集中できるんだ。みんなの助けが、この孤児院を元気にする一番の力になるのよ」
優菜の目は、真っ直ぐに子供たちを見据えていた。それは、孤児院の未来のため、自分の持つすべてを賭けている者の瞳だった。
「明日から、みんなで新しいお仕事を始めるよ。目標は、生産量を2倍にすること。これがうまくいけば、私たちはお腹いっぱいご飯を食べられるだけでなく、この孤児院をもっと良い場所に、みんなが安心して暮らせる場所にできるのよ」