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銀貨3枚達成!?

翌朝、夜明け前の薄暗い台所は、まるで小さな工場のように稼働していた。優菜は【高速家事】を駆使し、昨晩仕込んだ惣菜を、一つ一つ丁寧に小分けにしていた。


ティナが摘んできた大きな「ホウシの葉」が、優菜の手によって皿のように折りたたまれ、そこに熱を帯びた『きんぴら』と、鮮やかな色合いの『ピクルス』が盛り付けられていく。


「ティナさん、今日の分はこれで全てです。きんぴらが十個、ピクルスが十個。それに試食用にそれぞれ1つ用意しておきました。1つ銅貨3枚で売って、完売すれば銅貨六十枚、つまり銀貨六枚分の売上目標です。」


優菜の顔には疲労の色は全く見えない。むしろ、前世で大家族の家計を守っていた時の、一円たりとも無駄にしない、静かな闘志があった。


ティナは緊張で硬い表情をしていた。「銀貨六枚……もしこれが全部売れたら、この孤児院は本当にあと一週間は食いつなげるのね」


「その通りです。でも、もともと目標は銀貨三枚ですよ。半分売れたら大成功です!だから、無理に売ろうと焦らなくても大丈夫。ティナさんは、ただ『美味しい』を届けることに集中してください」


優菜は、惣菜を慎重に木箱に詰めた。木箱の上には、目立つように「試食どうぞ」と書いた手書きの札を立てた。


「それからティナさん、一つお願いがあります。行商を終えて、帰る道すがら、昨日の八百屋に立ち寄ってくれませんか?」


優菜は、孤児院に残してある予備の銀貨を思い出した。


「『昨日、私の妹が傷物野菜を買いに来ました。今日も傷物野菜があれば、売ってもらえませんか』と伝えて、予備の銀貨を崩し、銀貨一枚で、もしあれば昨日のような傷物野菜をすべて買ってくるようお願いします。これで、明日以降の仕入れを確保します」



ティナは木箱を抱え、不安を押し殺して市場に向かった。普段の賑わいが始まる前の、静かでまだ商人が少ない時間帯だった。


優菜の教え通り、彼女は町の中心にある水汲み場の近く、主婦たちが集まりやすい場所に腰を下ろした。


(優菜さんの言った通り、決して『孤児院のため』なんて言ってはいけない。私は、この町で一番美味しい惣菜屋なんだから……)


ティナは深呼吸し、勇気を振り絞って小さな声をあげた。


「あの、すみません……日持ちする美味しい惣菜はいかがですか?」


しかし、誰も立ち止まらない。銅貨三枚という値段は、庶民にとって決して安い買い物ではなかった。通り過ぎる主婦たちは、木箱をちらりと見て、すぐに視線を外してしまう。


ティナはすぐに意気消沈しそうになった。


「やっぱり……ダメかしら。こんな、ただの葉っぱに包んだもので……」


その時、一人の年配の女性が、大きな籠を抱えてティナの前で立ち止まった。


「あんた、こんな朝早くから。その葉っぱに包んであるのが、売り物かい?」


ティナの心臓が跳ね上がった。これが最初のお客さんかもしれない。優菜の言葉が脳裏に蘇る。


『試食を勧めて、美味しさを先に知ってもらいましょう』


ティナは震える手を抑え、意を決してホウシの葉を開き、きんぴらごぼう風の惣菜を竹串に刺して差し出した。


「よろしければ、少しだけ、召し上がってみてください。この町の誰も知らない、新しい味です。味は保証します」


女性は半信半疑で、一口、口に入れた。


一瞬の静寂の後、女性の目が大きく見開かれた。


「これは……!あんた、本当にこれを自分で作ったのかい?塩辛いだけかと思ったら、甘くて、噛むたびにいい出汁の味がするね!こんな味、この町のどこで食べたこともないよ!」


女性はすぐに銅貨を三枚差し出した。


「これ一つもらおう。旦那の弁当に入れてやろうね。それにしても、これは何の葉っぱだい?」


「ありがとうございます!これは『ホウシの葉』で、無害で丈夫なんです」


ティナは感激し、顔を紅潮させた。


最初の客の反応は、あっという間に周囲に広まった。


「あの惣菜屋、いつもと味が違うらしいよ」


「ホウシの葉に包んだ新しいものだね。銅貨三枚だってさ、試してみようか」


主婦たちは次々と集まり、「きんぴら」を試食し始めた。彼らが知るこの町の食べ物は、「塩辛い」か「酸っぱい」かのどちらかで、優菜が再現した複雑な『旨味』と『甘味』の組み合わせは、まさに衝撃だった。


特に、根菜と酸味果実を使った「ピクルス」は、食欲がない早朝でもさっぱりと食べられると評判になり、たちまち人気商品となった。


「あら、この酸っぱいのも美味しいわね!この赤い果実、どこで手に入れたんだい?」


「この味付けは、ちょっとしたお祝いの席でも出せそうだわ!」


ティナは優菜の教えに従い、原材料のことは曖昧にしつつ、味の素晴らしさだけを力説した。彼女の顔には、もう不安の色はなかった。孤児院の責任者としてではなく、自信に満ちた一人の商売人としての熱意が漲っていた。


午前中が過ぎる頃には、木箱の中はほとんど空になっていた。


「ありがとうございます!本日は、これで売り切れです!また明日、新しい惣菜を準備してお待ちしております!」



ティナは、木箱を抱えたまま、優菜の指示通り市場の端にある農家の男のもとへ急いだ。


「昨日、ここで妹が傷物野菜を買いました。今日も処分する傷物野菜があれば、銀貨一枚で買い取りたいのですが」


男は、ティナが差し出した銀貨一枚を指先でなぞり、目を細めた。「銀貨一枚だと?捨て値の野菜に、そんな大金を出すってのかい?あんたたち、一体何者だ」


「優菜という妹が、料理が少し得意なものですから」


ティナは曖昧に答え、男の目を真っ直ぐ見た。


「ああ、そうかい!そりゃあすごいな。今日も少しだけ残っている。どうせ捨てるんだ、これでいいか!」


ティナは、銀貨一枚を使い、大きな袋いっぱいの傷物野菜ときのこを手に入れた。



孤児院に戻ったティナは、開口一番、優菜に叫んだ。


「優菜さん!やったわ!見て!全部売れたの!目標を大きく超えて!しかも、次の日の仕入れも、こんなに!」


優菜は冷静に頷きながらも、その目には満足の色があった。


木箱の中には、目標額に迫る銀貨五枚と銅貨七枚が入っていた。


「素晴らしいです、ティナさん。予想通り、この町の『味覚』は未開拓でした。銅貨三枚は高価ですが、あの『新しい美味しさ』には、人々はそれだけの価値を見出してくれたわけですね」


ティナは興奮冷めやらぬ様子で言った。「ええ、でも一つ問題が。みんな、『こんなに美味しいのに、なぜ市場に出回っていないんだ』って不思議がっていたわ。この味が、すぐに他の商人に真似をされたらどうしましょう……」


優菜は微笑んだ。「ティナさん、私たちには安価な規格外野菜を見分ける目、そして誰も知らない最高の調味料を組み合わせる技術。簡単には真似できません。ですが……」


優菜の目は、次に町の別の方向を向いた。


「この惣菜行商を『ただの一時的なブーム』で終わらせてはいけません。この利益で一週間は延命できますが、それではまたすぐに貧しくなる。次は、この『成功した惣菜』を基盤にして、継続的に利益を上げるための次の段階に進みましょう」


孤児院の未来を見据え、優菜の「家事神業」による次の戦略が、すでに始まろうとしていた。

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