規格外野菜とチートな家事神業
優菜が市場から戻ったとき、袋の中には山積みの傷物野菜と、岩塩、そして乾燥キノコや酸味の強い果実など、わずかな代替調味料が入っていた。
ティナがその袋の中身を見て、不安げに尋ねた。
「優菜さん……その、随分と変わった買い方をしたのね。こんな傷物の野菜が山盛りだなんて……あとはよくわからないハーブや木の実。これで、料理するの?」
優菜は涼しい顔で答えた。
「大丈夫ですよ、ティナさん。最高の料理を作りますから、ちょっと待っててくださいね!」
彼女は早速、台所に入ると、再び【高速家事】を発動させた。
ガタガタガタッ! ドンッ!
優菜の手元は目にも止まらぬ速さで動き、大量の規格外野菜が瞬く間に処理されていく。
優菜は完全献立作成のスキルを応用し、代用調味料を発動した。優菜は、この世界の食材で、地球の「うま味」を再現しようとした。
傷んだ根菜の繊維を緻密に分解・精製し、かすかな甘味ととろみを引き出す。
乾燥キノコの安価な切れ端を、最高の効率で水に戻し、濃い出汁(うま味)を抽出する。
酸味の強い果実と少量の水、蜂蜜の代わりの樹液を煮詰めて、即席の『ポン酢』の代替品を作り出す。
彼女が目指したのは、子供たちの栄養を完璧に満たすと同時に、その貧しさゆえに舌が知らなかった「美味しい」という感動だった。
そして優菜は、規格外の野菜のほとんどを刻んで、大量の『きんぴらごぼう風の惣菜』を作り始めた。これは日持ちがし、冷めても美味しく、少量でご飯が進む、最強の長女式節約料理だ。
「よし、できた!」
三十分後。台所には、芳醇な香りを放つ三種類の惣菜が並んでいた。
滋養野菜の『きんぴらごぼう風』:出汁と塩、樹液で味付けした甘辛い炒め物。食物繊維が豊富。
野草とキノコの『煮込み』:野草とキノコを濃厚な出汁で煮込んだ、具材が主役の煮物。
根菜と酸味果実の『ピクルス風』:酸味果実の代替ポン酢で漬け込んだ、食欲を増進させる副菜。
子供たちが台所の香りに誘われ、目を丸くして集まってきた。
「うわあ……これ、すっごくいい匂いだね!お腹がグーって鳴っちゃうよ!」
とエマが興奮気味に言った。
優菜は自信を持って言った。
「さあ、みんな、今日はこの『惣菜』を食べましょう。熱い野草のスープと一緒にね」
子供たちは一口食べて、言葉を失った。彼らが今まで口にしてきた、ただ塩辛いだけの粥や固いパンとは、次元の違う複雑な味わいだった。
「これ、本当に昨日と同じお野菜?」
ルークが信じられないという顔で言った。
「美味しい!酸っぱいけど、後から甘いの!」
とマヤが目をキラキラさせた。
その夜、子供たちは久しぶりに満腹になり、優菜とティナは静かにその光景を見守った。
「優菜さん、貴方は一体、何者なの?」
ティナが改めて優菜に尋ねた。
優菜は肩をすくめた。
「ただ、家事が得意なだけですよ。それより、ティナさん。この料理が、この孤児院を救うかもしれません」
優菜は食後の皿洗いを【高速家事】で一瞬で終わらせると、真剣な顔でティナに切り出した。
「ティナさん、今日は市場で物価を調べました。結論から言うと、この町の食料の仕入れ価格は異常に高く、流通効率が悪いです。このままでは、孤児院は数日で完全に立ちゆかなくなります」
ティナは寂しげに頷いた。
「そうでしょうね。昔から、物資を仕入れる商人が少なく、値段は言い値で決まってしまうから……」
優菜はテーブルに指で町の地図を描き始めた。
「でも、逆転の発想ができます。市場の端では、傷物や規格外の野菜が価値なく捨てられています。農家は少しでも出荷に間に合わない野菜を処分するしかない。つまり、そこには大量の安価な『原価』が眠っているんです」
優菜の頭の中では、孤児院を救うための緻密な経済戦略が、すでに組み立てられていた。。
「私たちは、市場では手に入らない『調味料と調理技術』を持っています。私が作ったこの惣菜は、日持ちもするし、冷めても美味しい。何より、この町の人が知らない『新しい味』です」
優菜はティナをまっすぐ見つめた。
「ティナさん。私と一緒に、この惣菜を売ってみませんか? 規格外野菜を買い付け、安価な材料で最高に美味しい『惣菜』を作り、市場で販売するんです。」
ティナは目を丸くした。
「ええっ、私たちが商売を?で、でも、そんなお店を開く資金なんて……」
「お店は要りません。行商です。ティナさんが、町の人の多い場所で惣菜を売り、私はここで調理に集中します。そのうち、お客さんが増えれば、お店を構える資金もできるでしょう」
優菜の目には、前世で大家族の家計を預かっていた、冷静で決断力のある長女の光が宿っていた。
「最初の目標は、銀貨一枚を銀貨三枚にすること。そうすれば、孤児院は一週間生き延びることができます」
ティナは優菜の熱意と、その説得力に押され、深く頷いた。
「わ、わかりました。優菜さんがそこまで言ってくれるのなら、私、頑張ってみます!私には優菜さんのようなすごい料理の腕はないけれど、町の人とは顔見知りですから、行商ならできるはず!」
こうして、孤児院の命運をかけた惣菜行商が、優菜とティナの二人で始動することになった。
優菜は早速、翌日の仕込みに取り掛かった。
「まず、明日売る惣菜は二種類に絞ります。きんぴらごぼう風と、根菜のピクルス風です。この二つは日持ちがして、食感や味が大きく違うので、飽きさせません。これを小分けにして、銅貨三枚で売ることにしましょう」
優菜は、銅貨一枚が約100円相当と認識していた。銅貨三枚は、優菜の感覚では、質の良いパン一個分よりも安い。しかし、この町の物価からすると、庶民が日常的に買うには少し高い値段だった。
優菜はふと手を止めた。
「それから、ティナさん。惣菜を入れる容器のことなのですが、今は手持ちの皿や木皿を数枚しか使えません。お客さんに渡すものなので、たくさん必要なのですが……この町の人は、食べ物を持ち帰るとき、どうしているのでしょうか?」
ティナは少し困った顔で答えた。
「ほとんどの人は布袋や、自分で持ってきた器に入れてるわ。」
優菜は少し考え、台所の窓から見える庭の茂みに目をやった。
「庭にある、あの大きな葉の植物は、何か変な匂いや毒はありませんか? もし丈夫で無害な葉なら、それを器の代わりにして、惣菜を包んで渡すことはできないでしょうか。そうすれば、木皿の原価をかけずに済みます」
ティナは優菜のアイデアに目を見張った。
「ああ、あれは『ホウシ』の葉よ!丈夫で水をはじくから、魚の包みなんかにはよく使うわ。もちろん毒はないし、タダで手に入る!すごいわ、優菜さん!そんなところまで考えていたのね!」
「ありがとうございます!では、明日の朝、その葉をたくさん摘んで、きれいに拭いておきましょう。『ホウシの葉で包んだ、この町で一番美味しい惣菜』。これで行きましょう!」
そして優菜はティナに、商品を売るときの注意点を教えた。
「ティナさん。商品を売るときは、絶対に『孤児院のために』とは言わないでください。私たちは、『この町で一番美味しい、日持ちする総菜屋』として売るんです。お客さんには、この『新しい味』を体験してもらう。試食を勧めて、美味しさを先に知ってもらいましょう」
優菜は、子供たちに朝食を配る時のような優しい笑顔で、しかしその裏では凄まじい計算を働かせながら、ティナの背中を押した。
「さあ、ティナさん。私たちで孤児院の未来を、必ず変えてみせましょう!」